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<東京怪談・PCゲームノベル>


『 花唄流るる ― a photo album ― 』


【一枚目】
 きぃーっとドアが開いた。
 手に小さな封筒っぽい白い物を持った天樹燐は部屋に入ると、ベッドに腰を下ろし、艶やかで長い黒髪を洗練されたような動作で耳の後ろに流した。
 そんな彼女の美貌に称えられている表情はどこか幼い子どもを連想させた。どこかへお出かけする前の小さな女の子の表情。
 わくわくして、
 嬉しくってたまらなくって、
 表情を押し隠すのを我慢できないって。
 そんな表情を浮かべながら彼女は手にしていた封筒の中身を、ベッドに出した。
 封筒の中からベッドに広がったのは写真だった。
 その写真のどれも燐はとても愛おしげに見ている。
 その中の一枚を手に取ってみる。
 小さな木造のコテージ。瀟洒な造りとは程遠いけど、でも小さくって、かわいくって、馴染みやすそうなそんな雰囲気のコテージで、
 そのコテージの前には亜麻色の髪の美しい女性と、眼鏡をかけたひょろっとした男性が恥ずかしそうに並んで立っていた。
 その写真を燐はどこか憧憬の眼差しで見ていた。



 +


「姉さん、電話だよ。松井って女の人から」
 二番目の弟が子機を持って、クーラーが効いたリビングでノートパソコンで前期考査の代わりに課題として出されたレポートをしていた燐はちょっと眉根を寄せた。
 ――――と、言うのも彼女がやっているのはローランエリック教授の文化人類学の課題で南極大陸のエスキモーたちの間で伝えられているバナナ伝説について調べ、その意見をまとめる物で、それでエリック教授の文化人類学は単位が出ない講義で有名で、出席しているのは燐を含めて6名で、一番最初の講義でのエリック教授の第一声がこの6名のうち何人が後期考査までもつか楽しみです。そしてその人たちがちゃんと単位を取れるかももっと楽しみですね、という学生を完全に馬鹿にしきった態度が癪に障って、それで燐はこの講義で優を取るために必死なのだ。
「誰だろう?」
 ちょっとバナナ伝説………エスキモーたちの間で今も行われている奥さんの人権を無視した酷いしきたりに気分を害している燐はそれを隠せずに苛っとした声を出した。
 子機を彼女に渡した弟は燐が機嫌が悪そうなのはきっとレポートが一行に進まないせいに違いないと思い込み、八つ当たりをされぬうちにさっさと退散する事に決めたらしく、脱兎の如くリビングから出て行った。
 その後ろ姿を見ながら燐はため息を吐いた。
「はぁー、やれやれね」
『もしもし、燐ちゃん、何か言った?』
「あ、いえ、えっと………」
 ――――確か松井、って弟は言っていたはずだが、その苗字に心当たりが無いのだが?
「松井さん…ってどの松井さんですか?」
 燐がそう言うと、電話の向こうから小さくくすっと笑う声が聞こえてきた。
『ああ、ごめん。ごめん。橋爪恵子って言えばわかってもらえるかな? 燐ちゃん』
 その言葉を聞いた途端に燐の眉間に刻まれていた皺が一気に弛緩された。
「え、あ、嘘。タトゥー・ハート………恵子さん、恵子さんですか?」
『ええ、そうよ。お久しぶりね、燐ちゃん』
「うわ、えっと、いつ日本に帰ってきたんですか? 確か恵子さんは中国の地下に広がる幽霊の世界(と言っても本当の幽霊ではなく、これは隠語で、中国には一人っ子政策のために戸籍の無い人が多く居て、そんな戸籍の無い人たちが生きていくために地下に集まり、そこで陰徳風水などを学んで裏世界で生きていくための力をつけている)の長から依頼を受けて、地竜を目覚めさせるための方法を探していたんじゃ?」
『うん、そう。それで、ね…』そう言った後に受話器のスピーカーから聞こえてきたのは照れたような笑い声だった。
『それでね、その方法を探す過程で日本に帰ってきて、それで小説家をやっている……その、あの、旦那と出逢ったのよ』
「え、あ、はい?」
 見る見る燐の顔が赤くなっていく。
「旦那様って、旦那様ですか?」
『あ、うん。旦那様。それでね、一ヶ月前にその地竜の仕事を片して、日本に帰ってきて、それでそのままその小説家やってる彼と結婚して、ペンションを始めたんで、その挨拶にと想って。また葉書を送るけど、ひとまず先に電話で報せようと想ってさ』
 しばしぽーっとしていた燐は顔をくしゃっとして、う〜ん、と唸ると、
「すごい。すごいですね。あ、そうだ。7月の30日で前期考査が終わって、夏休みになるので遊びに行ってもいいですか?」
『え、ええ。それはもう大歓迎よ。ぜひに来て』
「はい。では、お父さんのような人と、可愛い娘たちを連れて行きますね♪」



【二枚目】


 燐は机の上に置かれていた紙袋の中から一冊のアルバムを取り出した。
 そのアルバムの一枚目のページに松井夫妻のコテージの葉書を貼り、小さなメモ用紙に女の子らしい少し丸みを帯びたかわいらしい字で文字を綴っていく。
 ―――親愛なる友の幸せな姿を見れてとても嬉しく幸せだ。どうかあなたの幸せが末長く続きますように。


 そして燐はその葉書の隣に松井夫婦の写真も貼ると、今度は二枚目の写真を手に取り、それを見て、にこりと両目を細めた。
 その写真に写っているのは、燐と………そしてあと二人…とても大切な人たちと…虫一匹。



 +


 松井夫婦のところまでの交通手段は二つ。電車か車。
 車の方が自由が利く感じだが、燐が選んだ手段は………
「あ、おはようございます、燐さん」
 真っ白なワンピースドレスを着て、同じく真っ白でピンクのりぼんで飾られた帽子をかぶった美しい少女、倉前沙樹。
 両手でドラム缶バックとトートバックを持った彼女に燐はにこりと微笑む。
「おはよう、沙樹さん。それにしても大きな荷物ね」
「はい。3日分の着替えと洗面用具、それと手作りクッキーにお弁当」
 燐は胸の前で両手を合わせた。
「わぁー、すごいわね。手作りクッキーにお弁当なんて。もちろん、お弁当も手作りなんですよね?」
「はい。そうですよ、燐さん」
 燐は沙樹が持っているトートバッグをしげしげと眺める。
「私は料理ができないから本当に料理ができる沙樹さんが羨ましいです」
「いえ、そんな大した事じゃないです」
 ふるふると顔を横に振って謙遜する沙樹に燐もふるふると顔を横に振った。
「大した事です。大した事です。ほんと、羨ましいですよ、沙樹さん♪」
 にこりと笑った燐に沙樹は真っ赤な顔にはにかんだ笑みを浮かべさせた。
「お弁当は春の夜桜見物の時に燐さんや白さんがよく食べていた物を中心に作っておいたんですよ」
 笑みを浮かべた口元に軽く握った拳をあててそう言う沙樹に燐はパンと手を叩く。
「まあ、それは素敵ね。で、クッキーは?」
 下唇に立てた人差し指の先をあてて小首を傾げた燐。
 沙樹はくすりと笑いながらトートバッグを軽く持ち上げ、
「クッキーはハーブ入りクッキーや、ナッツを砕いたのをまぶしたりしたんです。クッキーはスノードロップちゃんが好きなのをメインに」
「ああ、沙樹さんはあの娘と仲良しさんだものね」
「ええ。それにちょっと前に巻き込まれちゃった事件でスノードロップちゃんと白さんに迷惑をかけてしまって、そのお詫びにって」
 燐はああ、と頷く。沙樹と彼女の従姉妹がこの夏に巻き込まれてしまった事件は聞いているし、それに燐が彼女を誘ったのもその事件のせいで元気の無かった彼女らに元気を出してもらうためだ。残念ながら彼女の従姉妹は予定がつかなくって、今回は不参加になってしまったが。
 そんな事を話していれば、こちらに向って飛んでくる虫一匹。
 燐は肩をすくめて、沙樹にくすっと笑いかける。
「噂をすればなんとやら」
「ですね」
 沙樹も嬉しそうに微笑んだ。
「でしぃ〜〜〜♪」
 ひらりとひとひらの花びらが風に舞って飛んでくるようにスノードロップが飛んできた。
 そしてドラム缶バックとトートバックの手持ち紐を手首に引っ掛けて、両の手の平を上に向けた沙樹めがけて飛んできたスノードロップは沙樹の上に向けられた両の手の平の上に正座して座った。
 顔を手の平に向けた沙樹と、その顔を見上げるスノードロップは同時に可愛い顔ににこりとした笑みを浮かべあう。
 そんな二人を見て燐はとても微笑ましそうに顔を緩ませた。
 そして視線をその向こうに向ける。数多くの人の群れの中から出てくるのは背の高い銀髪の青年。
 燐はその人に向って頭を下げた。
「おはようございます、白さん」
「おはようございます、燐さん」
 白は燐に優しく微笑すると、
 今度は銀髪の下にある青い瞳を柔らかに細めながら沙樹に微笑んだ。
「沙樹さんもおはようございます」
「あ、はい。おはようございます、白さん」
 沙樹は両の手の平の上にスノードロップを乗せた状態でぺこりと慌てて頭を下げた。だから両手も同時に下に下がる訳で、驚いたスノードロップはバランスを崩して沙樹の手の平の上で後ろに転がって、
「わぁー、でしぃー」
 スノードロップは悲鳴をあげて、
「あわわわ。ごめんなさい、スノードロップちゃん」
 と、沙樹も慌てて手の平の上のスノードロップに謝って、
「い、いえ、大丈夫でし」
 泣きそうな顔をする沙樹に向って頭の後ろを撫でながら笑ってみせるスノードロップ。
 そんな小さな妖精の愛らしさに沙樹は微笑んでしまう。
 そんな沙樹とスノードロップに燐と白は顔を見合わせあって、くすりと微笑みあった。



 +


「あれ、沙樹さんはどこに行ったのかしら?」
 燐はホームの周りを見回した。
 始発の電車がもう直に出るというのに沙樹とスノードロップがいない。
「ホームはここでいいのですよね?」
「ええ。そうですけど………」
 小首を傾げた白に燐も小首を傾げる。
 そして二人してホームの隅にある時刻表と睨めっこした。
 時刻表には確かに乗る予定の電車が3番線ホームから出ると書かれている。小首を傾げる燐。
 その彼女の肩にぽんと手が置かれる。その手を見て、その手の主を見る。
「何です、白さん?」
 沙樹とスノードロップが見つかったのだろうか?
「燐さん、ひょっとして沙樹さんとスノードロップは5番線ホームに行ってしまったのではありませんか? ほら、ここからも同じ時間に電車が出ますから、間違ったのかも」
「あっ」
 燐は開いた口を片手で覆った。
「確かにそう言えば私は時間でしか伝えてません、沙樹さんに…」
 ――――しまったという表情をして燐は野球帽を被った頭をぺちっ、と叩いた。



『沙樹さん、6時8分の電車ですからね』
『あ、はい。わかりました。6時8分の電車ですね』



「ホームと時間で言うべきでした…」
 ―――いくらしっかりとしているからといっても沙樹は電車に乗るのに慣れてはいないのだから別行動するべきではなかった。
 燐は下唇を噛み締める。
「大丈夫ですよ、燐さん。さあ、行きましょう」
 白は燐の手を握って、走り始めた。
 手を握られたまま走る燐はびっくりしたような顔で白の背を見つめていたが、そんな白にくすりと笑うと、ぎゅっと握られた手を握り返した。
 5番ホームに出る階段を駆け上っていると、ちょうど駅員のアナウンスが流れ、そして電車がホームに滑り込んでくる音が聴こえてきた。
 普段の燐なら階段なんて二段三段飛ばしで楽々駆け上れるのだが今日はミュールを履いているのでそうはいかないし、やはり白の前でそれは躊躇われた。
 どうやら電車が停車した事らしいのが音でわかった。
 焦燥ばかりが先立ってそれで燐は階段を踏み外してしまう。その燐の手を白が引っ張ってくれた。
「大丈夫ですか、燐さん?」
「はい」
 ――――どうやら今ので右の足首を捻挫してしまったようだ。
「あ、あの、白さん、先に行って下さい。早く沙樹さんを」
 白は何かを言いかけて、でも口を閉じると優しく微笑んで、それで身を翻して、階段を上っていった。
 そして燐がひょこひょこと階段を上っていくと、ちょうど電車の扉が閉まったところで、それで彼女は瞳を大きく見開いて・・・
 ―――と、言うのもなんと扉がしまった電車の中に沙樹と白がいるからだ。
 そして燐と、沙樹、白は何とも言えない表情を浮かべて、
 それで沙樹と白を乗せた電車は発車した。
 ホームに呆然と佇む燐と、ハンカチを振るスノードロップを置いて。
 ・・・。



【三枚目】


 燐はなんだか妙な表情で写っている自分と沙樹、白、そしてやっぱり何も考えていなさそうな顔で写っているスノードロップの写真をくすくすと笑いながらアルバムに貼り付けて、そしてメモ用紙にその感想を書いて、それも貼り付ける。
 ―――スノードロップのせいで出発から一大事。でもそれも大切な想い出。


「さてと、次はこの写真かな?」
 燐が手に取ったのは・・・



 +


「ふぅふぁはぁーーーー。美味しそうでしぃぃぃぃーーーーーー♪」
 花柄のビニールシートの上に腰を下ろした燐、沙樹、白、そしてお弁当の上を飛ぶスノードロップ。
 燐はくすりと笑って肩をすくめる。
「なんだか虫みたい」
 もちろん、そう言った次の瞬間にスノードロップは涙をだぁー。
 その場は明るい笑い声に包まれて、燐も沙樹も顔を見合わせあってくすくすと笑いあった。
 お弁当の中身は本当に燐の好きな物ばかりだ。
 笑みが零れるのを止められない。
 おにぎりを手に取って、口に運ぶ。中身はマヨネーズであえたシーチキン。ものすごく美味しい。やるな、沙樹さん。
「燐さん、どうですか?」
「はい、すごく美味しいです」
「よかった」
 沙樹は花が咲き綻ぶように笑った。
 そしてからあげを爪楊枝でさして、それを白の紙皿に乗せる。
「あの、し、白さん、これもどうぞ。前に白さん、美味しそうに食べていたから、たくさん作ったんです」
「はい、ありがとうございます、沙樹さん」
「い、いえ。どういたしまして」
 嬉しそうに笑う沙樹を見ながら燐もほのぼのとした気持ちになる。その顔に浮かぶのは無防備な笑顔。
 ―――燐は好きな人の前では無防備になる。それが彼女。
 そんな楽しい気分のままに燐は沙樹が握ったおにぎりを口に頬張った。



【四枚目】


「野山の探索とか沙樹さんのお弁当とか美味しかったなー」
 燐はうっとりとした表情を浮かべながらピクニックの写真をアルバムに貼った。
 メモ用紙には・・・
 ―――沙樹さんのお料理は最高。お嫁にもらいたいぐらいだ。


 そして手に取った写真。
 うさぎの耳を持っている泣きそうな燐と、その横で勝ち誇ったように笑っている恵子。
「うーん、がんばらなくっちゃ、ね」
 何をがんばるのかと言えば・・・・



 +


「あ、あそこですよ、沙樹さん、白さん」
 地図と睨めっこしながらやってきた燐は目的地に着いた事を確認すると、後ろの二人を振り返った。
 沙樹は満面の笑みを浮かべ、白も優しい温もりを称えた青い瞳を細めて頷く。
 ちなみにスノードロップはお腹満腹で沙樹のトートバックの中でお昼寝をしている。
「楽しみですね、燐さん」
「はい」
 燐は沙樹に頷くと、視線を白に向けた。
「白さんはどうですか?」
「それはもちろん楽しみですよ」
「はい、良かったです」
「これから行く所は、燐さんのお友達がやっていらっしゃる所なんですよね?」
「ええ。松井恵子さん。旧姓橋爪恵子。二つ名はタトゥー・ハート。フリーランスの何でも屋でね、裏の世界では少しは名の知れた美人スイーパーだったのよ」
 右手の人差し指を立てながら我が事のように嬉しそうに言う燐。
 その彼女に沙樹はくすりと笑いながらおどけたように軽く肩をすくめて、
「でも燐さんほどじゃないんでしょう?」
 そう悪戯っぽく笑う沙樹に燐はくすっと笑った。
「もちろんのろんよ♪」
 笑いあう燐と沙樹に白もくすっと口元に軽く握った拳をあてて笑った。



「あ、来た来た。遅かったじゃない、燐ちゃん」
 亜麻色の肩までの長さのセミロングの髪型をした女性が人懐っこい笑みを浮かべて燐に近寄ってくる。一見するとその華奢な女性が裏世界で名をはせたスイーパーには見えなかった。
「で、お父さんのような人と、可愛い娘たちってのは後ろの人たちでいいのかしら? どうやら予定が変わって可愛い娘たちから可愛い娘さんに変わったみたいだけど」
 恵子はん? と燐の後ろにいる沙樹と白に興味津々といった視線を投げかけた。
「あの、えっと、こんにちは。はじめまして倉前沙樹です」
 沙樹はぺこりと頭を下げた。
「はい。倉前沙樹さんね。それにしても美人さんな娘ね」
「あ、いえ、そんな事は……」
 真っ赤な顔を俯かせると同時にふるふるとその顔を横に振った沙樹に、恵子はにこりと笑いながらその沙樹の顎を右手の親指と人差し指で摘まんで、俯いた沙樹の顔をあげさせた。
「いえ、美人さんよ♪ こんなにも美人さんなのに、謙遜するなんて罪だわ」
 鼻の頭がくっつく寸前の場所にある捕まえたネズミを弄ぶ仔猫そっくりの笑みを浮かべた恵子の顔に沙樹は困ったような表情を浮かべた。
 そんな恵子に燐もしょうがないなこの人は、っていう感じの苦笑を浮かべ、そして恵子に白を紹介する。
「恵子さん、それでこの人が白さんです」
「ああ、お父さんのような人ね。でもお父さんというよりも恋人の方がいいんじゃなくって?」
 ウインクする恵子に燐は両拳を握って、
「恵子さん!!!」
 と、抗議をして、
 恵子はけたけたと笑いながら、
「さあ、こっちよ。燐ちゃんたちの部屋は」
 手招きしながら軽やかな足取りで先に歩いていく恵子に燐は大きくため息を吐くと、沙樹と白に深々と頭を下げた。
「ほんとぉ〜〜うにごめんなさい。恵子さんって昔らからあーいう人で。でも彼女は本当に悪い人ではないから」
 そんな燐に沙樹も白もふわりと笑った。
「わかっていますよ、燐さん。燐さんのお友達ですもの。大丈夫、いい人だってわかっています」
 顔をあげた燐はそう言って優しく笑う沙樹に目をうるうるさせた。
「沙樹さん」
「わわ、ちょっと燐さん」
 そして燐は沙樹に抱きついて、やはりそんな二人に白は見守るような微笑ましい表情をした。



 +


 コテージの前では燐、沙樹、白が楽しそうに動いていた。
 まな板の上の食材を沙樹は軽やかなリズムで手際よく包丁で切っていき、
 そしてそれを白が串に刺していく。
 燐はテーブルの上に食器を並べていく。
 ちなみにスノードロップは沙樹の頭の上で寝そべって楽しそうに沙樹が包丁で食材を切っていくのを眺めていた。
「沙樹さん、食器、並べ終わりましたよ」
「あ、はい、ありがとうございます。えっと、それではこっちに来てサラダを作っていただけませんか?」
 作って、という言葉に燐はにぱぁーっと顔を崩した。
 だって周囲の人間は燐に料理をさせようとしないから。
 だからもちろん・・・
「げぇ、沙樹さん、チャレンジャーね」
 などと恵子には言われてしまうのだ。
 そんな恵子に燐は不愉快そうに眉根を寄せる。
「なんですか、それは!!! 恵子さん」
 燐がそう言ってやると、恵子はにんまりと笑いながら頬にかかる髪を耳の後ろに流しながら、肩をすくめる。
「あら、燐ちゃんに料理をさせないのは常識じゃない」
「な、そんな常識がいつできたんですか!!!」
「んー、香港返還前に起こった香港札術組織とイギリスのマフィアとの抗争の時にクライアントのマフィアもろとも悶絶死させた伝説の中華まんを作った時かしら?」
 そう言われた瞬間に燐は顔を真っ青にした。
「それと台所を爆発させた事もあったし、しばらく二人でニューヨークで暮していた時に私のお気に入りのお鍋を焦がして底に穴を開けた事もあったし、それに・・・」
 指を折り数えて過去の燐の料理での武勇伝を語っていく恵子。それが両の指では足りなくなって、スノードロップの指を借りながらまだしゃべっている恵子に燐は顔を蒼白にし、ちらりと恐る恐る見た沙樹と白は目を瞬かせながら呆気に取られていた。完全に燐から顔色と表情が消える。
「あー、わー、もういいです。もういいですから。えっと・・・あー、もう!!! Be quiet!!!」
 燐は恵子の口を両手で押さえ、
 そしておどけたように両手をオーバーに振ってもがく恵子、
 そんな二人を見て沙樹と白は笑った。
「もう恵子さんったら。あれからどれだけ経ったと想っているんですか? 私だってちょっとは料理の腕ぐらいあがってるんですぅー」
 ぷぅーっと頬を膨らませた燐。
 そんな燐に沙樹はにこやかに笑いながら、千切りにしたキャベツが氷水に浸されて入ったボールと、千切りにしたニンジン、ピーマン、玉ねぎが入ったザルとを燐の前に置いた。
「えっと、お皿にキャベツを綺麗に小山形に盛って、その上にアオミ(ニンジン、ピーマン、玉ねぎの意)をかけて、それできゅうりとトマト、ゆで卵を乗せておいてください。それでその出来上がったサラダに私が作ってきたドレッシングをかけてください。お昼のお弁当のサラダにもかかっていた奴ですから少し申し訳ないんですが。それが終わったら茹でたスパゲティーを3等分に切って、それをボールに入れて、切ったハムを入れて、マヨネーズで和えてくださいね」
「はい」
 幼女の如く嬉しそうに頷いた燐は鼻歌を歌いながらサラダの作成に取り掛かるが、ここで・・・
 くすりと笑った。
「皆をびっくりさせてやるんだから」
 実は燐もこっそりと今夜のバーベキューでのサラダのためにドレッシングを作ってきていた。
 そのドレッシングをこっそりと取り出して、そして出来上がったサラダにかける。
 ドレッシングの香ばしい匂いに満足そうに微笑んで、燐はこくりと頷いた。
「うん、美味しそう」
 と、想うとちょっと小腹が空いた。
 燐はまだ皿の上に置かれているレタスを見る。
 そして思い出した。
 ――――ああ、そういえばまだドレッシングの味見をしていなかったな。って。
 本を見ながら作ったのだから不味いわけはない。
 燐はわくわくしながらレタスを取って、それにドレッシングをかけた。
 そしてそれを食べようと想った時、
「あ、うささんでしぃー」
 沙樹の頭でずっと寝そべっていたスノードロップが大声をあげた。
 なるほどかわいい野うさぎがぴょこりと顔を草むらから出している。
「本当だ、かわいいです」
 沙樹も満面の笑みを浮かべて、
「そうですね。かわいいですね」
 白も嬉しそうに笑っていた。
 そして燐はこちらを物欲しそうに見ている野うさぎと自分の手の中のレタスとを見比べる。
「餌付け、できるかしら?」
 本当はドライフルーツなんかあったらいいんだろうけど、ここには無い。
「んー、あ、でも、このレタスには燐さん特製のドレッシングもかかっているんだし。うん」
 燐はレタスを持って、野うさぎに近づいていく。びっくと野うさぎは震えるが、燐はにこりと野うさぎに笑った。(人はこれを眼つけて、眼力で束縛すると言う。)
 そしてぴくぴくと震える野うさぎに燐はレタスを差し出した。野うさぎがレタスを食べるのかは燐には関係なく、ただ差し出したんだから食べてね♪ と野うさぎに微笑んだ。(人はこれを笑顔で脅迫すると言う。)
「さあ、お食べ」
 野うさぎは食べた、レタスを。
 後ろのギャラリーからおぉー、という歓声の声があがる。
 しかし・・・
「・・・」
 野うさぎはぱたりと口から泡を出して、気絶した。
 どん、と誰かが倒れた音と共に、
「沙樹さん!!!」
 白の心配そうな声があがり、
 ぽむ、と固まっている燐の肩を叩いた恵子の顔には満面の笑みが浮かんでいた。



【五枚目】


 うーんと複雑そうな顔で写真をアルバムに貼ると、
 次の写真を手に取った。
 ―――ちなみにこの写真の下に貼られたメモ用紙には・・・
 ただ一言・・・がんばる、と。
 そして燐が手に取った写真はちょっと艶やかな写真。
 檜の浴槽に張られた乳白色の湯に浸かる美女二人。
 燐は左手で前を隠したタオルを押さえながら右手でピース。
 沙樹はタオルを巻いて更に両手で前を隠しながら後ろを向いている。
 ちょっとしたドッキリ写真。その写り方に二人の性格が出ている。
 燐はくすくすと笑い出した。



 +


「さあ、美味しくバーベキューを食べましょう♪」
 燐は冷たく冷えたビールが入ったグラスを高く掲げ上げた。
「はい、乾杯です」
 沙樹はオレンジジュースが入ったグラスを燐、白、スノードロップとかちんと軽くぶつけ合って、それでそれを口に運ぶ。
「うん、美味しい」
「はい、美味しいですね」
「あ、このピーマン美味しいですね」
「サラダもいい感じです」
「沙樹さん、ここのお野菜食べてもいいでしか?」
 バーベキューを食べながら燐はにこにこと笑いながら皆のいる風景を眺めている。それが燐だ。好きな人に対しては気を張らずに無防備になる。
 そんな彼女の横に立つ恵子が、とんと肘で燐のわき腹を突いた。
「本当に良い人たちね」
「はい。沙樹さんも白さんもとてもいい人です」
「でも」
「でも?」
 小首を傾げる燐。前髪を手で掻きあげながら目をぱちぱちと瞬かせる彼女に恵子はお姉さんっぽく笑いながら、燐の額を右手の人差し指先で軽く突いた。
「白さんを取り合うライバルって。敵は手強いわよ。美人で料理上手。しかもものすごく性格がいい」
「あははははは。でも、はい。負けませんよ。それにあの人は皆に優しいから、だから誰かひとりを選ぶということはしないでしょうし、考えた事も無いんじゃないかな? だから多分、皆がずっと片想いなんだと想います、白さんにはずっと。それに前に見ちゃったんですよね。とても寂しそうな顔で桜を見ていたのを。多分あの人は覚えていないけど、でも理屈とかじゃない感覚で忘れられない人たちがいるんだと想います。だからこそ私が幸せにしてあげたいんですけどね。でも選ぶのは、前に進む一歩を踏み出すのは白さんだから、だから私はあの人の一歩前に居て、手を差し出しているつもりです。そしてその手がつかまれなかった時は、その時はその手で白さんたちの背を押すんです。それがあの雨の日に生きる意味を…私を私にしてくれたあの人への恩返し」
 ビールの入ったグラスを両手で持った燐を恵子はぎゅっと横合いから抱きしめた。
「うんうん、いつの間にか立派な女の子になってるじゃない」
「失礼な。前から私はれっきとした女の子です」
「はいはい」
 と、その燐が持っているグラスの中の液体に波紋が浮かぶ。
 顔をあげると、その彼女の頬を何かが打った。ぽつりと。
 そしてそれは転瞬後にざぁーーーーーと激しい雨に変わった。
「や、ちょっと雨じゃない。ほら、燐ちゃん、皆もコテージの中へ」
「あ、はい」
「わわ、燐さん、白さん、こっち、お願いします」
「そうですね。私がこっちを持ちますから、そっちは白さんがお願いします」
「はい、わかりました」
「わぁー、冷たいでしぃーーーー」
 燐たちはコテージの中に入った。
 激しい雨はわずか数分で全員をずぶ濡れにした。
 恵子は濡れた前髪を手で掻きあげながら燐たちを見る。
「お風呂は出来てるから、入ちゃって。私は、この雨に濡れちゃったバーベキューを調理し直すから」
「あ、はい」
「あの私も、お手伝いします」
 言った沙樹に恵子がにこりと笑う。
「大丈夫。あなたはお風呂に。風邪を引いたら大変ですもの」
「あの、でも・・・」
 言い張る沙樹に燐はにこりと微笑んだ。
「恵子さんの料理は沙樹さんに負けず劣らずにすごく美味しいんですよ。だからここは恵子さんに任せて、私たちはお風呂に。お風呂から上がったら手伝いましょうか?」
 にこりと言う燐。その燐の後ろで、
「手伝うのは沙樹ちゃんだけでいいからね」
 もちろん、すごい勢いで後ろを振り返って燐は抗議の声をあげて、
 その燐と恵子の姿に沙樹は笑った。
 そしてお風呂。
 檜の匂いがする湯船に浸かりながら燐は鼻歌を歌っている。
 白い肌を程よく桃色に紅潮させた沙樹は両手でお湯をすくっている。
「いいお湯ですね、沙樹さん」
「はい。美味しい空気に、気持ちいいお風呂。最高です、もう」
 沙樹は従姉妹も来れたらよかったのに、と残念そうに笑った。
 その沙樹に燐は悪戯っぽく笑った。
「ひょっとしたら気を遣ったのかも?」
「え、気を遣うって?」
 小首を傾げる沙樹に燐はくすりと悪戯っぽく笑う。
「だから沙樹さんが白さんと居られる時間を増やそうかな、って」
 そう言われた沙樹は顔を真っ赤にした。そして顔を俯かせた彼女はちらりと横にいる燐を見る。
「でも燐さんだって白さんを好きでしょう?」
「え、あ、はい。そうです」
 ぽちゃんと水道から水滴が湯船に落ちた音が充分に聞こえるほどに二人とも沈黙する。
 白い湯気がレースのカーテンのように包む風呂場。そのレースのような湯気をふわりと動かして、風呂場に下りていた黙をばしゃっと水の音で壊す。
「わわ、燐さん!!!」
 恥ずかしさで頭が一杯だった沙樹は燐に後ろから抱きつかれて大声をあげた。
 燐はふざけてぎゅっと沙樹の体を抱きしめてぴったりとくっつく。そしてそのまま沙樹の耳元に囁いた。
「私にとっての白さんは『水』です。私を優しく包み込み癒してくれる………そういう想いから水。私は『火』。水は火を消してしまう。火は水を蒸発させてしまう。でも火が燃やした物はそれが栄養となり自然の命を生み出し、水はそれを育む。そうですね。私はそうやって白さんが過去に私を助けてくれたように、私も白さんと一緒になって誰かを支え応援したいんです。恋とは違うかもしれませんね。パートナーという感じでしょうか。でもそれでも選んでもらえたらそれはとても幸せで。私も皆が好きなんだと想います。皆が。白さんという個を好きなのか、それとも白さんを含んだ周りの皆…家族としての白さんが好きなのかわかりません。でも白さんと一緒に居ると幸せです」
 にこりと笑う燐。
 その燐に抱きしめられたまま沙樹も言う。
「私も白さんが好きです。好きな人。側にいるとほんわりと暖かくなるような、落ち着くような。気恥ずかしい気持ちもあって、あれだけど、でもやっぱり一緒にいられるのは嬉しくて。好きだし尊敬もしている。この気持ちが恋かどうかはわからないけど、でも私にとって白さんは特別な人なのです」



 好き、
 その想いは、
 LIKE
 か、
 LOVE
 かはわからない。
 でも二人の乙女は、乳白色の湯に浸かりながら、
 ひとりの人への想いを語り合った。



【最後の一枚】


 燐はくすくすと笑いながら突然に恵子が乱入してきて写していった写真をアルバムに貼った。
 ――――二人で語り合った思い出の入浴タイム。



 燐は色々と写真をアルバムに貼っていき最後の一枚を手にとって小首を傾げた。それはひとつの大きなベッドに白、燐、沙樹の順に三人で寝ている写真だ。
 燐は小さくため息を吐いた。
「恵子さんね」
 そして燐はくすりと笑う。
 そう、寝る時もまたひと騒動であったのだから。



 +


「えっと……これはどうしましょう…か?」
 沙樹は真っ赤にした顔を俯かせた。
「あ、あの、僕は、向こうのソファーで寝ますね」
 そう言って出て行こうとする白。
 だけどその白の手を取り、びくっと小動物のように大きく震えて振り返った白ににこりと微笑む燐。
「えっと、実はちゃんと家族用の部屋を用意しておいてくれたそうなんですけど、飛び入りで三人家族のお客さんが来てしまったそうで、それでその家族さんに恵子さんは帰ってもらうよう頼もうとしていたんですけど、でもこれってお客様あっての商売でしょう? だから私が私たちが使うはずだったコテージをその家族さんに回すように頼んで、それで私たちはちょうどその時にキャンセルが入ったこのカップル用のコテージを使えるようになったんですよ♪」
「か、カップル用って・・・」
 沙樹は大きな…優に四人は充分に寝られる大きなベッドを見て顔を赤くする。
「さあ、では一緒に寝ましょうか?」
「は、え、寝るって・・・寝るんですか???」
 沙樹が目を回しながら裏返った声をあげた。
「はい、寝るんですよ。三人と一匹で」
「一匹ってなんでしか???」
 スノードロップが文句を言うが燐はスルーして、ベッドの真ん中にダイブ。
 そしてころんとひっくり返って、左手でとんとんとベッドを叩く。
「さあ、沙樹さん」
 沙樹は顔を真っ赤にさせながら燐の隣に横になって、
 そして次に燐は右手で叩く。
 白は銀色の髪の下にある顔を真っ赤にしながら手を横に振った。
「い、いえ、僕はだからソファーで眠るので」
「わ、酷い。女に恥をかかせるんですか? 勇気を出して誘ったのに」
「は、恥って」
 白はものすごく困った顔をして、
 沙樹はただただ真っ赤な顔を俯かせて、
 燐はおやじばりの笑いをあげている。
 そして白ににこりと笑った。
「大丈夫。誰も無理やり、白さんを押さえつけておかしたりはしませんから。ね、沙樹さん」
 そう沙樹に言って、その沙樹に、
「当たり前です!!!」
 と、言われた燐は大声で楽しそうに笑った。



 ――――――それを思い出してくすくすと笑いながら燐は、写真をアルバムに貼った。
 その写真はベッドの上で川の字になって仲良く眠る三人の写真で、とても優しい絵であった。
 そしてその写真の下にも燐は思い出の端を綴ったメモ用紙を貼る。




 とても大切な人たちとの一番の記憶の一枚。
 この三人の友情がいつまでも続くように。



 そして燐はそっととても愛おしげにアルバムを閉じた。



 ― fin ―




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】


【 1957 / 天樹・燐 / 女性 / 999歳 / 精霊 】


【2182 / 倉前・沙樹 / 女性 / 17歳 / 高校生 】



【 NPC / 白 】


【NPC / スノードロップ 】




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■         ライター通信          ■
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こんにちは、天樹燐さま。いつもありがとうございます。
こんにちは、倉前沙樹さま。いつもありがとうございます。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


さてさて、今回はこのような面白いプレイングをありがとうございました。
これは白さんが両手に花と言うよりも、燐さんが両手に花と言う感じですね。
プレイングを読んでいる時も、書いている時も、そんな風に感じて面白かったです。
燐さんのご友人さんにはちゃんとした設定が無かったので、
こちらでお話が進めやすいようにこのようなキャラとしておきました。
お気に召していただけていると幸いです。
やっぱり燐さん的に一番のシーンはベッドですかね。^^
ここでもやはりこの旅行は白さんが、ではなく燐さんが両手に花と言う感じがすごく出ていて。
本当に微笑ましいです。


そしてそれとおなじぐらいに燐さんの魅力を出せるように・・・
というか、設定があるのをいい事に思い切り道化っぽくなっていただいたバーベキューでのサラダのエピソードはどうでしたでしょうか?
ここら辺もお気に召していただけていると幸いです。



それでは今回はこの辺で失礼させていただきますね。
本当に今回もありがとうございました。
失礼します。