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<東京怪談・PCゲームノベル>


ウィルス・バスター


 ――プロローグ

 新薬ってのはそんなに金になるもんかな。
 深町・加門が言うと、その液体を容器のまま分析にかけていた如月・麗子はチラリと加門を一瞥して鼻で笑った。
「あんたの想像できる額を軽く三桁は越えてるぐらい、金になるわよ」
 加門は気のない顔で「へえ」とつぶやく。
 賞金のかかった『新薬・ビーラック』を見つけ出して取り戻しはしたものの、賞金をかけている会社の名前が胡散臭かったので、加門は二の足を踏んでいた。
 開発会社は三ヶ月前に火事で全焼しており、持ち出した犯人にも賞金がかかっていた。加門はとりあえず犯人だけを引き渡して換金し、ビーラックが金になるかどうか麗子にスキャニングしてもらっているところだった。
 ビーラックには一千万もの賞金がかけられていたが、支払い元の『AFO』が怪しいのだ。
 規定の金を払わない、または全く払わない、むしろ品物を強奪されて殺される……等々楽しくない想像ができる。
 麗子は加門と軽口を叩いていたが、しばらくして静かになった。作業に集中しているのだろうと、加門は一服つけた。カタカタカタとキーボードだけが鳴っている。静かに息を吸い込んで、細く長く白い煙を吐いた。すると、麗子が声を荒げた。
「ちょっと!」
「ん? なんだぁ」
 よっこらと立ち上がり、麗子の肩越しにパソコンのモニターを睨む。いくつも窓が開いており、それぞれ何かの細胞みたいなものが写っている。
「……インフルエンザウィルスに似てるわ」
「はあ? 薬なんだろ逆じゃねえかそれじゃ」
「これ……新種のウィルスよ」
 加門はマジマジとモニターを覗き込んで見たが、知識がないのでさっぱりわからなかった。
 麗子は鬼気迫る様子でキーボードを叩き、インターネットの情報を併合してウィルスの正体を掴もうとしているらしい。
「最悪!」
「なんだよ」
 麗子は大雑把な造りのきれいな顔を苦く歪めて答えた。
「エイズウィルスよ。空気感染するエイズウィルス」
 加門は何を言われているのか理解できず、口を半分開けたまま眉を寄せていた。煙草の灰が床に落ちる。ゆっくりと煙草をくわえてから、加門は何かを言い募ろうとする麗子を手で制して真剣な顔で麗子に訊いた。
「やってないのに、エイズ?」
「ほっんとにデリカシーというか危機感のない男ね」
 突然玄関でマシンガンの銃声がした。加門が麗子の肩を持って咄嗟に床へ伏せた。
 ガシャンと窓の割られる。加門は顔を上げて、機械に挟まれている親指大の透明な容器を引っ掴んだ。
「やばい匂いがする」
「バカね。ばらまいたら、それどころじゃないわ」
 加門はまだくわえていた煙草を手にとって、フローリングの床に押し付けて消した。今夜の奇襲は、やはり『AFO』の仕業と見て間違いないだろう。


 ――エピソード

 這っていった麗子はいつものワルサーを手にしている。
 お互いに暗闇で目を合わせ、麗子は玄関へ加門は窓へ近寄った。入ってきた人間の頭をいきなり蹴りつける。ゴフ、と声がして人が倒れる。壁に身体を寄せた瞬間に、マシンガンの乱射音がした。加門は足を伸ばして、穴だらけになっている倒れた男を突いた。
 一人俺が殺したのか? 小さく疑問符が浮かんだ。玄関口から、タンタンと短く軽い銃声がした。麗子を心配してはいなかった。あれはできる奴だ。
 止んだマシンガンにいつ飛び出そうか機を見ていた。さっくりと片付けて、麗子の加勢に行きたい。加門は姿勢を低くして、割れた窓から跳んだ。見えた男の影を片手で引っ掴み、その頭を蹴り上げようと足を動かした。手は何も掴まず、足は何も蹴らなかった。すかっ、と空を切った右手と左足を、持て余して加門はアスファルトに着地した。
 見回す。気配というものがない。戦慄した。
 加門の知っている人間で気配のない人間は今のところ一人しかいない。傭兵上がりのナイフ使いのその男は、加門の頚動脈にナイフを当ててみせたものだった。何度簡単に殺されただろう。彼に訓練されたのだ。けれど、最後までその男の気配を感じ取ることはできなかった。風も揺れない匂いもしない、そしておそらくその場の質量さえ変わらない。
 さっきまでゴロゴロあった気配が全て消えている。全員殺されたのか? ようやく頭が回り出す。
 見回した先に麗子が立っている。麗子は所在なさげに少し手持ち無沙汰のような顔で、ワルサーを片手に立っていた。金髪でウェーブのかかっている髪が街灯に照らされている。
 湿るように人の気配が染み込んでくる。ほっとしたというのはこういう心境だろうか。
 加門が言葉を発しようとすると、そこには黒・冥月が立っていた。
 黒い一つの影のようだった。少しして冥月が多くの気配を伴っていることに気付いた。武器を奪われた黒いスーツの男達が、何かで縛られている。
「大丈夫か、と訊きたいところだったが……」
 冥月がふうと嘆息をして言う。加門は目の前の人物に、同じように嘆息する余裕ができていた。
「訊けよ。しかし、お前とはな」
 気配がなかったのは影であった冥月なのだ。よく能力はわからないが、彼女にはそういった力がある。
「まったくだ」
 冥月がそう同意する。
 加門は麗子へ冥月の紹介をした。加門自身彼女について何も知らなかったから、名前とこの間の賞金首についてだけ話した。
 そこへ遠くから足音がした。瞬間に警戒をした加門だったが、なんの異常もない通りすがりの足音のようだったので、すぐに視線を冥月に戻した。
「怪我人はいるのかい」
 笑い声のようだった。ぎょっとしてその方向を見ると、はにかむような笑顔の少年が立っている。
 一般人ならば見ない聞かないふりをして布団を被るか、警察に通報しているような事態にだ。加門は呆気に取られて訊いていた。
「なんだ? お前」
「通行人だよ」
 それから少年は冥月の横の男達に近付いていった。男達の顔を眺めることはせず、襟のバッチを一目見てすうと目を細めた。
「AFOか。それじゃあ、君達は新薬を持ってるの」
 麗子が冷静な眼差しで少年を見据えながら、慎重に答える。
「どうかしら」
「それともウィルスかな」
 加門も麗子も表情を崩さない。それを少年はおかしそうに笑っている。冥月が、訝しげに全員を見回した。
「ちょっと……」
 新たな声がする。
 十メートルほど離れた場所から、カツカツとパンプスが鳴っている。加門達の立ってる街灯の下まで、彼女は進んできた。
「今の、何があったの」
「また、通行人かあ?」
 加門が天を仰ぐと、彼女は早口で言った。
「残念ながら、違うわ。深町・加門さん」
 きつい目をした女性だった。薄い化粧も見て取れる。
 今日は色々な奴が色々なことを言い当てる日だ、と加門は困った顔で煙草を胸ポケットから取りだした。
 彼女は加門に名刺を差し出した。加門はもらい慣れない紙切れを受け取って、街灯に照らして見た。シュライン・エマ、興信所の職員と書いてある。
「エマ……さん? 話が混み合ってていけねえ。そっちから説明してくれるか」
 煙草に火を付けた。麗子が片手を寄越したので、加門は彼女にも一本手渡した。火を付けてやる。
「お二人さんの手前悪いけど、子供の認知問題の件よ。東京に住む深町・加門はあなた一人だったの」
「別に悪かねえよ、こいつはお」
 言おうとした加門の口を、首根っこを掴んで麗子が強引に閉じる。
 加門はモガと発音しただけで、続きを言えなかった。
「実際胡散臭い依頼人だったわ……名前も思いついたみたいにコロコロ代わるし」
 シュラインは困った顔で口をすぼめる。
 麗子は加門から手を離し、素知らぬ顔で煙草を吸っている。煙を吐き出しながら、麗子は言った。
「そもそも種仕込めるの、あんた」
「それ、どういう意味だ」
 慣れているからか加門は小さく一応反応した。麗子のことは無視をして、シュラインへ向いたまま軽く笑う。
「覚えねえな、俺は。で? アレ見ちゃったわけだ」
 アレとはさっきの銃撃戦の様子である。
「ついでに写真にも撮っておいたわ」
「冴えてるねえ、お姉さん。ありがたいなあ。これでマンションの修繕費AFOに請求できるぜ」
 加門は悠長に言った。麗子はゲンナリした顔をしている。
 静かに聞いていた冥月が口を開いた。
「では、こちらの説明をしてもらおうか」
「ん?……ああ、このガキの素性を聞いてお家に帰したらな」
 少年はすらすらと自分の名を名乗った。十里楠・真雄という名前で、何もしていないプーだということ。AFOの賞金のことはネットで知っていた。AFOはそもそも表向き健康食品を取り扱っている会社で、新薬を開発しているという話は聞いていない。実際AFOの情報はいつも曖昧で、中身がわからない会社だった。自分はハッカー紛いのことが得意だから、AFOの裏取引について多少知識がある。そこで、最近熱い軍事兵器のウィルス開発だろうと思っていた。新薬がウィルスとは洒落ているではないか。
 聞き終えた加門は、白い煙を立ち昇らせながら頭をかいた。
「一番よく知ってんの、こいつじゃないか?」
 麗子が口を開く。麗子はフィルターまで一センチは残っているであろう煙草をアスファルトへ捨て、ヒールで揉み消した。
「補足をするなら、ウィルスがインフルエンザとエイズの間の子で、真雄少年の推測を鵜呑みにすれば恐らく発症期間さえインフルエンザ並かもしれないわね。インフルエンザが発症すると同時にエイズが発症。よくは知らないけど、免疫が下がるって言うんだから地味だけど必ず死ぬわ」
 真雄はふうんと鼻を鳴らしてから言った。
「自然死みたいに見えるね、きっと」
 シュラインが顔をしかめる。
「最悪ね」
 加門はさきほどから実感が湧かず、麗子の最悪もシュラインの最悪も理解できない。人が多く死ぬ、殺されていないように死ぬ、そういうことが最悪というのか。
 加門から見ると、冥月も加門と同じような心境らしく見えた。特に何の感慨も湧かないといった顔だった。
 しかし冥月は理解したという風に片手を少しだけ上げて言った。
「状況は理解した。護衛してやる」
「いらねえよ」
 一つ返事で加門が断る。
「お前はどうでもいい、彼女の方が問題だろう」
 冥月の言葉に、加門は眉をひそめた。困惑した顔で顎を撫でながら、首をかしげる。
「俺より、戦闘能力は劣るか? お前」
 麗子へ訊いた。
「失礼ね、あんたより強かったら化け物よ」
 そういうわけでもない。世の中には化け物がたくさんいるものだと、最近加門は悟ってきている。
「オットコマエな冥月さんに、麗子さんは守ってもらうことにしよう」
 面倒になって加門が言うと、冥月の鋭い拳が飛んできた。軽く受け流しながら、煙草の最後の一口を吸う。
 冥月はそんな加門を頬を引きつらせて見つめながら、静かに言った。
「こいつらの拘束を解くぞ」
「ご自由に。麗子がボコボコにしたいとこだろ」
「したいわね」
 か弱い筈の麗子が俄然同意する。
 冥月は目を閉じてから、溜め息と共に言った。
「無報酬でいいと思ったが気が変わった。一発殴らせろ」
 加門は大欠伸をしてその台詞を無視した。踵で煙草を消しつつ、肩をグルグル回す。
 シュラインが冥月と加門のやり取りに、不思議そうに目を瞬かせた。
「何かあったの? 冥月と加門さんは」
「俺は女らしい方が好みだ」
 もう一本の煙草を取り出しながら加門が答えると、冥月が加門の頭上目掛けて蹴りを放った。加門はのらりと身体を揺らして、それを避ける。
 わからない顔のシュラインに緊張が走る。
「パトカーよ」
「へ? パトカー?」
 音はまったくしなかったので、加門は鸚鵡返しに聞き返した。
「彼女は特殊聴覚者だ」
 冥月が言う。なるほど、と加門は合点した。
「どうする? 麗子」
「研究機関へ行って詳しく調べるわ。貸して」
 加門は火の付いていない煙草をくわえたまま、ズボンのポケットから透明な容器を出し麗子へ手渡した。
「ぼくも行こう」
 おっとりと真雄が言った。麗子がきょとんとして彼を見つめている。
「まあ、ぼくは連れてっておいた方が得策だ」
 続けた真雄に麗子は小さくうなずいた。
「俺はなんか似たような瓶持って、遊んでくるわ」
 加門は一つ嘆息した。オトリということだ。煙草がしゃべるたびに唇を上下する。
「ガキのお守りは任せた」
 冥月の肩を叩こうとすると、彼女は加門の手を避けた。麗子と真雄の後について歩きながら一言だけ残す。
「怪我の一つもさせない」
「サンキュー」
 加門がきびすを返す。そこにはシュラインが立っていた。
「お姉さん、用事は済んだだろ。俺にくっついてっと、危ないぜ」
 歩き出した加門の隣をシュラインが歩いている。
「AFOの組織規模は? 目的は? 他の会社との関係は?」
「知らない。俺は逃げるだけだ」
「知ってた方がいいわよ。それに、他に仲間は?」
 加門が黙す。いないよりはいた方がいいかもしれない。そういえば、世話好きと保険屋を知っている。……いや、薬屋だったか。
 しかし何にしろ加門のやり方には合わない。多くの賞金稼ぎがチームプレーで賞金首を捕獲する中、単独を貫いているのだから、やはり大人数は性じゃない。
「あと、瓶はどうするの」
「どうにかする……」
 そこへシュラインがバックから親指大の小瓶を取り出してみせた。ちゃぷり、と透明な液体が入っている。それが何に使われる物なのか加門は知らない。
「携帯化粧水入れね。三メートルぐらい離れてれば、バレないと思うわ」
 加門は受け取りながらひゅうと口笛を吹いた。
「一日くれればそっくりなのを用意できる。その時までに、AFOも少し洗っておくわ。私の携帯番号を書いてあげるから名刺を貸して」
 テキパキとしたシュラインのペースに乗せられて、加門は尻ポケットにしまった名刺を彼女へ渡した。バックから手帳を取り出して、それを台紙にボールペンで携帯番号を書いている。
 加門は思わず難しい顔になり、煙草に火を付けてからなるべく真剣な声で言った。
「関わると危ない、えーと……」
「シュラインよ」
「そう、シュライン」
 しっかり言い直したのに、シュラインはおかしそうに笑った。
「緊張感がまるでないわよ、加門さん」
 それを聞いた加門は、苦い顔で頭をかくほかなかった。


 シュラインの助言により……渋々と、加門は知っている番号に電話をかけた。
 一方は保険の諜報員だと思い込んでいた、製薬会社の研究員で金髪の色男ケーナズ・ルクセンブルク。もう一方は悪役俳優で賞金稼ぎのCASLL・TOだ。どちらも、共通しているのはお人よしというところだろうか。
 二人の容姿はあまりにもかけ離れている。ケーナズは眼鏡をかけた知的ないい男だったが、CASLLは行く先々で強盗に間違われるほど悪役面をしている。
 待ち合わせの喫茶店に行くと、もう一悶着あったようだった。CASLLが強盗に間違われたのだ。
 そこへケーナズが入ってきた。CASLLは放っておいて、金髪の長髪をたらしたケーナズに加門は片手を上げた。
「やっ」
「やあじゃない。これでも私は忙しいんだぞ」
 ケーナズはツカツカと歩いていって、CASLLのフォローをしている。
 やがてCASLLは解放され、コーヒーが三杯無料になった。
「悪いな」
 加門が言うと、CASLLは心配そうに加門の顔を覗き込んだ。
「何かあったんですか」
「あったんだろうな。こいつが連絡を取ってるということは、だ」
 仕事場を抜けてきたらしいケーナズは白衣姿だった。何もなければ一切連絡のない加門なのだ。言われても仕方がない。苦笑をして、ふわぁと大欠伸をした。
「なんだ、寝てないのか」
 いつもは眠たそうな顔をしていても、眠たいわけではない。それを知った上で、ケーナズは少し不審そうな顔をした。
「カプセルホテル、ぶっ壊された」
「相変わらずだ」
 ケーナズは一息ついて、眼鏡の奥の目を少し細めた。CASLLと同じように、少し心配そうな顔だった。
「ゴタゴタだ。今回ばかりは、寝不足でなあ」
 加門がブラックのままコーヒーをすする。苦い味がして、少し頭がクリアになるような気がする。
 CASLLが眼帯をはめた顔を怖いほど歪めて、困惑したように口をすぼめる。
「寝られないのですか」
「寝かせてもらえない、が正しい」
「今、ホテル壊されたって言ってただろう」
 ケーナズもコーヒーを口に含んだ。口に合わなかったのか、彼は少し不愉快そうな顔をした。
 白衣のケーナズはなかなか様になっている。眼鏡を取った時の彼とはあまりにも雰囲気の違う、学者のように見えた。
「それで? どういう賞金首だ」
 ケーナズが話を促した。加門は辺りを少し見回した。
「細菌兵器が開発されているとして、そのサンプルが手に入ったとして、その組織から俺が追われているとして、さあ。どうする?」
「どういったものだ?」
「インフルエンザとエイズのウィルス」
 むっ? とケーナズが片眉を上げる。身を乗り出して小さな声で言った。
「どういうことだ」
「つまり、インフルエンザ同様の空気感染で発症がインフルエンザ並のエイズウィルス」
「持ってるのか」
 ケーナズは加門の胸倉を掴まんばかりである。加門は驚いて両手を上げてみせた。
「な、どうしたんだよ、ケーナズ」
 制しながら加門が言うと、ケーナズは椅子に座り直し身体を加門の方へ傾けた。
「私の本職の専門は抗ウィルス剤開発なのだ。ライフワークは、HIVウィルスの特効薬を作ることだ。わかるな?」
 真っ直ぐ加門を見据える。
 CASLLはわからない顔で二人の会話を見守っている。
 困惑した様子で加門が口を開いた。
「お前はご立腹ってことか?」
「むしろ、通り越して冷静だ。詳しい話を聞かせてくれ」
 知っていることは多くないのだが、仕方がないので加門は事の顛末を話さなければならなかった。ケーナズは時折顔をひどく歪める。
 コーヒーを飲まないまま立ち上がったケーナズは、白衣のボタンを丁寧に外しながら言った。
「お前の方は大丈夫なのか」
 一応そう訊く。加門は平気だったので、こくりとうなずいた。
「それでは、私はその研究機関へ行ったウィルスの方へいかせてもらう。廃棄、データの削除に異論はないだろうな」
 白衣を片手に持ち、ケーナズが伊達眼鏡を外す。彼が眼鏡を取るとき、それは彼の未知の能力が全開になるということだ。
「興味ねえよ」
 加門が答えると、ケーナズはCASLLの肩を叩き挨拶もなしに外へ出て行った。
 加門はよくわからない顔のまま、冷めたコーヒーを飲んだ。
 CASLLが困った顔で加門の隣にいる。
「加門さんの言うことが本当なら……AFOには売人がいますね」
 そう言う。加門は首をかしげた。開発段階のものであろうから、まだバイヤーはいないだろう。いや、いるかもしれないがビーラックではない筈だ。
「私は本業が役者ですから、売人として潜入調査をします」
 言われて加門はがっくり肩を落とした。
 どいつもこいつも、追われている加門のフォローをするつもりなんか、これっぽっちもないらしい。せっかく呼び出したというのに、まったく意味がなかった。
 CASLLと加門はコーヒーを飲み終え、結局コーヒーショップの前で別れた。
 
 
 雑踏に紛れるのが一番いいのではと、加門は街を歩いていた。
 尾行の気配はない。一応、まくことはできたようだ。歩いているといっても、することがあるわけではない。ただ始終煙草を口にくわえているだけだった。
 そこへOL風の女が立ち塞がる。加門は似たような経験を思い出した。
「深町・加門」
 彼女は加門のことをそう呼んだので、加門は彼女の古風な顔立ちや美しい身体つきを見て、名前を検索することができた。加門にとって絵の情報はないに等しい。ただ、自分をフルネームで呼んだ女という言葉に、突っかかりがあったのだ。
「神宮寺・夕日?」
「AFOの新薬を持っているわね? 渡しなさい」
 相変わらず横柄な物言いだった。加門は表情を変えず、目だけ遠くを見た。
「AFOは後ろ暗い会社よ。持ってる方が危ない可能性もあるわ。どうしようと思っているのか知らないけど、渡した方が身のためね」
「メンドクサイ女だなあ、お前」
 どうでもいいことばかり言う女、と夕日は加門に認知されている。
 そこへヒュウと風を切って、ふいにナイフが襲いかかった。後ろからだったので、加門はそれを避けてその男の右手を掴んだ。サバイバルナイフをむしり取ったあと、男の股間を蹴りつける。ふいに二人の男がそれに混じり込んだ。屈んで回し蹴りを男二人の頭に叩き込む。片方の男が夕日に手を伸ばした。彼女は何度か攻撃を避け、男の蹴りのリーチを見誤って一撃腰の辺りに打撃を食らっている。
 加門は手元に残ったよろけている男に、薙ぐように頭へ横から蹴りを食らわせて、屈んでいる夕日の前に立つおとこの後ろから、片手で頭を殴った。よろける男に、何発か拳をスラスラと入れてから、顎を片足の踵で蹴り上げた。
 男が放物線をかいて跳んで行く。
「お嬢ちゃん、平気か?」
 屈んだままの夕日に手を差し出しながら、加門は訊いた。
「とばっちり、悪かったな」
 夕日は彼の手をパシンと叩いて立ち上がった。右膝から血が流れている。
「とばっちり? やっぱり、狙われてるのね」
「いや、つーか……」
「ちょっと来て。警察の管轄下に置いてあげるから」
 加門が驚いて頭を振る。
「バカ言うな。そんなことしたら明日から仲間から総スカンだ。仮にも賞金稼ぎが警察に駆け込みましたなんて目も当てられない。そもそも、そんな必要もない」
 夕日が口を尖らせる。
「危険なんでしょ」
 彼女は難しい顔で言った。加門はうなずいた。
「非公式よ、いい場所があるわ」
 夕日は有無を言わさず歩き出した。このまま無視をして方向転換をしてしまおうかとも思ったが、さすがにそういうわけにもいかず、加門は黙って夕日の後ろに続いた。


 ケーナズはいつものスーツ姿で研究機関と加門が言っていた大学へ来ていた。
 新種のウィルスを本格的に調べるのならば、あまり適切な場所ではない。ケーナズは大学のキャンパスを抜けながら、そんなことを思った。
 迷うことなく研究室まで辿り着くと、ドアの前には黒・冥月が立っていた。
「お前か」
 冥月は静かに言った。ケーナズは微笑んだ。
「中に入ってもいいかな」
「立ち入り禁止だ。……だが、加門がしゃべったんだな」
 そうだと肯定すると、冥月は道をあけた。白いドアをノックして部屋へ入る。大掛かりな研究器具が揃っていた。そこにはケーナズの知らぬ金髪の美女が一人と、少年がいた。キーボードやマウスを操作しているのは少年の方だった。
 女性が顔を上げて、顔を警戒させて言った。
「あんた、誰」
「私はケーナズ・ルクセンブルク。加門の知人だ」
 女性は自分を如月・麗子だと名乗り、ケーナズの登場に見向きもしなかった少年を十里楠・真雄だと紹介した。
「加門のってことは、同業者?」
「いや、まったく違う。何度か手助けはしているが。私は製薬会社の研究員なんだ。ウィルスは放っておけないと考えてね」
 麗子はウィルスの入っている機械を見やってから、難しい顔で言った。
「効力を無効化するにも、調査が必要でしょう。あと、運がよければワクチンも作りたいわ」
「無理だろう」
 ケーナズが即答する。麗子は独り言のようにつぶやいた。
「もうちょっとたくましいと好みなんだけど」
「なんだ?」
 彼女は苦笑をして、真雄の覗き込んでいるモニターを睨みながら答えた。
「ともかく、違う結合の仕方をしているのだから、可能性がないわけではないわ。あと、ここには天才さんがいるの」
 真雄は顔も上げない。
「天才?」
 ケーナズがつぶやくと、照れ笑いを浮かべて真雄は笑った。
「大したことじゃないよ。専門の研究機関じゃなきゃ、作るのは無理だろうね。データとして作れるところまでは、行き着くかもしれないけど」
「君はなんなんだ?」
 ストレートにケーナズが口にすると、真雄ははにかみ笑いをした。
「お医者ってところだね」
 
 

 加門はただいま留置所に入っている。運がいいことに、他に誰もいない。
 入れと言われた時抵抗の限りを尽くしたのだが、無駄だった。これが非公式の人の守り方なのだと、夕日は自信たっぷりに笑顔を作っていた。
 これは人の捕らえ方であり、守り方ではない。至極まっともな突込みをしつつ、オトリがいなくなってしまったら麗子が危ないのではないかと、考えていた。ごろんと留置所の冷たい床に転がって、昨日取れなかった睡眠が取れるのはありがたい。
 どれぐらい眠っただろうか。目が覚めてから、どうしてこんなところに入っていなくちゃならないんだと、自分勝手に思った。腹もすいたことだし、鉄格子を叩いて警官を呼んだ。
 制服の警官がやってくる。その警官は、加門を何かの犯人と勘違いしている。
「上のお嬢ちゃんに、飯持って来いって」
「昼食の時間ではない」
「……ともかく、呼んでくれよ」
 もう一眠りしようかと寝転んだところへ、カツカツとヒールを鳴らして夕日が入ってきた。
「飯、食いたい」
「よく眠ってたわ。眠れてなかったの」
 夕日が呆れるように言う。
「昨日はホテルが爆破されて……」
 彼女は視線を宙に上げて、記憶からそれを引っ張り出したようだった。
「ああ、そういうこと」
 ふわぁと大欠伸をして伸びをし、加門は煙草を一本くわえた。
「好き嫌いは?」
「金魚以外なら」
 火を探しているところへ、突然ぼっと煙草に火がつく。煙の上がる煙草にびっくりして夕日を見ると、彼女は片手を宙に浮かせていた。
 つまらなそうに加門はつぶやいた。
「お前も能力者か」
「金魚ってなに? 食べたの」
 煙草を吸いながら、加門はそれを無視した。夕日が咎める。
「せっかく匿ってあげてるのに、何も話してくれないなんてずるいわ」
「別に頼んだわけじゃない。出してくれ」
 同じように夕日は加門の言葉を無視した。彼女は留置所からシャバへ上がる階段を上がりながら、誰かに告げている。
「誰か、吉野家行って牛丼買ってきて」
 加門はそれを聞きながら、ぼんやりと煙草を噛んでいた。灰皿がなかったので、コンクリートに煙草を押し付ける。
 牛丼かあと呟いて、寝っころがった。それから最近ゴロゴロ手近に増えた、能力者のことを考えた。影を操る女、全ての超能力に精通する男、発火能力者、特殊聴覚者。もしかしたら、真雄とかいう少年もそういった能力者なのだろうか。それに、CASLLも。
 ああいう輩を見ていると、まるで自分がバカみたいに思えてくる。いくら鍛えたとしても、彼、彼女等には基本的には敵わないのかもしれない。そうではないと、思ってはいるけれど。
 夕日はすぐに戻ってきて、鉄格子を開けて加門に牛丼を手渡した。
 割り箸を割って飯を腹に満たしながら、加門は夕日に言った。
「電話をしたい」
「……どうしてって訊いても答える気はないわね」
 加門は黙って牛丼を食べている。
 まともな食事は朝からしていなかったので、ご馳走だった。
「いいわ、ご飯食べたら上へあがって電話しなさい」
 牛丼は数分とせずに空になり、加門は空のプラスチックケースを見つめ、夕日に向って言った。
「俺は胃下垂なんだ、今度からは三つは用意してくれ」
「……ただの大食漢じゃないの」
 久しぶりに入った留置所を無事に出て、加門は派出所の外へ出て携帯電話を取り出した。
 麗子に電話をかける。
「電話に出られません」
 応答が素っ気なかった。それから少し悩み、尻ポケットに入れっぱなしになっていたシュラインの番号を押した。
「俺だ、加門だ」
「カプセルホテルの事件、あなたでしょ」
 シュラインの知的な声がそう断言する。加門は思わず苦笑した。
「そうだ」
「やばいわね、何考えてるのかしら」
 不思議そうな声で彼女が言ったので、加門は補足で説明をした。
「奴らは脅しのつもりでダイナマイトを持ってたのさ。応じなかったし、適当に伸してやったが、その勢いだな。火がついちまったのは」
「一応捕獲するつもりでは動いてるのね、その人達は」
「たぶんな」
 ほっとした空気が伝わってくる。彼女はテキパキと言った。
「こっちの調査も混み合ってるから、会って話がしたいわね。何時にどこ?」
「おいおい、ほんとにヤバイぜ」
「わかってるわ」
 二人は待ち合わせの時刻と場所を決め、電話を切った。
 聞いていたらしい夕日が、後ろで言った。
「私も行くわ」
 加門は一瞬びくりとして、訝しげに夕日を見た。
「お前なあ」
「私は自分の意志で行くの」
 強く言われて加門は頭をかいた。
 ブブウ、と音がして派出所にトラックが突っ込んでくる。夕日を連れて、慌てて派出所から跳び、そして彼女を助け起こして加門は駆け出した。
 うわずった声で夕日が訊く。
「な、なに、あれ」
「追っ手だ。留置所にいる情報掴んで突っ込んで来やがったんだ」
 加門は駆けながら、後ろを振り返り夕日の腕を掴んだまま角をいくつか曲がり、足を止めた。
「まったく。しつこい連中だ」
 シュラインとの待ち合わせの午後四時まで、一時間しかなかった。


 CASLL・TOはAFOという会社の前に立っている。片手には大きなアタッシュケースを、片手にはハンカチ、そして上下黒いスーツという出で立ちだった。この格好だと、一応強盗には間違われることはない。ただ、筋者だとは言われることをCASLLは知っている。
 AFOのビルは十二階建ての白いビルだった。銀の看板にAFOと書かれていた。一見すると、本当に普通の会社のようだった。
 CASLLは二つあるうちの片方の自動ドアを開け、警備員が棒立ちになっているのを睨んだ。今日は片方の眼帯を外している。全ての動きがゆっくりと見えた。
 それから広いロビーを抜けて、びっくりした顔をしてCASLLの顔を見つめている受付嬢へ告げる。
「一番偉い奴に、バイキンと伝えてくれ」
「は?」
 訊き返されても、二度目は答えなかった。女子供を睨むのは趣味ではないが、この役柄では仕方がない。じろりと、受付嬢の整った顔立ちを睨みつける。彼女はパンと弾けるように電話へ手を伸ばした。警察を呼ばれたらいつも通りの職務質問の嵐に合ってしまうが、この際仕方がない。成功することを祈るのみだった。
 彼女は震える声で言った。
「十二階へ、どうぞ」
 どうやら、一応うまくはいったらしい。
 しかしCASLLが多く情報を持ってるわけでもなければ、金があるわけでもなかった。この後どうしたらいいのか、てんでわからない。ともかく、AFOの隠し研究所を探り出し、研究を止めさせるべくぶち壊さなければ。
 本当は会社ごと爆破も考えていた過激なCASLLだったが、どうやら会社には普通の社員もいるらしいと思い、それはやめることにした。まさか、一般人を山ほど殺すわけにはいかない。悪い奴は一部というわけなのだから。
 CASLLは大きなエレベーターに乗って、ノンストップで十二階まで上った。
 チンと音がする。外へ出ると、そこは真紅の絨毯が敷き詰められていた。秘書がCASLLに頭を下げる。下げ返しそうになったのを、慌ててとめた。秘書の後ろを少しゆったりと歩き、彼女は大きなドアをノックしてCASLLを中へ促した。
 ガラス張りの大きな部屋の真中に、デスクが一つ置いてあった。右端に応接セットが組まれている。
「手に入れたのかね」
 開口一番、デスクを立った初老の男が言った。
 CASLLは頭を巡らせる。手に入れてはいないし、その場合この場で消される可能性がある。逆に持っていないから、殺される可能性もある。しかし、殺そうと思っている相手を一般の社長室へ招き入れることはしないだろう。
「いや、手に入れたい」
 CASLLは慎重に言葉を選んだ。
 初老の男性は、ふむと口を結んだ。彼は疑っていないようだった。
 それはそうだろう。加門は今それを持って逃げている筈なのだし、CASLLは関係者には見えまい。
「どこでお聞きになった」
「噂になってますよ」
 AFOの社長であろう男は、クツクツと笑った。そしてCASLLを伴って歩き出した。
 途中で少し若い男と、社長が入れ替わる。CASLLは男に連れられて行く形になった。
 男は説明する。
「ここの敷地の地下にも広大な研究施設がある。信頼度は二重丸だ」
 地下へのエレベーターの乗り換えは複雑だった。八階で降り、カードキーを使ってエレベーターを動かし、それから今度は地下二階でエレベーターを乗り換える。
 その肯定を携帯電話のメールに打ち込んで、CASLLはケーナズと加門へ送っておいた。もし、自分が中から出られなくなったときの為に。


 冥月は苦い顔で言った。
「組織というものが嫌いだ」
 ウィルスは退治されてしまっていた。もう、ここにあるのはただのガラス瓶であり、ウィルスではない。それはケーナズによってなされた。
 大学に用意されている多くの食堂や喫茶店の中から、一番雰囲気のいいオープンテラスのあるカフェレストランに四人は座っていた。
「私も嫌いね、基本的に」
 軽く麗子が同意する。ケーナズは黙っていた。真雄が、少し残念そうにウィルスの培養液が入っていたガラス瓶を眺めている。
「ぼくはウィルスがどう人間に働くのか調べてみたかったなあ」
 呑気に恐ろしいことを言う。ケーナズがそれを睨んだ。
「ごめんなさい」
 困った顔で真雄は微笑む。
 ケーナズは眼鏡を外し、ハンカチで拭きながら言った。
「私はAFOに話がある。あまり物騒なことはするつもりはない」
 冥月は少し考えるように額に右手を当てた。
「加門のことがある。それに、汚い研究は潰すことにする」
「賛成だな。あのおじさん、気の毒にホテル爆破されたぐらいだしね。どうなってるかちょっと心配だよ」
 麗子は今まで気付かなかったのか、慌てて携帯の電源を入れた。
 その動作にケーナズも携帯の電源を入れる。メールの着信音がして、ケーナズはじっと自分の携帯電話を読み流している。
「地下に研究室があるらしい」
 そう言ってCASLLからのメールの文面をケーナズは冥月と真雄に見せた。二人は画面を覗き込んでいる。
 冥月の隣に座っている麗子は、電話をかけていた。
「出ないわよ」
 そう言ってまたボタンを操作する。
「……はぁい、加門ちゃん。って、あれ? あんた誰」
 麗子はふざけた声のあと、疑り深い声になった。全員が彼女を見ていた。
「カーチェイス中? あのオンボロカナブンで?」
 冥月は加門のビートルを想像した。言い得て妙というか、たしかにカナブンに見えなくもない。
「ちょっと、こっちは研究室へ乗り込む算段よ。あんた達、逃げ切りなさい」
 まだ何か言いたげだったが、電話が切れたようで、麗子は赤い携帯電話を睨んでいた。
 冥月がまず、立ち上がる。次いで麗子が立ち上がった。冥月は細く背が高かったが、麗子は豊満な体で冥月より少し低い。丸い身体つきをしていた。真雄とケーナズも席を立ち、全員がAFOへ向って歩き出す。
「加門ちゃん、大丈夫かしらねえ」
 麗子の言葉に冥月が少し嫌気が差したように答えた。
「あれなら平気だろう」
 そういうものかもしれない。


 拾われたシュラインはいい迷惑だった……かもしれない。
「まさか、こんなことになってるなんて」
 彼女はトントンとコメカミを指で叩きながらつぶやいた。加門はくわえ煙草で車を走らせている。助手席にシュライン、後ろに夕日が乗っていた。
「AFOなんか調べたって無駄だったろう」
 加門がステアリングを切りながら言う。煙草の灰が車の中に落ちる。加門はまるで気にしていない様子だった。
「そういうわけでもないわ。全面的にキナ臭い会社で、敵も多いし味方も多いわね。チャイニーズマフィアより、香港マフィアとつるんでる。最近イスラム圏のテロリストとも関わりを持ってるわ。もしかすると、ウィルスはテロ用かもしれない」
 後ろからは大型トラックが二台とBMVが一台、追ってきていた。
「エビチリかペキンダックの違いかよ」
 加門は煙草をくわえたまま、意味もなく言った。後ろから夕日が冷めた声で突っ込む。
「どっちも中華料理よ」
「じゃあ、お前香港料理と中華料理の違いわかんのかよ」
 加門は若干イライラしていた。一人身や男を乗せているならば、このままどうとでもなるが、昨日今日見知った一般人の女を二人乗せていることが、彼の重荷になっている。
 シュラインが厳しく言った。
「加門さん、ちょっと落ち着いて」
「落ち着いてるよ」
 不機嫌な声で加門は答える。
 後ろの車は加門の車を挟み込もうとしている。麗子の電話だと、彼女達はAFOに乗り込むと言っていたわけだから、逃げ続けられれば無事だ。たとえ捕まったとしても、すぐに解放されるかもしれない。そうか、捕まっても解放されるか。
「開発会社の不審火は正真正銘、裏切り者の仕業だったみたいね。彼、たぶん殺されてるわ」
 加門ががっくりと頭をハンドルへつける。プー、とクラクションが鳴った。
「ち、捕まえなけりゃ殺されなかったってか」
 最低な気分だった。
 新しい煙草を取り出そうと箱を取ったところに、シュラインが煙草を取り上げる。彼女は自分で煙草をくわえた。加門は彼女が吸うのかと、ライターを手渡す。彼女は少し息を吸って煙草に火をつけたあと、加門の口にくわえさせた。
「ご親切にどうも」
「いいえ。嫌な道に入ってきたわね……」
 海沿いの道はカーブが多い。夕日が窓から身体を乗り出して後ろを見て言った。
「来るわよ」
 車で挟まれないよう、車線の真ん中を走っていた。前から車が来たら正面衝突だ。その前に、後ろの大型トラックにオカマを掘られる方が早そうだった。
「よくわからねえな。開発会社もAFOで、AFOはまだ研究所を持ってんのか」
 ハンドルを切る。キキキキ、と甲高い音が鳴り車が方向転換をする。
「でしょうね。だって、ワクチンが作れなくちゃ困るでしょうし」
 夕日が後ろから顔を突き出して眉を寄せる。
「私だけ全然話が見えないんだけど」
「説明してる状況かよ」
 その一言で加門が片付ける。
 いくつ目かのカーブを曲がったとき、ついに衝突音と衝撃がカナブンことビートルに走った。全員が一瞬目配せをする。加門が突然訊いた。
「お前等、泳げるか」
「人並み程度には」
 シュラインが短く答える。
「なんでそんなこと訊くの?」
 夕日はそう訊いた。加門はアクセルを踏みながら、めんどくさそうに顔をしかめる。
「今CASLLと冥月とケーナズに麗子……あときっとあの真雄って奴もAFOに突っ込んでる。
AFOの裏稼業は全面的に潰すだろうな。冥月が一緒だし、能力的にあいつらならやりかねない。ケーナズやCASLLが簡単に俺を見捨てるとも思えない。なら、俺は必ず助かる筈だ」
「なに? どういうことよ」
 夕日は加門のシートに捕まりながら言った。
 シュラインが口をきゅっと結んで、加門を睨みつける。
「あなた、捕まるっていうの」
「ちょっと待ちなさいよ。そんなの許さないわよ」
 夕日が色めき立つ。加門は煙草をくわえたまま、フロントガラスを見つめていた。
「次のカーブで海に突っ込む。窓を全開にしろ、落ちたら外へ出ろ。なるべく浮き上がらず、どこか遠くへ行け。後はお前等の運次第だ。奴等は俺が引き受ける」
「どうやって」
 そう言ったシュラインは、既にシートベルトを片手で外していた。手動の窓を全開にする。夕日はそれに従いながら、それでも不服そうな顔をしていた。
「浮き上がればいいのさ。俺だけ、な」
「カッコつけてんじゃないわよ。ここまで来たら何人捕まったって一緒でしょ」
 夕日が加門の肩を後ろから殴る。加門は口をへの字に曲げて、渋い顔をしていた。
「バカ言え。全員捕まってみろ、全員助け出すのが面倒だから言ってんだよ」
「そんなこと言ったって、海の上でしょ? 浮いてたら簡単に標的にされるわよ。死ぬわよ」
 シュラインは窓から身体を乗り出して、もう準備を始めていた。
 加門はいつもと同じ眠たそうな顔で、ちらりとだけバックミラー越しに夕日を見た。それからくわえていた煙草を夕日へ渡す。彼女が戸惑いながら口をつけるのを見ながら、加門はかすかに笑った。
「グッドラックだ」
 そうして、車はガードレールを突っ切って海へ飛び出した。
 
 
 CASLLのメールに一通返信が来ていた。「すぐいく」とだけ書いてあった。
 ケーナズが「すぐいく」と書いている場合、はっきりと瞬時に彼が来ると考えてもいい。彼は瞬間移動ができたし、もしできなくても、なんらかの手段を使ってこちらに向かっていると考えて間違いないだろう。
 CASLLは安堵した。一人のヒーローはカッコイイが、やはり寂しいものだ。
 研究所は銀色で統一されていて、まるで近未来に来たかのようだった。今のところエレベーターを降りてすぐに右折、そして次に左へ曲がったところにいることだけがわかっている。案内の男は研究員のいる部屋を指して、意味のわからない説明をする。CASLLはわかったような顔をしていた。
 マウスが変な実験に使われているのを見て、つい顔をしかめる。しかしまだときではないと、アタッシュケースを握り締めて我慢した。マウスを助ける為に来たわけではない。研究の実態を知って、それをぶち壊す。それがCASLLの仕事だ。
 銀色のドアを開け、中に白い椅子とテーブルが置いてあった。CASLLはそこへ促され、座った。
 案内の男は少し楽しそうに言った。
「今は成年男子に効力のあるガス、ウィルスを研究中ですが、今後は妊婦や子供限定の物も考えています。女がいる限り子供は増えますし、子供がいる限り大人も増えますからね」
 プッツン、と何かが切れる音をCASLLは聞いた気がした。それは自分の中で、堪忍袋よりも性質の悪い何かが切れた音だった。
 CASLLは大きなトランクほどもあるアタッシュケースを開けて、中からチェーンソーを取り出した。
 案内の男が口を噤む。そして、彼は一瞬恐怖しているようだった。
「ショータイムの始まりだ」
 CASLLはチェーンソーをキュィィンと鳴らしながら小さな声でつぶやいた。
 
 
 海から上がった二人は、あえぎあえぎ防波堤のハシゴを伝ってあがった。二人とも真っ青な顔をしていた。
「もう……最悪だわ」
 夕日が口の中で毒づいた。
 シュラインは額についた髪を丁寧に取り除き、耳へかけ、髪を結いなおしている。それから青色の携帯電話を見て、少しほっとした表情になった。
「どうしたの」
 夕日は髪を背中に追いやりながら、シュラインに訊いた。シュラインは少し微笑んだ。
「携帯電話、防水にしていてはじめて役に立ったわ」
「あの男が捕まったのに、そんなことどうでもいいじゃない」
 夕日は悔しそうに下を向いた。しかしシュラインは確信めいた口調で言い切った。
「いいえ、そんなことはないわ」
 シュラインの言葉に、夕日が首をかしげる。それからゆっくりと、また訊いた。
「どういうこと?」
「最悪の状況を想定してみるの。例えば、麗子さん達のグループが研究所を壊滅させたとしても、加門さんを追ってる奴等が手を引かない可能性があるわ」
「そんなこと想定しなくたっていいじゃない。向こうが壊滅すれば、こっちの奴だって手を引くわ」
「だから、一番最悪の状態を考えるのよ。加門さんの持っている物が偽物だってすぐ知れるわ。私の持っている瓶と交換していないから、携帯化粧水入れのまんまなんだもの。そうしたら、誰かが持ってると思うわね」
 すらすらとシュラインは言葉を継ぐ。こんな状態なのに、と夕日はしょっぱい唇を噛んだ。
「加門さんの携帯はたぶん安い物だったと思う。麗子さんからの電話のときに、確認したのよ。あのとき麗子さんの電話番号をメモっておいて正解だったわ。……ともかく、加門さんの携帯は使えない、つまりAFOは誰がウィルスを持っているのか考える。すると、私の名刺が加門さんの尻ポケットに入ってるわ。携帯番号まで、丁寧に書いてある。一応連絡してくると思う。そうなれば、取引きができるでしょ。取引きができる状態なら、加門さんは殺されない」
 夕日はぽかんとしている。ベタベタした服を肌から引き剥がしながら、ふうと一つ溜め息をついた。
「呆れたわ。泳いでくる間にそんなこと考えてたの?」
「半分は車の中で考えたんだけど」
「もっと呆れた」
 二人はペタペタと歩きながら少し途方に暮れたように、閑散とした倉庫を見渡した。
「麗子さんに電話をかけてみましょうか」
 シュラインは完全防水の携帯電話をピッと操作して電話をかけた。
 夕日は彼女の頭の回転の速さに脱帽しつつ、夕日の沈む海を振り返り、もうAFOに連れて行かれたであろう加門のことを考えた。


 シュラインからの電話で麗子はAFOへ向かうのをやめ、車を降りた。
 代わりに冥月が運転して、会社へ向かうことになった。
 運転をしながら、助手席に乗っている真雄に話しかける。
「捕まったか……」
「間に合わなくはないんじゃないのかな。生きてさえいれば、大丈夫」
 真雄は医者として言っているのだろう。にこやかな笑みには自信が窺える。冥月は少しほっとした。知り合いが死ぬのはあまりいい気がしない。あの、気に食わない男でも例外ではなかった。 ケーナズは眼鏡を取り、じっとしている。何か考えに沈んでいるようだった。
 車内は静かだ。
 AFO本社ビルは十二階建ての白い建物だった。銀色の看板がついている。夕暮れに白い建物が映えていた。
 車を道に寄せて、三人は外へ出た。玄関付近で冥月と真雄はケーナズと別れた。ケーナズは組織のトップに話をしたいのだという。きっと、ウィルスの開発について多くのことを助言進言し無駄且つ非道なことをやめさせたいのだろう。
 冥月と真雄は二人で地下駐車場まで降りた。
 冥月は小さな声で静かに訊いた。
「お前の能力は戦闘向きか」
「不向きではないよ」
「わかった」
 二人はそれだけ会話を交わした。
 その後、冥月が影の中の空間を捻じ曲げてその階下への通路を作る。真雄は感心するようにそれを見ていたが、貫通したと思ったらすぐに影の中へ飛び込んだ。ストン、と銀色の空間へ真雄が降りたので、冥月もその後を追った。
 廊下はどこまでも銀色だった。少し、目の前がくらつく程だ。
「悪趣味だね」
 真雄がとても愉快そうに言う。
 遠くで悲鳴と騒音が聞こえた。そちらにCASLLがいるのだろうと判断した冥月と真雄は、銀色の廊下を音を頼りに進んで行った。途中、白衣を着た男達が通り過ぎて行ったが、彼等は誰もが怯えているようだった。
 突然銃声がする。冥月は、CASLLの影を捕まえて空間を移動した。サブマシンガンの銃声が目の前で聞こえる。そして、身を屈めている冥月の上で、チェーンソーの刃で銃弾を防いでいるCASLLがいた。
 冥月の登場に驚いた三人組の男に、冥月はすぐに殴りかかった。真ん中の男の顎を突き上げ、すぐに隣の二人を連続して蹴りで薙いだ。CASLLは研究室の破壊をしている。
 そこへ真雄がやってきた。廊下の向こう端にいる黒いスーツの男達を確認する。冥月が向かおうとすると、真雄に手で制された。真雄は何かを収束させて、男達を串刺しにしてしまった。男達は一発の銃弾を発することもなく、ただ崩れ落ちた。
「何をした」
 冥月が訊く。
「メスを集めただけ。死んではいないと思うよ」
 真雄はおっとりと微笑む。
 CASLLのチェーンソーの音ばかりがしていた。それが止んだ頃、CASLLはアタッシュケースの底から小型の時限爆弾をいくつか取り出し、冥月達に渡して研究室のあちこちに取り付けさせた。


 ケーナズが問答無用で十二階の社長室へ入っていくと、黒ずくめの男達が二人ハンドガンを持って立ち塞がった。
 ふん、とケーナズが鼻を鳴らした瞬間に、男達のハンドガンが弾け飛びそして男達の腕はあらぬ方向へ捻じ曲げられた。
 うがぁ、と呻く男二人を尻目に、ケーナズは社長らしい初老の男へ近付く。
「私はあなた達の健康食品云々に文句をつけるつもりはさらさらない。ただし、あなたの今頭にある問題には大いに関係している。言わなくてもいい、私にはわかるんだ」
 ケーナズはすうと片手を上げた。
「完結に言おう。新種のウィルスやガスを開発することは金輪際やめたまえ。次に、テロリストに手を貸すのをやめなさい。その次に、新種の麻薬を開発することをやめろ。ついでに、今捕らえている深町・加門を解放しろ」
 言ったケーナズはふっと視線を上げて、奥のドアを睨んだ。ドアが、一瞬にして弾け飛ぶ。その奥に杖をついた老人が立っていた。
「聞いていましたね、会長」
 ケーナズが苦々しく言う。会長はニタリと笑った。
「正義の人。我々がやらずとも、誰かがやるんじゃよ」
「それならば全ての火の粉を払うまでだ」
 ケーナズは瞳も動かさずにガラス張りになっている窓をパシンと消滅させた。会長は、杖を握ったまま動くこともしない。
「何かがなくなれば何かがそこへ収まる。自然の摂理じゃよ」
 殺すわけにはいかない。会長の頭の中も、社長の頭の中も手に取るようにわかった。この二人は、本当に信じている。必要悪が絶対的にいることを。しかしケーナズは、人を殺すタイプではない。
 引き下がるまでか、と痛感しじれったくなった。
「私が示唆したわけではないが、あなた方の研究は全て塵と化した。それでもあなたには何かの力があるかな」
 ケーナズは苦々しくつぶやいた。
 会長はあっさりと言った。
「あるやもしれん、ないやもしれん」
「警察を呼ぼう」
 ふふふ、と初老の社長がかすかに笑った。
「正義の人、何も起こっておらなんだよ」
 次の瞬間に、二人の老人は宙を舞っていた。図らずしも割ったガラスの向こうへ、飛び出したのだ。ケーナズは瞬間に飛び出し、二人の老人を抱えて瞬間移動を繰り返し地上へ降りた。
「……起こったんだ。なかったことにはさせない」
 ビルで火災報知器が鳴り、多くの社員達が外へ飛び出してくる。
 そこへ冥月と真雄そしてCASLLが出て来た。全員、怪我らしい怪我はしていないようだった。
「後は加門だが……」
 ケーナズは失神している老人二人を真雄へ診せ、真雄は二人の老人の息を確認した。
 外はもう暗くなっている。
 
 
 麗子はシュラインと夕日にサイズの合わない自分の服を着せた。
 一番近かったのが麗子の家だったというだけだ。幸い、最初の銃撃戦に居合わせた彼女の洋服ダンスは穴だらけではなかった。
 加門の取引きは午後八時に偶然にもシュライン達の行き着いた倉庫前だった。
 麗子は自分だけで行くと言い張ったが、二人は譲らなかった。仕方がないので、三人はタクシーで倉庫前まで向かった。
 近くで降り、静かに歩いて現場へ向かう。シュラインが、小瓶を握り締めていた。
 男達がトラックの前にいる。麗子がワルサーを取り出し、遠くから一発空へ銃弾を撃ち出した。それを合図にして、彼女達へ男達が視線を向ける。
「瓶と、加門を交換よ」
「瓶が先だ」
「加門の顔を見せなさい」
 麗子は落ち着いている。それからシュラインと夕日も、存外に落ち着いていた。
 シュラインが小声で言った。
「加門さん生きてるわ、トラックの中で……あら? ラジオ体操してる」
「はあ?」
 夕日が両手を上げてわけのわからないといったジェスチャーをしてみせた。
「夕日ちゃん、トラックの鍵火でなんとかならないかしら」
 夕日の発火能力を知った麗子が小声で言う。夕日は静かにうなずいて、トラックへ視線を向けた。
「すぐ溶けるわ」
「オーケイ、エマちゃん、私に瓶ちょうだい。私が行くから」
「ええ……加門さん、鼻歌唄ってますけど……」
「つまり加門は、トラックの荷台の見張りをコテンパンにしてどうやって外へ出るのかだけに困ってるわけね。大体予想はつくけど、音が聞けるとこんなに楽だとは思わなかったわ」
 麗子は半分呆れ顔だった。
「先に瓶を渡すから、絶対殺さないで」
 男達に言って麗子が足を踏み出す。同じ瞬間に夕日が小さくつぶやく。「できた」
 途端、トラックの荷台を蹴破って加門が飛び出してきた。ハンドガンがドン、ドンと撃たれる。麗子が走り出す。加門は驚くべき速さで立っていた男五人を伸してしまった。どうやって倒したのか、確認する暇もないぐらいに素早かった。
 加門は倒れている男達の身体をエイエイとこれでもかというほど蹴っている。
 三人が加門に近付いた。
 加門の顔半分は腫れていて、頭から血も流していた。海水で濡れたままになっているアチコチも破けている。
「げぇ、何よそれ。もっと巧くできないわけ?」
 麗子が加門から顔を背ける。
「私って血だめなのよね」
 シュラインと夕日が同時にハンカチを差し出すと、加門は眠たそうな顔で頭を横に振った。
「血って、なかなか落ちねえんだぜ」
 断ってから、また加門は男達を殴りに戻って行った。
 夕日がシュラインに訊く。
「普通縛られたりして動けないもんじゃないんですか、人質って」
「……そう、よね?」
 シュラインも不思議そうに首をかしげている。
 麗子が頭を押さえながら、ゲンナリした声で言った。
「関節外れるし、手錠なんか外しちゃうし、あの男昔中国雑技談にいたのよ」
「嘘言うな、嘘」
 加門が戻ってくる。麗子はまた顔をしかめ、加門をしっしとしながら言った。
「なんでもいいから、来ないで。早く海で血洗いなさいよ」
 夕日とシュラインは目を合わせて、仕方がなさそうに笑うしかなかった。
 
 
 ――エピローグ
 
 AFOは告発を受け、重役の多くは警察に取り押さえられた。
 ケーナズは少し不服そうだった。
 CASLLは真雄という『闇医者』に出会え、幸福そうだった。彼は、原因不明の子供達を治す為、賞金稼ぎをして資金を稼いでいるのだ。
 冥月は合流した加門の流血沙汰で満足したらしく、一発殴るをチャラにしようとしたが、加門が「男前ねー」とチャチャを入れたので、結局一発ボロボロの加門をぶん殴った。
 シュラインは妙に加門に懐かれ、たまに情報を提供してくれと言われるようになり、少し迷惑そうだった。
 真雄は闇医者稼業が忙しくなると少しぼやいていたが、CASLLのことを基本的に嫌いになれそうもなく、いい奴と認知したのかはにかむような笑顔でその依頼を受けている。
 夕日は、相変わらずとっかえひっかえ犯罪者を追い、何故か加門を追い、忙しそうだった。
 全員はなんの打ち合わせもなく解散し、なんの約束もしなかった。
 シュラインや真雄や冥月はそれこそ通行人に戻ったし、ケーナズは賞金稼ぎとはなんの関わりもないと言い張り、CASLLは悪役俳優を務めている。夕日は加門に突っかかりながら警察の仕事をこなしているらしい。
 ともかく全てはなかったことのように、流れてしまった。
 麗子がオカマだという事実は、誰にも知らされないままで。
「だからこいつはオト……」
 言おうとした加門の脳天に、麗子の華麗な蹴りが決まったのは、避けた後の麗子の仕返しが怖いからなのだということは、誰も知らない。加門と麗子だけが知っていることである。
 実際、今後関わらない人間にとっては、知っても知らなくてもいいことだ。


 ――end
 
 
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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086/シュライン・エマ/女性/26/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1481/ケーナズ・ルクセンブルク/男性/25/製薬会社研究員(諜報員)】
【2778/黒・冥月(ヘイ・ミンユェ)/女性/20/元暗殺者・現アルバイト探偵&用心棒】
【3453/CASLL・TO(キャスル・テイオウ)/男性/36/悪役俳優】
【3586/神宮寺・夕日(じんぐうじ・ゆうひ)/女性/24/警視庁所属・警部補(キャリア)】
【3628/十里楠・真雄(とりな・まゆ)/男性/17/闇医者(表では姉の庇護の元プータロ)】

【NPC/深町・加門(ふかまち・かもん)/男性/29/賞金稼ぎ】PC登録してあります。
【NPC/如月・麗子(きさらぎ・れいこ)/男性/26/賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          ■
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「ウィルス・バスター」にご参加いただきありがとうございます。
文ふやかです。
もの凄い長さになってしまいました。申し訳ありません。
また、お会いできることを願っております。

 シュライン・エマさま

毎度どうも! 加門初お目見えありがとうございます。シュラインさんの頭脳派が出ていればと思います。どうかお眼鏡に適いますように!