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<東京怪談ウェブゲーム アンティークショップ・レン>
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【パンドラの壷】
いい加減に少し片付けようか。大小重軽のアンティークが散在している倉庫を見渡して蓮は思った。仕入れたものはとりあえず倉庫へ――が通常になってしまい、整理するということをここしばらくやっていなかった。それに少々カビ臭くなっている。掃除もきちんとしておかなければ、ネズミやらゴキブリやらの巣窟になってしまいかねない。
と、倉庫の隅がほのかに青白く光っているのに気がついた。
「……ああ、これか」
小さな壷だった。蓮はそれを持つと手の中でクルクルと回す。
表面に幾何学的な奇妙な模様が施されたそれは『パンドラの壷』といった。悪人が持つ場合は不幸が詰まっており、善人が持つ場合は幸運が詰まっているらしい。なかなか面白い代物だが、しまったきり存在を忘れてしまっていたのだった。
「店に出しておくか。どこぞの物好きが買うかもしれない」
蓮がカウンター周りを掃除していると、一組の男女が来店してきた。
「いらっしゃい」
蓮はそっけない返事をして客を眺める。男はいたって普通の中年男性で、女は可憐という表現がピタリと当てはまるセーラー服の少女だった。年齢差からして親子だろうと思われた。
まさかプレゼントでも買ってやるつもりかと女店主は一瞬考え、心の中で苦笑する。そんなわけはない。父親の変わった買い物に付き合っているだけなのだろう。
「お父さん、何を買うの?」
父親はううむと唸りながら、店内を見回す。
「……ええ、それ? 変わった模様だけど」
「これが一番気に入った。これにする」
父親が手に取ってカウンターに置いたもの。それはパンドラの壷だった。
「お目が高いね」
などと言いつつ、蓮は一応壷についての説明をしてやる。
「そんなのやだなあ……」
少女は愚痴るが、蓮の知ったことではない。買い手があっただけで満足だった。
海原みなもは自分のことを善人とも悪人ともいえないと思っている。周りの人間も大方は彼女をそう見ていると思われる。無論、人間に完全な善や悪などあるはずもないのでそれは至極真っ当な考えである。『自分は善人だ』などとキッパリ言う人間がいたとしたら気持ち悪いし不気味だろう。
それはともかくとして、持ち主の善悪によって幸不幸が変わるというこのパンドラの壷については事件の心配はないと思っている。善人でも悪人でもない、そんな人間にはおそらくさほどの効果は現れるまい、と。
第一、当面の持ち主は父である。父に降りかかる効果が近くにいる自分にも――ということはあろうが。
隣を歩く父を見る。
――果たして善人だろうか悪人だろうか? みなもはそういう観点で父を見たことはなかった。
べちゃ。
唐突、あまりにも唐突に頭に柔らかいものが落ちてきた。小さく悲鳴を上げた親子はお互いを見た。白いものが乗っている。
触れてみると、指にくっついた。引き剥がそうとしてもなかなか取れない。
「これって……バラエティ番組でよく使われるトリモチ?」
まさか、とみなもが思った瞬間だった。
ボタボタボタ! と音を立ててトリモチがトリモチがトリモチが降ってくる!
「きゃー、きゃー!」
ふたりはその場から逃げ出そうとした……が、足がトリモチにやられている。身動きが出来ない!
間違いなく壷のせいだ、とすでにトリモチまみれのみなもは思う。それにしたって、荒唐無稽にもほどがある。
その後、みなもと父は協力し合って、通行人にも助けてもらって、何とかトリモチを体から剥がすことが出来た。マラソンを完走したように体が疲れている。
(……お父さん、悪人だったのかしら)
不幸が訪れたことは事実である。これ以上パンドラの壷を持って歩くのは危険ではないだろうか――。
「みなも!」
父が大声を上げた。
「ちょ、お、お父さん?」
みなもを地面に押し倒し、覆いかぶさってきた。まさか、第二の不幸は実の父に襲われる……?
ドザァァァァァ!
工事現場でよく聞くような音が耳に入った。見る間に父が灰色になっていく。
セメントだった。それも速乾性。親子はカチンコチンに固まった。
「お、と……さん」
みなもは、父が身を挺してかばってくれたおかげで何とか呼吸が可能だった。だが、またしても動けない。しかもセメント、今度はトリモチのようにはいかない。
「……やあああああ!」
みなもが全身に気を入れる。精神を集中する。
――みなもは水を操る能力を持つ。激情時にはこんなことも可能になる。
「ええぃ!」
空気中の水分子をセメントの間に注入して、一気に結合させる!
パリパリと卵の殻剥きさながらに、灰色の欠片が親子から落ちていった。
まさしく死ぬ思いである。通行人たちが好奇の目を向ける中、もはやふたりの思考は一緒だった。
「返品! 返品しに行こお父さん……」
「……そうしようか」
グッタリしたみなもを父が背負う。親子はアンティークショップ・レンへととんぼ返りした。
が、それで壷が逃がしてくれるわけはない。
「きゃあ、ネズミ!」
進行方向からおびただしい数のネズミが向かってくる。
と、道端の女性が甲高い悲鳴を上げた。
吹雪が吹いた。
瞬く間にその場の全員が凍りつく。
「と――通りすがりの雪女?」
これは30分経って自動解凍した。
次。
「コカトリスー?」
近場の養鶏所から逃げ出した魔鳥に石化ガスを吐かれて、みなもは美しい石像になる。これは父が直した。
その次。
「キメラー?」
これまた科学研究室から逃げ出した合成獣に炎を食らわされ、みなものセーラー服が焼けた。隠せないほど下着が露になった。
「もーいや!」
みなもは心の限り叫んだ。
■エピローグ■
ようやく店に着いた親子を、女店主はため息混じりに迎える。
「これ、お返しします」
壷を確かに渡すと、へなへなと腰を下ろすみなも。目が潤んでいる。
「……ま、大体予想はしていたけどね」
蓮は返金と返品をしぶしぶながら了承した。
もしよかったら壷を誰かに紹介してくれと蓮は言ったが、みなもは即刻断った。だからこの先、パンドラの壷は永久不変に蓮の手元にあると思われる。
【了】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【1252/海原・みなも/13歳/女性/中学生】
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■ ライター通信 ■
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担当ライターのsilfluです。初のご依頼ありがとうございました。
何というか、ハチャメチャなお話になりました。
大体プレイングどおりになったと思いますが、
ご満足していただけたでしょうか。
それではまたお会いしましょう。
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