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「鬼さんこちら…」
「鬼さんこちら…手のなる方へ…」と、その声が聞こえるようになったのはいつのころだろうか。
もう、こんな街――鬼と呼ばれる異人種と人が共存する街――になってから随分経つというのに、彼の級友は帰り道に通るあやかし荘から聞こえてくるその声にびくびくとしながら帰途についているらしい。
彼――工藤亮はそんな級友になんとかしてくれ、と泣きつかれて、知り合いの情報や兼鬼退治屋に相談。なんとかして欲しいとの依頼もぼちぼち来ているようだ。
「大した事件じゃないから」と放っとかれているようだが、まぁ、確かにこの街で日常茶飯事に起こっている出来事を考えれば大したことは無さそうだ――が、一応級友に泣きつかれた手前、ぼちぼちと工藤亮はあやかし荘に足を運ぶことになった。
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「鬼さんこちら、手のなる方へ…」
脳内に幾度も、幾度も響き渡る幼き声に彼は愕然とした。
「…これじゃ、住人はノイローゼになるんじゃないのか?」などと、呟きつつ、一歩足を踏み入れた。
すると――先程よりも強く、そして大きく脳の中でその声は響いた。「鬼さんこちら…」と。
「なんだよ、コレ…」
耳を塞いでもどうしても何もならない。それは耳から聞こえているのではなく、脳に直接響いているようだ。
『声』はあやかし荘の中から聞こえているような気がする。
「くっそ…こんなんじゃ頭痛くなりそうだけど、行くしか無い、よなぁ…」とため息をつきつつ、入り口の戸を開けると、一人の見た目は十八歳程度の青年が立っていた。漆黒の着流しに銀色の髪の毛を揺らし、こちらに気づくと「おや、君も?」と微笑む。
「君も、ということはあんたも?」
「恵美君に頼まれたしね」
と彼は微笑んだ。彼――織詠・無月(おりうた・なつき)は、どうやらここの管理人、因幡恵美にこの事件の解決を頼まれてここにいるらしい。
「とりあえず、声の主を探し出さないとどうしようも無いんだけど――わかる?」
「そんなこと言われても今さっききたばっかりなんだけどさ」
飄々とする無月に呆れつつ、とりあえず奥へと進むことにした。
並ぶドア、続く廊下――奥へ進めば進むほどその声は脳内で大きくなっていく。
『鬼さんこちら、手のなる方へ』――子供の声で、幾度も、幾度も――。
「今その鬼さんが行くから、せめて手を鳴らしてくれないかな」
と亮がぼやくと、
「全くだね」
と、飄々な態度のまま無月は笑った。
進んでいくうちに、小柄な女性と同じくらいの身長の細身の老婆が一つ部屋の前で立っていた。
「おそらくここだと思うんですけど…」とか、「ここから聞こえるようだねぇ」とか話している。
「どうやら、先客のようだよ亮君」
と、飄々とした足つきで歩を進めていく無月。「君たちも、この声かな?」と尋ねると同時に頷きが返ってきた。確かにどうやらここのドアの前が一番声が大きく聞こえる。それは脳の許容範囲を軽く超えそうで、気が狂ってもおかしくない声量。幾度も、幾度も「鬼さんこちら」――。
二人の女性――山内・りく(やまうちりく)と十里楠・真癒圭(とりな・まゆこ)は、偶然ここで出会ったらしい。聞けばやはりこの『声』が気になるとの事。
「鬼とかそういった超常現象は本当は駄目なんですけど…この声、気になっちゃって」と頭をかきながら真癒圭は苦笑いを浮かべる。「だって、なんだか必死じゃないですか」――と。
「遊んで欲しいんじゃないかな…って」
と、ドアを見る。
「これだけ呼ばれたらね、行かないわけには行かないだろう?」と、りくも笑う。
「よっぽど鬼ごっこがして欲しいんじゃないのかな?この子は」
と真癒圭と同じくドアを見るが――開けない。おかしいと思っているのかいないのか、無月がドアノブに手をかける。――が、
「ちょっと待って」
と、亮が止める。
「ここにいるってことはずっとここの住人もわかってたってこと…じゃないのか?なのにどうしてこうやって今まで放置されてるんだよ」
「それは、確かに…。君たちもそれがわかっててどうして今このドアの前から先に進まない?そういえば、僕は恵美君から何とかしろと頼まれたが――原因がここにいるとわかっているなら何故放っておいたのかが気になるところだね」
と、腕を組みながら女性二人を見やる。
「それは――どうやらこの声もそうなんですけど、幻覚が襲ってくるんだそうです」と真癒圭。
「どうやら、その幻覚、幻覚とわかっていてもどうにもならない見たいでね。それこそ、部屋から出るまでそれから助かれない。――声の主そのものにたどり着けないのはそのためさ」
お手上げなんだよね、とばかりにりくは両手をあげた。
「その幻覚をなんとか出来ればいいだけじゃないのかい?」
――あっさりと、そして誰もがわかってはいることを無月は口にした。
「どうやってなんとかするんだよ、なんとか!」
亮が突っ込むと、
「なんとかなるよ。入ろうか」
と、亮の制止も構わずに無月はそのドアを開けた――。
++
「あれ…?」
確かに、ドアの中に足を踏み入れたはずなのに、と真癒圭は思った。なのにそこは白い世界。白い、白い、何も見えない白い世界。
「これが幻覚なのかな?」
幻覚、かぁ……と辺りをきょろきょろと見回した。
そういえば、住人さんが言ってたっけ。幻覚はどうも過去の嫌な事を見せるって。きっとその人の深層部分に干渉してトラウマとかを見せてるのかなぁ。
「私だったら、きっと見せられるのは大量の…」
――大量の……そこまで思って彼女は足を止めた。
「た、大量の……」
世界に色がついていく。前も、後ろも、上も、下も――オトコのヒト。
「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
大絶叫をあげて逃げようとしても行く先など見当たらない。逃げれる隙なんて微塵も無い。それでも幻覚の世界の見せるオトコの群れの隙間を掻い潜っていく。それでも、まわりはオトコオトコオトコオトコオトコオトコオトコ――こんなのいやぁっ!
助けて――と弟に祈りつつ、ああ、どうすればいいの?いやー、やっぱ来なければよかったのかもー!と走り回る。それでも回りは言わずもがな…。
「どどどどどうすればいいのかな。――幻覚だよね、幻覚。それって夢みたいなものなのか?それとも――精神の――」
そこまで考えて、ようやく自分にできることが見つかった。――でも、
「この状態じゃ眠れない!」
と、涙を流しながら彼女は逃げ回った。
――いや。
むしろこれは幻覚の中だ。もしかしたら――眠っているのかもしれない。ならば可能だろうか。自分の能力が役に立つのかもしれない。
「大丈夫――」
走りながら目を閉じた。これは幻覚、幻――夢。意識を集中させる。すると――一人の少女が暗闇にぽっ…と浮かんだ。年齢は五、六歳ぐらいだろうか。黒髪を二つに結った、可愛い女の子。
一人道路を歩くその子に向かって――機械の塊が突撃した……。
『遊びたい…』
何処からか声が聞こえる。
『遊びたい…』
『もっともっと遊びたいよぉ…』
『誰かいるのに、どうしてわたしに気づいてくれないの?』
『怖い、怖いよぉ……』
『助けてよぉ……』
++
「あれ――?」
目を覚ませば、そこはあやかし荘の一室だった。家具も何も無い、そのままの部屋。
「幻覚、とけたんでしょうかねぇ?」
――と、その幻覚の内容を思い出して真癒圭は顔を青ざめた。「思い出すだけで気分が悪いわ…」とぶつぶつ呟く。
「私も、嫌なもんを見たよ。それが――いつの間にとけたのやら」
と、どこか眠たげな頭を振りながらりくが言う。
「簡単なことだよ」
あくまで飄々とした態度だが、どこか機嫌が悪そうに
「僕が全て食べてしまったからね。これで幻覚はもう襲わないよ。問題は――」
と、無月が指を指した方向にはまだ幼稚園生ぐらいの小さな女の子が部屋の隅っこでふるふるふるえていた。半透明に透けた身体の向こうには部屋の隅っこが少々見え隠れする――が、確かに実態としてそこに在った。
「…これが、声と幻覚の正体……?」
と、亮が近づこうとすると、びくびくっ、と今にも泣きそうな顔で少女はびくついた。
「…こらこら、子供を怖がらせるもんじゃないよ」
笑顔でりくは少女に近づいた。
「ほぉら」
ぱっ、と何処からか巾着を取り出して、中から飴玉が出てきた。そしてそれを少女に差し出した。
「お嬢ちゃん、飴欲しくないかい?」
にっこりと微笑みながら少女に飴玉を差し出す姿はまるで孫に飴玉をあげる祖母、といった感じだった。
「ほら、お食べ」
と尚も飴玉を差し出し続けると、少女はゆっくりと頷いてそれを受け取り、包み紙を外して頬張って呟いた。「おいしい」と。その声は間違いなく、「鬼さんこちら」と脳に響いていたあの声だった。
「大丈夫だよ、もう怖くないからね」
と真癒圭が少女に近づいて優しく話しかけた。
「本当は遊んで欲しかったんだよね」
その問いに――「うん」と頷いた。
遊んで欲しかった、でも怖かった。怖くて、怖くて、怖くて――その思いが人に「怖いもの」の幻覚を見せていたのだろう。己の恐怖が、他人に移ったのだ。それでも――遊んで欲しかった。遊びたかった。
「じゃあ、お姉さんと遊ぼうか?」
と、真癒圭が言う。
「私も相手するよ。それとも、飴玉がもっと欲しいかな?」
と、りくも巾着に手を掛けながら言った。すると少女は
「遊びたい、もっと飴玉も欲しい」
と、嬉しそうに微笑んだ――。
++
遊んでいる三人を眺めながら、
「…あの子、もう死んでいるよな…?」
と、亮が呟いた。
「恐らく、ね。きっと何らかの理由で死んだんだろうけど、きっと自分が死んだことに気づいてないってとこかな。それで、遊びたいのに、誰も自分の姿が見つけられなかった――そりゃそうさ、幽霊なんだからね」
まだ尚、機嫌が悪そうにしている無月がその問いに応えた。機嫌が悪そう、というよりは苦しそうだが。
「それが、この世界の力でこうなった、ってことか……良かったのか悪かったのか」
「まぁ、彼女的には良かったんじゃないかな?とりあえず、解決したし」
「確かに、ね」
時間が午後五時を回った頃――そろそろ帰らなきゃ、と真癒圭が切り出した。
「もっと遊ぶ」
と、少女は駄々をこねる。が、
「お嬢ちゃん、人には人の事情ってものがあるんだよ。ほら、飴玉あげるから…」
そうやってりくは少女をあやすが、
「いやー、もっと遊ぶのっ!」
と、聞かない。
「君」
そうやって少女に話しかけたのは無月。
「名前は?」
「名前……?忘れちゃった…」
「じゃあこうしようか。名前もすむところも僕があげよう。だから僕についておいで。そしたら、ずっと遊んであげられるよ。そう――ずっと、ね」
不敵な笑み――『ずっと』という言葉に何か重たいものを含ませながら、無月が言った。
「本当?」
ぱぁぁ、と少女の顔に笑みが広がる。
「そうね、居場所がわかれば、また遊びに来るよ。お菓子もたくさん持ってきてあげる」
と、真癒圭も少女の頭を撫でながら言う。
「うん、うん」
嬉しそうに少女は頷いた。こらこら、お菓子は私の独断場だよ、とりくが笑顔でそれに突っ込んだ。
誰もが――嬉しそうに、微笑んでいた。
「で、名前は?」
そう亮が尋ねると瞬時に答えが返ってきた。
「橋姫」
と。
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あの時見えたモノが彼女は気になっていた。
「…あの子は、事故で死んだのかな…」
ただ道を歩いているだけだった少女。一人でこれからおうちに帰るところだったのか、これから遊びに行くところだったのか――。
「もっと、遊びたかったよね…そうだよね…」
かちかち、とキーボードを叩きながら、真癒圭はずっと遊んで欲しくてたまらなかった少女を思い出す。
「たくさん、遊んであげなきゃ、ね」
おいしいお菓子も一緒に食べて、生きてたらたくさん味わえた幸せをたくさん味わってもらわないと――そう考えながら、キーボードを叩き続ける。そこに、弟からご飯の催促がきた。
「はーい」と返事をして、彼女は立ち上がる。
明日はでかけてきます、と言わなくっちゃ、と考えながら。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3368 / 山内・りく (やまうち・りく) / 女性 / 90歳 / 管理人/駄菓子屋店主】
【3514 / 織詠・無月 (おりうた・なつき) / 男性 / 999歳 / 夢解き屋】
【3629 / 十里楠・真癒圭 (とりな・まゆこ) / 女性 / 30歳 / 文章ライター兼家事手伝い】
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■ ライター通信 ■
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はじめまして、初のウェブゲームになります。ライターの皇緋色と申します。初めての依頼で、うまくできてるかどうか不安ではありますが、楽しんでいただけたら幸いです。
うまくトラウマが採用できているかがアレですが…。そして今回、幻覚の対処方法に織詠無月様の能力を採用させていただきました。十里楠真癒圭様の能力とでかなり悩んだのですが、文章どおり逃げ回っててそれどころじゃなさそうだったので(笑)。原因はわかってるんだけど――みたいな感じです、はい。
+十里楠真癒圭様
オトコが怖いあまりに能力をつかわさせてあげられなかったのが残念でなりませんが、なんだかデータを拝見させていただいた結果、この方がらしいかな、と勝手にこちらで考えてこうなりました。ちょっとだけその力をつかって、少女の過去の片鱗を真癒圭様の個別文章で語らさせて頂ました。
お気に召していただけたら幸いです。
また機会がありましたら当異界に足を運んでいただけると嬉しいです。
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