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夏祭り
------<オープニング>--------------------------------------
「のぅ、貘……妾から提案があるのじゃ」
「なんです?」
首を傾げながら貘は嘆きの湖からいつものように抜け出てきている漣玉に尋ねる。
ふふふっ、と妖艶な笑みを称えた漣玉は貘の頬にするりと触れ囁いた。
「妾の手は冷たいであろう?……嘆きの湖も冷たいのじゃ」
「……そうでしょうね。夏にはとても良いと思います」
水音も涼やかですよね、と貘がニッコリと微笑むと漣玉も微笑む。
「そこでじゃ。夢紡樹が主となり、嘆きの湖で納涼大会などやってはどうじゃ?」
「……お好きですか?」
「妾は賑やかな事が好きじゃ」
そうですか、と呟いて貘はエドガーを振り返る。
「どうします?エディはやりたいですか?」
透明なグラスを拭いていたエドガーは、いいですね、と柔らかな笑顔を浮かべた。
そして貘に触れる漣玉を面白くなさそうに見つめていたリリィも声を上げる。
「リリィもやりたいっ!だって、それって嘆きの湖をプールにして良いって事でしょ?ボート浮かべてもいいし、泳いでも良いんでしょ?」
やったぁ!、と小悪魔的な微笑みを浮かべるリリィに漣玉は眉をしかめた。
しかしここは大人の余裕でリリィに嫣然とした笑みを浮かべてみせる漣玉。
「そうじゃな、子供は大いに遊ぶがよい」
見守っていてやろうぞ、と漣玉は声を上げて笑った。
「子供ってねぇ……!」
ぎゃんぎゃんと喚くリリィを無視して貘とエドガーは日取りを決める。
どうせなら大人数で楽しむべきだろう、この場合。
かくしてここに初の夢紡樹納涼祭が執り行われる事が決定した。
------<出会い>--------------------------------------
神威飛鳥が夏祭りを知ったのは、「核醒器・縛流」に封印され守護精となった妹の言葉からだった。
飛鳥はここ数年祭りなどに出たこともなかったし、出ようという気も起きなかった。
夏祭りなどいつの間にか終わっているのが常だった。
妹が亡くなって以来、こういった祭り事の類は敬遠していたのだが、亡くなった本人があまりにも勧めるため、説得に負け重い腰を上げた。
本当は余り行く気はしなかった。
しかし、封印されてしまった妹は自分でそれらを見に行くことが出来ない。
飛鳥が行かなければ妹がその祭りを見ることも叶わないのだった。
そんな事を思うと飛鳥は夏祭りに向かうことが苦とは思わなくなっていた。
炎天下の中、飛鳥は夏祭りへと向かう。
浴衣を着たカップルや親子連れが多数同じ道を歩いていた。
皆楽しそうに笑い、心から夏祭りをたのしみにしているようだった。
会場に近づくにつれ、賑やかな音が響いてくる。
もう既に始まっているようで、人々の声が聞こえていた。
ぼうっとしながら飛鳥は空を見上げる。
どこまでも青い空。雲すら見つからず、高い空だけがそこにはあった。
まるで地球という水槽の中で遥か彼方にある水面を見上げているような感覚。
その時、飛鳥は思いきり背後からぶつかられ前のめりになる。
慌ててバランスを取り、転ぶことは免れたがぶつかってきた本人の方がどうやら大変のようだった。
「きゃっ」
飛鳥の背後で小さな悲鳴と共に物凄い音を立てて何かが散らばる音がする。
「ごめんなさい。下を向いて歩いていて……」
そう言いながらぶつかってきた人物がぶつけた鼻をさすっている。飛鳥はその人物に手を差し出した。
「あ、ありがとう」
その人物は飛鳥の差しだした手を掴み、身を起こす。
「悪い…俺もぼーっとしてた」
「いえ、わたしの方こそ……すみません」
しゅん、としながら謝るが、それを気にした様子もなく飛鳥散らばったバスケットの中身を拾い上げた。
「あ、すみません。大丈夫ですから……」
その人物が拾おうとするのを先回りして飛鳥が全部拾ってしまう。
「ありがとうございました。助かりました」
「別に……」
そう言って飛鳥はさっさとその場を後にすることにした。
しかし、背後からは一定の速度で突いてくる足音が聞こえた。
別についてきているわけではないのかもしれない。
それでもその音がどうしても気になるのだから仕方ない。
別に示し合わせたわけでもなんでもなかったが、どうやら同じ所に向かっているようだった。
後ろから一定の速度で歩いてくる足音に気づいた飛鳥は、くしゃっ、と黒髪を掻き上げ困ったように振り返る。
そしてその飛鳥はついてくる人物に尋ねた。
「何処に行くんだ?」
「え、と……この先の夏祭りに」
「一人で?」
「はい。え、と……あなたもですか?」
飛鳥は頷く。
「一緒ですね」
ふわりとその人物は微笑んだ。
そしてひょんなことから知り合った二人は簡単な自己紹介をし、一緒に回ることになる。
あの時、ぶつからなかったら二人とも一人で祭りの会場を彷徨っていただろうに、と思いながら。
------<夏祭り>--------------------------------------
優舞のバスケットは今、神威飛鳥が持っている。
そして二人は屋台を回って歩いていた。
屋台もそれほど多いわけではないが、大抵のものは揃っていた。
ラムネに林檎飴にたこ焼き、串焼き、大判焼きに綿飴。金魚すくいなんてものもあった。
それらを楽しそうに見て歩く優舞を、飛鳥はそっと見つめる。
くるり、と振り返った優舞が楽しそうに声を上げた。
「飛鳥さん、たこ焼き食べましょう」
飛鳥が頷くと優舞はたこ焼きを買いに行ってしまう。
それを追いかけるように飛鳥は人波をかき分けて進む。
優舞は飛鳥が近寄っていくと、手にしたたこ焼きを持ち酷く嬉しそうだ。
オマケしてくれました、と一箱多く持ってきた優舞の手からたこ焼きを受け取り、飛鳥はバスケットに入れる。
何処かに座って食べましょう、と言う優舞に頷いて移動する中、飛鳥は途中でしっかりと頼んでいた蕎麦を買うのも忘れない。
注文してまで食べたい位に飛鳥は蕎麦が好きだった。
祭り気分を味わいつつ、湖の前へとやってきた二人はそこにシートを広げ、湖の畔で先ほど買ったたこ焼きやラムネを取りだし食べ始める。
まだ明るい日が差していて、木漏れ日がとても綺麗だった。
そっとそれを見上げて笑う優舞。
こうして普段とは違う場所で食べる食事は、何故かとても美味しく感じられる。
反対側の岸には、籐のチェアを並べた随分と身なりの良い紳士と色っぽい女性が一緒に楽しげに話をしている。
いろんな人が居るものだ、と飛鳥はたこ焼きを口に運ぶ。
腹ごしらえをして、当初の目的だった湖で泳ごうと優舞は羽織っていたパーカーを脱ぐ。
しかしそこで優舞は飛鳥がいることにはたと気づき、手を止めた。
それに気づいた飛鳥はぶっきらぼうに告げる。
「荷物見てる」
そしてそっぽを向いて反対側の男女を観察しはじめた。
ぱしゃん、と水の音がする。
優舞が水に入ったのだろう、と思い飛鳥は湖に目を向ける。
すると水を得た魚のように気持ちよさそうに泳いでいる優舞を見つけた。
しばらくその動きを眺めていた。
すると思い出されるのは、生前の妹の姿。
似ても似つかないような気がするのに、生前の妹の面影を優舞に重ねてしまう。
ばしゃばしゃと勢いよく泳いでいる優舞の姿を見ていた飛鳥だったが、その時突然男性が湖に突き落とされるのを見た。それは店員と仲の良い真輝だった。
そして続いて飛び込むのはピンクの髪をツインテールにしているウェイトレスのリリィだ。
バツゲームと言うわけではないだろうが、何やら真輝の方は不服そうな表情だ。
「きっもちいい〜!ほら、マキちゃんも暑さなんて吹っ飛ぶでしょ?」
少女だけが楽しそうである。
見ているとそのうちそれは水中鬼ごっこに変化したようだ。
楽しそうな声に飛鳥は口の端だけをあげ小さく笑った。。
しかし暫くするとその人物も、そして他に入っていた人物達もいなくなる。
湖の中には優舞一人だけだった。
そろそろ優舞が上がろうと思った時だった。
向い側にいた二人が優舞に声をかけてきた。店員と言うよりはこの湖の主である漣玉と、客としてよく来るセレスティの二人だ。
「其方、今からちょっとした催しをやりたいと思うのじゃが、この湖に浮島を作っても良いか?」
「えっ?……はい、それは……」
浮島を作ってどのようにするというのだろう。
「それでは水を操り流れるプールのようにしてみても良いですか?」
セレスティが尋ねると、首を傾げながらも優舞は頷く。
「面白そうです……」
その言葉に漣玉は艶やかな笑みを浮かべる。
「それではな、やるとするか」
漣玉は水の中に手を付け湖の中央に浮島を作る。
そして水の上を当たり前のように歩き、浮島の上に渡った。それに倣い、セレスティも杖を使いながらコツコツと水の上を普通の地面のように歩くとセレスティへと伸ばしていた漣玉の手を取り、浮島へとたどり着く。
「お二人とも水の上をいとも簡単に……」
優舞が小さく声を上げるが、その声は二人へは届かない。
水の中に二人で手を差し入れて何やら打ち合わせをしているようだ。
漣玉は声を上げる。
「それでは行くぞ」
その声と共に湖の水が流れ始める。
優舞は水に流されるままに湖の中を流されていく。
「きゃっ。おもしろい…です…」
先ほどよりも少し早い速度で水が動くと優舞もそれに合わせて動きが速くなる。
暫く浮島の上でそれを楽しんでいたセレスティだったが、再び籐のチェアに戻ってその光景を眺めている。
一度動かし始めてしまえばあとは自動だ。
漣玉が楽しそうに水を操っているのをセレスティは見つめていた。
くるくると回される感覚に優舞は笑い声を上げる。
湖が流れるプールになるとは驚きだった。
随分と愉快なことを思いつく二人組だと飛鳥は思う。
次々と人々がそんな面白いアトラクションの出現に湖へと寄ってくる。
そろそろ泳ぎ疲れていた優舞は、早めに湖から上がり、木陰で飛鳥と共にぼーっとしていた。
------<花火>--------------------------------------
空に満天の星が煌めく頃。
嘆きの湖に空に輝く花が反射して煌めく。
先ほど飛鳥が調達してきた花火を手に持ち、二人は色とりどりの花を咲かせる。
それはなんとも綺麗で、そして暖かみがある。
昔、小さい頃の記憶を呼び覚ますようで。
あるったけ全部の花火をしてしまうと、他の人々もようやく花火の時間となったようだ。
空に浮かぶ打ち上げ花火を、二人でじっと見上げる。
夜空に咲く花はとても美しかった。
朝の二人は一人でこの夏祭りにやってくる予定だった。
こうして出会ったのもまた何かの巡り合わせなのかもしれない。
そんなことを飛鳥が思って隣を見ると、泳ぎ疲れたのか眠りこけている優舞の姿があった。
こくんこくん、と首を揺らし優舞は眠り続ける。
光り輝く夜空に上がる花火を眺め、夏の終わりを感じる。
こうして花火が無くなるまで夢紡樹主催の納涼祭は続いた。
人々の笑顔と綺麗な花火がいつまでも湖に映し出されていた。
その余韻漂う中、飛鳥はバイクを召喚する。
電子音にも似た音が響き渡り、バイクが目の前に現れる。
そして飛鳥は優舞を起こすと、家まで送っていくから、と告げ乗るように言う。
「で、でも……」
戸惑う優舞に飛鳥は、さっさと乗れ、と告げスロットルをまわした。
観念して優舞は送っていってもらうことにする。
「ありがとうございます。今日はとても楽しかったです」
にこり、と微笑み優舞は言う。
そんな表情に飛鳥も悪い気はしない。
月夜が二人を照らし出し、夜はゆっくりと更けていく。
月明かりの中、飛鳥はバイクを走らせた。
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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】
●2227/嘉神・真輝/男性 /24歳/神聖都学園高等部教師(家庭科)
●1883/セレスティ・カーニンガム/男性/725歳/財閥総帥・占い師・水霊使い
●1449/綾和泉・汐耶/女性/23歳/都立図書館司書
●1574/霞・優舞/女性/20歳/特殊薬剤調合師
●2861/神威・飛鳥/男性/18歳/封術士
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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。
この度は飛鳥さんと優舞さんはほぼ個別で動いて貰ってしまいました。
如何でしたでしょうか。
飛鳥さんのイメージが崩れていないことを祈ります。
とても楽しく書かせて頂きました。
また何処かでお会い出来ますことを祈って。
ありがとうございました!
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