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<東京怪談ウェブゲーム アトラス編集部>


幽霊屋敷の謎を追え!


□ オープニング □

「いやいやいやいや、暑い暑いと思ってましたら、いきなりのこの夕立! 参りましたな、まったく」

 慌しい喧騒に包まれたアトラス編集部の中に一人の男がやってきたのは、突然鳴り出した雷鳴の後に激しい雨が降り出した、そんな夕方の事だ。
男は少し雨で濡れてしまったシャツの袖を折り、ポケットからハンカチを取り出して、忙しく額を拭う。
 
 月刊アトラス。オカルトを取り扱う雑誌としては全国的にメジャーな雑誌。取り扱う内容は、オカルトに特有のどこかインチキ臭いものから、そこはかとかく真実味をおびたような話まで。
今やってきた男は、時々思い出したように編集部にやってきては、ポツリとオカルティックなネタをおとしていく情報屋だ。

「待ってたわ、中田さん。……あら、降られちゃったのね。ご自慢の頭髪がだいなしよ」
 整った顔に満面の笑みを浮かべつつ、編集長の碇・麗香が男を出迎えてそう告げる。
挑発的なスリットの入ったスーツ姿に、抜群のスタイル。メガネの奥では意思の強そうな切れ長の瞳がスラリとした光を放っている。
中田と呼ばれた男は「いやはや」とこぼしながら頭をさげて、額を拭っていたハンカチをポケットの中に突っ込んだ。
「自慢だなんてそんな。ごく普通のヘヤーですから。それよりも碇さん、例の屋敷の件、調べてまいりましたよ」
「ありがとう、待ってたのよ。……で、どうなの?」
 頭髪の事をヘヤーと言う中田の言葉を気に留めることもなく、碇は満面に笑みを浮かべたままで傍にあった椅子を引いた。
「どうぞ、座ってください。今お茶とお菓子をおだししますわ。……さんしたくぅん!」
「アヒャアアァァァ!」
 碇の呼び声に呼応するかのように、離れた場所から絶叫がたちのぼる。
「アヒャァじゃないのよ。情けない声をあげてる暇があるなら、記事の一つも書いてちょうだい。原稿の提出が遅れているのはあなただけなんだから」
 冷ややかに放たれた碇の言葉に、三下・忠雄は隅っこのほうの机の影から顔を出してコクコクと首を動かした。
「すすすすすすすみません、あのでででも僕は何度も原稿を書いて提出してるんですが」
 碇に対する恐怖心からか、三下の顔は明らかに引きつっている。
 
 三下が呟いた言葉に、碇はメガネを片手で持ち上げながら口許だけを緩ませる。
「あなたが書いてくる原稿はリアリティがないのよ。わかる? その現場に立ち会った者にしか分からない空気。緊張感。それが持つ現実味。そういったものが背景にないものを、どうして雑誌に載せられるというの。……まったく。とりあえず、お茶!」
 容赦のない碇の言葉に責め立てられて、三下はしょんぼりと肩をおとす。そしてコーヒー置き場に歩いていくと、カップを二つ用意して手近にあった洋菓子を皿に盛りつけた。

「まったく……読者が求めるものを分かってないのよ、三下くんは。……それで、どうだったんですか? 例の幽霊屋敷」
 大袈裟な嘆息を一つついてみせてから視線を中田へと向け直し、碇は再び満面の笑みを作る。
「はあ、それがですね」
 胸ポケットから取り出した手帳をパラパラとめくると、中田はとあるページで指を止めて説明を始めた。


 東京都の外れにある小さな島。そこは夏場だけの観光地として一部の間で有名な場所だ。
だが基本的には住む者もいないので、地図には載っていないような場所でもある。
 その島の中にある一軒の屋敷が、今回中田が持ってきた噂の現場だ。
 数十年前に起こった殺人事件の現場だったとか、屋敷の庭にある木の根元には死体が埋まってあるだとか、浮かばれない霊が今でも屋敷の中をさまよっているだとか。
いわゆる幽霊屋敷として有名な屋敷なのだが、それゆえにまつわる噂は数多く存在していて、そこから事実を選び出すのは容易ではない作業でもある。

「殺人事件ですが、この島で起こった事件っていうのは、過去34年間皆無に等しいんですよ。あったとしても窃盗ですとかそういった類いのものでして」
 三下が運んできたコーヒーを口にしながら中田が言うと、碇は立ち去ろうとする三下の首を捕まえつつ首を傾げた。
「34年、ね。それ以前には人死にがあったの?」
「猟師の船が行方不明になってまして、島の岸壁で見つかったという事件が38年前に。この時乗っていた方が一人お亡くなりになってますが、屋敷の方とは因果関係がありません」
 中田の応えに対して小さく頷くと、碇はその視線を三下へと向けて何事かを考え出した。
「ヒ、ヒイイイイィイイ……」
 二人の会話を耳にしていた三下は碇の視線が意味するものを早くも悟り、腰を抜かしてその場に座りこむ。
「……そうね、ちょっと行って調べてきてもらえるかしら、さんしたくん? ちょうどいいじゃない。現場に立ち会った者にしか味わえない臨場感! 夏だし、ちょうどいい特集になりそうだわ」
「ヒャアアアアアァァァアアアアア!」
 憐れを誘う三下の声が編集部内に響き渡る。

 窓の外では、夕立の終わりを告げる稲光がピシャリと光っていた。


□ 集まった面々と憐れ三下 □

 憐れを誘う三下の絶叫が響き渡る編集部のドアをくぐって来たのは、きちんと揃えられた銀色の短髪をわずかに雨で濡らした少年だった。
彼はこの編集部に足を踏み入れたのは初めてらしく、どこか遠慮気味にぎこちない足取りで中田の傍まで近寄ると、絶叫を口にしつつ悶絶している三下を気にしつつも碇に頭をさげた。
「あら、あなたは見ない顔ね。……中田さんのお知り合い?」
 メガネのフレームに指をかけつつ少年を見やると、碇は華やかな笑みを浮かべて会釈を返す。
 中田は碇の言葉に首を横に振ってみせて片手をひらひらと動かした。
「白王社ビルの入り口で雨宿りなさってたんですよ。ほら、急な夕立でしたでしょう。私も入り口で少し体を拭いてきたんですがね、そこで少しだけお話していただきまして」
 中田の説明を受けて碇が頷くと、少年は制服のポケットからハンカチを取り出して頬に伝う雨滴を拭いとり、ゆっくりと口を開いた。
「はじめまして。尾神 七重と申します。こちらにお邪魔するのは初めてですが、月刊アトラスはよく拝見させていただいてます」
 淀みなくそう告げる七重の言葉に微笑みを浮かべ、形よくくびれた腰に片手をそえて碇は大きく頷いてみせる。
「嬉しいわ、ありがとう。ちょっと騒がしいところだから落ちつけないかもしれないけれど、ゆっくりしていってね」
 にこやかにそう言いつつ、残る片方の手で三下の頭を軽くこづく。
三下は大袈裟に頭を抱えて転がるように逃げだし、ちょうどそこに居合わせた女性に縋りついて事の次第を訴えた。
「ひどい……ひどいんですよおぅ。聞いてくださいいいぃ」
 さめざめと泣いて顔を持ち上げれば、三下を見下ろして立っていたのはシュライン・エマ。彼女はすらりとした細身の長身に胸元が大きく開いたスーツをまとい、切れ長の瞳を緩やかに細めて薄い笑みをはりつかせている。
そして自分の足を縋りつく三下の頭をひと撫でしてから小首を傾げ、流行りの口紅を塗った唇の端を持ち上げる。
「また泣いているのね、三下くん。今度はどういう取材を言い渡されたの?」
 幼い子供を宥めるような口ぶりでそう言いながら笑む彼女に、三下はぐしゃぐしゃになった顔をさらに涙で濡らして事の次第を説明し始めた。

「へえ、幽霊屋敷ですか」
 三下の話が一通り落ちついた頃、エマと三下の会話を中断させるように口を挟んできた者がいた。
エマがそちらに顔を向ける。そこにいたのは絹糸のような金髪に若草のような色をした瞳が印象的な青年だった。
青年はエマと目が合うとふと穏やかな笑みを浮かべ、彼女と碇に順番に頭を下げた後に七重にも会釈をする。
嫌味のない、だが気品ある動き。中田が小さく感嘆の息を洩らす。反した表情を浮かべているのは三下。三下は青年の顔を確かめると恐怖に満ちた目を何度も瞬きさせた。
「あら、モーリスさん。今日はめずらしくラフな服装なのね。休暇中?」
 碇がモーリス・ラジアルという名の青年に向けて小さく片手をあげた。
「ひ、ヒィィィィィ、モーリスさんんんん」
 言葉にならない雄叫びをあげて床に座りこむ三下を心配して七重が近寄ると、三下は七重に抱きつくように逃げこんでくる。
「……どうされたんですか?」
 わずかに眉根を寄せてモーリスを見やる七重に、モーリスは首をすくめてみせた。
「さあ? 調子でも悪いのかもしれませんね」
「モモモモーリスさんは僕をいじめるじゃないですかぁああ」
 三下の嘆きが編集部内に響く。
「いじめるんですか?」
 自分よりは背の高い三下を庇うようにしながら、七重は目の前のモーリスを見上げる。モーリスは七重の視線に小さく笑うと小首を口許を片手で隠してかすかに笑みを洩らした。
「いじめてはいませんよ。ただ少し……そう、少しだけからかったりしているだけです。……それより、幽霊屋敷ですか?」
「そうそう。その幽霊屋敷の取材に行くんでしょう? 三下くん」
 思い出したように手を打ってそうエマが言葉をかければ、三下は今にも卒倒しそうな表情でメガネを曇らせる。
そんな三下の気持ちなどお構いなしに、碇がデスクに腰掛けて腕を組んだ。
「三下くんの特技を思えば頼りないんだけれどもね。……どうかしら。もしあなたたちが暇だったら、三下くんに同行してくれないかしら? ほら、ちょうど良い時期だし」
 腕を組みなおしてそう言いながら、碇はエマとモーリス、そして七重の顔を順に眺めていく。
「ええ、構わないけれど……ちょっと電話だけさせてもらうわね」
 碇の申し出を快く引き受けてから、エマは携帯電話を手に取った。
 一同からは少し離れた場所まで移動してからどこかへ電話を始めたエマを見やりつつ、モーリスが手近にあった椅子に腰をおろす。
「私も構いませんよ。ちょうどいただいた休暇を持て余していたところですし」
 ビンテージのジーンズをさらりと履きこなし、すらりと伸びた足を優雅に組んで目を細める。
日頃スーツ姿でいることが多いせいもあり、こうしたラフな服装をしている姿はめずらしい。
碇はモーリスの目を見据えて深く頷くと、「ありがとう」と軽く礼をした。
「よろしければ僕もご一緒させていただいていいですか?」
 三下を宥めつつそう述べたのは七重だ。彼は制服姿であったので、碇は小さく首を傾げて小さく唸る。
「ありがたい申し出だけれど……ご両親とかに了解はとらなくていいのかしら?」
 すると七重は首を横に振ってからわずかに口ごもり、何事かを考えるような目をしてから碇の顔を見つめ返した。
「……僕の家は霊的な事象などに対応する仕事をしています。僕も例外ではありません。今回の件が常でない事象であるなら、確認の電話一本を淹れておけば済むことです」
 丁寧にゆっくりと、しかし毅然とした口調でそう告げる。
 碇は七重の言葉にゆったりとした微笑みを浮かべて頷いた。
「それじゃあ、お願いするわ。よろしくね、尾神くん」
 
 一通り話が決まったところで、エマが電話から顔を離して碇に声をかけてきた。
「それで、その幽霊屋敷っていうのは、どこにあるの?」
 電話の向こうにいる相手に行き先を伝えておきたいのよ、と付け足して笑う彼女に、碇は返事を口にしかけてから中田を見やる。
中田はその視線の意図するものを察すると、エマの方に顔を向けて口を開いた。
「一応東京ではありますが、船で数時間ほど移動しなくちゃいけません。一部の方には知られていますが、地図にも載っていない小さな島なんですよ」

□ 到着 そして探索 □

 東京を発った船に揺られ、涼やかな海風を身に受けながらエマが振り向いた。振り向いたそこにいるのは何やら必死に頭を押さえている中田の姿。
「そういえば一つ確認したいのだけれど、いいかしら? 今から行く島って住んでいる人の人口はどの程度なの?」
 艶やかな黒髪が風になびくのを確かめながら、中田がこくこくと頷く。
「基本的に住人はおられないんですよ、シュラインさん。交通の便もあまり良くないですし、医師の不在などもあるようですが。それでもそれゆえに環境はよろしいとの事で、夏場は一部の観光客がぽつぽつと訪れたりする程度のようで」
 中田の応えにふむと頷き、エマは風に流れる黒髪を片手で押さえこんだ。
「観光客が来るならそれを目当てにした店や宿なんかも出ますよね。今まで一度も住人がついたことはないんですか?」
 エマの言葉を受け継ぐようにモーリスが続ける。海風が瞬間的に強く吹き、中田は慌てて頭を抱え込む。その横ではうずくまって震えている三下と、彼を庇いつつも中田の頭髪から目が離せないでいる七重がいた。
「住人といいますか、正確には別荘を構えていらっしゃった方もおいででした。ただそれも30数年前のことですし、今は別荘を構えていらっしゃる方はいないようです。建物自体は現存しているのですが、荒れ放題みたいですね」
 すらすらと応えを述べる中田に満悦の笑みを浮かべ、エマが片手を顎に添えた。
「じゃあ、なぜ別荘の持ち主達はそれを手放したのかしら? それは調べている?」
「ええ、もちろん。ええと理由は様々です。単純に財産が底をついたからという方もいますし。……でも」
 風が凪ぐ。不用意に訪れた静けさが不気味に思えたのか、三下が情けない声を発して七重にしがみつく。
 中田の頭髪に目を奪われていた七重だが、三下がしがみついてきたときの衝撃で我に戻り、片手を挙げて中田を呼ぶ。
「……でも? 何かあったんですか?」
 七重の問いに同調したのか、エマとモーリスが言葉なく頷いた。
「ええと、一つ不穏な噂がありまして。件の屋敷から、ある夜突然そこにいたはずのご夫婦がいなくなったというんですね。それから夜な夜なその別荘からしくしくと泣き声が聞こえるようになったんだそうで。その噂が噂を呼んで、別荘の主は皆退去なさったらしいんですよ」
 そもそも別荘の数自体も少なかったらしいですけれどもね、と中田は付け足す。
 エマはふむと頷いて視線を持ち上げ、船が目指す先を見やって形の良い唇を緩ませた。
「……それで、そのご夫婦が不明になったという事件があったのは、どのくらい前のことなんですか? 実際に死体が見つかったというわけではないんですよね?」
 再び吹き出した風に目を細ませた七重が問うと、中田はポケットから手帳を取り出して慣れた手つきでページをめくる。
「それが34年前です。碇さんにお伝えしました今回の件に関わるものですね」
 手帳のページがはらはらと風でめくられていく。中田は慌てて頭を押さえ、いやいや風が出てまいりましたなと呟いた。
「――――ともかくも現地に行ってみれば分かるでしょうか。既に住む人がいない建物であるなら、観光に訪れた若い方々が悪戯に入りこんでいるかもしれませんね」
 くすりと笑うモーリスが着ているシャツが風を帯びてはたはたと舞う。
 波の向こうには沈みかけた太陽が赤い炎を燃やしているのが見えていた。

 それから数時間後。船が島に着いたときにはすでに陽は落ち、あたりは暗い闇で覆われていた。
「今日これから現地に行くんですか?」
 七重がそう訊ねると、そのすぐ傍で三下がヒイと呟いた。
「早いほうが良いでしょう。さっそく行きましょう」
 三下の肩を軽く叩きながらモーリスが楽しげに応える。三下の顔は見る間に青ざめていき、もはや蒼白を通り越して真白になっている。
卒倒しそうな三下の背中を支えながら、七重が顔をあげて中田を見やった。
「さきほどモーリスさんが仰っていたように、現地には悪戯目的で訪れている方々がいるかもしれません。僕は明日の昼に一度下見をしてからの調査を提案します」
 七重の申し出にエマが頷く。
「余計な手間はなるべく避けるべきね。ここは七重くんの提案を尊重しましょう」
「そうですね。色々と揃えておきたいものもありますし。宿と出来るような場所はあるのでしょうか?」
 モーリスが中田の顔を確かめると、中田は先ほど取り出した手帳を再び手にしてページをめくった。
「キャンプ場でテントの貸しだしをやってます。予約はすでに取ってありますので、本日はゆっくり休みましょう」
  
 翌日の昼前に現地に到着した一行は、想像していたよりもだいぶ小さなその建物を前にして、ウウムと小さく唸っていた。
「屋敷っていうくらいだから、こう、とんでもなく広いところを想像していたけれど……普通のお宅なのね」
 入り口に飾られた控え目な門にかかる草を払いのけながら足を踏み入れ、エマがそう言った。
 そこにあるのはエマの言うように、ごく普通の一軒屋ほどの大きさをした建物だった。
二階建てで、当時は洒落たものだったのだろうか、西洋のそれを思わせる白壁は長い年月の後にはがれ落ちている。
「思った通り、侵入者が立ち入った形跡がありますね」
 エマに続いて門をくぐり抜けたモーリスが、二階部分にある窓を見上げた。
 窓はことごとく割られ、飲み食いした後があちこちに認められる。玄関のドアは蹴り破られているし、その中には誰かが寝泊まりしていたのか、毛布なども見うけられる。
「――不法侵入ですね」
 三下と中田と並んで門をくぐり抜けた七重がそう呟くと、エマが足を止めて振り向いた。
「私達はこの土地の管理主に許可を得てきたのだから、侵入者にはならないわ。いきましょうか」
 ふわりと笑んでみせる。
 そう、三人(正確には三下と中田を含める五人)はこの辺りを管轄する不動産に問い合わせ、土地の権利を有する老人に電話をしてきたのだった。
老人は東京郊外に住居を構えていたが、不動産に関してはわりと最近入手したものだから、事件等のいきさつについては一切知らないとの応えを告げてきた。
「管理している方がいきさつを知っていれば話も早かったのでしょうが……しょうがないですね」
 七重が小さなため息をこぼす。
「いやしかし、あちこち壊れているのは見目的によろしくないですね。直しておきましょう」
 そう告げたモーリスが玄関の壊れたドアに手を伸べる。と、ドアはまるでたった今作られたものであるかのような真新しいそれへと変貌した。

 建物の中に立ち入る。窓ガラスがことごとく壊れているためか、中の空気は思ったよりも悪くない。その代わり埃や土などが積もり、放置されてきた年月の長さを彷彿とさせる。
「さすがに汚れがひどいですね」
 眉根を寄せてそう言い放つモーリスに、エマが同意を示してみせた。
「こうまで放置されていれば、妙な噂の一つ二つものぼって当然かもね」
 頷くエマの少し前の位置に立ち、モーリスは不快そうに口許を歪めて、置き去りにされたままの家具を指でなぞる。多量の埃が指についてきたのを確かめて、改めて不愉快そうにため息をついた。
「……もしかしたら噂というのはただの作り話なのでは」
 引け腰で歩いてくる三下を庇いつつ、七重がそう呟く。
「そうかもしれないわね。まあそうだとしたら、霊と間違われるような原因がこの家のどこかにあるかもしれないし。少し散らばって色々調べてみましょうか。それで必要なら夜にまた出直せばいいのだし」
 腕組みをしてそう述べるエマの言葉にモーリスと七重が首を縦に振る。
「よよよ夜にまた来るんですか?」
 憐れな声を張り上げたのは三下だ。彼はエマの言葉とモーリスの笑顔に当てられて、力なくよろよろとふらついた。

□ 日記 □

 エマの発言を受けて一行は各自気になる点をチェックするために群れを解いた。そして思い思いにそれほど広くはない屋敷――一軒屋の中を散策はじめた。
 
 エマは肩からさげていた小さなカバンからメモ帳を取り出すと、家の見取り図を描いていく。そうしつつ、部屋の中に放置されてある家具やカーテンなどに目を向ける。
例えば白いカーテンやガラス。鏡。あるいはそういったものの破片。そういったものが外部からの光を反射して、あたかも霊的な存在がそこにあるかのような錯覚を与えてきたかもしれない。
あるいは、人知れず住みついている浮浪者等がいたかもしれない。その場合、そういった生活跡は必ず残っているはずだ。
切れ長の瞳を時折細ませつつ、彼女は立ち入る部屋の隅々までも見眺める。
 隣の部屋では、七重が埃だらけの机の上で倒れていた、古めかしい写真いれを手にしていた。
入っている写真は見る影もなく破れ、腐っている。だが彼は表情を崩すことなく写真を裏返し、そこに何か書かれていないかなどを確かめる。
 この家に住んでいた一家は突然消えたのだという。そして庭には死体が埋められているという噂があるという。
そこに事件性があるのかどうかはさておき、こういった細かい場所に夫婦の痕跡があるかもしれない。
――だが七重の思惑とは裏腹に、確かめた写真の裏には書きこまれた文字など残されてはいなかった。
 カタリ
 急に背後から物音がして、七重は驚き振り向いた。
「どうやら私と同じ所を探しているようですね、七重さん」
 モーリスの姿を確かめてから小さく嘆息をもらし、七重は小さく頷いた。
「……ここで生活していた一家の痕跡が何かあればと思い、探しているのですけれども……」
「見つかりませんか?」
 やわらかな笑みを浮かべつつ、モーリスは七重の瞳を見据える。
「まだ引きだしを見ていません。何か……日記のようなものでもあれば」
 モーリスの目から視線を外すことなくそう返し、七重はかすかに銀を放つ髪を軽くかきあげた。
 カタリ 再び物音がして、七重とモーリスはそちらを見やる。エマがメモ帳をひらひらと揺らしながらふわりと微笑む。
「観光客が冷やかしに侵入していた痕跡のほかには、特に残っていなかったわ。毛布なんかはおそらく不用になって捨てていったものとかでしょうね。それから何らかが霊に見間違われたかもしれないと思ったんだけど、それも特にないみたいね。残る可能性は方位的なものだけど」
「幽霊の正体見たり、ってことはなかったんですね」
 机の上の埃を片手で払いのけながらそう返したモーリスに、エマが小首を傾げてみせる。
「方位的な、といいますと……方角的に霊が集まり易いとかそういった類いのことですか?」
 七重の言葉に首を縦に動かして、エマが言葉を続ける。
「凶方位にあたることは確かなのよね。ただ間取りや家具の配置なんかを見る限り、それが多少やわらいでいるっていうのも確かだし。ただし、昼と夜の顔とじゃ違うだろうから、夜にもう一度来てみるべきね」
 三人がいる部屋のすぐ向こうにある玄関で控えていた三下が、エマの言葉を受けて小さく悲鳴をあげた。
 口許に小さな笑みを作り、モーリスが緑色の瞳をゆるりと細める。
「それでは一度引き上げましょうか。……このように、どうやら何らかの手がかりは得られそうですし」
 その手には古めかしいノートが握られている。やはりボロボロになっているが、それはモーリスが残る片手で撫でつけることで改善された。
見る間に真新しい状態へと戻っていくノートの表紙には、黒マジックで書かれた『日記』という文字が見て取れた。

 日記と称されるそのノートには、日記というよりは雑記といった方が正しいような事柄が書かれてあった。
どうやら夫婦は出産を控えていたようで、妻の気分転換にと島を訪れていたらしい。ペットとして飼われてあったネコの絵なども残されている。
「ネコ……」
 七重が低く呟きながら、玄関脇の小さな庭に目を向ける。
「いやいやいや、それじゃあもしかしたら亡くなったっていうのはネコの事なんでしょうかねえ」
 額に滲む汗を忙しなくふき取りながら中田が口を挟む。
七重は中田の顔を見つめてから睫毛を伏せると、中田の言葉を否定した。
「少なくともネコなどの動物がこの周辺には埋められていないと思います。……その、とても薄いんですが、人の気配なら庭先に」
 バタン  中田の後ろで震えていた三下が、七重の言葉を耳にして卒倒した音が部屋の中に鈍く響いた。

□ 庭先に遺されていたもの そして帰還 □

 夜。しっとりとした闇の気配が漂う中、抜けて行く風はひんやりと冷たく、一行の間を過ぎていく。
再び屋敷を前にした三人(正確には五人)は、昼とは違う顔を見せている一軒屋を見上げてそれぞれにため息をついてみせた。
出掛けに腹痛だの頭痛だのを訴えた三下だったが、「私は医者でもありますから大丈夫ですよ」というモーリスの笑顔に圧倒され、とぼとぼと重い足を引きずってくる。
「さて、と。どうかしら、七重くん? 昼に感じたという気配は」
 とぼとぼと歩いてくる三下と、それを励ます中田とに視線を配りつつ、七重はゆっくり口を開いた。
「昼よりは強く感じます……やはり庭からですが」
 ちゃんと聞いていなければ流してしまいそうなほどの小声。それは三下に対する優しさからだったが、三下は七重の言葉を逃さず聞きとめて顔一杯にイヤな汗を流している。
「じゃあ、今行ったらお会いできるかしら」
 言うが早いか、エマは躊躇することなく庭先へと踏み入っていく。続き、モーリスが足を進めた。
「幽霊屋敷というからには、やはりそうでなくては雰囲気出ませんからね」
 楽しげな笑みを浮かべているその顔は、冒険を前にした子供のそれによく似ている。
 七重は少しの間そこに立ち止まって後ろの二人を見やっていたが、それに気付いた中田がヒラヒラと手を振ってせみたのを確かめてから、エマ達のあとを追いかけていった。

 庭は手付かずの状態で荒れ放題になっていた。雑草は七重の背丈ほどまで伸びているし、植樹されたびわの木には青々とした葉が所狭しと繁っている。
「せめて雑草の手入れくらいはしておきたいところですね」
 モーリスが眉根を寄せてため息をつく。そして手近にあった枝を手に取ると、伸びた草を分けながら奥へと進んで行った。
その後ろからは七重がついていき、モーリスが踏み分けていった場所をさらに丁寧に踏みつけて、エマが歩きやすいように道を作る。
エマは二人の心遣いに礼を述べてから歩きだし、一本だけ伸びているびわの木に目を向けた。
「やっぱり何かを埋めるとしたら木の根元かしら? でも、もしも事件性があるとしたら、わざわざそんな目立つ場所に埋めたりしないわよ、ねえ」
 小首を傾げる彼女の前方では、モーリスがびわの木に手をあてて周りを確かめている。
「掘り起こされた土の跡や、何かが埋められた痕跡は……こうも荒れた状態では掴めないですね」
 言いつつ、七重に目を向ける。七重はモーリスの視線に小さく頷くと、暗紅色の瞳に光を宿して周囲をぐるりと確かめた。
そしてびわの木の少し向こう――庭の隅にあたる場所を指で示すと、呟くように言葉を発した。
「その辺りに小さな石があるはずです。その下に……何かが」
 七重の声が最後まで言葉を成す前に、ちょうど彼が示していた場所に、ぼんやりとした白い影が浮かびあがる。
「でででででで」
 三下の絶叫が途中で闇に消えていく。そしてその後にバタリと倒れこんだ音がした。
白い影はゆうらゆうらと揺れながら、少しづつ人の形を成していく。
卒倒してしまった三下は中田が抱えている。三人は各々それを確認すると、形を成していく影に目を向けた。
 白い影は煙のようだったが、夜の闇を背景に、やがてぼんやりと女の形を作り上げた。
年の頃は二十代半ばといった感じだろうか。痩せ細った体が痛々しい。
「はじめまして。シュライン・エマと申します」 
 小首を傾げて笑みを浮かべつつ、はじめに挨拶したのはエマだった。彼女は女の影に向けて片手を伸べたが、何か思ったのか、ふと手を引っ込めた。
続いて口を開いたのは七重。七重はエマより半歩ほど前に乗り出すと、真っ直ぐな視線を影に向けて会釈する。
「僕は尾神七重と申します。こちらに霊が出るのと噂を聞きまして、失礼を承知の上でお邪魔しております」
 丁寧に挨拶をしている七重の横に立ち、モーリスもまたゆったりと頭をさげた。
「モーリス・ラジアルです。良かったらあなたが現世に留まっている理由を教えていただけますか?」
 穏やかに微笑むモーリスの手には、机から見つけた日記が握りしめられている。
 影はその日記に目をやると、虚ろな口をゆっくりと開き返事を発した。
『――――ここに遺されたものを、私の元まで……』
「そこにあるものはなんですか? 人とかではないですよね」
 七重がゆっくりと足を進める。エマが七重を制しようと腕を伸ばしたが、その手はすぐに彼女自身の髪にあてられた。
エマは夜風に揺れる髪を手ぐしでときながら、七重の問いに対する影の返事を待った。
『ここにあるものは……ここには産着が……』
 影はそう応えると両手で顔を覆い隠し、小さくすすり泣きながら、やがて闇に溶けるように消えていった。

 影が消えていった後に残された夜の気配に、エマが小さく唸り声をあげる。
「……産着」
「日記に書かれてあった通りですね」
 口許を片手で隠しつつ、モーリスが目を細めた。
「……僕がそこにあるものを取り出します」
 影が立っていた辺りを指でさし、七重がかすかに睫毛を伏せる。
七重の指がゆっくりと土中に埋まってあるものを釣り上げる。出てきたものは、少し大きめな箱だった。


「つまり、あなたはまた役に立つ前に失神してたってことね」
 やわらかな笑みを作っていつつも、その口調には確かに怒気がこめられている。
 アトラス編集部。そこに帰還した彼らを出迎えた碇は、背中を丸めている三下の頭を軽くこづいた。
「ハア……余計な荷物をつけちゃったかしら。ごめんなさいね。……それで、幽霊っていうのはどうだったの?」
 椅子に腰掛けてコーヒーを口にしている三人を見やりつつ、碇はくびれた腰に手をあてた。
コーヒーとともに出された菓子を口に運んでいる中田を横目に、エマがカップを受け皿に戻す。
「結果から言えば、霊の正体は昔あの屋敷で生活したことのある女性だったのよ。妊娠していて、でも出産を間近にした時に、ちょっとした事故で流産してしまったそうなの」
 眉根を寄せてそう告げる彼女の表情は、無念のままに島を後にした夫婦に対する感情をにじませている。
「それで、不幸な思い出を封印するためにと、用意していた産着などを別荘の庭に埋めて、そのまま別荘を売り払ってしまったのだということです」
 菓子が喉につまったのか、ゲフゲフとむせている中田の頭髪にハラハラしつつ、七重が告げた。
 碇はその話を聞いて小さく頷くと、深いため息を一つついて頭を掻いた。
「……不幸な話ね。……それで、その女性は?」
「島から帰った後に体を壊して亡くなったようです。ご主人のほうは今も健在でした。なので産着はご主人に渡しておきましたよ」
 重そうに口を開いたモーリスの首元で、ネクタイが小さく揺れる。
 モーリスはそう応えて小さくため息を洩らし、「……泣かれるのは苦手なんですよ」と呟いた。
 碇は三人の説明を言葉なく聞き終えると、ゆっくりと顔を三下に向けた。
「三下くんもお疲れ。今回の調査は記事に出来ないわね。っていうことだから、原稿におこすために別の取材に行ってもらわなくちゃいけないんだけれども」
「ヘ…………?」
 碇の言葉に、三下は目を点にしている。
「へじゃないのよ。実はまた新しい噂を入手してね。今度は墓地なんだけど」
「ぼぼぼ墓地!」
 ウヒャアと絶叫するまえに卒倒してしまった三下を、三人は今度は苦々しく笑いながら見守るだけだった。

   

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男性 / 527歳 / ガードナー・医師・調和者】
【2557 / 尾神・七重 / 男性 / 14歳 / 中学生】



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■         ライター通信          ■
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このたび「幽霊屋敷の謎を追え!」を書かせていただきました、高遠一馬と申します。
まずは発注してくださいましてありがとうございました。
三名様の相関設定等を確認しつつ執筆いたしましたが、何らかの不手際がありましたらお詫びいたします。
あとは、いつもながら長文になりました。ももも申し訳ありませんでした。
結局40枚近くございます。飽きられたりせず、少しでもお楽しみいただければと思います。

>シュライン・エマ様
はじめまして。今回はお声をかけてくださいましてまことにありがとうございました。
とてもしっかりとしたプレイングで、話を書くにあたって非常に助けていただきました。
シュライン様はとてもしっかりとした女性だというイメージでしたが、設定等と異なるような点がありましたら仰ってくださいませ。

>モーリス・ラジアル様
いつもお世話になっております。いつもながらの遅筆・長文で申し訳ありません;
しかもモーリス様、なんだかいじめっこです。ごごごごごめんなさい。
ラフな服装で、とのプレイングでしたので、それを反映させたかったのですが……文中、そこにあんまり触れていません。申し訳ありません(汗

>尾神・七重様
いつもお世話になっております。いつもながらの遅筆・長文で申し訳ありません;
今回はプレイングで笑ってしまいました。その辺りをなにげに強調してみたつもりですが、いかがでしたでしょうか。
中田にツッコム七重くんというのも浮かんだのですが(笑)。その辺は割愛いたしました。

三名様、まことにありがとうございました。また機会がございましたら、お声かけなどよろしくお願いいたします。