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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


飲み約束

 遠く、小さく、途切れ途切れに太い音が聞こえた。どこかで花火大会の催しでも行われているに違いない、しかし音が聞こえる方角には二十階建てのビルがそびえていて、七階建ての屋上からはなにも見えなかった。
「ああ、残念だなあ」
誰か下のコンビニまで行って花火買ってこいよと、五代真はビールのジョッキを振り回す。この台詞はすでに八回目なのだが、実際数えている人間は誰もいない。皆酔っ払って、上機嫌のみを残し我を忘れていた。
 今日は真の働く『便利屋本舗』恒例の納涼飲み会だった。飲み代全てが会社持ちということもあって従業人の全員が顔を揃えているのだが、全員が同じテーブルには座れないので三ヶ所に分かれ、ぐるぐると回りながら酒を飲んでいるので誰がどこにいるのかさっぱりわからない。特に真の顔はもう真っ赤で、肩を叩かれれば誰とでも乾杯を繰り返す始末だった。
「おい」
声をかけられると、振り返るよりも先にジョッキが出る。しかし真を呼んだ人物はジョッキをよけて、再び真の肩を叩いた。
「俺だよ、真」
「ああ・・・・・・なんだ、あんたか」
とろんとした目で見ればそれは、真の親戚にあたる門屋将太郎だった。普段はぎょっとする和服も、浴衣なので賑やかさに溶け込んでいた。
「こんなところでなにしてるんだ」
「こんなところでやることは一つだろう」
まさにその通りである。証拠に、将太郎の片手にも大きなジョッキが握られている。将太郎は神聖都学園でスクールカウンセラーの仕事を終えた後、学校の教師連中と飲みに来ていたのだった。

「しかし、お前と会うなんて珍しいなあ」
親戚同士で同じ東京に暮しながらも、案外に会うことは少ない。便りのないのは無事の証拠とばかりに連絡を取るわけでもない。厄介ごとを抱え込んだときにだけ、彼らは憎まれ口を叩きながら顔を突き合せるのだった。
「もっと会ったってよさそうなもんだがなあ」
「とんでもない、あんたに付き合ってたらこっちが干上がっちまう」
大仰に両手を上げながら干上がっちまう、と繰り返す真。しかし
「なんでだっけ、どうして干上がっちまうんだっけ」
と自分が辟易した理由が思い出せない。どうやら、大分に酒が回っているらしい。溜まりに溜まっている仕事代を忘れるほどである、普段の真なら将太郎を見るなり報酬をよこせとつめよるところなのだが。
「とにかく乾杯だ」
将太郎も、金の問題は頭から飛んでいるに違いなかった。そうでなければ酒の席で親戚を見つけたからといって、うかうかと近づいてはいかない。
 二人は、互いの飲み仲間から少し離れた場所のベンチに移った。ベンチは誰が使うわけでもなくぽつんと佇んでいたから、騒がしさから逃れて少し話をするにはぴったりだった。ベンチの右端に真、反対に将太郎、間には枝豆とから揚げの皿が並んだ。どちらも『便利屋本舗』のテーブルからくすねてきたつまみである。真は食べながらでないと酒が飲めない。
「あんたもビールなんて飲むんだな」
「当たり前だ」
どちらかといえば将太郎は日本酒党だが、ビールを受けつけないわけではない。苦手というならむしろワインの類である。あれはどうも、薬のような味がする。それについては真も同意見だと頷いた。多分、お互い美味いワインを飲んだことがないんだろうなと将太郎がつけくわえるとそれについても異論なしと笑っていた。
「しかしお前と酒を飲んだら面倒くさそうだな。酔っ払って騒いで、罪もない通行人を捕まえてまで飲んだくれていそうだ」
「そりゃこっちの台詞だ。大体お前はな、昔から・・・・・・」
将太郎の悪口に反論しようと真は右肩をぐっと前に突き出したのだが、言いかけて首を傾げ、
「・・・・・・あれ?あれ、俺たちって知り合ったのはいつだっけ・・・・・・?」
あやふやな記憶の中に囚われてしまった。

 親戚同士が初めて出会う場所といえば大抵法事か正月か結婚式、そんな席だろう。しかしそのどれでもなかったような気がする。お互いが大層な服を着ているのなんて見たことなかったし、出会った当初から喧嘩越しに会話していた覚えもある。本当に、いつ出会ったのだろう。
「思い出せねえなあ」
素面のときに尋ねられればすぐ答えられたかもしれないのだが、今は真も将太郎も酔いに支配されていた。つい昨日のことさえも思い出せない。頭の中にある記憶といえば目の前に親戚がいることとお互い別々の人間と飲みに来ていること、それに伴うわずかな情報がいくつか糸を手繰るようにくっついてくるぐらいだ。
 真は年上の将太郎が覚えているべきだと唇を尖らせた。一方将太郎は子供の顔なんざいちいち覚える義理もないと肩をすくめた。一方が出れば一方がひっこみ、うまい具合に二人は衝突しない。これを、いつだって喧嘩腰ながらやってのける。
「どうしてだよ、子供には大人の顔なんてどれも同じに見えるんだからでかいほうが覚えてやるべきだろう」
俺とお前はそこまで年が離れているわけじゃない、と前置きしてから将太郎。
「それを言うなら子供だって同じ顔じゃねえか。どれも小憎ったらしい目しやがって」
口先だけを聞けば誤解を招きそうだが、実は将太郎はそれほど子供嫌いというわけではない。面倒だのなんだのとうんざりした素振りを見せつつも面倒見はいいのだ。事実、スクールカウンセラーを勤める神聖都学園での評判も悪くない。
「あいつらは二三年ですぐでかくなっちまうんだから、覚える必要なんざねえよ」
それでもきっと、街中で生徒に声をかけられればすぐ名前で呼べるのだ。
 思い出せないのは酔いのせいだけれど、思い出せないからといって苛立つわけではない。泡のすっかりなくなったビールをちびりと飲んで感嘆にも似たため息を吐き、真は自分の額にそっと触れる。火照っていた。
 いい心持だ。これで花火が音だけじゃなければ最高なのだけれど。真がそう思った瞬間、一尺玉がひゅるひゅるとびるを越えた高い空まで駆け上り、弾けた。
「ああ」
日本人ならここで玉屋、鍵屋が出るところだ。だが本当の日本人は、そういう部分は玄人に任せて花火を見上げるのみである。二人は言葉をなくし花火に見とれた。

 まあいいか。そんな呟きが将太郎の唇から漏れた。
「いいじゃねえか、そんなこと」
悩んでいる暇があったらその暇に飯を食えって誰かが言っていたぜと将太郎は、いきなり皿の中に一つだけ残っていたから揚げを指でつまんでさらった。真が最後の一つと楽しみに取っておいた分だった。
「ああ、おい」
なんてことしやがると言いかけたが、真は言葉の途中で納得し思わず笑ってしまった。確かに、将太郎の言うとおりなのだ。考えたって腹は膨れない。考えることなら腹を膨らませた後だって充分できる、まずは目の前のことからだ。仕方ねえと真は残った枝豆を全部口の中に放り込んだ。口が待っていた味とは違うけれど、噛み砕いて飲み込んでしまう。
「いつ会ったかよりも、今会ってることのほうが何十倍って価値があるぜ」
将太郎は何気なく呟いたのだが、なんとなく二度とは会えない誰かのことを思っているようでもあった。面影を肌で感じ、ふと真は普段になくしんみりした気持ちになってしまう。
「そう・・・・・・っすね」
そうだと笑って、寂しげな横顔は一瞬で今はもう真っ赤な酔っ払いの表情に戻っていた、将太郎は真の頭を、子供扱いするようにぐしゃぐしゃとかき回した。
「さて、と」
将太郎は、自分の連れのほうを見た。教師連中の中に一人下戸がいて、気にしていたのだけれど案の定酔い潰れている。他の連中も、今の調子で飲みつづければ一時間と持たないだろう。みんな、夏の暑さに抑制を失っていた。
「俺たちはそろそろお開きにしねえと、やばいだろうなあ」
「俺のほうは・・・・・・と」
真の会社連中は酒豪が揃っているので、まだまだ飲み比べが続きそうだった。中でもすぐ一気飲みを強要する先輩が真を手招きしている。あの人の相手をすると、翌日の二日酔いはほぼ免れない。
「それじゃあな」
「あ、おい」
別れを告げようとした将太郎を捕まえ、真は。
「酒が飲みたいときには誘えよな、俺たちは親戚なんだから」
その口振りはまるで、一瞬見せた将太郎の寂しげな表情を心配しているようで、この男も人の気持ちを考えるのかと場違いに将太郎は感心してしまった。だが、感心の中にほんの少しだが暖かな感情が灯っているのも確かだった。
「ああ」
「ただし飲むときはあんたの奢りだぜ」
俺は今日の倍飲んでやる、と真が不敵に笑った。