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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


行く先はいずこへか



 ――プロローグ

 キヨスクでお茶とタブロイド誌を買って、プラットホームに立っていた。
 ここは新幹線のホームだったので、ちらほらいる人もドア印のついたところに並んでいるわけではない。
 草間・武彦は少しぼんやりしていた。
 それでも、いつもの癖で回りにいる人間を観察していた。
 すぐ隣の女の子の、上と下のまつげについたベタベタの黒い色。手持ち無沙汰に立つサラリーマンの背中。携帯電話に使われている若い男の子。
 草間は切符を確認した。
 ズボンの右尻ポケットの中にある切符。そこには行き先が書かれている。
 草間はそこに行くのだろう。そうだろう。一人で、合点する。行き先が真っ白い切符なんて、東京のどこを探しても……世界中のどこを探してもないに違いない。
 山手線がぐるぐる回っていることを考えたら、新幹線の方が幾分かマシに思えた。

 少しいつもより気持ちが急いでいるようだ。


 ――エピソード

 彼女が「お前もか」と顔をしかめたのはいつのことだっただろうか。
 たしかついさっきのことだったように思える。それから、切符のことについて少し言った。
 草間・武彦は眠っている。まるで、彼女黒・冥月が言うように切符に魔力があったかのように、眠りについていた。


 暗い部屋だった。二つの続き部屋だった。その手前にはキッチンがある。キッチンにはいつも、冥月が立っている。冥月はキッチンが好きだった。なぜ好きなのかと聞かれたら、幸せがそこにあるからと答えるかもしれない。キッチンにはコンロが一つだけあり、圧力鍋が載っている。
 冷蔵庫の前の二人のやりとりのメモ。それから、壁にかかったクリムトの絵。
 言ってしまえば、もしかしたら冥月は幸せだったのかもしれない。続き部屋の一番端には、小さな出窓がついていて、チューリップが一輪鉢植えに植えてあった。チューリップに水をやるのは、彼の仕事で冥月の仕事ではない。
 雨模様の街は、むせるような暑さと人ごみだった。
 オルゴールが奏でているかのような幸せは、すぐに街にかき消されてしまう。冥月はそれを知っていたし、きっと彼も知っていた。
 だから、鬼気迫る様子で彼は言ったのだ。
「全部おしまい、俺たちは死ぬのさ」
 そう言って笑った。冥月も彼の言うことがわかっていたので、同じように顔を笑わせた。
 彼は昨日の仕事があの組織での仕事で最後だと決めていた。組織にも約束させた。それは半ば、無理やりな方法だったけれど。ともかく、組織は彼と彼女が組織から抜けるのを承諾し、二人は自由になることになっていた。
 それが、彼の言う死ぬということだった。
 二人はよく話した。夢で会ったらどこへ行こうか? 死んだらどこへ行こうか?
 希望に満ちた絶望が満ち溢れている二人の生活は、絶望に満ちた希望を思わせる死を静かに望ませた。
 暗殺者という人は、人殺しを生業にしている。
 特に、そんなチンケなことに失望しているのではない、と冥月は思う。
 多くの人間が仕事をして生きている。それと同じことだ。きっと会社にも守秘義務はあるだろうし、冥月も多くのことを隠している。一般社会人と少しだけ違うのは、人殺しは少し自分の身体を重たくさせるのかもしれない。そうでなければ、逃げる意味がない。
 それとも、冥月の描く幸せが組織の生活とリンクしないからだろうか。
 二人が組織の人間だとしても、今少なくとも彼と過ごしている今という時間は、冥月にとって幸せだった。
「終わるのね」
 小さく言うと、彼はこくりとうなずいた。
 自由とはなんだろう、組織から離れて自分達になにができるだろう。
 例えば主婦をしたり、物売りをしたり、機織をしたり、清掃作業員をしたり、ガードマンをしたり? 例えば私達の未来はどんな風に広がっているのだろう。人殺しをしなくていい自由は、冥月達に何をもたらすのだろう。
「そんなに考え込むなよ」
 彼は笑った。彼の形のきれいな手が冥月の頭に伸びてくる。そして、彼女の黒い髪をそっと撫でる。撫でられながら、ふっと微笑む。すると、彼も小さく笑っていた。
「なんでもいい。あんなクソみたいな場所から抜けられればな」
 あなたがいるから、クソみたいな場所じゃなかったわ、と冥月が小声でつぶやくと、彼はいとしそうに冥月を見つめてから、近寄って彼女の身体を抱き締めた。
 不確かな存在を確かめるように、二人はずっとそうして立っていた。
 やがて、彼が言う。
「最後の報告に行ってくる」
 手放したくない冥月は、少しだけ首を横に振った。
「一緒に行く」
「バカだな、報告だけだぜ。女房つきじゃ、かっこ悪いって」
 軽く冗談を口にしながら、彼は優しく冥月の額を撫でてそっと唇を落とした。
 それから冥月が上を向いたので、二人はキスをした。暗い部屋に落ちている黒い影が、寄り添っている。そのことに気付いたとき、冥月は「本当に幸せになるんだわ」と思った。
 彼は軽量カップに水を汲み、鼻歌まじりにチューリップへ水をやってから、片手を上げて部屋を出て行った。


 いつまで経っても誰も帰ってこなかった。
 待つことに苛立ちはなかったが、ただ心配だった。きっと、記念に何か買おうと思った彼が選びあぐねて帰ってくるのが遅いのかもしれないと、くだらないことを考えた。
 最初からわかっていたのに。もしも帰ってこなかったら、あの組織は私達を抹消しようとするということに、気付いていないわけではなかったのに。
 それでも、彼も暗殺者だった。だから、彼女が守るに及ばないかもしれない。
 腰を上げて、外へ出て、帰りを待ってみようと思う。
 一輪のチューリップを一瞬見やって、かすかに微笑んだ。大丈夫、大丈夫よと自分に微笑む。
 そのとき、かすかな物音がした。彼が帰ってきたと半分思った。そして後の半分の予期で、冥月は咄嗟に屈み闇で全身を覆った。
 タンタンタンタンタンタン、短いマシンガンの連射音。窓と玄関を見る。鉢植えが無残になっている。冥月の頭に血が昇る。
 足を蹴り出して、闇をまとったまま外へ飛び出した。外にいた二人の男の首に飛びつくようにして、片手を振る。闇が全てを切り裂いて、男の首から血が溢れ出す。もう一方の男の頭を肘で殴り、闇を振って男の目を裂いた。二人の男は傷口を押さえ、倒れて悶えている。
 冥月が息をつく前に、玄関から回ってきた男達がまたマシンガンを乱射した。闇をまとっている彼女に当る筈がない。少し気の毒にさえ感じながら、空を切って手を振り男達の闇を操り彼等を飲み込んだ。
 そして静かなときが流れた。
 冥月はそのまま、彼の影をたどって川に行き着いた。そして彼を引き寄せる。
 そこには何もなかった。本当に。彼はもう、そこにはいなかった。血にまみれて川に浮かんでいる彼の顔に表情はなく、無念そうでもない。文字通り死んでしまった彼の身体は冷たく、そして重たい。死んでしまった彼はもうその身体にはいないのに、ひどく重たかった。
 彼の身体を抱き上げる。それから、ゆるく結ばれているネクタイを直してやる。
 そしてキスをする。冷たいキスをした。
 涙がゆっくりと込み上げてきて、ようやく冥月は彼が死んだのだと認識した。死んだ彼はもう動くことはなく、言葉をつむぐこともなく、そして息をすることもない。あのチューリップが無残に散ったのと同じように、彼も散ってしまった。
 そして冥月は彼の死体を大事に影の中へ葬り、すくと立ち上がった。


 一緒に死のう、と何度約束しただろうか。
 四階建てのビルの護衛を音もなく消し去り、今死ねたら幸せになれるだろうかと宛てのないことを考えた。
 ツカツカと一階ロビーへ入ると、武装した男達が出てきた。一人に近寄って、頭を掴んだ。乱射される銃弾は影が飲み込んでいる。その頭を壁に叩きつける。一度、二度、三度。男が、ぐふと言って口から血を吐き出した。冥月は男の頭に当てた指に力を込め、メキメキという音を立てた後、男を離した。もう一人、影が飲み込んだ一人の男を自分の目の前に運ぶ。現れた男に目潰しをした。男は自分の目に手を当てて苦しんでいる。それから影をナイフ状にして、男の胸をついた。腹をついた。血が吹きだすのがわかる。それから首をついて、身体を大きく十文字に切り裂いた。
 銃の乱射音に近づいて行って、今度は影を幾本もの針に変える。その影を男の顔に押し付ける。悲鳴が上がって、男は目を白く剥いてずるりと倒れた。
 後ろの男をまず掴む。それから、首と肩を持ち直して、引き裂いた。ぐわっ、と身体が裂ける。そしてまた次の男の身体を持ち、引き裂く。血が吹き出す。こんなくだらない男達に影を使うまでもないと、冥月は小さく思った。
 一階は血の海だった。ついたエレベーターに乗り込んで、乗っている男達を片端から肉片に変えた。足をもいで、手をもいで、首をもいだ。そのエレベーターで最上階へ昇る。
 エレベーターが着いた瞬間にエレベーターが蜂の巣になったが、冥月は影に守られていた。中からゆっくりと出る。
「ひぃ」
 と逃げた男を軽く見つめる。ハンドガンを乱射する男の近くに行って、耳を掴んだ。両耳を引き千切ってやると、男はその場に倒れて耳を押さえて泣き叫んでいる。バカバカしくなって、男の腹の真中に十センチ程度の穴を影で空けてやった。笑えることに、それでもまだ男は苦しんでいる。
 逃げた男はこの組織のボスの隣にいた。影で取り込んで近くへ寄せ、頭を掴んで握りつぶす。
 ころさないで、と男は囁いたが、冥月にはなんの感慨も生まなかった。
 そして最後に初老の男と対峙した。
 冥月は影で顔全体をくり貫いた。血がこのフロア―にも広がっている。
 階段で一階まで降りる。それから、彼を手元に呼んだ。彼はただ死体のまま、冥月の元で眠っている。冥月はかすかに微笑んで、彼に口付けをした。
 もう、私達の邪魔は何一つないのだ。
 思ったら泣けてきた。ああ、と叫び声をあげていた。誰か助けてくれと、呼んでいた。
 誰も二人を助けることはできないことぐらい、知ってはいたけれど。


 ――エピローグ

 はっ、と目が覚めた。
 二人は顔を見合わせている。それは、二人が夢を見ていた証明のようだった。
 冥月はしばらく口が利けなかった。その代わり、草間が言った。
「本当なのか」
 短く。きっと全てが本当でそして全てが夢だったのだから。
 冥月は今、草間と零が出会った夢を見ていた。もしかしたら、本当の出来事かもしれない。もしかしたら、草間は冥月のあの出来事を見たのかもしれない。
 冥月は窓を見て、小さな声で答えた。
「お願い、忘れて」
 草間は何も言わなかった。
 ただ一言
「冷房効きすぎてないか」
 そう言って目を伏せた。
 新幹線はどういうわけか東京へ着いたことを告げている。


 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】

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■         ライター通信          ■
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黒・冥月さま

毎度どうも! 「行く先はいずこへか」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
草間と零の過去の夢もとのご要望でしたが、雰囲気を損なう可能性があったので、カットさせていただきました。申し訳ありません。いつものねたが入らなくてごめんなさい!
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

 ご意見、ご感想お気軽にお待ちしています。
 
 文ふやか