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<東京怪談ノベル(シングル)>


七不思議



『七不思議を題材に記事を書いてくれないかしら?』
 アトラス編集部の三下忠雄は、編集長の笑顔に屈服せざるを得なかった。編集長の笑顔はただの笑顔ではない。あれは偽りの笑顔なのだ。
「……ひぃぃ」
 三下は夜十時を過ぎても編集部に居残っていた。社員たちはとっくに全員が帰宅してしまっている。三下に課せられた任務は七不思議というありふれた代物。七不思議とは一般に土地に見られる不思議な現象などをいう。学校の七不思議は良い例だろう。しかし、そんな類型的なものを選んでも即シュレッダー行きとなるであろうことは目に見えていた。
 七不思議は、また奇妙なモノ、とりわけ一般的でないものに対する奇特を表すことがあったはずだ。三下はその線で考えを巡らせた。
「……そうかぁ!」
 しばしの勘考で閃いた、三下の七不思議のターゲットとは――以前、一度だけ会ったことのある奇妙な風貌の臨床心理士、門屋将太郎についてである。将太郎は見た目からして不思議な男性だ。インパクトもあるし、記事としても面白いものになるはずだ。三下はぐっと拳を握り締めた。
 実は三下は好奇心から将太郎について調べたことがあるのだ。それがデスクの奥深くに眠っているはずだった。三下はまずそれを探すことにした。そして、五分後――。
「こ、これだぁ!」
 だいぶ皺だらけになっているが中身を読んでみて確信した。
 三下は最初からそのメモ用紙を読み進めていく。確か、直接本人から聞くのはまずいと思い、助手や知人などを中心に聞いて回ったはずだ。かすかにだが、そんな記憶が残っている。
「よし、書こう……」
 三下はペンを握った。将太郎の名前は明かさず、そこはKと表記することにした。これは門屋のKである。だいぶ雰囲気が出てきたように思えた。
 さて、と具体的に七不思議の中身について考えていくことにした。メモ用紙を見る限り、それなりに使えそうなネタはすでにあった。材料の仕方によっては興ざめになってしまうので文章表現には注意が必要だろうなと三下は思いながらペンを走らせる。
 そして――数時間後、何とか三つの七不思議をまとめあげた。


Kの七不思議

その1.
 Kはどんな時でも着流しに白衣という珍妙な格好をしている。今でも珍しくなった着流しは和装の一種であり、羽織や袴をつけない着物である。今時の服装と比べると厳格な雰囲気がある。着づらそうに見えるが、意外に着流しは扱いやすいものだ。
 知人からの証言によると、Kは実家が呉服屋を営んでいるというわけではないようで、また誰かの形見ということでもないらしい。
 単純に気に入っているからという理由なのか、それとも、もっと深いわけでもあるのか、考えれば考えるほどに不可解である。単純で複雑な謎といった按配であろう。

その2.
 次に、以前、我がアトラス編集部で取材を受けてもらったことのある、Kの恩師である美人精神科医との関係である。
 何故、かのような甲斐性なしのぐうたら男に、美人の知り合いがいるのか、という謎が彼の周辺で噂となって渦巻いている。よく美人女性に野獣のような男性がくっ付くことが世間では多々見られるが、このケースも同じことが言えるのだろうか?

その3.
 好きな女性はいないのか? これも考えてみるとかなり奇妙な謎であった。またまた知人の証言になるが、Kは言いたいことをズバッというはっきりとした性格をしているが、恋愛に関しては昔からオクテであるらしかった。詳しく聞けば、これは高校時代のほろ苦い恋愛経験が尾を引いた結果らしい。


 三下はこの三つの七不思議の記事を最初から読み直し、
「少し加筆修正が必要だなぁ……それに残り四つの七不思議についても考えないと……」
 メモ用紙を眺めながら考え込む三下。すでに午前を回りすっかり夜もふけてしまった。次で何杯目のコーヒーになるだろうか。
 三下はカフェインを味方に残りの七不思議について思案するのであった。
 将太郎の奥の深い七不思議はまだまだ掘りおこせそうである。



 −End−