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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


行く先はいずこへか



 ――プロローグ

 キヨスクでお茶とタブロイド誌を買って、プラットホームに立っていた。
 ここは新幹線のホームだったので、ちらほらいる人もドア印のついたところに並んでいるわけではない。
 草間・武彦は少しぼんやりしていた。
 それでも、いつもの癖で回りにいる人間を観察していた。
 すぐ隣の女の子の、上と下のまつげについたベタベタの黒い色。手持ち無沙汰に立つサラリーマンの背中。携帯電話に使われている若い男の子。
 草間は切符を確認した。
 ズボンの右尻ポケットの中にある切符。そこには行き先が書かれている。
 草間はそこに行くのだろう。そうだろう。一人で、合点する。行き先が真っ白い切符なんて、東京のどこを探しても……世界中のどこを探してもないに違いない。
 山手線がぐるぐる回っていることを考えたら、新幹線の方が幾分かマシに思えた。

 少しいつもより気持ちが急いでいるようだ。


 ――エピソード

 その切符はなんの言伝もなく郵便受けに届けられたものだった。
 行く理由はない。草間はそんな風に思い、ただ捨てるのははばかられたので机の引出しに放り込んでおいた。
 いくつかの仕事をこなし、いくばくかの依頼料をもらい……そしてその時刻の一時間前にぽっかりと時間が空いてしまった。依頼もこない、煙草を吸う気もしない、何かを食べるつもりもない。そうなってしまってはじめて、もしかしたらあの切符には何かの縁があるのかもしれないと思いだした。
 一度気にしてしまうと、人間は無下にできないものだ。
 机の引出しをひっくり返して封筒を取り出し、草間はその新幹線の切符と睨み合っていた。ただ、そう長くは対峙していない。早く出なければ新幹線に乗り遅れる可能性があったからだ。
 草間は麻のジャケットを引っ掴み、転寝をしていた零に「ちょっと出かけてくる」とコンビニへ行くような挨拶をして、外へ出た。大通りに出てタクシーを捕まえ、駅に向ったのが三十八分前。間に合うか微妙な時間だった。けれど、もし間に合わなかったのならばきっと運命などなかったのだと思える。
 もしくは、興信所を出る為の運命とも受け取れる。
 駅で新幹線乗り場の改札を通り抜け、指定の新幹線を確認しているというのに、草間は自分がどこに向っているのかわかっていなかった。
 丁度八分時間が余っていたので、タブロイド誌を買ってお茶を買った。
 それから何号車なのかを確認する。指定のドア位置に立ってから、そこが禁煙車両だということに気がついた。
 不愉快になった。いっそ、このまま帰ろうかとも考えた。
 仕方がないので、喫煙スペースまで歩いていって一服つけた。ゆっくり煙を吸い込んでも、まるで落ち着かない。なんだか何かに憑かれているみたいだと草間は思った。思ったけれど、すぐに打ち消す。憑かれているだなんて、バカバカしい。
 草間は多くそういった仕事をしている割に、そういったことを信じていない。陰陽師の知り合いもいるが、半分は信じていない。科学に心酔しているつもりもない。信用できるのは自分だけだと、常々思っている。どんなときでも。
 どんなに超人的な力があったとしても、きっと死ぬときは死ぬのだろうし、助かるときは助かるのだろう。そういうものだ。それが運命という名なのか宿命なのか、それとも偶然なのかは草間にとって重大な問題ではない。そういうものなのだ、というだけだ。
 これも、運命か……と考えて、煙草を消す。運命という言葉も、あまり好きではなかった。
 間の抜けた着メロのような音がして、新幹線の発進を告げていた。草間は小走りで新幹線に乗り込んだ。
 席番を確認して窓際の席に座り、外の大きな看板を眺めていた。
 走り出した新幹線の車内は、静かだった。ちょうど間の時間帯なのだろうと思う。それと、禁煙車両だからだとも感じた。
 ふいに、隣の緑色の髪が目に飛び込んでくる。
 十二歳ぐらいの少女だった。
 草間はいつ座ったのか不思議に思いながら、目を逸らしタブロイド誌に視線を落とした。それを、もみじのように小さな白い手が遮る。
 何事かと隣を見ると、彼女は宙に浮いていた。
 目が点になる。むしろ、目が見えなくなったみたいだった。自分の目の機能を信じられなくなったとしたら、何を信じたらよいのだろう。
 彼女は確かに浮いていた。
「見つけましたぁ、無視はなしなしです」
 少女は草間の前でふわふわ揺れ動きながら、白い羽根をかすかに動かしている。彼女は実態がないのではない。どう考えても、草間の知っている幽霊の類の霞のような希薄さが足りなかった。
 そして草間はつい口にした。
「天使?」
 もしくは、天女だ。しかし、天女にするには歳が若すぎるし羽根は西洋かぶれの白いものだった。だからやはり、天使と呼ぶのが相応しいだろう。
「ええ、そう呼ぶ人もいます。あたしはファムと言います」
 唖然としている草間にはまるで気付かない様子で、ファムは続けた。
「来て下さって感謝です」
 そしてかわいらしく小首をかしげる。
 草間はとりあえず辺りを見回した。二つ前の斜め前の席にサラリーマンが座っているし、草間の後ろにも誰かいるような気配だった。
 それを見たファムはにっこりと笑って言った。
「ご安心下さい。他の人には見えません」
 安心もくそもない。どちらかというと、草間的には全員に見える存在であった方が安心である。
 しかしファムはまるで気にしていないようで、話を続けた。
「あたしが手紙の送り主です。でも、手紙を入れ忘れちゃったから、あーんなに不確定要素満載の怪しい切符だけでよく乗る気になりましたねー」
 少し間延びをした口調だった。
 草間は彼女に一言も言葉を発することができない。
 それでもファムは一向に黙るつもりはないのか、首を色々な角度にひねってみたり、ぐるーりと回してみたりして、不思議さをアピールしていた。
「変ヘンな切符でしたのに、よく乗りました。エライ! エライです」
 乗らされた方はたまったものではない。草間は彼女の台詞を聞き流しながら、絶対に次の横浜で降りてやろうと心に誓った。
「いえいえ、そんなに長く拘束するつもりはありません」
 ファムは大きな銀色の瞳を寄せる。草間は一瞬その瞳の色に吸い込まれる。
「実は、貴方を呼び出したのは爆弾魔を捕まえて貰う為です」
 彼女はそう告げた。
 草間はつい額を押さえて、はあと一つ溜息をついた。
 どうして自分にはそんなことばかりが回ってくるのだろう。骨折り損のくたびれ儲けとはこういうことを言うのだ。
「あたしは、地球の運命を管理するお仕事をしているのです。ですから、運命が一番素敵な状態でいられる為に、日夜働いているエライ女の子なのです。ですから、そのお手伝いを貴方にちょこっとだけやってもらいたいのです」
 こういった状況には慣れている。しかし一応言っておこう。
「嫌だ」
 ふむ、とファムはうなずいた。
 それから小さな口を草間の耳元へ寄せる。
「この電車には運命的に重要な人がたくさん乗っています。三十年後の総理大臣から、明日のホームランバッターまで幅広いです。そしてそして、一番大切なことは、あと一時間で電車はドカーンと大破しちゃいます。そうなったら、全員死亡で最悪の事故。日本の新幹線への信用もさることながら、日本の未来はお先真っ暗で、独裁政治になるわ植民地支配を始めるわ、サッカーはワールドカップで負ければ全員死刑だわ、貴方の妹さんももちろん兵隊に取られますし、貴方はその前にもちろん誰よりもひどい死に方をすることになってまして」
 言い募らせればそれだけひどい未来を用意されそうだったので、草間は手を上げてファムを制した。
 眼鏡を片手で固定しながら、嘆息と共に訊く。
「わかった。で、どうすりゃいいんだよ……」
「ありがとうございます」
 そう言ってファムはペコリと頭を下げた。
 そしてニッコリ微笑んだあと言った。
「失礼します」
 ちゅ、と触れるだけのキスをする。草間はびっくりして目を丸くした。
 ファムはその後、通路を歩いてくる一人の男らしきものを指差した。
 草間はその男をつけて行って、突然殴りかかった。変だった。いつもの自分の力加減とはとても思えないほど、早く動けるし強く殴っているような気になっている。どういうことだ? と自分に問い掛けている間に、男が素早く逃げたので、片手を伸ばして首根っこを押さえた。
 それから軽く男を放り投げ、片足を蹴り出して男の鳩尾を蹴った。男は後ろへ飛んだ。座っていたサラリーマンが、立ち上がって草間を凝視している。
 そんなことには構わず、倒れた男にまたがって何度か頭を殴りつけると、男はやがて静かになった。
 まさか、殺したのか?
 自分の手をマジマジと見る。今の自分なら、もしかすると?
「そんなことはないのです」
 ファムがふわふわと草間の横を通り抜けて、倒れている男に近づいた。どこから出したのかロープを手に持っていて、手馴れた様子で男を縛り上げていく。
「こんな程度では魔は死なないのです。そういうわけで、こうしてこの男は、麻袋に詰めて、私が回収していって、一件落着です」
 ニッコリとファムが微笑む。
 草間もつられて笑んだ。
「ご協力ありがとうございました〜! またよろしく」
 ファムは草間の頬にキスをした。
 そして新幹線は横浜に停まり、サラリーマンが呼んだのか警察が呼ばれており、草間は厳重に取調べを受けることになった。しかし、被害者の男が車内から忽然と姿を消していることから、草間はほどなくして開放された。


 ――エピローグ

 事の顛末を零に話すと、零は難しい顔でむっとしながら言った。
「そういう危ないときは私も連れて行ってくださいね」
 零はいつもそういったことで怒る。確かに零を連れて行けば、大抵のことは穏便にすむことはわかっているのだが、妹をそうそう危険な目に遭わせるのも気が引ける。
「まあ、そういうことはもうないだろうし……」
 草間は零から目を逸らし、キャスターつきの椅子で後ろの窓を振り返った。
 すると、微笑む天使が草間達を見ていた。

 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2791/ファム・ファム/女性/952/神界次元管理省霊魂運命監察室管理員見習い】

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■         ライター通信          ■
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ファム・ファムさま

はじめまして! 「行く先はいずこへか」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
キャラクターをうまくつかめていなかったらごめんなさい。捕らえどころがなく、とても悩んだ末こうなりました。
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

 ご意見、ご感想お気軽にお待ちしています。
 
 文ふやか