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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


雑踏に佇む人影は虚ろ


【壱】


 書斎に微かに夏の香りが漂う。窓の外の緑は鮮やかなまでに陽光を煌かせ、流れる風を受けて涼しげだ。レースのカーテンの隙間を縫うようにして書斎に射し込む陽光も、以前よりは僅かに鋭さを増したようだった。
 静かな空気。
 穏やかな時間。
 しんと流れる四季の色。
 それらに包まれながら、セレスティ・カーニンガムはパソコンのモニタに映し出された、一枚の写真を眺めていた。
 それに辿り着いたのは偶然ではない。だからといって必然なのかといったらそうでもないのだが、ふと戯れに怪奇情報投稿サイト『ゴーストネットOFF』へアクセスしたのが事の発端だ。ふと心惹かれた記事の下に記されていたURLをクリックするとモニタに雑踏を映しただけのなんの変哲もない一枚の写真。その写真の下には、『よく見て下さい』とだけ赤い文字で記されている。黒背景に赤い文字。判然としない写真。よくあるオカルトサイトの類だろうかと思いながら、写真に添えられていた言葉どおりにが凝っと画面を覗き込むと不意に雑踏のなかにまっすぐにこちらを見つめる双眸があることに気付いた。
 虚ろな黒い瞳がまっすぐにこちらを見ている。
 しかしモニタから少しでも距離を置くとそこにはそんな黒眸は見当たらない。
 しかし再度モニタに近寄ってみるとそれは確かにそこにあった。まるで何かを待つように、何かを心から恨むような眼差しで、確かにモニタのなかに存在してこちらを見ているのだ。
 何度かそうして写真を向き合って改めて投稿記事に戻ると、そこには殺人事件に巻き込まれたか自殺したかして死んだ人が映った写真があるというような内容が記されている。そしてその下には興味本位のレスポンスが続いていて、面白おかしく騒ぎ立てるような無遠慮な言葉が並んでいる。
 その言葉たちからは都市伝説のような噂として広がっていく気配がした。全くの他人であるという無責任さ生み出す好奇心だけがインターネットという国境のない世界で囁きあっているようにさえ思えた。
 しかしセレスティはそんな言葉で片付けていいものではないような気がした。モニタに浮かび上がる少し荒れた画像に一定の距離を保つことで現れる何かを訴えかけるような黒眸。それは作り物などではない、何かを持って真っ直ぐにセレスティを見つめてくるのだ。どうすることもできずに途方に暮れているようにも見える。何かを待っている瞳、何かをしてほしい瞳だと思った。
 興味本位のレスポンスにある言葉たちが云うような一方的に恨みを向ける目ではないという確信が生まれる。きっと何かしらの事情があって、あそこで訴えているのだろうと思うと不思議と放っておけないような気持ちになる。
 だからといって今すぐに何かをしてやれるのかといったらそうでもない現実。
 今、セレスティにわかることがあるとすれば男性のものであるといったような漠然としたものだけだ。詳細は一切不明。写真の場所がどこであるのかも、そこに映し出されている瞳の持ち主が誰であるのかもわからない。ただわかることがあるとしたら何かを訴えかけようとしているというそれだけである。
 モニタを前に組み合わせた両手の上に顎を乗せて、セレスティは一つ溜息をつく。
 人の想いは千差万別。
 人の数だけ想いは積み重なり、いつしか堆く積み上げられて、忘れられて廃墟と化す。いつから人は人に対する想いを忘れたのだろうかと不意に思った。目の前の無遠慮なレスポンスのせいか、それとも瞳がもたらした何がしかの変化なのか。判然としないそれらを抱えたままでいるのは咽喉に小骨が痞えたような違和感が残る。
 自分は知りたいのかもしれない。
 そうした答えが弾き出されると、行動は自ずとそのために始動する。
 画像を保存し、それをメールに添付して秘書たちに送信する。本文にはこの写真の元となったものが入手できるのであれば入手してもらいたいということ。そして現場がどこなのか、またその場所で人が死ぬような事故や事件がなかったかどうかを調べてほしいという旨を書き記した。
 インターネット上に氾濫する情報のなかから確たるものを得るのが難しいことは十分に理解していた。けれどどうにかしてでも、秘書たちは情報の一端を掴んできてくれることだろうという確信があった。彼らの有能さを知っているからこそ任せることができる。信頼は言葉にしなくともいつの間にか双方の間に成立するものだとセレスティは思っている。彼らの有能さを手放しにセレスティが認められること。今はそれが重要なことのような気がした。
 すっとパソコンのモニタに整った容貌を近づけると見える。
 底なし闇を見てしまったかのような黒眸が確かに真っ直ぐに自分を見ているのがわかる。
 それはまるで何かを試されているような気がするものだった。


【弐】


 情報の収集。それは情報の氾濫した現代においては容易いことではない。しかし方法次第ではいくらでも肝心の内容に辿り着けるのだということをセレスティは知っていた。財閥総帥という地位にあれば自ずとわかるようになることだ。歴史と共に変化してきた情報というもののあり方をずっと肌で感じてきた。だからインターネットの普及した今でも氾濫する情報に惑わされることなく、肝心な一つを掴み出す術を身に付けることができたのだ。
 自分で動くことをしなくとも多くの情報のなかから掴み出された肝心な一つが今、セレスティの目の前にある。
 有能な秘書によって掴み出された情報は、完璧なまでに整頓されて一つの報告書になった。写真の場所。そこであった事件。そしてその事件の中心に腰を落ち着けたたった一人の男性の存在。そしてその男性の交友関係などが記されているB5版の紙に印字された数枚の報告書の一枚目には、インターネット上で公開されていた写真と事件の中心に腰を落ち着けている男性の顔写真が添えられている。証明写真なのだろう。どこか緊張した面持ちでこちらを見つめている男性の黒眸はインターネット上で見たそれと同じものだった。
 人好きしそうな柔らかな容貌。しかしそれは同時に人に付け入る隙を与えるものでもあるとセレスティは思う。
 例の写真が映し出されたパソコンのモニタを前に、椅子に躰を預けて報告書に目を通す。場所。事件の詳細とその後のこと。そして男性の交友関係。それはあまりに慎ましやかなもので、どこにでもいるような人間のそれだった。家族と極僅かな友人。そして恋人。どれを取ってもそこいらに当然のようにいる人のそれのように思われ、ひどく没個性的なものとしてセレスティのなかに印象付けられる。
 淡々とした文章で綴られる報告書の最後の一枚に辿り着き、セレスティはすっと眉を顰めた。最後の一文が視線を釘付けにする。事故として表向きは処理されているが、事件の可能性も無きにしも非ずというものだ。人が死に、事件の可能性といえば殺人しかないだろう。思ってセレスティはインターネット上で公開されていたものと同じ写真を手に取り、じっくりと雑踏のなかに男性の黒眸を捜す。何度かパソコンのモニタに顔を近づけたりしながら、それを見ているとふっと誰かと確かに目が合うのを感じた。
 手にした写真のなかから真っ直ぐに見つめてくる視線がある。
 静かな視線だった。
 インターネット上で公開されていたものには感じられなかった柔らかな真摯さが感じられる。写真として焼き付けられた雑踏のなかから訴えかけるような視線が真っ直ぐに自分を見ていると思う。そこからは恨みや憎しみ、怒りなどといったものはなく偽りのない一つの真実を知りたいという思いが感じられるようだった。
「あなたは……」
 自ずと言葉が漏れた。
「何かを伝えたくてそこにいらっしゃるのですか?」
 意思疎通がはかれるのかどうかもわからないというのに、無意識のうちに写真に問いかけていた。
 写真のなかの雑踏に紛れた黒眸は何かを訴えるようにして真っ直ぐにセレスティを見つめている。
 わかる。
 それは感覚に響くもので、曖昧なものだったが確かにそこにあるのがわかった。
 ―――私は殺されたんです。
 不意に響いた言葉に、掌に汗が滲むのがわかった。


【参】


 写真の男性が語る事実は、この世では収束した真実とは別のものだった。真実は本人のなかにしかないと云ったのは誰であったろうか。それを確認させられているような気がした。そして真実だと思っていることのどれだけが本当に真実なのであろうかという疑念を抱かせる。
 ―――自殺などする理由などありません。それがどうして自殺として処理されているのか私にはわかりかねます。
 写真の向こうから発せられる声は、ことごとく現実に存在する真実というものが偽りなのだということを突きつける。真実の皮を被った偽りなのだということを目の前に突きつけられ、セレスティは自分が信じてきているもののどれだけが本当に真実と呼べるものなのだろうかと思った。
 ―――私は騙されたんです。彼女に、彼女の手で殺されたんです。自殺と処理されるような殺され方をしたのでしょう。
 淡々と語る口調は誰かを責めているものではなかったそこには憎しみもなければ、恨みや哀しみといったものもない。ただ静かに現実を知ってもらいたいという真摯な思いがあることを感じるだけだ。
「彼女とは……、失礼ですが恋人のような方ですか?」
 敢えて回りくどい訊ね方をすると、そうです、と細い声で応えがある。
 ―――彼女には彼女なりの理由があったのでしょう。私を殺さなければならないほどの理由が……。けれど私がいなくなることで、生じる罪を背負うつもりはなかった。だから事故として処理されてしまったのだと思います。彼女は今もどこかで平穏な日常を送ってることでしょう。私のことなどすっかり忘れて。
 男性は自分が殺されたというにも拘らず平静を保っていた。殺されたことなど些末なことだと云っている風でさえあった。問題なのは殺されたことではなく、自分を殺したことで生じる罪にあるとでも云っているようだった。
「では、どうしてあなたはそこに居続けるのですか?」
 セレスティが問う。
 ―――知ってほしかったんです。たとえ法が彼女を裁くことはなくとも、ここで死んだ男は殺されたのだということを誰でもいい、誰かに知ってもらえればと思いました。
「それはどうして?」
 ―――真実は結局自分のなかにしかありません。誰かに伝えるためには自分の口から話すほかないのです。それができなくなって、待ち続けるほかないということに気付いてからはずっとこうしてあなたのような人を待っていました。
 その言葉と共にふっと写真のなかの男性の黒眸が微笑んだような気がした。
「それでは……」
 ―――えぇ、これで満足です。もうここにとどまる理由もありません。
 不意に窓から射し込む陽光を遮っていたレースのカーテンが揺れた。咄嗟にそちらに視線を向けて、改めて写真に向き合うとそこにはもう何もなかった。
 ただ雑踏だけが、行き交う人々の姿が、無秩序に並んでいるだけだ。
 セレスティは残された写真を手に、これで終わったのだと思った。
 男性が伝えたかったことは確かに受け止めた。真実はここにしかなくとも、ここには確かにあるのである。それが男性の望みであり、死してもなお伝えようとしていたことだ。
 雑踏のなかで人知れず殺された男がいた。
 それは自分だけが知っている。
 自分のなかにだけ真実がある。
 思って、セレスティは報告書と共に写真をまとめ、パソコンのモニタに向かった。
 そこにも何もなかった。
 どんなに顔を近づけても、あの黒眸はない。
「真実はここにあります。ですから、どうぞ安らかに」
 呟いてセレスティはブラウザを閉じ、パソコンの電源を落とした。




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】


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■         ライター通信          ■
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いつもお世話になっております。沓澤佳純です。
真実は本人のなかにしかないと云う男性の言葉に耳を傾けて頂きありがとうございました。
少しでもお気に召して頂ければ幸いです。
この度のご参加、本当にありがとうございました。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願い致します。