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純然たる光と現在の茫洋さ
刻まれる模様に意味はない。
生じた刹那に人がそこに意味をつける。
理屈では片付かない出来事が圧倒的に多数だと思う思考の研ぎ澄まされた先端に触れることができるもの。
それだけが純然たるインスピレーションの結晶。
セレスティ・カーニンガムの心の琴線に触れるものはそうしたものだ。ディレッタント気質だと自分でもそこはかとなく理解している。しかしそれをやめることができないのは、屋敷を埋める品々に満ちる過去の人々の純然たるインスピレーションがあまりに美しく、そして自由という飛躍の可能性を秘めて今に辿り着いたと感じられるからだった。
書斎の椅子に躰を預け、長い銀色の髪に陽光を反射させながら何をするでもなく室内を眺める。白磁のように滑らかな白い肌に暇を持て余す気配は微塵も感じられない。それどころか室内に満ちた気配を楽しんでいる風である。
ぼんやりとした視界。
鋭い感覚で補わなければそこに何があるのかも判然としない不明瞭な世界。
しかしそのなかでも品々に宿るインスピレーションの欠片は美しく輝く。一枚の絵画。一冊の本。古い地図。楽譜や古楽器。総てから溢れるその一つ一つの微小な煌きを手元にとどめておくことのできるこの幸福。
静かに椅子に腰を落ち着けているだけでも楽しむことのできる過去の輝きは、膨大に広がる無限の未来が与えてくれる期待よりも多くの幸福をくれるような気がする。過去に執着しているわけではない。過去の偉人が残したインスピレーションの欠片へ辿り着くための道を歩むことは凡人にしかできないことだ。
天才には楽しむことのできない楽しみをそっと密やかに愛でるようにして楽しむことのできる幸福。
それはきっと天才にはわからないだろう。
一瞬のひらめきをその刹那の輝きのままに一つの形に組み上げてしまうことのできる才能。
それを時々羨ましく思うこともある。
しかし天才になりたいと思ったことはない。
芸術家と呼ばれる人々は当然のように天才と呼ばれる人々の集合だ。けれどそれになってしまった刹那に、愛でる鑑賞者としての楽しみを奪われることになる。自分はそれになりたいわけではない。鑑賞者として、少しでも彼らの残した輝かしいものの一端に触れることでできればいいと思うだけなのである。そこに辿り着くための道筋が楽しい。明らかな答えに向かって意識を、思考を紆余曲折させ、幾つものプロセスを生み出すことが楽しみなのだ。
もし凡人にもインスピレーションの欠片が生み出せるとしたらそれは、過去から現在に向かって残された品々を綺麗だ、美しいと思うことのできる心の反応だろう。理屈では説明できない。ひらめくように心に腰を落ち着けるほんの一瞬の感動。そのために蒐集する。手元に置いておきたいと思う。そうした感情は天才にはわからないものである筈だ。
答えが出てしまってはつまらない。
答えが出ないから面白い。
七百年以上の膨大な時間を生きてきたから思う。答えの出ないものばかりが蔓延っている。いつの世もそうだ。理解することができないという不安が人々を思考させる。その場限りの答えが用意され、それは数百年のちにいとも簡単に覆される。凡人が弾き出した答えはいとも簡単に変化していく。
しかし天才と呼ばれる人々の生み出したものは違う。評価の言葉は変われども、根源的な評価は決して変わることはない。終わりを約束された人とは違う。無限の未来に残されることを約束されたインスピレーションの欠片たちはいつもそれぞれに、それだけの輝きをまとって時間を生きることができる。人ではないから、感情を持たないものであるから良い。自由気ままに美しいと思うことができ、感動することができる。そして凡人であるからそのなかに込められたいくつもの輝きを拾い集めることができる。
長き年月を生きていても答えが枯渇することはない。数百年の間共に時を重ねても、日々新たな発見をもたらしてくれるものもある。ひっそりと息を潜めるようにしていながら、ふとした拍子に面白い答えをもらしてくれるものもある。
そうしたものに出逢う度にいつも思う。
生きていた良かったと。
長き年月を生きることが出来て良かったと
繰り返す日常。
茫洋とした未来。
それを抱えて生きる不安を緩和してくれる残されたインスピレーションの輝きはいつも、過去を纏い色褪せる些末なものとは違って日常に煌きを与えてくれる。財閥創設時から長きにわたり、総帥という地位にいれば自ずと人間の暗部を目にすることになる。人との関わりに嫌気が差すことがなかったといったら嘘になる。
けれどそれを和らげてくれたのは紛れもない蒐集した品々だ。まだ人も捨てたものではないと、自分の感情の揺らぎに確認する。天才が残していった品々が心を落ち着けてくれる。
蒐集した品々に埋没しているその時間だけ、本当に自分になれる。
ありのままに包み隠さず、誰にも煩わされることのない個人でいられる。
だから疲れたそっと、蒐集した品々のなかに身を投じるのだ。
茫洋とした未来を人間の暗部で満たしてしまわないようそっと純然たるインスピレーションに触れる時間を慈しむ。
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