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<東京怪談ノベル(シングル)>


実感温度

 季節は夏。じわじわと暑さが体中を蝕もうとするかのごとく、熱気が充満する季節である。
「暑い……」
 伍宮・春華(いつみや はるか)も例に漏れず、暑さの中でうだっていた。ごろごろと室内を転がり、少しでも涼しい所は無いかと赤の目を抜け目なく動かす。
「クーラーつけちゃおっかな?……いやいや、でもなぁ」
 室内に取り付けられたクーラーを見上げ、黒髪をぶるぶると振った。自分一人しかいない室内で、クーラーをつけるというのは何となく勿体無いような気がしたのだ。
「俺って節約家じゃん?」
 得意げに春華は言い、笑った。そして「お」と小さく呟き、テレビ台の中に入っているゲーム機を引っ張り出す。
「そんな時こそ、ゲームだな!ゲームで全てを忘れりゃ良いんだな!」
 春華はにやりと笑って言うと、ゲーム機をテレビに接続し始めた。保護者にねだり……脅した、とも言うが……ようやく買ってもらったものである。尤も、良すぎる視力の所為で連続してゲームをする事が出来るのは、10分程度ではあったが。
「今度こそリベンジだぜ。見てろよ」
 以前ボロクソに負け続けた事を思い返しながら、春華は闘志を燃やす。一時前に流行った、レースゲームである。最初は右に曲がる時には右に、左に曲がる時には左に傾いていた春華も、練習の成果かそれは無くなった。勝負した時には分からなかった、対戦相手達にアドバイスされた事もだんだん理解できてきた。コンピュータ相手ならば、レベルを一番難しいものにしたとしても、余裕で勝てるようになってきた。
「……これは、してやったりだな」
 春華は「YOU WIN!!」と光りながら表示されるテレビ画面に向かい、にやりと笑った。
「そろそろだよな、そろそろ。そろそろまた里帰りするって言う筈だぜ」
 そう春華が呟いた瞬間、玄関の方で音がした。保護者だ。保護者は暑さに対してまず感想を述べ、それから春華に向かって話をした。
「……それを待っていたぜ」
 保護者の話に、春華はにやりと笑いながらそう言った。前とは全く正反対の反応に、保護者の方が困惑する。春華は「くくく」と笑い、握りこぶしを作りながら闘志を燃やす。
 保護者の話は春華の思惑通り、盆の為に里帰りをするという事であった。


「やって来たぜ」
 春華は到着した町は、相変わらず静かな町であった。まだまだ自然を残している、だが現代の風もちゃんと吹き込んでいる町。変わらない町に、春華は小さく笑う。春華が目指すはただ一つ……リベンジ。
『また、やっぱり来た』
 春華がちらりと見ると、そういった目で町の人間が春華を見ていた。密やかに見、密やかに話す。春華自身のことではなく、春華の伝承の事について。
 そんな町の様子に、春華は思わず苦笑する。変わっていないのは、町並みだけではない。町の人間でさえも、変わってはいないのだ。
(ま、どうだっていいんだけどさ。俺にとって大事なのは……)
 そう思い、春華はぐっと拳を握る。心に有るのは闘志。前回ボロクソに負けたという屈辱を晴らすこと。汚名返上、名誉挽回。様々な言葉が、春華の内に燃え上がる。
(俺はばっちり練習したし、難しいのも余裕で勝てるようになったんだ。もう負けることはねぇな)
 「YOU WIN!!」と表示されたテレビ画面を思い起こし、春華はくつくつと笑った。前を歩く保護者が不思議そうに後ろを振り向き、春華の顔を見て首を傾げながら再び前を向くのも気にせずに。
「見てろよ」
 ぽつりと漏らした一言は、春華の不敵な笑みと共に発せられるのであった。


 前回来た時と同じように、春華に大人しくしているようにという言葉を残して保護者は親戚に挨拶に行ってしまった。春華は保護者に手をひらひらと振ってから、にやりと笑う。
「きっと、あいつらもまたいるんだろうなー」
 ぼそりと呟き、窓を開ける。ざわ、という涼やかな風が春華の頬を撫でる。そして、ほぼ同時に気配を感じる。春華はにやりと笑い、窓の下を見下ろす。
「よ、また来てやったぜ」
 春華が声をかけると、窓の下からひょこひょこと顔が飛び出してきた。前回遊んだ子ども達だ。子ども達は春華を見てにかっと笑う。
「よ、兄ちゃん!また来たんだな」
「遊ぼうぜ、なぁ!」
「おうよ!今度はもう負けねぇぞ?」
 春華がそう言って得意そうに笑うと、子ども達は顔を見合わせてくすくすと笑った。
「お、疑っているな?俺はなぁ、ちゃんと練習までして来たんだぞ?完璧だぞ?」
 春華の言葉に、子ども達は顔を見合わせて笑い合う。
「兄ちゃん、それって前のレースの奴だろ?」
「それはもう駄目なんだって!今はこれ、これだって!」
 子どものうちの一人が、一本のゲームソフトを取り出す。発売したばかりの、格闘ゲームである。春華は全く知らないゲームソフトを出され、思わずきょとんとする。その様子に、子ども達はにやりと不敵に笑う。
「どう?兄ちゃん。やる気?」
 そう言われ、引き下がる春華ではない。寧ろ、更に闘志が燃え上がる。
「おうよ!やるに決まってるじゃん」
 ぐっと拳を握り、勇ましく春華は言い放つ。子ども達は得意顔で互いを見合わせ、「俺たちだって負けないよなー」と言い合う。春華はそれを見ても不敵に笑っていた。
(物は違うけど、しょせんゲームじゃん?楽勝楽勝)
 そう、思っていた。実際に、ソフトを起動させるまでは。
「……よっしゃ、俺の勝ち!」
 そして10分後。当然のように連敗続きでぐったりする春華の姿と、連勝で大喜びする子ども達の姿がそこにあった。
「なんだよ、これ。全然分からないじゃん」
 春華は口を尖らせながらそう言い、片手で両目を軽く抑えた。長い間テレビ画面を見つづけていたせいで、目の奥が軽く痛くなってきていた。だが、それ以上に春華にとって切実な問題が目の前に転がっていた。つまりは、あれだけ頑張って練習してきたゲームの結果を全く出せ無いと言う事である。
「兄ちゃん、弱いなぁ」
「俺が弱いんじゃなくて、お前らが強いんだっつーの」
 半ば拗ねながら春華は言う。子ども達は互いに顔を見合わせながらこそこそと話す。ずきずきと痛む目の奥に、春華は子ども達の相談事は聞こえない。少しし、子ども達は互いにこっくりと頷きあってから春華に提案する。
「仕方ないからさ、兄ちゃんの得意分野で勝負してやるよ」
「全く、しょーがねーんだからなー」
 子ども達は、あまりの春華の負けっぷりに一つの提案を出したのだ。春華はようやくおさまってきた痛みもあり、目を輝かせる。
「本当か?」
「あ、でも鬼ごっこは駄目だぜ?」
「前に酷い目にあわされたからさぁ」
 くすくすと笑いながら子ども達は言い合う。春華は「ふーむ」と小さく呟きながら考え込む。と、その時子どもの一人が「あ」と言って提案する。
「かくれんぼにしないか?かくれんぼ」
 提案は、すんなりと可決された。そして、いざ鬼を決める場面になったとき、子ども達は揃って春華の方を見てにやりと笑う。
「さっき負けてた兄ちゃんが鬼になればいいとおもう」
「賛成」
「……って、お前らなぁ」
 春華は苦笑しつつも、鬼の役を引き受ける。表に出て、春華は100を数える。その間に子ども達は各々が隠れていく。
(ひーふーみー……まだまだ甘いな)
 数を数えながら、春華はにやりと笑う。気配を辿るのは、春華の得意分野だ。100を数え終わり、子ども達が自信を持って隠れた場所をどんどん言い当てていってしまう。勿論、子ども達からは「強すぎ」と言われ、随分不評ではあったが。
 30分後、春華は満足そうに笑った。近辺に隠れたと思われる子ども達は全員探し出したからだ。
「兄ちゃん、手加減って言葉を知らないだろ?」
「当然だ。何事も全力投球ってね」
 恨みがましく上目遣いで見てくる子どもに、春華は悪戯っぽく笑う。そんな中、子どものうちの一人が気付く。一人、いない事に。
「……あいつは?」
 その一言に、皆がはっとする。春華はもう一度近辺の気配を辿ってみたが、やはり無い。近辺ではなく、隠れやすそうな場所を見回し……一つの可能性に気付く。それは、春華たちのいる場所のすぐ近くにある、山。
「山に入っていたらまずいな」
 ぽつりと春華は呟き、山に向かった。子ども達は一瞬顔を見合わせてから、春華の後をついていった。しばらく歩くと、春華と子ども達の足はぴたりと止まってしまった。
「兄ちゃん!」
 それは、泣きながら崖の下で動けなくなってしまっている子どもの姿であった。あちこち擦り傷があるところを見ると、隠れている途中で山の段差に足を滑らせ、あの崖に転落したのであろうことが想像つく。
「兄ちゃん、ど、どうしよう!大人、呼んでこないと!」
 崖の下にいる子どもの泣き顔に感化され、ついてきた子ども達がどんどん涙目になっていく。春華は「全く」と小さく呟く。
(……どうせ、知ってるよな。俺の正体なんて)
 春華は心の中で呟き、黒い翼を背に生やす。ばさりと羽を靡かせ、崖の下の子どもを掴み、地上に引き上げる。その一連の出来事に、子ども達は目を大きくしてじっと見ていた。何も言葉を発することもなく、じっと。
「……どうしたんだ?もう大丈夫だぞ?」
 春華が顔を覗き込むと、子どもは一瞬びくりと体を震わせる。
「ち、違う……。兄ちゃん……さっき背中に羽が……」
(しまった……!)
 春華は心の中で舌打ちする。子ども達の様子を見ると、知らなかったのだという事がわかる。春華が天狗だという事を、子ども達は全く知らなかったのだ。恐らく、知識として天狗と言う存在だけは認識しているのかもしれない。だが、それが春華なのだという事は、全く知らされてはいなかったのである。
「……凄いね」
 ぽつり、と子どもの一人が呟いた。
「有難うな、兄ちゃん」
 ぽつり、と崖にいた子どもが呟いた。
「本当だぜ!かっちょいいな、兄ちゃん!」
 ぽんぽんと春華の背を叩きながら、子どもの一人が言った。
「怖く……ないのか?」
 恐る恐る春華が訪ねると、子ども達は顔を見合わせて「全然」と言って笑った。
「だってさー、助けてくれた訳じゃん?」
「怖いって別に……。どっちかというとかっこいいし」
 至極真顔で子ども達は口々に言い合う。春華はその様子に思わず口元が綻ぶ。
(なんだよ。……全然平気じゃん)
 春華はにかっと笑い、がしがしと子ども達の頭を撫でた。子ども達は照れくさそうに笑い、それから春華も笑った。自然と、笑いがこみ上げてくる。
「よっしゃ。じゃあ、ゲームするか。……レースゲームで」
 春華は大きく伸びをし、提案をする。子ども達は「えー」と言いながらも、何処かしら楽しそうだ。
(結局は……こんなもんだよな)
 楽しそうに帰っていく子ども達の背中を見つめ、春華は思う。下手に伝承を知らないから、その分偏見は無い。それが妙に嬉しくて、春華はそっと笑った。
 今度こそ負けないと言う、闘志を身のうちにふつふつと湧き上がらせて。

<実際に湧き上がる感情の温度を知り・了>