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睡占〜suisen〜
Opening
一部のマニアの間で有名な占い師、ミラルダ花月。
彼女は、占い師というよりは予言者として知られている。
寡黙な花月の口からポツリと出された予言は、必ず当たるという噂だった。
「……で、その花月に不吉な予言をされたと」
「はい……」
目の前に座る憔悴しきった女性を見て、草間武彦は内心舌打ちする。
今回こそは怪異と関係無い仕事だろうと安心していたのだが、どうやらそうもいかないらしい。
「"貴方は五日以内に死にます"と言われたんです」
「何日前にですか?」
「二日前です」
つまり、残された時間は今日も合わせてあと三日。
「それで、今日までに……その、危ない目にあった事は?」
慎重に言葉を選ぶ草間。流石に"死にかけましたか?"とは訊けない。
「それは無いですけど……誰かが私を見てる気がするんです」
「なるほど……」
普通の相談事なら、"気のせいですよ"で済ませられるのだが、仕事となればそうはいかない。
実際に命を狙われているか否かに関わらず、依頼人を安心させなければ。
「それでは、こちらで護衛を……あ、そうそう」
契約書に女性がサインするのを見ながら、訊き忘れた事を質問する。
「花月にその予言をされた時、何か変な感じがしませんでしたか?」
「えっと……ふわふわしてました」
「は?」
聞き返す草間の目の前で、とろん、と女性の目がとろける。
「体がふわふわして、とても気持ちいいんです。それで、ミラルダ花月の言葉が心に染みて……あ」
女性の目に理性が戻る。
「す、すいません」
「いえ、お気になさらず」
赤面する女性に微笑を向けながら、疑問を覚える草間。これは、予言というよりも……。
「……では、今日中にも」
「あ、はい、宜しくお願いします」
とにかく誰かにすがりたい、そんな雰囲気を発しながら頭を下げる女性。
「大丈夫ですよ」
女性を安心させるような笑顔を浮かべつつ、内心で人員の手配を考える草間だった。
Main
「じゃあ、これで決まり、だな」
呟く草間の前で肯く四人。
依頼人、矢野芳が帰ってすぐ、草間は人を集め始めた。
都合により四人しか集まらなかったが、それでも、異能の分を加味すれば充分な数と言える。
「それじゃ、さっそく持ち場に付いてくれ」
それぞれの役割は決めた。あとは、各人がちゃんと仕事をこなせば、守り通す事が出来る。
ちなみに草間は連絡係。
実は一番楽な係に居たりする。
既に終りかけていた一日目は無事に過ぎ。
そして次の日―
「もし死ぬとしたら、どう死ぬと思われますか?」
草間が遠慮して聞かなかった事柄を、さらりと言い放つ護衛係の海原・みその。
「えっと……分りません」
芳も突然そんな事を聞かれて困惑の表情を隠せない。ただでさえ死ぬのが怖いのに、どう死ぬか、などと聞かれるのは気分のいいものではない。
「いえ、少し芳様の死に様が気になったもので」
「は、はぁ……」
あくまでマイペースなみそのに、生返事を返す芳。ちなみに、みそのの質問は半分以上趣味が入っていたりする。
「あの、本当に護衛の方……なんですよね?」
「えぇ、そうですよ」
不安げな芳に笑顔で肯くみその。しかし、彼女はあまり護衛に真剣ではない。
ただ、面白くない死に方をされるとつまらないので護っているだけ、というのが本音の様だ。
「まぁ、気楽に行きましょう。要は気の持ちようです」
「はい……」
みそのの言葉にもどこか上の空な芳。そこにみそのは危うさを感じ取る。更に、みそのの能力は、芳がゆるやかな死に“流れて”いるのを感じていた。
「とりあえず、このまま部屋に居れば大丈夫ですから」
「はい……」
ちらちらと外を気にする芳に寄り添いながら、みそのは芳がそこに“流れる”その瞬間を待っていた。
「なるほど……」
雑誌の束の前で、調査係のシュライン・エマは呟く。
ミラルダ花月の情報が載っているディープな占い雑誌を探し出し、バックナンバーまで探し出し調べていたのだが。
「これは……後催眠の可能性が高くなってきたわね」
後催眠、暗示とも呼ばれるそれは、人の深層心理に細工をする業である。
あるトリガーを指定して相手に行動を起こす事も出来れば、相手に特定の行動を禁止させたりも出来る。
「花月の予言は……殆どが個人的」
雑誌の中でも、花月の占いは『ラブラブだったカップルが“予言”で指定された日時に別れた』だのといった個人の予言ばかりで、何月何日に世界が滅ぶ、などの大きな予言はしていない。というより。
「そういう予言は出来ない……それは、花月が占い師じゃなくて催眠術師だから」
そうなれば、芳の言っていた“言葉が心に染みて”といった表現も肯ける。
しかし、それならば一つ問題がある。
「何で、ミラルダ花月はそんな事をするの?」
自分の占いの評判を上げる為なら、もっと他にやり様がある。というか、こんな占いをしていれば客も寄り付かない。
「やはり、愉快犯?」
しかし、それもしっくり来ない。それ以前に、何故花月は催眠術を使って占いをしているのか。
「教授に話を聞ければいいんだけど……」
花月の予言が催眠術だと見当を付けた直後、シュラインは催眠術の研究をしている教授に連絡を取った。しかし、今は忙しい、という事で面会は断られた。
「とにかく、あと二日、持たせないとね」
「キャァァァァァァ!!!」
突然の叫び声に、びくりと体を震わせるみその。
何事かと確認する前に、ドアの開く音が響く。
「しまっ……!」
芳の住むのはアパートの一階。そして、外には道路がある。慌てて飛び出せば―
キィィィィィ!
車のブレーキ音が響く。しかし、衝突音は聞かれなかった。
外に出たみそのの前で、車が過ぎ去っていく。後に残されたのは、無事な姿の芳と。
「あ……」
「危なかったですね」
芳を抱きかかえて道端に倒れている犀刃・リノックだった。
「来てたんですね」
「はい、予感がしまして」
冗談めかして言うリノックは、遊撃係。裏方に回ると言い出したリノックに、草間がそう言い渡していたのだが、どうやら成功だったらしい。
「それで、どうして突然飛び出したりしたのですか?」
「……あ、あ、はい」
リノックの姿に見惚れていた芳だったが、手を引っ張られて立たされると我に返ったのか、表情を恐怖に歪ませる。
「部屋の窓の外に、人が居たんです」
芳の言葉に首を傾げるみその。そんな人物は“感じて”いない。
「本当に人が居たんですか?」
みそのの様子を見て、リノックが芳に問い掛ける。
「はい、確かに居ました。とっても怖い人が」
「どんな風に怖いんです?」
リノックの問いに、言葉を詰まらせる芳。
「そ、その……とにかく怖かったんです!」
叫ぶと、そのまま押し黙ってしまう。
「……まあ、いいです、さあ、部屋に戻りましょう」
優しく言葉をかけるリノック。
「はい……」
みそのの先導で、部屋に戻っていく芳。
「さて、突撃係はどうなっていますかね……」
再び遊撃に戻りながら、呟くリノックだった。
「貴方の……運命は……」
ぽつり、ぽつり、と零れ落ちるように発せられる言葉。
照明が絞られ、占い師のみが淡い光で照らされている部屋の中では、一般人ならその言葉と雰囲気に飲まれてしまっているだろう。それに、部屋の中には香らしきものが焚かれており、それが客を安心させ、そして暗示にかかりやすくさせる、という仕組みらしい。
しかし、突撃係、セレスティ・カーニンガムは一般人ではない。更に言えば、今目の前で占いをしているミラルダ花月と同じ占い師でもある。こんな演出には屈しない。
「そうやって何人の方を不幸にしてきたのですか?」
セレスティの鋭い言葉に、口を閉ざす花月。
「悪い予言をするなら、ちゃんと解決法を教えてあげるのが、占い師の仕事だと思いますが」
黙して語らない花月に、言葉を重ねるセレスティ。
「それとも、貴方は実は占い師でも何でもなく、ただの悪魔なのでは?」
「……私は」
小さな唇が動き、言葉を紡ぐ。
「見たいだけ」
「何を?」
「さぁ、何をでしょう」
花月の口調が変わっていた。その唇には歪んだ笑みが浮かんでいる。
「では、質問を変えます、どうやって見るのですか?」
「私はちょっと細工するだけ、後は本人が勝手に歪んでいく、それを見るの」
セレスティの表情が険しくなる。
「その為に、人の命が失われてもいいのですか?」
「命を失うのも勝手、失わないのも勝手……暗示を解きたい?」
花月の言葉に肯くセレスティ。
「いいわ、明日の午後一時にここに来て」
すっ、っと花月が紙片を差し出す。
受け取ったセレスティが、紙片に書かれている文字を読み取る。
「これは……大学?」
「詳しくはその時に」
それだけ言うと、花月を照らしていた照明が消えた。花月の気配も同時に消える。
後には、釈然としない表情のセレスティが残された。
「催眠術を解くときって、どうすると思う?」
緊張気味のみその、シュライン、セレスティ、芳の四人の前で、ミラルダ花月はそう言って笑う。
「ワン・ツー・スリー、って本当にすると思う?」
パチン、と指を鳴らしてどこか歪んだ笑みを浮べる花月。
「正解は、それでもいい、よ。要は、相手にこちらの言葉を届かせればいいの。それだけで、相手に細工する事が出来る」
「それで、遊んでいた訳?ミラルダ花月……いえ、花月良子助教授」
シュラインの非難めいた声に、花月良子は苦笑を浮べる。
「遊んでた訳じゃないわ……試してたの」
指を伸ばし、芳を指差す花月。
「相手を自殺させる後催眠は不可能だって言われてたけど、やりようによってはそれが出来るんじゃないか、そう思って、試してみただけ」
「そんな……」
ショックを受けたような芳の声。
「貴方はとてもいい被験者だった。でも、よりによって怪奇探偵に頼るとは思ってなかったわ。お陰でこっちが危険よ」
憎憎しげな声を上げる花月。
「それで、芳様の暗示は解けるのでしょうか?」
みそのの問いに、肯く花月。
「キーワードは、“睡占”」
花月が呟いた途端、周囲を気にしていた芳の表情が晴れた。
「い、居なくなりました!」
どうやら、暗示が解かれて、誰かに見られている、という感じが無くなったらしい。
「スイセン、って何ですか?」
「睡眠の睡に、占いの占。どう、私の術にぴったりでしょう?」
セレスティの問いに、にこやかな笑顔を浮べつつ答える花月。
「貴方……キミは危険です、かわいそうですがその力を―」
「封じる事は出来ない。逆に、封じようとした貴方の力が封じられる」
花月の言葉に、自らの力を使うのを躊躇うセレスティ。ただのはったりとも取れるが、実際にそうだと、相手にアドバンテージを与える事になる。
迷うセレスティを見て取って、花月が笑みを歪ませた。
「そう、貴方は私に―」
花月の言葉が止まった。何事かと見た四人の前で、口をパクパクと開閉する。
「手が出せない、と言いたいのでしょうが、残念です。その言葉さえ届けなければ、あなたは無力だ」
花月の背後からリノックが現れる。
「女性に不埒な事をする人には、お仕置きです」
リノックの異能、剣戒舞(インネクルス)。相手をこちらの望む状態に変えるというその異能によって、花月の言葉を封じたのだった。
「その状態で暫く頭を冷やしなさい」
喉を抑える花月に背を向けるシュライン。四人もそれに従った。
「ありがとうございました」
「いえいえ」
頭を下げる芳に、笑顔を向ける草間。
一応暗示が解けていない場合を考えて、予言された五日後まで護衛をした次の日の昼、お礼と依頼料を持ってきた芳。その様子は、予言されていた間の不安げな感じではなく、明るく健康的に見える。
「それでは」
「えぇ、また何かありましたら」
芳を送り出し、扉が閉まった直後、大きく溜息をつく草間。
これで、厄介事がやっと一つ減った。依頼料が入ったのがせめてもの救いだろう。
『それでは、お昼の占いです。まず牡羊座―』
テレビからそんな声が流れてくるのを聞いて、チャンネルを変える。
しばらくは、占いを見る気にはなれなかった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
1388 海原・みその 女 13 深淵の巫女
0086 シュライン・エマ 女 26 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
1565 犀刃・リノック 男 18 魔道学生
1883 セレスティ・カーニンガム 725 財閥総帥・占い師・水霊使い
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■ ライター通信 ■
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初めまして、新人ライター、渚女悠歩(なぎさめ ゆうほ)と申します。
私の、東京怪談、そしてOMC初仕事、如何でしたでしょうか?
生き残った魔術、占術と、現代の魔術、催眠術をミックスしてみた今回の依頼。
皆様に楽しんでいただければ幸いです。
ここが良かった、ここをもっと良くしてほしい、などありましたら、テラコンからお手紙下さりますよう、お願い致します。
それでは、また次の依頼でお会いしましょう。
PS:地味な自慢です。本文は4000字きっちりに収めてみました。
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