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<東京怪談ノベル(シングル)>


捕らわれし魂



 冷房の効いた図書館へ足を踏み入れた七枷・誠は、静寂に包まれた館内を無言で歩き回った。館内には『お静かに』と太字で描かれた異様に目立つ貼り紙が何枚か貼ってあった。そのとおり館内はひしめき合っている様子はなく、人の声は一切しない。空調の音と他人の足音とページをめくる音がするぐらいであった。
 学生である七枷がストレスの溜まりにくそうなこの図書館へ頻繁に足を運ぶのには理由があった。特に勉強熱心というわけではない。では、何故、訪れるかと言えば――己の能力を上手く使いこなす為であった。
 七枷の能力である『言霊』は触れた対象に変化を与えるというタイプの能力で、変化のためには言葉や文字などが必要だ。
 能力の使用方法はそれ以外にもあるが、とにかく妖怪や霊や魔物や、神でさえも捕らえることができる能力なのだ。だが、それには敵の弱点を熟知していなければならない。能力があっても生身の人間であることには変わりは無いのだ。七枷にとっては知ることこそが負けないための、生きながらえるための処世術なのだ。
「さてと……」
 今日もいくつかの本を手に取り、定位置の隅のソファーに陣取る。敵は一種類ではない。そのためには多くの伝承を知識として蓄えておく必要があった。
 一冊一冊丁寧に読んでいき、特に重要な箇所はメモを取っておく。もはや習慣化された一連の作業である。いつでも言葉として、文章として引き出せるようにしておかねば、能力を完璧に使役することは難しい。
「よし、こんなものだろう」
 七枷はあらかた読み終えると席を立った。数冊の本を脇に抱え、歴史書や伝承などの記された本の陳列されているコーナーへと向かう。本をもとの場所に戻して、改めて本棚を眺めてみる。古い本ばかりだが保存状況の良いものが多い。しかし、中身を覗けば文体からして古めかしいことが解かる。
「これも読んだし、これも読んだのか……」
 どうやら一棚分の本を制覇してしまったようだ。七枷は新しいカテゴリーを制覇するべく、隣の棚を上から順に見ていった。
「……ん? これは?」
 ふと一冊の本に目がいく。まるで引き寄せられるかのような妙な感じだった。七枷は奇妙に感じながらもその本を手に取る。
 本はもはや黄ばんでおり、タイトルさえも判別が不可能なほどで、見るからにボロボロであった。こんな本が図書館に置かれていること自体、変な気がする。本の裏面には寄贈のシールが貼ってあった。
「寄贈か……」
 しかし、七枷はもっと重要なことに気づいていた。大事なのは本が寄贈であることではない――本に思念が宿っているということだ。この本には何かが憑いている。
 七枷はとにかく本の内容を調べようと思ったが、万が一のことを考えて、その一角に簡単な人払いを施しておいた。これで邪魔は入らない。
 さて、と七枷は本をめくっていく。見るに魔道書のようであった。肝心の中身はというと、冥界に関することが記述されており、どうやら外法の知識の集大成――死者の魂を集めると言う末恐ろしいものらしかった。
「捕らわれた魂か……」
 憑いていると思われる思念は死者の魂なのだろう。
 七枷は目を細め、本を手の上に乗せると、小声で言葉を並べて言った。その言葉は捕らわれた魂に対するもので、解放の意味を込めた言葉。七枷は言霊の能力を発動させる。
 すると、魂が徐々に本から離れていった。魂はまるで強い磁石にでも捉まっているかのように、なかなか離れなかったが、そのうち完全に本の縛りから逸脱した。
 そして、捕らわれていた魂は成仏した。
 七枷は人払いを解いた。
「ふう……」
 短く息を吐いてから本を見る。もはや本からは何の力も感じなかった。本をもとの棚に戻すと七枷は図書館の出口へと向かって歩き出した。
 透明な自動ドアが音を立てて左右に開く。
 外へ出た途端、熱風が七枷を襲った。
 上空を見上げるとソフトクリームのような入道雲が夏の空を覆い尽くしていた。
 もうすぐ盆の季節が到来する。彼等――魂たちも輪廻の輪の中へ戻ることが出来たのだろうか?
 七枷はそんなことを思いながら熱気の漂うアスファルトの上を歩き出した。



 −End−