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<東京怪談ノベル(シングル)>


あちこちどーちゅーき 〜来訪 妖怪トピア

 桐苑・敦己は道を歩いていた。
 とはいえ、人通わぬ深山幽谷などという大層な場所ではなく、ただの田舎道にすぎない。
 JRの駅がある一番近い町から、バスで1時間。その後、ずっと田んぼと畑の間の道を歩いて来ていたわけだ。
 だから、時々自動車とすれ違う事もあるし、民家からテレビの音なんかが漏れ聞こえる事もあるし、畑や田んぼで働く人の姿を見る事もある。何とも、のどかな田舎だった。
 桐苑は、そんな田舎道の途中、目標を示す看板を見つけて足を止めた。
 所々塗装がはげて赤く錆び付いた地を覗かせた看板が、道ばたに立てられた杭にくくられている。その看板には、手書きの文字で『テーマパーク 妖怪トピア』と書かれていた。
 その文字の下には、奇妙な人型の生物としかとれないキャラクターのイラストが明らかに素人が描いた事が丸わかりの下手くそなタッチで描かれており、それからのびた吹き出しに「とっても楽しいよ」と書いてある。
 そして、残された空白は、「うんこ」や「死ね」などの定番をはじめとした落書きで埋められていた。
 激烈にセンスの無いその看板は、作った本人は楽しげな感じを意識したのだろうと想像できたが、どう見ても不気味な印象しか受けない。妖怪トピアとか言うのだから、それで良いのかもしれないが、少なくとも主の意図ではないのだろう。
 ともあれ桐苑は、その看板の前に立ち、そして次にその看板の前から分かれる道を見て、さらにその道の先を見る。
 わずか数十mほどその道を進んだ先に、何やらトタンで作った小屋の様なものが見え、その脇に『テーマパーク 妖怪トピア 入り口』と書かれた板がかけられていた。
「ああ、あそこですか。妖怪のテーマパーク。楽しみだなぁ」
 そう言って桐苑は、何の迷いもなくそちらの方へと足を向ける。ここまで、ダメっぽい雰囲気が漂っているのに、その足に迷いはない。
 やがて辿り着いた小屋は本当にボロボロで、角材とトタン板だけで作られていた。入り口のドアが一つ。そして窓が一つ。窓から覗くと、人ひとり入るのがやっとという広さの小屋の中には、座るところが所々破れてスポンジが露出した丸椅子が一つ置かれているのが見えた。他には何も無い。
 恐らくはここが料金所なのだろう‥‥が、誰も居ない。
 どうしようかと、桐苑が辺りを見回すと、少し離れた場所に、伏せられた金ダライと、棒きれと、『ご用の方は、使ってください』とぞんざいに書かれた板切れがあるのが見えた。
 歩み寄り、桐苑は金ダライと棒を拾い、棒で金ダライを打つ。ガンと音が響いた。そして、何も起こらない‥‥
「‥‥‥‥」
 桐苑は、続けて金ダライを乱打した。辺りの静寂を完全にぶち砕いて響き渡る金ダライ。
 と‥‥
「はいはい! いらっしゃい!」
 声を上げながら走ってきたのは、薄汚れた作業服に麦わら帽子姿の、小太りのおっさん。彼は、桐苑の前に来ると、人懐こそうな笑顔で言った。
「妖怪トピアへようこそ、私がここの園長です。何か御用ですか?」
「あ‥‥どうも。入り口に人がいなかったんですが‥‥」
「ええ、もう誰も来ないんで、普段は人がいないんですよ」
 桐苑に言われて、園長は屈託のない笑顔で答える。そして、作業着のポケットに手を突っ込むと、薄汚れたガマグチを取り出した。
「料金は、大人500妖怪ドル、子供200妖怪ドル、シーズン券5000妖怪ドルになります」
 言って、手を差し出す園長。
「‥‥妖怪ドル?」
 首をかしげる桐苑に、園長は妙に得意げに答える。
「あ、この妖怪トピアの通貨で、1円が1妖怪ドルって事で」
 妖怪なのにドル。そのネーミングセンスは置いておこう。また、そういう明らかに無意味な所にこだわりを見せるのもどうかと思うのだが‥‥まあまあ。
「ああ、そうなんですか。」
 笑顔で受け入れ、桐苑は自分の財布を出し、中を探る。
「えーと、ちょっと大きいのしかないんですが」
 差し出したのは万券。園長はガマグチを覗き込み‥‥
「あーっ、崩れませんな。230円しかない‥‥ん、まあ良いか。せっかく来てくれたんだし、料金は次の時で」
「え? でも、そんなの悪いですよ」
「いえいえ、良いんです」
 明らかに儲かってないのに、さらにその場ののりで金を取らない‥‥儲からないわけである。
「それにね、どうせ見るものなんて何にもないから」
 園長はカラカラと笑った。
 いや、笑って言う事じゃないだろう。
 そんな突っ込みを誰も入れなかったのか‥‥それとも、入れまくったあげくにあきらめたのか、ともかく園長はにこやかだった。
「さ、園内を案内しましょう」
 園長自らご案内‥‥余程暇らしい。
「ありがとうございます。いやぁ、楽しみだなぁ」
 歩き出す園長の後を、何の疑問も抱かずに桐苑は追って歩き出す。そして‥‥

●妖怪牧場
「ここで、妖怪を飼ってですね。お客さんが、妖怪に直接ふれあって楽しめるんです」
 園長が自信満々に言う。
 二人が数分歩いて辿り着いたそこは、木製の柵でただの空き地を囲っただけの場所であり、空を飛ぶような妖怪はアウトオブ眼中。下手をすれば子供だって乗り越えて出てきそうだった
「うわぁ、妖怪との触れあいなんて素敵ですね」
 桐苑は素直に、柵の一角につけられた木戸をあけて中に入る。
 とはいえ、重ねて言うがただの空き地だ。何があるというものでもない。そして‥‥
「妖怪、いませんね。どこか、別の場所にいるんですか?」
 肝心の妖怪とやらが一匹もいない。
 桐苑の問いに、園長は素直に吐いた。
「まだ、捕まえてませんから、一匹もいないんですよ」
 捕まえてから‥‥あるいは捕まえる算段がついてから、こういった企画を立ち上げろと。
 そんな基本的な事はさておいて、園長は言った。
「ま、おいおい捕まえますよ、妖怪。じゃあ、次に行きましょうか」
「そうですか。楽しみですね」
 いい加減な園長の言葉に疑問すら挟まず、桐苑は園長を追うために柵を乗り越えようと、軽く柵に手をついた。と‥‥ギシリと小さな音。直後、柵は轟音とともに一気に崩壊する。
「ああっ、すいません!」
 思わず声を上げる桐苑。しかし、園長は何一つあわてなかった。
「ああ、気にしないでください。いつもの事ですから。いっそ『さわらないでください』とか、注意書きでもしておきましょうかねぇ?」
 そんな柵で何を閉じこめようとしているのか‥‥それは誰にもわからない。

●妖怪遊園地
 そこには何もなく、雑木林が広がっていた。
「建設予定です」
「予定ですか‥‥」
 予定地に案内してどうするんだと聞く声はそこにはない。桐苑は、素直に残念そうに言う。
 そんな桐苑に、園長は嬉しそうに語った。
「儲かったら、ジェットコースターとか作りたいですね」
「ジェットコースターですか、良いですねぇ」
 桐苑はさっきからそんな事しか言っていない気がする‥‥というのはともかく。
 ジェットコースターの設置にかかる総工費を考えたら、ここにジェットコースターが建つことは百年かけても有り得そうにない。
 夢見るのは勝手だが、総責任者が現実を見ていないのは問題だと指摘する以前の問題だ。
 もちろん、我らが桐苑はそこを指摘したりしない。残念そうな桐苑は、雑木林を見回し、そしてその傍らにブルーシートを巻かれて放置されている物を見つけた。
「あれ? あれは何ですか?」
「え? ああ、あれは‥‥」
 指さした桐苑に答えて、園長はその物に歩み寄って、ブルーシートに手をかけた。そして、ブルーシートを手で引いて外す。
 下から現れたのは、昔のアニメのキャラクターの、白いシーツを被ったようなお化けを模した乗り物。デパートとかに良くある、人が乗って10円を入れると、しばらく上下に揺れ動く遊具だった。
 これまた年季が入っているようで、塗装が所々剥げて、灰色のプラスチックの地が露わになっている。
「これだけ、潰れたデパートから貰ってきたんですよ。乗りますか?」
「え? 乗れるんですか? いやぁ、良いんですか?」
 嬉々として桐苑は、その乗り物に跨る。もちろん、普通の大人が乗る物じゃないんだが‥‥桐苑は気にしていない。
 そして桐苑は、スロットに十円玉を落とした。
「? あれ?」
「ああ、機嫌悪いな。とりゃ!」
 動かない‥‥おかしいなと、桐苑が疑問を口にする前に、園長が乗り物を蹴る。直後、桐苑を激震が襲った。
「うわわわわわわわわわわわわわわっ!!!」
 本来の機能の100倍近い凄い速度で上下する乗り物。桐苑は、しがみつく所か、ほとんどアシカの鼻の上で翻弄される毬みたいな状態で、乗り物の上で宙を舞った。
 そして、乗り物は突然、その動きを止める。更に「ボスッ」と言うくぐもった音と同時に盛大に黒煙を吐いた。
 一方、宙を舞っていた桐苑の方は乗り物の上にそのまま落ち、へたりこむように乗り物にへばりつく。
「あー、どうですか? こいつ、少し調子悪かったみたいなんですが」
 園長が全く悪びれずに聞く。少し調子が悪いとやらで、下手をすれば人死にが出そうな勢いのマシンが生まれた訳だが‥‥
 桐苑は、乗り物の上でガバと身を起こし、目を輝かせて園長に言った。
「凄いですよ! ジェットコースターより、ずっと怖かったです! ジェットコースターじゃなくて、こっちを目玉にしたらどうです!?」
 もちろん、皮肉なんかじゃない。桐苑は‥‥たいへん悲しいことに‥‥本気だ。
 そして、園長はこれまた悲しい事に本気で答えた。
「うーん、考えておきますよ」
 その考えが、ろくでもない結果に結びつくであろう事は、桐苑以外には容易に想像がついた。もっとも、この場には桐苑と園長しかいないのだが‥‥

●妖怪秘宝館
 桐苑を変な小屋の前につれてきて園長は言う。
「いやま、いろいろです」
「いろいろですか?」
 トタンと木で出来たボロボロの小屋なのは、どうやらここの建物のデフォルトのようだった。
 で、この小屋は多少大きく、中に入る事が出来る。その入り口に、「妖怪秘宝館 子供は入れません」と書いてある。
「そりゃあ、妖怪も男と女ですから」
 へっへっへと、何か含みを入れて笑う園長。
「何かよくわからないですけど、秘宝だなんて凄いものがありそうですね」
「そりゃあもう」
 言いながら園長が中に入る。その後に従って、桐苑も中に入った。
 そして‥‥ややあって二人は出てくる。
「‥‥どうでした?」
「‥‥‥‥わからないんですけど」
 園長に、桐苑は首をかしげて聞いた。
「どうしてここだけ、やたらにコレクションが豊富なんですか?」
 他は何もなかったのに、ここだけは秘宝館と呼ぶにふさわしいだけのものがそろっていたらしい。
 春画やら彫像やら、人外の存在と人の交歓を描いた物‥‥あるいはそれを象徴する物というのは、日本では何げに数が多い。これらは、歴史学的にも、民族学的にも貴重な資料である。
 ま、これらのコレクションは褒めても良い。あくまでもこれらは‥‥
「あと、同人誌とかも沢山あったのは何故でしょう」
 そりゃまあ、妖怪というジャンルでそういう事をしているのは、エロ漫画か同人誌くらいな訳で、さすがに実写はないからだと‥‥言っておくが、この中年のおっさんであるところの園長がこれらを買い漁っているところを想像すると痛々しさに言葉を失う。
「いやいや、好きが転じて、つい集まってしまいました」
 そーゆーのが好きなのかと。本当は、他はどうでも良く、このコレクションこそが全てなのではないだろうか‥‥という追求は、誰からもされる事はなかった。
「あー、ありますよね。そーゆー、好きが高じてコレクションしちゃうのって」
 納得して、ウンウンと頷く桐苑。そして彼は園長に聞いた。
「で、次は何処に行くんです?」
「あー‥‥妖怪トピアは、今の所、これだけなんですよ」
 悲しそうに答えて園長は、入口の方へと足を向ける。
「これから、どんどん拡張していこうと思うんですよ。アイデアは幾らでもありますから」
 アイデア‥‥と言うか、思いつきで手を出すから、結果がろくな事にならないのだが‥‥惜しむべき事に、それを指摘する者は居ない。

●さようなら妖怪トピア
 入口の小屋‥‥どうやら料金所に戻ってきた。
「あ、そうだ。お土産なんかどうですか?」
 園長がそう言って、料金所の中に身体を突っ込んで、段ボール箱を引っぱり出す。
 その中には、無造作に七宝焼きのキーホルダーが入っていた。もちろん、手作りの品らしく、しかも下手くそだ。
「一個、500妖怪ドルです」
 その値段は絶対にボッタクリだ。
「何なら、妖怪トピア饅頭とかも有りますよ? ご注文いただければ、今すぐに家で作ってきます。作りたてですよ」
 園長の手作りらしい。と言うか、調理師免許を持っているかどうかが激しく心配だ。
 数々の心配が残るが、幸いにも桐苑はその毒牙にかかるかも知れない選択をする事はなかった。
「いえ、ちょっと旅の荷物になっちゃう物は‥‥それに、今から作ってもらうのも、何だか悪いような気がしますし」
 断って桐苑は園長に頭を下げる。
「ですから、今日はコレで失礼します。」
「そうですか‥‥」
 園長は、少し残念そうに笑った。そんな園長に、顔を上げた桐苑はにこやかに伝える。
「また、寄らせて貰いますよ」
「ええ‥‥そうですね。また」
 残念そうな園長。その彼の前、桐苑は無言で別れの一礼をしてから歩き出した。
 そのまま、園長の視線を背に感じながら歩き、元の道へと戻る。そして‥‥
「さようなら、園長さ‥‥あれ?」
 最後にもう一度別れを告げようと振り返ったそこには、もう道は無かった。ただ、何もない林と田んぼが広がっている。
 驚き、桐苑は周りを見回した。看板も分かれ道もなく、ただの田舎道がまっすぐに続いている。それに‥‥
「あれ? どうして、妖怪トピアに俺は行ったんだろう。てか、妖怪トピアって‥‥何?」
 思い出す。目的地は妖怪トピアなんかではなかったはず。そんな場所、存在してないはずだし、もちろん桐苑自身知るはずもない。
 では、桐苑はいったい、何処へ行き、誰と会っていたのか‥‥
 悩んでいた桐苑だったが、やがてその口元に笑みが浮かんだ。
「ま‥‥いっか」
 呟き、桐苑は再び道を歩き始める。今回、出会った不思議な場所との出会いをむねに‥‥
「また、来て下さいね」
 桐苑は、園長の優しい声が、何処からか微かに聞こえた様な気がした。