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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


行く先はいずこへか



 ――プロローグ

 キヨスクでお茶とタブロイド誌を買って、プラットホームに立っていた。
 ここは新幹線のホームだったので、ちらほらいる人もドア印のついたところに並んでいるわけではない。
 草間・武彦は少しぼんやりしていた。
 それでも、いつもの癖で回りにいる人間を観察していた。
 すぐ隣の女の子の、上と下のまつげについたベタベタの黒い色。手持ち無沙汰に立つサラリーマンの背中。携帯電話に使われている若い男の子。
 草間は切符を確認した。
 ズボンの右尻ポケットの中にある切符。そこには行き先が書かれている。
 草間はそこに行くのだろう。そうだろう。一人で、合点する。行き先が真っ白い切符なんて、東京のどこを探しても……世界中のどこを探してもないに違いない。
 山手線がぐるぐる回っていることを考えたら、新幹線の方が幾分かマシに思えた。

 少しいつもより気持ちが急いでいるようだ。


 ――エピソード

 蒼王・翼は草間・武彦の隣の席で、小さく溜め息をついていた。
 これも今日で四回目である。こういう日もあるかと、何度か自分を納得させているのだが、落ち着かない草間を見る度に、どうしても洩れてしまうのだ。
 こうしているのは、その調査を開始しようとしている草間探偵の元へたまたま茶菓子を届けに行ったのがきっかけだった。そこには意味もなくはしゃいだ草間がいた。デジカメを片手に持ち、意味深長な笑みを浮かべて、窓から道路を見下ろしている草間がいたのだ。
 入っていっても自分の世界から出てこようとしないので、翼は困った顔をしている零に手土産のケーキを渡し、一応理由を訊いてみた。
「なにがあった」
「……浮気調査の依頼なんです。今から」
「それで、アレか」
「ええ、アレです」
 なんとなくアレの共通項ができていた。
 つまり、草間が悦に入っているのは探偵らしい仕事がようやく舞い込んだせいで、それは浮気調査という低俗な仕事なのだが、草間にとってはハードボイルドな仕事という概念に当てはめることができるらしく、ハードボイルドを目指す男としては、このチャンスを逃してなるものか、という心境らしい。
 一言でいうと、調子に乗ってるわけだ。
「はしゃいでるわけだ」
 一度目の溜め息をつく。零が、また「ええ」と残念そうに同意する。
 そんなことで一々はしゃがれていたら、やっていられないというか、いっそ哀れである。憐憫を感じながら草間を眺めていると、零が小さな声で翼に頼んだ。
「ちょっと、ついて行ってあげてもらえませんか」
「僕が?」
 呆気にとられながら、翼がつい訊き返す。考えてみると、翼以外に人はいないのだから零は確かに翼に頼んでいるのだ。
 翼というと、女の子に頼まれると断れないので、渋々といった心境だったがそれは顔に出さず、気安く受ける姿勢でうなずいてみせた。
「わかった」
「すいません。お兄さん何をしでかすか……」
 つい苦笑しながら、翼は答えた。
「浮気調査で、何かできるもんなのかな」
「例えば、浮気の現場取り押さえたりとか」
 言われてみれば、やりかねない調子の草間・武彦である。
 これは本当について行ってやらなければなるまいと、翼は痛感した。零が言う通りかもしれない。この草間は一人にしておくと危ない。
 零が頼みごとをすることなど少ない。翼はとりあえず微笑んでみせた。
「わかった、うまくやるよ」
 そういうわけで、草間はウーロン茶を入れたブランデーグラスを持ち出してハードボイルドに浸っている草間の頭を一発ペシンと殴り、季節外れにもトレンチコートを持ち出してきた草間にもう一度突っ込み、サングラスを取り出した草間に本日二度目の嘆息をして、なんとかまともに仕事ができるように空を仰いだ。
 空に浮かぶ雲は眩しく、こうしているのがバカバカしくなってきた。


 よりによって新幹線に乗るとは……。
 翼の心中など察しもせず、草間はウキウキと冷凍みかんなんぞを買っている。
 ターゲットはビジネスバックを片方の空いた席に置いて、ぼんやりと外を眺めていた。薄く窓に映っている自分のネクタイを直している。やはり、浮気で行っていると考えた方がよさそうだ。
 そもそもそういう調査なのだから、そうでなくては。
 しかし、くだらない話に付き合わされたものだ。翼は草間を見やった。通路側に座りたいとダダをこねた草間を窓際に追いやっていたので、彼は翼の前に身を乗り出してターゲットを見つめている。そんな草間のどこらへんが探偵なのかほとほと呆れ果てながら、バレては厄介なので、翼は草間の頭を叩いた。
「アイタ」
「身を乗り出して調査する奴がどこにいる」
 冷静に言うと、草間が口を尖らせる。
「お前、逃げられたらことだぞ」
 翼は数えるのもやめた溜め息をもう一度ついて、草間の身体を窓際に押しやりながら言った。
「僕がいるんだぞ、見失う筈もない」
 草間は本当にそのことに気付いていなかったようで、一瞬納得した顔になった。しかしすぐに気を取り直し、言葉を探してきて言い募る。
「これは俺の仕事だ。そうだ、翼。お前みたいなのは今回は別に必要じゃないじゃないか」
「……」
 僕だって好きでここにいるんじゃない。という台詞を飲み込んで、沈黙して草間を睨みつけてやる。草間は言い淀んで、一応席に戻った。手持ち無沙汰になった彼は、冷凍みかんを一つ取って剥き始めた。翼は小さく鼻を鳴らしてから、ターゲットの男を見やった。
「お前、浮気調査に興味あるのか?」
 草間はすでに機嫌を回復し、厚顔無恥にそう訊いた。翼は黙ったまま、面倒なので足を思いっきり踏みつけてやった。


 零に浮気調査についてやってほしいと頼まれていたから、気付かなかった。
 ホテルへ美人と入っていくのを確認しながら、翼はぼんやりと気付いた。風にでも訊いて証拠を集めてしまってもいいのだ。
 草間は翼が目を離すと電柱から身を乗り出させ、しまいにはあまりにもターゲットに気を取られている為ヤクザに身体を当てて絡まれ、結局翼が手早くヤクザをたたまなくてはならなくなり、挙句ターゲットを見失ったのを翼のせいにする始末で、ほとほと嫌気が差すとはこういうことかと、翼は心底から思った。
 しかし、仕事なのだから仕方がない。
 ホテルの位置を風から訊き出して、先回りをすることにした。
 そこへ、女を連れた依頼人の夫黒崎・守が現れた。ターゲット発見となった草間は、虎の子で買ったらしいデジカメを取り出して、二人の親密な様子をカチカチと画面に収めた。それを見ながら、草間がはたして出力できるプリンタを持っているのか不安になったが、メモリーカードを渡せた写真屋でも現像はしてもらえることを思い出し、翼は一人安心していた。
 ん?
 風がいたずらをするように、翼へ囁いたので、翼はふいに注意を向けた。
 思わず顔をしかめる。
「美人局?」
 古い言葉だ。ツツモタセと口で発音してから、漢字を当ててようやく合点がいった。
 草間は翼の台詞に気付かず、やきもきして電柱の影からホテルを見上げている。
 ホテルはアッシュホワイトの壁をしていた。いかにもビジネスホテルといった外観だった。翼は草間の袖を引っ張って歩き出した。
「おい、どうした」
 びっくりしている草間は後退する。
「見つかっちまうだろ」
「もういいんだ」
「全然よくない。見せ場はこれからだ」
 草間は眉を寄せて言った。翼はぐいぐいと草間を引っ張ってホテルの出入り口へ近づいていく。
「見せ場は確かにこれからだ」
「だろ?」
 ほっとしたような表情で草間が言う。翼はちらりと草間を見上げてから言った。
「武彦、残念ながら今から黒崎の入っていった部屋へ入る」
「は?」
 間の抜けた顔で草間が訊き返したので、翼はつい額に手を当てて俯いた。しかしいくら草間の無能を恨んでも仕方がない。
「女性がいただろ。彼女は『美人局』だ」
「ツツモタセ? おい、じゃあ、黒崎はカモか」
「そういうこと」
 翼がホテルへ入って行くのについて回りながら、草間は慌てた様子で訊いた。
「じゃあ、誰が依頼料を払うんだ」
「必要経費ぐらい、黒崎が払ってくれるんじゃないか。今から助けてやるんだから」
 風から部屋番号は聞いていたので、フロントに声さえかけずにエレベーターに乗り込む。エレベーターは古い造りで、ガタガタとよく揺れた。
 翼は疲労感を覚えて首を回した。草間がそわそわしている。
 廊下は男二人が並んで歩けばいっぱいになってしまうほど狭く、六メートルごとに簡素なドアが並んでいた。
 部屋番号を確認して立ち止まり、ドアノブを回そうと思って手を伸ばしてそれをやめる。いきなり足でドアを何度か蹴り、ドアごと外してしまった。
 中にはだらしのない黒崎と、美人の女性が立っていた。
「黒崎さん。全部奥さんにバレてますよ。そちらの女の方、それは強請りという犯罪です」
 翼が言うと、キャミソール姿の女性は真っ青になった。


 ――エピローグ

 そういうわけだから……。
 草間・武彦は翼の持ってきたアップルパイを食べている。翼も、目の前のソファーに座って食べていた。零は食べ物を食べないので、二人に茶を持ってきたところだった。
「結局、ツツモタセってどういう意味なんです?」
 零が不思議そうな顔で翼に訊く。翼は、少し宙を見て少し難しい顔をした。
「つまり、そうだな……奥さんに売春をさせて、その現場を押さえて強請りをするようなものだ」
「うわあ、なんだかサスペンスみたいですね」
 零は引いていない。
 草間はアップルパイをサクサクフォークで切りながら、ぶつぶつと文句を言っている。
「二人分の新幹線代ぐらい、出せっつうの」
 残念ながら、黒崎からは一人分の新幹線代しかひねり出せなかった。もちろん、デジカメの代金など向こうの知ったことではない。
「中国から来た言葉らしいね」
 翼がそう結ぶ。
 そして、おそらく当て字であろうと付け足しておいた。
「やっぱり武彦には怪奇探偵が合ってるってことか」
 怪奇禁止の貼り紙を見上げながら翼がつぶやくと、草間はあからさまに嫌そうな顔をした。
 翼は失礼と片手を上げて、付け足した。
「解決しているのは他人か」
 草間が渋い顔をして抗議をしようとしたのを涼しい顔で受け流し、翼はふうとまた一つ溜め息をついた。

 ――end


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【2863/蒼王・翼(そうおう・つばさ)/女性/16/F1レーサー兼闇の狩人】

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■         ライター通信          ■
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蒼王・翼さま

毎度どうも! 「行く先はいずこへか」にご参加ありがとうございます。
ライターの文ふやかです。
プレイング通りに行動したつもりなのですが、存外に短くなってしまい申し訳ありません。もう少し書き込めればよかったのですが!
少しでもお気に召していただければ、幸いです。

 ご意見、ご感想お気軽にお待ちしています。
 
 文ふやか