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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


行く先はいずこへか



 ――プロローグ

 キヨスクでお茶とタブロイド誌を買って、プラットホームに立っていた。
 ここは新幹線のホームだったので、ちらほらいる人もドア印のついたところに並んでいるわけではない。
 草間・武彦は少しぼんやりしていた。
 それでも、いつもの癖で回りにいる人間を観察していた。
 すぐ隣の女の子の、上と下のまつげについたベタベタの黒い色。手持ち無沙汰に立つサラリーマンの背中。携帯電話に使われている若い男の子。
 草間は切符を確認した。
 ズボンの右尻ポケットの中にある切符。そこには行き先が書かれている。
 草間はそこに行くのだろう。そうだろう。一人で、合点する。行き先が真っ白い切符なんて、東京のどこを探しても……世界中のどこを探してもないに違いない。
 山手線がぐるぐる回っていることを考えたら、新幹線の方が幾分かマシに思えた。

 少しいつもより気持ちが急いでいるようだ。


 ――エピソード

 きれいに磨かれたガラスに映っている自分の姿を見て、CASLL・TOは少し安心した。
 いつも通りの悪役面だったからだ。その顔はにやけても、照れてもおらず、ただ少し不機嫌そうに歪んでいるだけだった。
 彼は、病院から出たところだった。
 ファンレターがきたのだ。ある女の子からの、ファンレターだった。
 CASLLがファンレターをもらったことがないのではない。悪役好きの男の子から、何通ももらっているし、逆にあまりの顔にクレームの手紙をもらったこともある。もちろん後者は嬉しくはないが、手紙がくると誰かが見ているのだとわかって、少し嬉しかった。
 その女の子の名前は星野・くるみと言う。彼女はとても小さい女の子だった。
 初めて会いに行ったとき、会うのをとても嫌がっていたのを覚えている。やはり自分の顔が怖いからだろうと失望しかけたとき、彼女はかぶりを振ってヒステリックに叫んだ。
「こんな姿じゃ恥ずかしいの」
 CASLLは呆気に取られた。
 病院内ではサングラスとマスクを着用してくださいと、受付の看護婦に言い渡されていた。心臓の悪い患者さんもいるので、彼の素の顔は恐ろしすぎて心臓に悪いというらしい。もちろん、約束事のごとくヤクザに間違われ、CASLLは丁重に帰るよう言われたのだが、くるみに会いに来ると約束していたので、看護婦に必死で理由を説明した。
 三○五号室の女の子、星野・くるみさんのお見舞いに来たのだと納得してもらうまで事務所で小一時間かかった。
 くるみの部屋へ入ったとき、彼女は呆然とCASLLを見つめてそして布団を頭までかぶってしまった。隣にいた母親はCASLLを見て一瞬固まったものの、娘が彼のファンであることを知っていたからか、丁寧にCASLLに挨拶をした。
「わざわざ来ていただいてすみません」
「いえ、そんなことは」
 母親が照れているらしい娘を諌めにかかったとき、彼女は叫んだのだった。「恥ずかしい」とはどういうことだろう。
 母親に連れられて廊下に出ると、彼女は話してくれた。
「くるみ、お薬の関係で頭の毛が抜け落ちてしまってるんです。本当に、CASLLさんのことは大好きなんですよ。毎日、本当はいらっしゃるのを楽しみにしてたんです」
 CASLLはなんと言っていいのか言葉が見つからず、ただ悲痛な面持ちで俯いた。
 その顔が怖かったのか、母親の顔は引きつっている。CASLLは悪いことをしたと思った。
 そこへ、カランと音がしてドアが開いた。点滴を腕にいくつも打った少女が、毛糸の帽子を被って中から出てきた。母親が慌ててくるみに駆け寄り、心配そうに腕を取った。
「起きて大丈夫なの」
「平気よ」
 確か手紙には小学校五年生になると書いてあったが、彼女はまだ十歳ぐらいにしか見えなかった。ひどく痩せていて、大きな瞳ばかりが輝いている。背も小さく、肩幅も小さい。そんな彼女に点滴が何本も打たれている姿は、本当に痛々しかった。
「ごめんなさい、CASLLさん」
 くるみは謝った。CASLLは首を横に振る。それから、背を屈めてくるみの目線に顔を近づけた。
「どうしてサングラスとマスクをしているの?」
 不思議そうに彼女は小首をかしげた。CASLLは辺りを見回し、きっと大丈夫だろうとその二つを外した。
 カラ、カラと足にキャスターのついた点滴のかかっている銀色の棒が揺れる。くるみは照れているようだった。
「私もう十二歳なの。変でしょ? ヒーローものが好きだなんて」
「そんなことないよ。見てもらえて、私は嬉しいです」
 CASLLは精一杯微笑んだ。するとくるみは、ニッカリと笑ってみせた。その笑顔はとても明るくて、こけた頬や出っ張った鎖骨が目立った。CASLLは本当に悲しい気持ちになった。
「CASLLさんって、すっごい怖い人かと思った」
 言われて、CASLLは慌てる。
「怖くなくて、残念でしたか」
「そんなことないけど。最近テレビではマスクつけるようになったのね」
 くるみが少し残念そうに言う。
「ええ。そうですね」
 あまりにも顔が怖いからクレームが来たのだと正直に告げる気にはなれず、CASLLは曖昧に苦笑した。
 くるみはCASLLの腕を取って個人病室に入った。
 病院は安心と不安の中間にある場所だと思う。クリーム色の壁紙は少しの安堵を、オフホワイトの天井は大きな不安を映している。掛けられている絵は風景画で、ユトリロとサインがしてあった。
 彼女はベットに腰掛けて、ベットの柵にかけてある千羽鶴をCASLLに見せた。
「クラスの皆が折ってくれたの」
 そう言った彼女の顔は、ちっとも嬉しそうではない。
「嬉しくないの?」
 訊くと彼女は複雑そうな顔をして、千羽鶴を片手でジャラジャラともてあそびながら答えた。
「私去年から学校へ行けてないの」
 そうなの、と相槌を打ったCASLLを真っ直ぐ見上げて、くるみは続けた。
「五年生になるときクラス換えをしたのよ。私、五年生のクラスメイトを知らない。それなのに、皆心配してますって色紙と一緒に千羽鶴が届いたのよ」
 CASLLはなるほどと納得する。知らぬ相手に心配されても、どう対応していいかわからない。
「でも、クラスメイトとしてあなたを応援してるんですよ」
「そうかしら? 偽善だわ」
 驚くほどそっけなく、彼女は言った。
「そんなこと言ったらCASLLさんが困るでしょう」
 母親が言う。くるみは口を尖らせる。
 CASLLは片手に下げていた袋の中から小さな包みを取り出して、くるみに渡した。くるみは目を丸くしてそれを見ている。
「私からも偽善になっちゃいますか……」
 どうしていいかわからずCASLLが言うと、くるみはぶんぶん首を横に振った。
「開けてもいい?」
「ぜひ」
 ピンクと白のストライプの包み紙を開けると、ワインレッドの小さな箱が出てきた。その中には銀色のピアノでできたオルゴールが入っていた。くるみは礼を言うのも忘れてオルゴールを取り出し、ネジを回した。少しだけ間が開き、ゆっくりと曲が流れ始める。
「綺麗な曲」
 くるみは嬉しそうにオルゴールを掲げ、電灯に照らしてきらきらと光るオルゴールを眺めていた。
「ありがとうCASLLさん。会いに来てくれて、ありがとう」
「いえ。こちらこそ、私を目に留めてくれてありがとう」
 くるみはサイドテーブルの上へ大事そうにオルゴールを置いた。
「CASLLさん目立つんだもの」
「はあ、でもヒーローより目立ってはいけないんですよ」
 苦い顔で笑う。
 くるみは急に両手を組んでバレーボールのトスをするような仕草をした。
「私ね、バレーボールが大好きなの」
「そうなんですか」
 彼女は少し舌を出してから、いたずらっ子のような顔で言った。
「病人のわがまま。もし治ったら、一緒にやってください」
 CASLLは目をぱちくりしてから、クスリと笑った。
「少しよくなったら、風船でやりましょう」
「え? 風船?」
 CASLLはふう、と風船に息を吹き込む動作をしてみせた。くるみはまだわからない様子で、CASLLをじっと見つめている。
「風船なら、衝撃もすごくないし、少しぐらい病気だって叩いて遊べます」
「あー、そういうこと。それ、いいアイデアだわ」
 くるみは嬉しそうに言った。それからすぐ、母親がもう横になりなさいと言ったので、彼女は渋々ベットに横になった。
 オルゴールは静かに鳴っている。
「CASLLさんが来てくれたこと、死んでも忘れません」
 くるみはCASLLの後姿にそう言った。CASLLはびっくりして振り返った。さっき、一緒に遊ぶ約束をしたところだったからだ。それに、そんな言葉をたった十二歳の少女から聞くことになるとは思わなかった。
「また来ます。次のお土産は何がいいですか」
 ドアノブに手をかけながら言うと、くるみは天井をじいと見上げてから
「風船。……それと、そうねお揃いのサングラス」
 CASLLは笑って胸ポケットにしまっていたサングラスをかけてみせる。くるみは口許を押さえて笑いながら言った。
「ターミネーターみたい」
「よく言われます」
 そう言ってCASLLは病室から出た。外へ出てマスクをしているところへ、くるみの母親が病室から出てきた。
 彼女は深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「いえ……また、お見舞いに来ます」
 すると彼女はとても寂しそうに微笑んだ。
 そのとき、もしかしたらくるみはそう長くもたないのではないかと初めて思った。けれど、それを打ち消すようにCASLLは言った。
「風船バレーボール楽しみにしてますから」
 きびすを返した。
 病院の駐車場には乗ってきたリムジンが停まっていたが、駅まで戻り新幹線に乗る予定だったので、CASLLは歩くことにした。
 そして大きなガラスに出会い、自分の顔を確認した。にやけてもおらず、照れてもおらず、寂しげでもない自分の顔を見て、きっとくるみは大丈夫だろうと言い聞かせた。
 

 ――エピローグ

 新幹線乗り場で、手持ち無沙汰にしている草間・武彦を発見したCASLLはすぐに声をかけた。
「草間さん」
 言うと、草間は二三歩後退してから、「ああ」とCASLLの顔を見上げた。
「久しぶり」
「仕事ですか」
「ああ、お前も仕事か」
 CASLLはロケだったので、そうだと答えた。
 それから他愛もない話をいくつかして、くるみの話になった。なんとなくどこを話していいのかわからなかったので、偽善の件だけ言った。
「難しい年頃だからな」
 草間は腕を組んで言う。CASLLも、ええと同意する。
 それから草間はCASLLをまじまじと見上げて、怖いであろう彼の顔を真っ直ぐ見つめたまま言った。
「でもお前がいれば平気だろ。お前、見かけによらずいい奴だからな」
 草間は笑って煙草を取り出した。
 CASLLは複雑な思いを抱えながら、それでも草間の言うことを信じてみようと考えていた。

 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【3453/CASLL・TO (キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】

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■         ライター通信          ■
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CASLL・TOさま

毎度どうも! 100記念「行く先はいずこへか」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
長く書こうと思ったのですが、実践できず。本当に申し訳ありません。プレイングにあった通りではないかな、と心配です。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

 ご意見、ご感想お気軽にお待ちしています。
 
 文ふやか