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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


闇狩人-レベル1-

-0-

 いつものように、雫がインターネットカフェで自サイトの掲示板を眺めていた。
「さてと、今日はどんな依頼が来ているのかな〜」
 嬉々として画面を見つめている姿は、端から見れば少し異様である。
「今日も来てる、来てる」
 ご機嫌な口調で呟くと、一件目の依頼を開いた。

 件名:狙われています
 本文:こういう書き込みをこちらでしていいのか迷いましたが……。
     実は、最近、誰かにつけねらわれている気がするのです。
     会社にいる時も、電車に乗っている時も、誰かの視線を感じます。
     多分、僕は狙われているのだと思います(笑)
     僕はある企業から委託され、ワクチンの研究をしています。
     きっと、そいつは僕の命を狙っているのだと思います。
     どうか、誰か、僕をつけねらっているやつを退治してください。
     山野

「それって、ストーカーってことなのかな? だったら、警察に行けばいいのにね」
 不満そうに呟くと、背もたれに体を預けた。
 そこで、『山野』とかかれた名前にリンクが張られていることに気付く。
「あれ? なんだろここ」
 そう言いながら、ポインターを合わせクリックする。
 新規画面が開いた。
 それは地図で、中央にマークが付けられていた。
「□□ビル5階、○×製薬会社? 何、自分はここにいるとでも言いたいのかな」
 そこで、腕を組みながら考え込むように口をへの字に曲げた。
「ストーカーじゃなさそうだよね。狙われてる? 被害妄想? なんだろう」
 そう言うと、誰か来ないだろうかと、インターネットカフェの入口を見つめた。
 雫の視線の先で、扉がゆっくり開いた。
 そこから、キョロキョロと辺りを見回しながら、黒髪の少女が顔を出した。
「あ、水命ちゃんだ」
 雫はニッコリと微笑むと、そこから姿を現した暁・水命 (あかつき・みこと)へと駆け寄った。
「ねね、今時間ある?」
 有無を言わさぬ雫の前に、水命は少し気圧され気味である。
「ちょっとさ、手伝って欲しいんだ。いいかな」
 拒否権を提示しようものならば、即却下決定の表情を漂わせる雫に、水命は引きつった笑いを浮かべた。
「わたしでよかったら」
 諦め気味に笑顔を浮かべると、水命の目の前で、雫は極上の笑みを見せた。
「だから、水命ちゃんって大好き」
 何か都合がいいような気がするが――雫の強引さに負けた水命であった。

-1-

 A4用紙にプリントアウトされた地図を見つめながら、水命は10階建てのビルの前に来ていた。
「□□ビル……」
 地図に書かれた名前と、ビルの名前を照らし合わせる。
「ここよね」
 ビル入口の看板に書かれている名前と、用紙に印字されている名前は一緒である。
 そして、ビル入口に張られているプレートを見ながら、○×製薬会社を探した。
「……5階」
 紙に書かれている製薬会社名が確かにそこにあった。
「山野さんって方は、ここにいらっしゃるのかしら」
 水命は、歩道の端にあるガードレールの所まで下がると、5階部分の窓を見上げた。
 しばらく眺めていた水命は、山野という人物をどうやって捜そうかと、思案をめぐらせた。
 水命の目の前で、1人のサラリーマンが、ビル入口にやってきた。
 どうやら、営業らしく、腕に上着をかけ黒い大きなカバンを持っている。ワイシャツの背には汗の跡がびっしりついている。
 ハンカチで、流れ出る汗を拭いながらも、周囲をキョロキョロと見回している。
 その男性の瞳には、恐怖の色が濃く映し出されており、傍目からみれば、挙動不審に見受けられた。
 それ以上に、男からは、何かに怯えている空気が醸し出されていた。
 水命の目のまでで、男は周囲に気を配ると、ビルの中へを入って行こうとした。
「おい、山野」
 ビルの角から姿を現した、スーツ姿の男性が、手を上げながら走ってきた。
 ビクリと身を震わせた山野と呼ばれた男は、びくびくしながら視線を声のした方へと向けた。
「……あ、田辺か」
 声の主の正体を確認すると、心底安堵の表情を浮かべる。

 ――山野?

 水命が立っている場所の向かいで、話し込んでいる2人の男を見つめながら、彼女は中肉中背の男を凝視した。
 □□ビルの3階には、英会話学校がある為、ビル周囲に女子高生がいたとしても、なんら不思議ではない。
 ましては、夏休みなのだから、昼間だろうと、英会話を習いに来る学生はいる。
 その為か、ガードレールに背を預けて立っている水命に、サラリーマン達はまるで無関心である。
 田辺と呼ばれた、背の高い男は、山野の方を叩いた。
「A病院に断られたんだって? あそこは固いからな、新規ではなかなか参入できないよ。あまり落ち込むなよ」
「ああ」
 田辺の言葉に、山野は生返事を返すと、周囲をキョロキョロ見回し、ビルの中へそそくさと入ろうとした。
「俺はまだ行くところがあるから。これ、悪いが部長に渡して置いてくれないか」
 田辺は、自分のカバンを開け、水色の封筒を山野に差し出した。
 その時だった、水色の封筒に書かれた会社名が、水命の視界に入った。
 そこには『○×製薬会社』と記されていた。
 
 ――あの方が、山野さん? でも、この助けを求めてきた山野さんとは限らないし……でも……。

 水命は戸惑っていた。
 その間にも、山野はビルの中へ入り、エレベーターのボタンを押していた。

「でも――」

 きゅっと唇を結ぶと、かけだしていた。

-2-

 ビルの中に入ると、受付とか何もなく、4基のエレベーターが置かれているだけの殺伐としたフロアーが広がっていた。
 山野は、エレベーターの扉の前で、待っていた。
「あの……」
 怖ず怖ずと、山野に声をかけた。
 すると、山野は、ビクリと身を縮ませると、警戒気味に、水命を見下ろした。
「山野さんですか?」
 見ず知らずの女子高生に名を問われれば、誰でも不審に思う。
 もちろん、水命の目の前で山野は、怪訝そうな表情をした。
「あの……ゴーストOFFに書き込みされた……山野さんですか?」
 水命の言葉に、山野は目を見開くと、周囲を見回した。
「お、お前1人か。お前があいつをやっつけてくれるのか。早く殺してくれ」
 水命の方をがしっと掴むと、上下に揺さぶった。
「あっ、えっ、わっ……」
 男の力で、ぐわんぐわんと揺らされ、水命はフラフラになっていた。
「すっ、すみません、あの……」
 クラクラする頭を押さえながら、壁に手を付き、めまいを落ち着かせた。
「私は、お話を聞きにきただけなので……」
「なんだ、たいした力もなさそうな、ガキじゃないか。やはり、あんな子供じみた場所に助けを求めるんじゃなかった」
 山野は水命を睨み付けると、軽く舌打ちした。
「悪いが、あんたみたいなガキは帰ってくれ。それで、屈強なヤツをよこしてくれ」
 しっしと水命を払う仕草をすると、丁度来たエレベーターに乗ろうとした。
「待ってください」
 水命は、山野の腕を掴んだ。
「あっ」
 水命の黒曜石のような瞳から、涙が一粒こぼれ落ちた。
「……」
 それをそっと手で拭い取ると、指についた涙を見つめた。
「なっなっ、泣くこと、ないじゃないか」
 それを見た山野は、思わずおろおろとして、ポケットに手を突っ込んだ。
 そして、どこかでもらった、金融会社の広告が入ったティッシュペーパーを水命に差し出した。
「お優しいのですね」
 やんわりと微笑むと、目の前に差し出されたそれを受け取った。
「……あなたは、本当は心の優しい方だと感じました。それなのに、自分の意に添わぬ悪いことをしているように見えますが」
 水命は、山野のつぶらな瞳を見つめると、しっかりした口調で告げた。
「本当に狙われているのですか? それとも、ただの空想ですか?」
「な、何をいいやがる。解ったようなことを言うな。俺は……、確かに狙われている。今だってそうだ。この殺気を感じねえのか。俺を殺そうと、すごい殺気を漲らせてやがる」
 目を見開き、怯えるというより、狂気じみた表情を見せると、今度は、笑い声を上げだした。
「では、あなたは、殺されるような悪いことをしたのですか?」
 山野の言葉に違和感を覚えた水命は、視線を外すことなく聞き返した。
「悪いこと? そんなことしていない。俺は悪くなどない。あれは、俺のせいじゃない」
「――」
 山野の言葉に、水命は半眼を伏せた。
「何かあったのですね」
 静かな口調で告げると、山野の手に自分のそれを重ねた。
「どうか、お聞かせ下さい」
 
-3-

 ビルの裏手にある小さな公園のベンチに、腰を下ろした2人は、目の前で餌を探して首を動かしている鳩を見つめていた。
「俺は、元々研究開発課にいたんだ――」
 現在は営業課に配属され、毎日自社製品を売り込む為、病院を回る日々にあるが、それ以前は、研究開発課に所属し、新薬の研究開発に取り組んでいたのだという。
 研究開発課では、様々な新薬に着手していたが、最後に携わった開発――それが、山野を苦しめる結果となったという。
 それは、企業から依頼されたワクチンの開発を進めている時だった、目的のワクチンを創り出す為に、何日も徹夜をし、失敗を何度も繰り返していた。
 その中から、偶然の産物と言われる、ある『悪玉』を創り出してしまったのだ。
 同じ物をもう一度作れと言われても、絶対出来ないであろうそれは、無味無臭で摂取すれば、人体に痕跡を残さず、苦しむことなく死に至らしめる、毒薬であった。
 彼はおもしろ半分に、それをネットオークションで売った。
 すると、思った以上の高額値で売れ、山野は喜んだと言う。
 が、元々小心者であった為か、毒薬を売るという行為に恐れをなし、1度きりでやめた。
 そして、配属を願い出、次の日には、営業課への配属が決まったのだという。
 が、それ以来誰かにつけねらわれている気がして、毎日恐怖に怯えているというのだ。
「あなたはすごく後悔しているのでしょ?」
 山野の話を聞き終えた水命は、優しい声音で尋ねた。
 ハッと弾かれたように、水命を見ると、何度も頷いた。
「ああ、後悔している。俺はなんてバカなんだって、なんであんなもの売ろうだなんて思ったのか……本当に……あの時の俺はどうかしていたんだ」
 すると、水命は、山野の手をとった。
 そして、やんわりと笑みを向けた。
「もう二度と、このような過ちを起こさないでください。どうか、あなたの能力を、人の命を救うことにお使い下さい。あなたはそれが出来る人なのですから」
 そう告げると、瞳をそっと瞑った。
 その瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
 それは、重力に導かれるように、ゆっくりと落下していく。
 そして――

 山野の手の上に落ちた。

 全ての音が一瞬消え、母の懐に抱かれている想い出が、山野の脳裏を過ぎった。
 OL達の笑い声が山野の耳に届いた。
「あれ?」
 周囲を見回した。
 が、自分はベンチに座っているだけで、他に誰もいない。
「あの子……は?」
 さっきまで話しをしていた、女子高生の姿が見えないのだ。
「あれ、なんか心のもやもやが晴れているぞ。今までなんであれほど悩んでいたんだろう」
 山野の表情が晴れ晴れとしていた。
「よっし、沢山の命を救う為、バンバン働くぞ」
 そう言うと、大きく伸びをした。
 山野の記憶から、毒薬を創り出したという記憶は消えていた。

 -4-

 水命は、木陰から山野の姿を見つめていた。
 彼女の力が上手い具合に作用し、山野の憂いが晴れたのだ。
 
 空に浮かぶ太陽は憎らしい程眩しく、高温の光りを投げかけている。
 これ見よがしに晴れた青空に、影となる雲はほとんどない。
 目の前の大木が、真夏の光りを遮ってくれているが、気温が高いことには変わりがない。
 水命は1つ息を吐いた。
 
「!」

 冷気が水命の頬を掠めた。
 背筋にぞっとする感覚を覚え、恐る恐る振り返った。
 そこには、1人の男性が立っていた。
 年の頃は20歳前後の美男子であるが、獣のような光りを瞳に宿した、どこか恐怖心を煽る男に、水命は知らず知らず後ずさった。
「……あなた……もしかして」
 ハッとすると、水命は男を凝視した。
「今回はお前に感謝する」
 低く頭の奥に響く声に、水命はとろけそうになっていた。
 そんな水命に一瞥をくれると、踵を返した。
「あっ、待ってください」
 と、制止の声を上げたが、男は表情を変えることなく水命に視線を向けると、そのままどこかへと行ってしまった。
「あ……」
 水命はそっと両手を重ね、唇に押し当てた。
「きっと、あの方が山野さんが仰っていたストーカーと言われる方なのですね」
 ストーカーではないのだが――。
「私に感謝するということは……あの方も、山野さんの悪行を正そうとしていたのですね」
 そう結論づけると、水命は空を仰いだ。
「ああ、こんなに天気が良くなるなら、お布団干してくればよかった」

 END.

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1572/暁・水命 (あかつき・みこと) /女性/16歳/高校生兼家事手伝い】

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■         ライター通信          ■
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 始めまして、暁水命さま。
 ライターの風深千歌(かざみせんか)です。
 この度は、発注頂きまことにありがとうございました。

 まず始めに、お詫びから……。
 締め切りぎりぎりの納品で、大変お待たせ致しました。
 今回、ライターの都合上、1名様のみの作品となってしまい、水命さまの気分を害しなければいいのですが……。
 そして、ライター自身が思った以上の文章量になってしまいました。
 重ね重ね申し訳ないです。
 
 水命サマの雰囲気が、とても柔らかい感じがしたので、幻想的な雰囲気を出せればなと思って書いてみました。
 お気に召して頂ければ幸いに存じます。
 また、ご縁がございましたら、どうぞお気軽にお声かけて下さい。
 いつの日か、水命サマと再会出来ることを祈りつつ――。