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殺意のウェディング ―6月の花嫁―
●オープニング【0】
「もしもし? 私だけど、そっちにも招待状届いているかしら? うちは取材を兼ねて行くつもりだけど……」
「ああ、うちにも届いてる。悪いが今、来客中なんだ。また後でかけなおす」
草間興信所の所長・草間武彦はそう言って、月刊アトラス編集長・碇麗香からの電話を切った。それから改めて、この場に居る皆の方に向き直った。
「……うちも仕事なんだよな」
苦笑する草間。そう、今まさに麗香が言っていた招待状にまつわる仕事の話をしていた所だったのだ。
招待状の送り主は内海良司。特撮ドラマ『魔法少女バニライム』やドラマ『あぶれる刑事』などの監督だ。で、何の招待状かといえば、自らの結婚式の披露宴への物であった。ホテルの大きな宴会場で、立食パーティ形式で行うそうだ。
花嫁となる相手は女優の麻生加奈子、『あぶれる刑事』のマナミ刑事役でブレイクした女性である。『あぶれる刑事』最終回撮影を終えてからの突然の失踪事件もあったが、その3年後に無事に発見され現在に至る。
と、ここまでなら紆余曲折あったカップルの披露宴に招待されただけの話だが、草間が『仕事』と言っている以上、もっと深い事情がある訳で――。
「麻生加奈子が狙われているそうだ」
草間はそう言って、内海に届いた1通の手紙を見せた。それは新聞や広告の文字の切り抜きを紙に張り付けた、典型的な脅迫状だった。文面は『恨 花嫁 殺 殺 殺』とだけ。例え冗談にしても質が悪い。本気だったらなおのことだ。
「警察には届けたんですか?」
草間零が草間に尋ねた。けれども草間は首を横に振った。
「いや、警察沙汰にしたくないとの意向だからな、あの監督の。麻生加奈子もこの脅迫状のことは知らない。……こんなの表に出れば、マスコミの格好の餌食になるだろう? 俺の言いたいことは分かるよな?」
草間が皆の顔を見た。つまりだ、この場に居る者以外の誰にも知らせることなく、秘密裏にこの事件を片付けなければならないということだ。
「内海監督に心当たりはないんですか?」
誰かが草間に尋ねた。
「本人曰く、心当たりないそうだ。ま、麻生加奈子絡みかもしれないし、逆恨みだとどうしようもないからなあ」
草間が溜息混じりに答えた。ともかく、草間たちにとっては披露宴を無事に終わらせることが第1目標である。犯人特定などはその次だ。
そこへまた、電話がかかってきた。電話の相手は瀬名雫である。
「あっ、草間さん? あのね、結婚式の披露宴の招待状が……」
「お前にもか」
苦笑する草間。どうやら、当日の招待客はかなりの人数となるようだ。
その多くの招待客の前で、純白のウェディングドレスが深紅に染められるような事態だけは、絶対に避けなければならなかった……。
●ロビーにて【1】
6月某日・大安吉日――品川にある某ホテルには、続々と多くの芸能関係者が集まってきていた。言うまでもなく、内海良司監督・女優麻生加奈子両名の披露宴に出席するためだ。
芸能関係者が来るということは、もれなく芸能マスコミもついてくるということでもある。ホテルの玄関前やロビーには、テレビカメラを担いだ者や、首から望遠レンズ付きのカメラを下げた者の姿が目についていた。
そんな人でごった返すロビーの、とある柱にもたれかかるように立っている1組の男女の姿があった。
「立食パーティでしょ? どんな料理出るのかなあ……。まがい物料理は出る訳ないとして、うーん」
「……お前なあ」
スーツ姿の女性――村上涼が極めて真剣な表情でつぶやいたのに対し、黒いスーツに白ネクタイの男性――草間は渋い表情で言った。
「あっ、伊勢海老とローストビーフはデフォルト?」
「人の話聞けよ。料理食いたきゃ、その分働け。いいな?」
「ふぁーい」
草間の念押しに、やる気なさそうに答える涼。今回の話を聞いた時、即座に『行く!』と答えたものの、その主な目的はただで披露宴の料理を食べることであった。
しかし、草間も涼の考えは読んでいたのであろう。今朝ホテルで涼の姿を見付けると、強制的にこのロビーまで連れてきたのであった。
「まずはここで来場者の動きをチェックしてくれ。何しろ犯人の顔すら分からん以上、こういう手しか今は取りようがないからな」
「犯人像なら分かるけど」
さらっと言い放った涼の言葉に、草間がとても驚いた。
「分かるのかっ!?」
「分かるわ。思うに――もてない男が犯人ね」
「…………」
途端に無言になる草間。きっと真面目に聞こうとした自分に呆れているのだろう。
「きっとお金もないのよ。だから美人のお嫁さん貰えて、豪華な披露宴もやれる監督さんが憎いのよね。うん、決定!」
犯人像を決め付ける涼。とっとと解決させて、料理を堪能したいという気持ちが丸分かるである。
「……まあいい。怪しい奴を見付けたら即連絡だ」
と草間が言うと、涼は無言で草間を指差した。ぺしっ、と涼の指を叩く草間。
「何でだよ」
「いや、だって……適度にもてなくて金もない……」
涼はじーっと草間を見つめたかと思うと、おもむろに草間の肩に手をかけた。
「おっさん。白状するなら今のうちよ?」
「ほーう、そうかそうか。……テレビカメラの前で『村上涼は就職活動連戦連敗!』と写真付きで言ってやるから楽しみにしてろ」
「ちょっ……! だ、だから冗談だってば! やだなー、もう」
少し本気っぽい草間の言葉に、慌てて手をパタパタさせて言い返す涼。
「とにかく、頼むぞ」
草間はそう言い残すと、柱から離れて歩き出した。
●カモフラージュ【2】
さて、草間が人混みを縫ってロビーを歩いていた時である。不意に後ろから元気な声をかけられた。
「あっれ〜? 草間さんっ?」
振り返る草間。そこに居たのは、にこにこと楽し気な笑顔を浮かべている三春風太であった。そのすぐ後ろには、藤井雄一郎の姿もある。
「草間さんも招待されてたの?」
「ああ」
質問に短く答えた草間は、風太の着ていた和服の略礼装に目を向けていた。少し裾や袖口の辺りが短く、はっきり言って似合っているとは言い難い。
「ボク藤ユウさんと一緒に来たんだけど〜、凄いよね〜藤ユウさん!」
振り返り、風太はちらっと雄一郎を見た。
「まさか芸能人の結婚式に招待されるなんて……って」
やがて風太も草間の視線に気付いたのであろう。照れ笑いを見せ和服の説明を始めた。
「やっぱり気になるかな〜? スーツ持ってないから、慌てていとこから借りたんだけど、ボク」
「いいや、なかなか似合ってるぞ」
「ほんと?」
「馬子にも衣装だ。……冗談だよ」
ニヤッと笑う草間。風太は参ったなといった様子で苦笑しながら、頭をぽりぽりと掻いた。
と、急に何かを思い出したように風太が後ろの雄一郎に言った。
「あっ、藤ユウさんちょっとごめんっ! ボクトイレ行ってくるねっ!」
慣れない場所へ来て緊張でもしたのか、風太は急にもよおしたようだ。
「分かった。ここで待ってるから」
「行ってきまーす!」
雄一郎の返事を聞くや否や、パタパタとロビーを駆け出す風太。だが着慣れていないからか、その動きはどうにもぎこちない。もし裾が長かったなら、間違いなく踏み付けて自爆していたことだろう。
草間はそんな風太の姿が遠ざかるのを待ってから、雄一郎に話しかけた。
「……いいカモフラージュだな」
「結果的にそうなった感じかな」
ふっと笑みを浮かべる雄一郎。表情から察するに、草間の言葉の意味をしっかと認識しているようである。
「あいつにはどう説明したんだ」
「よく現場に花を納めていたと言ったら、すぐに納得してたよ」
雄一郎の笑みが大きくなった。きっと風太に説明した時のことを思い出したのだろう。
当然ながら、雄一郎が風太に説明した話は嘘である。実際は草間から話を聞いて、手伝いをすべく招待客として紛れ込んでいるのだ。
「あれから芸能通の客に聞いたら、花嫁の方には失踪とか色々あったそうじゃないか」
「ああ。俺もそれは麗香から聞いた」
加奈子の失踪事件――その解決の裏では月刊アトラスが動いていた。だがそのことを知るのは数少ない。きちんと説明した所で、どれだけの者が信じるか分からない顛末だったのだから。
「そんな2人を引き裂こうとするとは……許せんな」
思案顔の雄一郎。『許せんな』まで少し間があった。
「さすがは人の親、か」
苦笑する草間。雄一郎が何を考えたのか、何となく察したのであろう。
「ともかく、会場では頼む。俺も会場をうろつくから、何かあったらすぐ知らせてくれ」
「うむ」
草間の言葉に雄一郎が頷いた。そして、ふと思い出したように尋ねる雄一郎。
「そういえば、2人についてなくて大丈夫なのか?」
「心配するな、警護がついてる。それに花嫁の方にはシュラインたちが今居るはずだ。じゃあ、また後でな」
草間はそう言うと、その場を離れようとした。が、すぐに足を止めて雄一郎にこんな質問を投げかけた。
「……どんな犯人像を思い描いている?」
「犯人像? そうだな、上手くは言えんが……あの脅迫状の文面を見る限り、何か呪術とかそういった類を使ってもおかしくはない感じがするな。よしんばそうでなくとも」
「なくとも?」
「相当思い詰めているだろうな」
雄一郎はきっぱりと言った。
●連携プレー【3】
その頃――花嫁である加奈子の控え室には、3人の女性が訪れていた。
「ご結婚おめでとうございます」
穏やかな笑みをたたえ、加奈子に祝福の花束を手渡していたのは天薙撫子であった。花束には言うまでもなく夏向けの花が見繕われており、かつよい花言葉の物になるよう気が配られていた。
「どうもありがとう」
にこり微笑み、両手で花束を受け取る加奈子。まだ普段着で、これから準備に入るようであった。
「内海監督には大変お世話になりまして……」
「ごめんなさいね。あの人ちょっと変わってるから、ご迷惑かけたりしていない?」
「いえいえ。決してそのようなことは」
談笑する撫子と加奈子。今日が初対面ではあるが、一緒に控え室を訪れていたシュライン・エマが先に撫子や零のことを紹介したためか、会話にぎこちなさは見受けられなかった。
当然ながら、3人とも結婚式ということでお祝いの場に合ったドレスアップをしていた。零のドレスなんかは、シュラインのコーディネートである。
といっても撫子の場合は普段通りに和服であるが、やはりそこは結婚式仕様。夏向けかつ多少華やかな、それでいて決して派手ではない振袖に身を包んでいた。
「加奈子さん。ドレス見せてもらってもいいかしら?」
シュラインが、控え室に置かれていた純白のウェディングドレスを指差して尋ねた。ウェディングドレスには宝石でもちりばめられているのか、ライトによってきらきらと輝いていた。
「あ、どうぞ。じっくり見て」
「それじゃあ失礼して」
シュラインはそう言うと、撫子と零の顔を続け様に見た。2人とも小さく頷く。
シュラインがウェディングドレスのそばに行くと、零が加奈子とシュラインの間にすっと入り、ちょうど壁のような役割を果たす形となった。
撫子もあれこれと話を振り、加奈子の注目を自分の方へ向けていた。その時である――シュラインが懐から何やら護符のような物を取り出し、ウェディングドレスの中、裾のやや上辺りにそれを張り付けたのは。
「やっぱりいいドレスねえ……高そ」
感嘆したように言うシュライン。それを聞いて、零がまたすっと動いた。作業完了の証であった。
「披露宴の前にあんまり長居してもお邪魔だし、そろそろ失礼しましょうか」
そして撫子の話が一区切りした所を見計らって、シュラインが2人に促した。
加奈子に挨拶し、控え室を出て行こうとする3人。と、最後に控え室を出ようとしたシュラインを、加奈子が呼び止めた。
「ちょっと待って」
「はい?」
「……どうもありがとう」
加奈子がぺこりと頭を下げた。一瞬戸惑いの表情を見せるシュラインだったが、構わず加奈子は話してゆく。
「今日こうしてあの人とこの場に居られるのも、あなたや今この場に居ない他の皆さんのおかげですもの。いくら感謝しても足りないくらい。改めてお礼を言うわ……本当にありがとう」
にこっと笑顔を見せる加奈子。シュラインは無言で頷くと、ぺこんと頭を下げて控え室を出ていった。
(……何があっても邪魔させる訳にはいかないわね……)
通路を歩きながら、シュラインはそう思っていた。
●切り札【4】
場面は再びロビーに戻る。草間は1人がけのソファに腰を降ろしていた。隣には鼻にかかる程度の丸眼鏡をかけた、長い髪を1つにまとめている男が、同じく1人がけのソファに座っていた。
男は一方――向かって右側――の手に白い手袋をはめ、同じ手で龍の模様が施された銀色の杖を握っている。愛用しているのだろう、杖が味のある光を放っていた。
「どうだ?」
明後日の方を向いた草間が、小声でつぶやいた。若干の間があり、隣の男――黎迅胤がやはり明後日の方を向いたまま口を開いた。
「現時点では怪しいヤツが網に引っかかった様子はない」
やはり小声の迅胤。会話の内容からすると、迅胤も草間に呼ばれた1人であるようだ。
「ややこしい依頼で悪いな」
「気にするな、もっとややこしい仕事はたくさんある。一応、俺の持っている人材の中でも口の堅いヤツを数人会場に散らばらせている。控え室のそばにも1人ずつ、な」
決して顔を合わせぬ2人。犯人がどこかで見ているかもしれないことを警戒しているのだ。
涼や雄一郎などの存在を犯人に向けた誇示する警備活動とするならば、危険便利屋のリーダーである迅胤の存在は隠匿した警備活動である。
目に見える物に注目がゆけばゆくほど、目に見えぬ物に対する警戒は疎かになりがちである。そこに、犯人へ付け入る隙がある訳だ。
「信用も商売もガタ落ち……という状況は避けたいものだな、お互い」
ぼそりとつぶやく迅胤。そうなる状況はただ1つ――加奈子が殺害されることである。
「……どうせ避けるべく、事前調査はばっちりなんだろう?」
苦笑いを浮かべ、草間がまた小声で言った。すると間髪入れず迅胤が答えた。
「恋愛の怨恨の線はない。あるとすれば――作品絡みだろうな」
●もう一極【5】
草間と迅胤が隣り合わせで顔を合わさず小声で話していたちょうどその頃、ロビーには新たな招待客の姿があった。
「少し……早く到着したかしら」
時計を見てそうつぶやいたのは、宮小路財閥の副総帥・宮小路綾霞である。その美貌ゆえだろうか、ロビーに居た他の招待客がちらちらと綾霞に視線を向けていた。
どうして綾霞がここに居るのか。答えは簡単、以前内海の監督した作品に援助して以来、夫婦揃って内海とは昵懇の間柄であったのだ。ゆえに、招待客として綾霞はこの場に居るのである。
残念ながら夫の方は都合で出席出来ないのだが、お祝いの言葉は綾霞にきちんと託していた。
それに綾霞は1人きりでここに居る訳ではない。周囲には綾霞を警護するSPが散らばっている。ただ今日の場合はお祝いの席ということもあり、華のある女性SPに限っているのであるが。
さて、どうやって時間を潰そうか思案していた綾霞は、ふと草間の姿を見付けた。数歩そちらの方へ歩きかけたのだが、ただならぬ空気を察知しその歩みを止めた。
(顔を合わせてはいないようだけど……お隣の男性といったいどのようなお話を……?)
ともあれ今話しかけるのは不味いだろうと考えた綾霞は、くるりと反対方向を向いた。
すると――たまたまロビーの方へ来ていた撫子と、しっかと目が合った。ちなみに撫子は綾霞の姉の娘……つまり姪である。
「!」
目が合い、びくっとしたのは撫子の方だった。まさか綾霞がこの場に居るとは思ってもいなかったのだろう。
その撫子の様子に奇妙さを感じ、綾霞は手招きの仕草を見せた。こうなってしまっては逃げる訳にもゆかない。撫子はとことこと綾霞のそばへやってきた。
「撫子。……いったい何がありました?」
撫子に穏やかに話しかける綾霞。だが口調は穏やかでも、内容は単刀直入。事情を聞くと言うよりも、問い詰めると言った方が正確であった。
かくして――撫子は洗いざらい事情を吐かせられてしまったのである。それを聞いた綾霞は、ならばとばかりに協力を申し出るのだった。
●本気の度合【6】
時間は流れ、披露宴開始20分前。草間は内海の控え室を訪れていた。
「似合ってるじゃないですか」
「お世辞はいいよ」
ニヤニヤしながら言う草間に対し、白のタキシードに身を包んだ内海は苦笑して言った。
「スキンヘッドにサングラスでタキシードってのは、どうにもあれだな。俺がよく分かってる」
確かにまあ、どっかのファッションチェックのコーナーなら、ぼろぼろに言われそうな格好かもしれない。
「……無事に終わればいいんだが。いや、終わらせてみせる。絶対にな」
一瞬の沈黙の後、内海がきっぱりと言った。
「今の所、異常はないですね。ただあまりにも人の出入りが激しいんで、見過ごしている可能性もゼロではないとだけ言っておきますよ」
小さく溜息を吐き草間が言う。人の出入りは何も招待客ばかりではない。芸能人の披露宴、あれこれと演出を行うためか裏方の人間がひっきりなしに出入りしているのだ。
「悪いな、どうしても演出は必要だったんだ。夕べから準備で徹夜の奴、ごろごろしてるぞ」
すまなさそうに草間に言う内海。警備は秘密裏なのだ。演出を外すなんて内海が言えば、たちまちに勘ぐられることだろう。それでも、当初より2割演出を削減したそうだ。
「武彦さん、これ」
控え室の扉をノックし、シュラインが入ってきた。その手には――弔電が1通。
「電報をチェックしてたら、これが紛れ込んでいたわ」
弔電を手渡すシュライン。草間が開いて中身を読んだ。
「……定型文のようだな。住所なんかはでたらめだろう。他に異常は? それと、零はどうした?」
「ブーケや座席など異常なし。零ちゃんはまだ加奈子さんの控え室のそばに居るわ。あと……護符をウェディングドレスに」
「そうか。……今の所は無事に進んでいるって訳か」
シュラインの報告を聞き、草間は小さく頷いた。護符というのは、草間興信所に出入りしている陰陽師の1人に用意してもらった物である。万一何か霊的なことであれば、護符が加奈子を護ってくれるやもしれなかった。
「何か言いたいことがありそうだな」
少し浮かぬシュラインの表情に気付いた草間が言った。
「……今日に至るまでちょっとあれこれ調べたんだけど。色恋沙汰の線がまるで引っかからないのが何だか……」
シュラインは知人の記者や芸能関係に詳しい者に、結婚の話題から入って、それとなく内海や加奈子の過去の恋愛について探りを入れていた。
2人とも10代という訳ではないのだから、人並みに恋愛は経験してはいる。が、怨恨に繋がる線は見えてこないのだ。何せ噂になった相手は皆、今現在幸せにやっているのだから。
「わざわざ自分の幸せを潰してまで、こんなことはしないだろうし……うーん」
「となると、やっぱり作品絡みか」
草間は迅胤の言葉を思い出して言うと、ちらっと内海を見た。
「分かってるさ。俺の作品は賛否両論だったりするからな。……気に入らん奴も居るだろうさ」
苦笑する内海。だが、すぐに真剣な表情になった。
「だからといって、どうして加奈子なんだ? 俺の作品に文句があるなら、俺を狙えばいいじゃないか?」
その通りだ。だのにあの脅迫状は、明らかに加奈子の方へ矛先が向いていた。……逆に言えば、そこに何かヒントがあるのかもしれないが。
「あの脅迫状、事務所へ届いたんですよね?」
シュラインが内海に確認した。これでもう何度目の確認であろうか。
「そうだ。直接投函したんだろう、切手も何もない封筒に入ってな」
と、内海が言った時だ。控え室の扉がノックされた。
「どうぞ」
「失礼します。内海さんに手紙を……おや? 草間さんに……?」
扉を開け控え室に入ってきたボーイ姿の男性――シオン・レ・ハイは、中で草間とシュラインの姿を見付け、交互に2人の顔やら身だしなみを見ていた。
「ここで何を?」
「そりゃこっちの台詞だろ。ま……だいたい想像はつくがな」
きょとんとしているシオンに対し、草間が言い返した。シオンの格好から察するに、今日はここでバイトをしているのだろう。
「手紙がどうかしたの?」
「そうですそうです、手紙を届けに来たんでした」
シュラインの言葉に仕事を思い出し、シオンは草間に手紙を手渡した。白封筒、宛名はない。
「開けていいですか?」
草間が確認を取ると、内海はこくんと頷いた。封筒から手紙を取り出し、広げる草間。その表情がさっと変わった。
「おい! この手紙、誰から受け取った!!」
突然シオンに問い詰める草間。何が何だかよく分からないシオンは、ともあれありのままを素直に答えた。
「え? いや、バイト仲間から、こっちへ行くんならついでに渡してくれって言われて……」
「後でそいつの所へ連れてってくれ! それと……手紙のことは他言無用だからな」
草間は1000円札を何枚かシオンのポケットにねじ込んで言った。こくこくと頷くシオン。
「武彦さん、どうしたの?」
「これ見ろ。全く同じ文面だ。……後で他の皆にも見せておいてくれ」
と言い、手紙をシュラインに見せる草間。手紙には、新聞や広告の文字の切り抜きで『恨 花嫁 殺 殺 殺』とだけ記されていた――。
●新郎新婦入場【7】
犯人の尻尾を未だつかめぬまま、それでも披露宴は始まる。すでに会場である『飛翔の間』には、多くの招待客とマスコミのカメラが本日の主役2人の登場を待ちわびていた。
「うっわ〜、何かテレビで見る人いっぱい居るよ!」
きょろきょろと周囲を見回し、わくわくした様子の風太。それはそうだろう、右を見ても左を見ても芸能人が多く居るのだから。
「天井には大きな風船がいくつも浮かんでるし、お食事も凄いなあ……。ねね、藤ユウさん、まだ食べちゃダメかな?」
風太はくるっと横に振り向いた。隣に居た雄一郎は、何故か口元を緩ませて遠くを見つめているようであった。
「……藤ユウさん? 口元緩んでるよ?」
「あ……」
何度か風太に呼ばれ、ようやく我に返った雄一郎。そして軽く頭を振った。
「藤ユウさんもはやく食べたくてしょうがないんだねっ」
にこにこ笑って言う風太。しかし風太は知らなかった。雄一郎が娘の結婚式での晴れ姿を想像……いや、妄想していたことを。ちなみに雄一郎の頭の中では、ちょうど『てんとう虫のサンバ』が歌われていた頃だったというのは余談である。
そんな2人とは全く別の場所には、涼の姿があった。視線は風太と似たようなもので、テーブルの上の豪華な料理へ向いていた。
(うー、食事は乾杯の後だなんて……。いっそ新郎新婦入場より先に、乾杯済ませないかな?)
そこ、無茶言わないように。
(でもこれ……)
料理から視線を外し、ぐるっと周囲を見回す涼。人・人・人、見渡す限り人ばかりである。
(誰が怪しいか分かんないって。怪しい人見付けても、コップ投げるくらいしか出来ないんじゃないかなー?)
涼の分析は正確だった。直前に届いた脅迫状も見せてもらったが、ただそれだけである。草間は手紙を持ってきた者を探ろうとしたが、それも失敗に終わっていた。せいぜい、普段着姿であったというくらいだ。
顔も分からぬ相手の行動を阻止することほど難しい物はない。下手すれば、気付いた時にはすでに行動は完了されてしまっていることだってあるのだから。
その時――会場の明かりが消えて暗転した。そしてアナウンスが流れてくる。
「皆様、大変お待たせいたしました。これより内海良司監督、並びに女優・麻生加奈子さんの結婚披露宴を執り行います。新郎新婦のご入場です、皆様盛大な拍手でお迎えください!!」
その途端、新郎新婦の入場口にスポットライトが当たった。また、どこからともなくドライアイスのスモークが焚かれ、お馴染みの結婚行進曲が会場に流れ始めた。
入場口の扉が開かれ、姿を見せる新郎新婦ご両名。盛大な拍手に包まれ、会場前方に作られた壇上へと静かに向かってゆく。
「あぁぁ! あの花嫁さんって、マナミ刑事さんじゃん! ボク『あぶ刑事』大好きだったの〜!」
新婦が『あぶれる刑事』のマナミ刑事役の女優であることに気付いた風太は、一気にボルテージが上がっていた。
「うん、きっと似合うだろう……」
目を細め、うっとりとした様子でつぶやく雄一郎。新郎新婦の入場で、また妄想モードに入ったようである。
加奈子がまとうウェディングドレスは、ちりばめられた宝石がスポットライトに当たってきらきらと光を放っていた。
「あれ? あのドレスって……」
そのうちに、風太はとあることに気付いた。初めて見るはずなのに、どこか加奈子のウェディングドレスに見覚えがあるのだ。
やがて壇上へ近付く新郎新婦。と、それまで流れていた結婚行進曲と入れ替わるように、別の曲がフェードインしてきた。『あぶれる刑事』のテーマ曲である。
『あぶれる刑事』のテーマ曲が流れる中、新郎新婦は壇上へと揃って立った。すると突然、加奈子はウェディングドレスをすっと捲り上げ、ガーターストッキングの部分に止めていた拳銃を取り出したのである。
「思い出した〜っ!」
感嘆と驚きの声が入り混じる中、思わず風太は叫んでいた。『あぶれる刑事』の話の中に、マナミ刑事が新婦の身代わりとなって結婚式に出る話があったことを思い出したのだ。
「どうりで見たことあるはずだよっ。あのドレス、その時のドレスだっ!」
恐るべし、ファンの記憶。
しかし、そのことを覚えていた招待客は少なくないようで、あちこちから拍手が起こっていた。
「悪いわね。あたしの花婿は、もう予約済みなの。あんたにお似合いなのは、地獄の閻魔様よ」
拳銃を両手で構え、静かに言い放つ加奈子――いや、この場合はマナミ刑事というべきだろう。
「あの時の台詞だ〜っ☆」
やはりファンにとっては生で名台詞を聞くのは、たまらないものがあるらしい。
「……さよなら」
マナミ刑事を演ずる加奈子は、そうつぶやいて拳銃の引き金を引いた。次の瞬間――天井の大きな風船が1つ、激しい音を立てて破裂した。
●機転【9】
「きゃあっ!!」
「何だ、どうしたっ?」
「何で風船が破裂したんだっ!?」
悲鳴と驚きの声が交錯する。壇上の加奈子は、拳銃を手にしたまま少し呆然としているようであった。
あわや大混乱――かと思われたその時、見事な拍手が聞こえてきた。綾霞が大きく拍手をしていたのである。
「さすがは内海監督。見事な演出ですわね」
周囲に聞こえるような声で言う綾霞。拍手は止めない。言うまでもなく、他の招待客たちに異変を気付かせないための行動である。何か異変が起きているということは、今の加奈子の様子で察することが出来たのだから。
「……何だ、演出かよ」
「あー、驚いた。そういや内海さん、驚かすの好きだもんな。奥さんには黙ってたんじゃないか?」
「麻生さんの演技もやっぱ凄いよなー」
口々にそんな声が上がってきたかと思うと、拍手は次第に広がってゆき、最後にはとても大きな拍手となっていった。
壇上の内海が加奈子に何やら囁いた。すると加奈子は笑みを浮かべ、軽く内海に裏手突っ込みを入れた。きっと『どっきり』とでも言ったのかもしれない。
落ち着きを取り戻す会場と他の招待客たち。だが落ち着けないのは、演出の裏方たちと草間たちである。演出の裏方にしてみれば予定外のことが起こった訳であり、草間たちにしてみれば異変が起こった訳であるのだから。
(やってくれたな……)
ぎりっと奥歯を噛む草間。そこへ、静かに迅胤が近付いてきた。
「1人見付かったぞ」
「!?」
迅胤の囁くような声に、思わず草間は振り返る所だった。しかしすんでの所で堪えた。
「……どうしてそうだと分かる」
「拍手が広がっていた時、舌打ちをしていたヤツを見付けたと報告があった。この時に舌打ちをするヤツの種類は2つしかない。思った通りに演出が上手くゆかなかったことを悔やむヤツか――」
「――思った通りの結果にならなくて、悔しがる犯人か」
草間がつぶやくと、迅胤は杖をとんと床に突いた。
「そういうことだ。見張らせているがどうする」
「しばらく泳がせてくれ。その間に、単独犯かどうかも調べておいてほしい」
「分かった」
「……こっちも対抗手段を考えるさ」
さて、草間が迅胤から報告を受けていたその時、綾霞もSPから同様の報告を受けていた。
「そう。では撫子にそのことを知らせてあげて。草間さんには撫子の口から知らせた方がいいでしょうしね」
SPにそう指示を与える綾霞。
ひょんな所から、犯人へ結び付く情報が草間たちへ転がってきた――。
●乾杯【10】
乾杯の挨拶が間もなく始まろうとしていた。ボーイたちが忙しく招待客へ飲み物を配っていた。
「どうぞ」
「あ、どーもー」
シオンがすっと差し出した飲み物を、さっと受け取る涼。するとシオンはエレガントにお辞儀をした。その2人の様子を、たまたまテレビカメラが捉えていた。
「あっ、と」
涼は立ち去りかけたシオンの肩を背後からがしっとつかむと、くるっとそのままテレビカメラの方へ向けた。シオンを盾にして、自分は映らない腹積もりのようである。
で、盾にされたシオンはというと――まんざらでもないようで、テレビカメラに向かって軽くウィンクしてみたり、くいっと親指を立ててかっこつけたりしていた。
その間に、乾杯の音頭を取る者が壇上へ上がっていた。特撮世界の大御所であり、現在も一線で頑張り続けている監督の飯田橋修二である。ちなみに最新の監督作品は『科学特捜レイダーン』という特撮ドラマだ。
飯田橋の姿を見た一部の招待客は、驚きの声を上げていた。というのも、飯田橋が『魔法少女バニライム』をライバル視しているのは有名な話であるのに、何故この場に居るのかという疑問からであった。いや、この場に居るからには招待を受けたのであろうが……。
「それでは飯田橋修二監督に、乾杯の音頭をお願いいたします」
そのアナウンスの後、飯田橋は挨拶を始めた。
「えー……どうも、今紹介を受けた飯田橋です。あー、内海監督。乾杯をする前に言っておきたいことがある。……『魔法少女バニライム』とか言ったか、あんたの作品。俺に言わせれば、だ。あんなのは変化球だ。正統な特撮とは思ってないからな」
飯田橋のこの発言に、ざわつく会場。しかし、飯田橋の話はこう続いた。
「だが――面白いよな。悔しいが、作品の面白さは俺は認めてるよ。でだ、俺は死ぬまで特撮を撮り続けるつもりだ。だからあんたも、特撮撮り続けろよ。逃げるなよ。結婚すると作品のパワーが落ちる奴も居るが……そうなるなよ、あんたは。そして麻生さんだったか。せいぜい内海監督を支えてやってくれよな。俺はいいライバルを失いたくはないからな。内海監督、麻生さん、結婚おめでとう。……幸せにな」
飯田橋は一旦そこで話を切った。内海が、そして加奈子が拍手をする。会場からも大きな拍手が沸き起こった。
照れたような苦笑いを浮かべる飯田橋。やがて拍手が静まってから、高らかに叫んだ。
「それでは2人の前途を祝して、乾杯!!」
「かんぱーいっ!!!」
会場のあちこちから、グラスのぶつかり合う音が聞こえてきた。内海と加奈子は、飯田橋に向かって深々と頭を下げていた。
●待ち人来る【11】
乾杯が終わると、人が料理に群がってゆく。涼や風太の姿はその群れの中にあった。
シオンなんかは料理や飲み物をせっせと運ぶ立場であったが、こっそりと運ぶ途中に料理を摘んでいたりする。役得という奴だ。
料理に群がる者が居る一方、芸能人に群がる者も居る。そのほとんどは芸能マスコミであるのだが、月刊アトラスの麗香や三下忠雄の姿も見受けられる。麗香も三下も、この場を使って心霊話の取材を行おうとしているようだった。
雫は雫で『魔法少女バニライム』の大月鈴役を演ずる、香西真夏と談笑をしていた。何でもこの後、バニライムの姿になって披露宴を盛り上げるのだという。その言葉が示すように、真夏はすぐに会場を出ていったのだった。
披露宴が滞りなく進んでゆくと、当然ながらあるイベントがやってくる。新郎新婦のお色直しだ。アナウンスの後、拍手に送られて退場する新郎新婦。
その新郎新婦が退場する前に、1人の青年が会場をそっと抜け出した。
青年は人気を避けるように通路を歩くと、いつの間にやら加奈子の控え室に程近い所までやってきていた。
「……もうこれしかないんだ……」
青年はぼそりとつぶやくと、懐から鈍く光るナイフを取り出した。何をしようとしているかはもはや自明である。
少しして、青年の方に向かってくる足音と女性の声が聞こえてきた。聞こえるのは角を曲がった所からである。
「足元に気を付けてくださいね」
(来た!!)
青年は確信した。加奈子が誰か女性に導かれ、お色直しのために戻ってきたと。青年はナイフを脇に構えると、曲り角に向かって駆け出した。
曲り角から振袖の女性と、ベールで顔を隠したウェディングドレスの女性が姿を現した。青年はウェディングドレスの女性へ向かって一目散に駆けてゆく。
「うわあああああああああああっ!!!」
叫ぶ青年。その瞬間、振袖の女性から素早く何かが放たれた。
「うわあっ!?」
青年が驚きの声を発した。何故ならば、青年がナイフを構えていた腕が鋼糸によって瞬く間にがんじがらめにされていたのだから。
「……来ると思っていました」
振袖の女性――撫子は静かに口を開いた。撫子が放ったのは、懐に忍ばせていた妖斬鋼糸であった。ちょっとやそっとで外れるような物ではない。
「加奈子さんには、別の控え室を用意したんです。今頃、シュラインさんが案内しているはずです」
ウェディングドレスの女性はそう言い、ベールをすっと外した。下から出てきた顔は――零だ。
「ご苦労だったな、2人とも」
青年の背後から草間の声が聞こえた。見れば、草間に迅胤、そして内海が通路を塞いでいた。
「……面白いように引っかかるもんだな」
迅胤がちらっと草間を見て言った。迅胤がどうやら青年の単独犯であることを知らせたら、草間がこのようなアイデアを出してきたのであった。
時間的にはぎりぎりであったのだが、結果オーライと言っていいだろう。
「ん……? ちょっと待て。お前……以前、俺の作品のADしてなかったか?」
内海が青年に問いかけた。青年はこくっと頷いた。
「やっぱりそうか。しかし、何でまた加奈子を狙って……」
「……とにかく、理由を説明してもらおうか」
草間が問い詰めると、青年は観念した様子でその場にしゃがみ込み、ぽつぽつと理由を話し始めた。
青年の話の要点をまとめると、内海の作品の熱烈なファンである青年は、結婚により作品のパワーが落ちることを非常に恐れたということであった。結婚し堕落するくらいなら、その前に相手を殺してしまえと――。
「最初はあの拳銃を、裏方に混じって改造モデルガンとすり替えて事件を起こさせて……混乱している時を狙って殺そうと思ったんだ。けど失敗した。だから僕は……僕はもうこうするしかなくて……!!」
頭を激しく振る青年。常軌を逸しているのは明らかである。
「……結婚しちゃダメなんだ……監督みたく才能ある人は……結婚なんかしたら才能が吸い取られて……だから僕は殺すしかなくて……」
ぶつぶつとつぶやく青年。内海はそんな青年に背を向けて、通路を歩き始めた。
「監督」
草間が呼び止めると、内海は足を止めて振り返らずに言った。
「俺は……そんなに結婚したらダメになる奴に見えるかい?」
「…………」
草間は何も言えなかった。すると、くるっと内海は振り返った。自信に満ちた表情を浮かべ。
「そう思う奴には思わせとくさ。結婚なんかで枯れる才能だったら……俺もそれまでだってことだろ。見てろよ、答えはこれからの作品で出してやる。加奈子とともに、な」
だがその内海の言葉が、青年に届いているかは非常に難しい所であった……。
●ブーケトス【12】
犯人も確保し、何の障害もなくなった披露宴。警護を受け持っていた一同は素直に残りの時間を楽しむことが出来た。
披露宴の最後、ゴンドラに乗った加奈子が上からブーケを投げることになった。女性陣がゴンドラの下へ群がってゆく。
その中にはシュラインやら涼やら雫やら麗香やら零やらの姿も混じっていた。
そんな女性陣を遠巻きに見守る綾霞。隣には撫子の姿もあった。
「あなたの番はいつになるのかしらね」
にっこりと綾霞が撫子に話しかける。ちょっと意地の悪い質問である。撫子は照れた様子で、ふるふると頭を振った。
(それは草間さんたちも……)
ちらとシュラインを見てから、続いて草間の方を向く綾霞。視線が合った草間は、慌てて目を背けた。
遠巻きに見守っているといえば、もう1組。風太と雄一郎である。
「藤ユウさん? ねえねえ、藤ユウさん〜?」
雄一郎の顔の前で、ひらひらと手を動かす風太。何故か雄一郎は、涙を流していたのである。
「うう……今まで育ててきてよかった……」
どうやらまたまた妄想モードに入り、恐らくは頭の中で花束贈呈を迎えた所のようである。
ともあれ――ゴンドラから加奈子がブーケを投げた。我先にとブーケをつかもうとする女性陣。しばしの争奪戦の上、見事ブーケを手に入れたのは――。
「取ったーっ!!」
高らかにブーケを突き上げるシオン。ボーイの服は何度か踏み付けられたのか、足跡がいくつがべっとりとついていた。
「何であんたが取るのーっ!!」
涼の激しい突っ込みがシオンの延髄に決まった。倒れるシオン、しかしブーケは手放さなかった。
「取れなくて残念だったわね、零ちゃん」
シュラインが苦笑いを浮かべ、零に話しかけた。すると零は静かに頭を振ってこう言った。
「でも、初めてウェディングドレス着れましたから、私」
「……ん。そうよね、よかったわね」
シュラインが零の頭を優しく撫でた。
「やれやれ、これで無事に披露宴も終わったな」
草間がそばに居た迅胤に言った。
「信用も商売も守れたな」
迅胤がそう言うと、草間は笑みを浮かべた。
「お互いにな。……お疲れさん」
そして草間は迅胤と手にしていたグラスをぶつけ、一足早い祝杯を飲み干したのだった。
【殺意のウェディング ―6月の花嫁― 了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【 整理番号 / PC名(読み)
/ 性別 / 年齢 / 職業 】
【 0086 / シュライン・エマ(しゅらいん・えま)
/ 女 / 26 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員 】
【 0328 / 天薙・撫子(あまなぎ・なでしこ)
/ 女 / 18 / 大学生(巫女) 】
【 0381 / 村上・涼(むらかみ・りょう)
/ 女 / 22 / 学生 】
【 1561 / 黎・迅胤(くろづち・しん)
/ 男 / 31 / 危険便利屋 】
【 2072 / 藤井・雄一郎(ふじい・ゆういちろう)
/ 男 / 48 / フラワーショップ店長 】
【 2164 / 三春・風太(みはる・ふうた)
/ 男 / 17 / 高校生 】
【 2335 / 宮小路・綾霞(みやこうじ・あやか)
/ 女 / 43 / 財閥副総帥(陰陽師一族宗家当主)/主婦 】
【 3356 / シオン・レ・ハイ(しおん・れ・はい)
/ 男 / 42 / びんぼーにん +α 】
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■ ライター通信 ■
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・『東京怪談ウェブゲーム』へのご参加ありがとうございます。本依頼の担当ライター、高原恵です。
・高原は原則としてPCを名で表記するようにしています。
・各タイトルの後ろには英数字がついていますが、数字は時間軸の流れを、英字が同時間帯別場面を意味します。ですので、1から始まっていなかったり、途中の数字が飛んでいる場合もあります。
・なお、本依頼の文章は(オープニングを除き)全12場面で構成されています。他の参加者の方の文章に目を通す機会がありましたら、本依頼の全体像がより見えてくるかもしれません。
・今回の参加者一覧は整理番号順で固定しています。
・大変お待たせいたしてしまい申し訳ありませんでした。7月に公開した6月のお話を、8月の今月お手元にお届けいたします。
・今回のお話は高原としては感慨深い物となりました。東京怪談を長くやってきて、1つの区切りになったかな、という気持ちが大きいです。……あ、いや、やめる訳じゃないですから、念のため。ここからまた、よいお話を皆様にお届け出来るようまた頑張ってゆきたいと思いますので、どうかよろしくお願いいたします。
・シュライン・エマさん、82度目のご参加ありがとうございます。あれこれと調べてみたのは正解だったと思います。で、ちゃんとお話は繋がっているのです。受けた礼は覚えていますよ。
・感想等ありましたら、お気軽にテラコン等よりお送りください。きちんと目を通させていただき、今後の参考といたしますので。
・それでは、また別の依頼でお会いできることを願って。
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