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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜紅〜

◆紅の空 集いし者達◆
 気がつけば、ソレはそこに居た。
 どこから入り込んだのか、マスコミの網の中をどの様にかいくぐって来たのか、しかしソレは確実に存在する。
「やほ〜♪草間のオジちゃんっ」
無邪気に微笑んでそう言うのは、外見年齢12歳の少年。狭い興信所を陣取る二人掛けのソファーにごろりと寝転がり、寛いだ様子を見せるソレは、アールレイ・アドルファスといったか。
「大変そうだねぇ〜?なんなら、アールレイが手伝ってあげようか?」
 マスコミの追求に疲弊しきった武彦は、何を答えるでもない。
「子供を攫うんでしょ?ソレならアールレイって可愛いし、鬼達も食べガイがあるよね」
明るい茶色の瞳が面白そうな色を浮かべ始め、それを、武彦と零はただ見つめ続ける。
「日本の物の怪とかって、そういえば見たこと無いし〜。面白そうだし〜。アールレイ、きっとお役に立つよ♪」
 本音を覗かせながら言葉を紡ぐアールレイに、草間はやっと口を開いた。
「……まぁ、人手が足りないのは確かだしな……」

「お前らも色々言いたい事はあるだろうが、それは全て終わった後に聞く。今はとにかく、話に集中してくれ」
 草間の前には、七つの顔が並ぶ。有志、依頼、それから面白半分。百鬼夜行を解決しようと集まったその七人は、数々の怪奇を解決して来た、いわば熟練者だ。
 それらに事件の穴だとか、解決までの難関だとかを一気に捲くし立てられ、草間は更に疲れた様子で唸った。
「まず、この事件。わかってる事は極めて少ない。ただ事件性は全く無い。これは真実怪奇、妖怪達の行軍だという」
それもどこまで正しい情報かはわからないらしい。
「百鬼夜行が何時どういった理由で行われるのかは、さっぱりわかっていない。空市で口伝として伝わるのは、とても短い件だけだ。【百鬼夜行す夜に外出するべからず。破りし者、二度と帰らん】――とまあ、市民が一致するのはここだけ。まあ言ってる事はどれもこれも同じで、特筆する様な事は無いが、詳しく調べる必要はあるだろうな」
 草間の言葉に、アールレイは小さく欠伸を漏らす。
「だから、攫われててみれば早いよね〜」
などと呟いた言葉は、届いているのかいないのか、とにかく草間に無視される。
「マスコミについては、関わりの無い上の方がどうにかしてくれる様だ。気にせず捜査してもらって問題無い」
「頑張って下さいね、皆さん!!」
 草間と零は全国民の矢面に立つ――といった大変な仕事が待っている。
 七人は思い思いに頷くと、興信所を退出し夜闇に消えて行った。


◆伝わる話 鳥居と鐘◆A◆
 空市の上には不穏な雲。太陽を隠すどんよりと重い灰色は、市民の心の色を表すかの様だ。
 不思議な事に警察もマスコミの姿も完全に無い問題の事件現場に七人は立ち、それぞれ慣れた様子で散った。
 まずは情報収集。市民に当たる者、書物から情報を引き出す者、その他。アールレイは真剣味の薄い表情で、近くに居た少年の後を追った。
「百鬼夜行ってのは、粗末にされた物が化けて出るって説もあったな」
「それに、誘拐って線も無いとは言えないわね」
前を歩く伍宮・春華とシュライン・エマが、互いの情報を引き出しあっている中、アールレイは始終キョロキョロとしていた。彼は二人に話しかけられるまで、ただ着いていくだけであった。
「で、あんたはどう思う?」
くるりと振り返った美女が、アールレイの視線に合わせて腰を落とす。興信所を訪れた際に、彼女がお茶を出してくれたのを良く覚えている。アールレイは人好きのする笑顔を浮かべると、
「日本の典型的な物の怪でしょ?何の痕跡も無く子供を攫うくらいなんだし〜神隠し?とかそういうの?」
「確かにね。誘拐にしては上手く出来過ぎだし、目的もわからないけど」
 子供が攫われた日からは、数えて四日が経っている。草間興信所に話が来たのも昨日の朝だという話だし、何か目的があっての誘拐ならば今頃連絡が来ていてもいい位だ。それもこれだけマスコミで賑わった後に何かあるとは到底思えない。
「とにかく口伝は良く聞いておきたいな。それから、子供たちの外見とかも詳しく」
 やはり行き着くところは結局ソレ。とにかく情報が少ないのだから仕方が無い。
 三人は手近な家のチャイムを押すべく、辺りを見渡した。

「口伝――そうね、何度も言っているけどね。百鬼夜行の夜に、外出しては行けないという事ね。ウチに伝わるのは良くあるモノよ?【百の鬼が行く夜、外に出た者二度と戻らん。四肢は食われて骨も残らず、魂は永遠に彷徨う】……そう子供の頃から教えられていたし、自分の子供にもそう教えているわ」
「ばばあ連中のがよっぽど知ってんじゃねぇの?とにかくさ、百鬼夜行の日に外に出んのは自殺行為って事だろ」
「そうさね。ワシらの時代にもようけ言われてたけどねぇ……。ここは他ん所と違って、百鬼夜行が良く起こるからの。実際昔から、攫われた者は多いんよ」
「戻った人も居たって話ですよ?だけど記憶が全く無くて――それ以前の記憶も無くてね、まったく別人になって戻ったって話」
そこでシュラインが、ある事に気づく。
「百鬼夜行の起こる日は、どうしてわかるの?」
「ああ、それね。鐘がなるんスよ。ほらあそこ――鳥居が見えるっしょ?」
問い掛けに青年は素直に答え、高台の方を指差した。空市には坂が多い。道は全て上った先、その鳥居へと続くという。
「すっげぇ古くて、いつぶっ壊れるかわかんねえから、アレも近づくなって言われてるんスけど。俺ラ、昔大人に内緒で良く遊びましたよ」
鳥居の先には背の高い木が続く。青年は更に言葉を続ける。
「京都とかの寺にあるような、でっかい鐘なんスよ。それだけで別に祠とかがあるわけでも無いんスけど、四方を鳥居に囲まれててさ。でも二本だけ色が黒いんだけど……」
「じゃあ、今回も物の怪の仕業で間違いないのか?」
「だろうなぁ。だって鐘鳴ってたし。まあでも直接見た事ねぇぜ。……気味悪ぃし……」
確か角のユキオが、前に窓から百鬼夜行見たとか自慢してたっけなぁ……青年がポツリと呟く。
「見た人居るんだ??」
 瞬間アールレイが喜色に顔面を綻ばせ、シュラインと春華の間から顔を覗かせた。青年はその時初めてアールレイの存在に気づいた様で、目を大きく見開いたまましばし沈黙した。
「ユキオ君――っていうのは、攫われた子供の一人だったわね?彼とは仲が良かったの?」
「――あ、いや、まあ……幼馴染だし……」
「ねぇ、鬼ってどんな感じ!?」
「ユキオの他に、モミジ、ユウジ、コウタ、ショウ……計9人だったな、居なくなったのは。全員と面識があったのか?」
「あるよ、そりゃあ」
「ねぇ、どこに行けば会えるかな!!?」
「ちょっとそこら辺、詳しく教えてもらえるかしら?」
「いいスけど……」
「ねぇ、物の怪って怖いかな???」
「ね――」
「アールレイ君」
 ふいに、シュラインと春華が振り返る。彼女らの口元には笑みが刷かれては居たが、その目元は決して笑っていない。
 アールレイが不思議そうに、目を瞬かせる。
 と春華の腕がアールレイの首元に伸び………くるりと反転。視界が180度変わったかと思ったら、アールレイは背中を押されて危うく転びそうになる。
 何事かと再び春華に向き直った時、彼は冷ややかにアールレイを見下ろして、言った。
「邪魔だからどっか行ってろ」

 上空では太陽を遮る灰色が、更に濃さを増していた……。


◆◇幕間◆◇A◆◇
 ポツリ、ポツリと空から雨粒が落ちてきた。冷たい感触を頬に受け、草間がつ、と視線を上げる。
「――雨……」
傍らに立つ零も、一呼吸の後空を見上げる。
 次第に強く強く……雨は傘をささぬ二人の体を打ち付けた。
 鞄で頭を庇い、幾人もの人間が側を走り去っていく中、草間はただじっと上空を見つめるばかり。
「何か見落としている気がする」
「え?」
「――大切な何かが欠落してんのさ。あまりにも何も無い所為で忘れがちな何か……」
「何か、ですか……」
曖昧な草間の言葉に、霊は眉間の皺を深める。
「アイツらが、それに気づいてればいいんだがな……」
独り言の様に呟いて、草間は小さく首を振った。
「何も起こらないでくれよ、頼むから……」


◆雨の夜 鐘の音◆
 春華に邪魔物扱いを受けたアールレイは、一人何するでもなく空市を歩き回った。
 途中空市民とすれ違ったりもしたが、アールレイは何を問うでもなく通り過ぎた。一度「百鬼夜行っていつ起こるの?今日もあるかなぁ」などと尋ねた所、その相手が運悪く攫われた子供の母親で罵声を浴びた事もあって、もう懲り懲りだったのである。
 その後市長宅で一人昼食を取った後、またブラブラと空市を観光し――その過程で鳥居と鐘の在り処まで辿り着いたアールレイは、桜塚・金蝉、大曽根・つばさ、水上・操の三人と出くわし、しばらく彼らの動向を眺めたりもした。やがてそれにも飽きて、今度は坂を下り始めた所――ついにその重さに耐え切れず、空から雨の粒が降ってきた。
「わわ……」
アールレイは慌てて走り出すが、雨足は急速に強まり、市長の家に帰り着いた頃には完全に濡れ鼠だった。
「これじゃ、今日は百鬼夜行無いかなぁ……」
ここに至っても、アールレイの心配はそこに向く。アールレイを出迎えた綾和泉・汐耶が苦笑を浮かべつつ、バスタオルを差し出した。
「どうでしょうね。残念ながらこの百鬼夜行には規則性が無い様ですし――何時起こるかは、誰にもわかりません」
 しかし汐耶は、目を爛々と輝かせたアールレイに釘を刺す事も忘れない。
「今日のところは、キミの願いは聞けませんけどね」

 市長の家は無駄にでかい。それはもう、屋敷と呼んで過言はない程に。
 夫婦二人で住んでいるというその家は二階建て、部屋数は合わせて十もある。ダイニング、寝室等生活の場を除いて、六つの部屋が空き部屋だった。
 市長はその六つの部屋を、事件が解決するまでアールレイ達に提供していた。つまり、泊まるも帰るも自由という事だった。
 この日は視界さえ危うい豪雨の所為だろうか。七人は誰一人帰ろうとせず、金蝉の為にあてがわれた客室に集まって各々の入手した情報を伝え合っていた。
 ただ一人、アールレイは蚊帳の外。窓にへばりついて、来るとも知れぬ百鬼夜行を待ち続けていた。

『そやから、あの鳥居と鐘な。あれは明らかに、何かの術が働いとるもんやで。百鬼夜行の出現場所はあそこで間違いない!』
『そうね。まず百鬼夜行――物の怪で間違いもない様だし。聞いた話では坂を下って来るという事よ』
『なら早速、そこから入り込んで妖怪共見つけようぜ』
『アホか。それが出来たら苦労しないわ』
『かかってる術が俺達とはまた質が違いやがる。すぐに解ければ苦労しねぇだろ』
『何日か、時間が必要なんです』
『疑問点も幾つか生じますけど……』

 色々な感情を含んだ声が、遠くから響くようにアールレイに届く。中々に険悪、そして重苦しい雰囲気が室内に漂っている。
 アールレイは欠伸を一つ。
 時計に目をやれば、深夜一時を越えた頃。そろそろ布団が恋しくなって来たアールレイが、草間興信所のお気に入りのソファーを思い出す。あの何ともいえない感触に、猫のように体を丸めたり伸ばしたり――そんな夢へと、アールレイの思考が引きずり込まれるまさにその時だった。

 ゴーン ……ゴォーン

 然程大きな音ではない。雨音に掻き消えそうにも思える。それなのに何故か、頭の隅からけして出ていこうとしない、そんな鐘の音だった。
「鐘!?」
 七人はその音が、『百鬼夜行』を告げるモノだと瞬時に悟り、大きな窓に走り寄った。金蝉の部屋に集まったのは、その窓が丁度鳥居に面していたからだ。

……ゴォン

 鐘が鳴り響く。
 七人がじっと鳥居に視線を向けている。
 と、その上空に、黒い点の様なものが生まれた。眇め見ていたそれがやがて大きな大きな黒い穴となる。空間を引き裂いて出来た、何処かとこの世を繋ぐ、穴。その中から、何十もの物の怪が躍り出た。
 額に生えた角。尖った耳。耳まで裂けた大きな口。赤黒い肌。青白い眼光。尻から生えた尾。荒れた体の表面。鱗に覆われた肢体。
 異形の集団が坂を下ってやってくる様子に、ごくり、と誰かの喉が鳴った。
 だが、アールレイは大きな瞳を緩め、愉悦する。待ちに待ったモノが現れたのだ。
 アールレイは百鬼夜行の様子に目を奪われた仲間達から静かに離れ、彼らの気づかぬうちに金蝉の部屋を出た。
 そして誰の目にも止まらず、市長の屋敷を飛び出して行った。


◆百の怪 攫われた子供◆A◆
 星と月は厚い雲に覆われ、空市を照らす光は少ない。街路の灯りは鐘の鳴るのと同時に消え、家々の灯は閉ざされた窓と振り続ける雨に遮られている。故にか、百鬼の存在が強く感じられる。
 鬼火と呼ばれる青い炎が夜行と共に揺らめいている。そして大きな大きな、二階建ての家をも越す大きな巨体一つ――。
 アールレイはそれを頼りに、百鬼夜行を目指した。

雨が降っていた。それは昼過ぎから振り出し、深夜一時を過ぎた今でも雨足を弱めない。やっぱりママの言う通り、塾を休めば良かった。やっぱりユキの言う通り、泊めてもらえば良かった。第一こんな時間に帰ったら、ママに怒られてしまう。
……ふう。
泥が跳ねて服も靴も汚れ、靴に至っては濡れに濡れて、歩く度にビチャビチャと嫌な音を立てている。早く帰って、シャワーでも浴びたい。そう思った時だった。
ゴォン――と聞きなれた音が響いた。あ、今日も鳴ってる。この間もあったばかりなのに珍しい……。最初はそんな風にしか考えられなかった。眠くて、頭が麻痺してたのかもしれない。
それにチャント気づいたのは、五回目の鐘が鳴った頃。
はっとして顔を上げれば、目に映ったのは、坂道の先の黒い鳥居。雨で白む視界の中でもはっきりと見て取れた、闇の中では不気味に映るソレの上空で、黒い大きな穴がぽっかりと口を開けていた。そしてソレの中から姿を現すのは――。
百鬼夜行!!今日は百鬼夜行の日なの!?に、逃げなきゃ!!ホラ、近くの家に――逃げなきゃニゲナキャ。早く早く、アレに見つかる前に早く隠れなきゃ……足が震えてる。でも逃げなきゃ!!
そう思いつつも私の足はがくがくと震え、立っているのがやっとだった。私は一歩も動けない。雨の中、青い光が見え始める。黒い影が沢山沢山近づいてくる。
逃げなきゃ――!!!
私の手から、鞄がするりと抜け落ち、コンクリートを濡らす水の中で音を立てた。百メートル程先で百鬼夜行の歩みが止まって、止まって……。金の目だけが、闇の中で光った。
怖い怖い怖い怖いコワイ怖い怖い恐い恐いコワイ恐い怖い恐い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコ――。

「キャァアッ………!!!!」

 闇夜を切り裂く甲高い悲鳴が、辺りに響き渡った。空からの鐘の音にも負けぬ、恐怖に震えた音は大気を揺らす。
 アールレイは小首を傾げながら、速度を上げた。
 そうして角を曲がった先で、アールレイはついに百鬼夜行に出会ったのだった。
 角を生やした大きな赤い鬼が、巨体を屈めて、地面で拳を握っていた。しかし、何か違和感。ゆっくりと拳を持ち上げて、鬼はもう一方の掌の上で拳を開いた。アールレイには、ソレが何をしているのかがわからない。
 そんな中、百鬼はまた歩を進める。一歩、また一歩とアールレイとの距離が縮まり、先頭の背中に瘤をもった異形が、聞き慣れぬいびつな声を漏らした。
「コ、共……」
それは明らかにアールレイを指していた。そしてまた、巨躯を持った鬼の手が地面へと伸びてくる。アールレイは特に抵抗をするでも無く、その手に戒められた。
「おぉお〜!!」
 大きな大きな手は、アールレイの体をすっぽり隠す事が出来た。よって、視界は鬼の赤に染められる。鬼の指は一本がアールレイの顔二個分程もあった。
 アールレイは満面に笑みを浮かべて、一人ごちる。
「これが鬼か〜♪予定通り、アールレイ、もしかして攫われる所〜?」
 パッと視界が開け、細い雨の糸が目に映る。そして落ちる感覚。すぐ近くに、家の屋根が見える。
「あたっ!!」
 アールレイは強かに腰を打って、軽く呻いた。だが地面に落ちたというよりは、多少柔らかな感触。視線を落とせば……またもや視界が赤い。
 そこは、鬼の掌だった。指の隙間から外界を見下ろす事が出来、前には空市の町並み。後ろには黒い穴から這い出続ける異形の一行。真上には鬼の大きな顎。そして真横には――気絶する少女。先程のこの鬼の行動が、その少女の為だったのだとアールレイは悟る。
 アールレイは状況に満足げに微笑むと、鬼の掌で小さくジャンプした。
 上空から濡れ羽色の翼を持った異形が、自分を怪訝そうに見下ろしている事など知りもしなかった。

 百の鬼は坂を下り終わると、今度は道を変え、再び坂を上り始めた。アールレイの横で少女は相変わらず気絶し、アールレイもはしゃぎ続ける。
 やがて鬼達は空市を去るべく、穴の中へ静かに戻っていった。アールレイも鬼の掌に乗ったまま、暗い淵を目にする。
「――アールレイ君!!!!」
「………え?」
 背後から自分を呼ぶ汐耶の声が聞こえ、アールレイは振り返ったが、そこにも赤。鬼の肌が見えるだけ。
 そうして辺りから音が消え、一層濃い闇に包まれた。


◆異形の王 暗い世界◆A◆
 暗い暗い、真の闇の中、百の異形が一本の道を作る。灯といえば幾つかの鬼火のみ。時間が経つにつれ慣れた視界は多少の色を認識する事が出来たが、それでも濃い闇の中、百の軍以外には何も無かった。
「つまんない〜!!」
 アールレイの叫びが轟き、反響を起こす。
「つまんない〜!!」
 もう一度。答えるモノは無い。
「ねぇ、何処まで行くのさ。アールレイ、つまらない!!」
 見上げた先の鬼の顔は微動だにしない。アレ程見たかった百鬼夜行も、何時間も見ている程には面白くない。もっとも、経った時間は三十分程。少女は今も傍らで目を覚まさない。
 アールレイが頬を膨らませると、上空から低い声が笑った。
「誰!?」
 仰ぎ見るその顔は、明るい。視界に映る異形が再び笑う。
 それは鳥であった。だが鳥では無かった。首から下は鳥そのものであったが、顔は違う。黒烏の体、人の顔。人面鳥とでも呼べばいいのか。
「度胸の据わった童子だが、真の恐怖はこれからさ……。そう、ソレはソレは楽しい宴の始まりさ」
 ニタリと異形が怪しい笑みを浮かべ、紫の瞳にアールレイを脅かそうと意図し、残忍な光を瞬かせる。だがアールレイは更に笑みを深めた。
「楽しいの!?ねぇ、何!!何があるの?」
「――変な童子」
 異形が虚を突かれた様に笑う。
「もうすぐわかるさ。ホラ見えるだろう?あれが我らの国、最も尊き御方の住む異形の地さ」
 顎で前方を指し示す異形に、アールレイも視線を向ける。
 闇しかなかったはずのそこには、巨大な町が広がっていた。左も右もどこまでも続く長い外壁――その奥に延々と続く、昔日の日本を思わせる家々。
 百鬼の先頭が、大きな門に吸い込まれていく所だった。

 門をくぐった次の瞬間、アールレイはぎょっと目を剥いた。何時の間にやら自身は鬼の掌から離れ、大きな黒い玉座の前に、少女と、そして春華・つばさと共に座していたのだ。その両腕は銀の鎖に戒められている。
 アールレイと同様に、春華とつばさも驚きに目を見張っていた。
「アールレイ!?お前、何でここにいんだ?」
「二人こそ!!」
「ウチらは、鬼を追ってやなぁ!!」
「アールレイだって……」
「それより、何時の間にこんな事になってるんや!?」
 大きな大きな広間、ちょうど玉座とは反対に扉が一つ。その扉の左右に色彩鮮やかな物の怪が座し、その中には幾つか見た顔がある。彼らは一様に黒い着物を着、室内の壁に背をつけて微動だにしなかった。それは玉座の面を抜かし、四角い部屋の三方を埋め尽くす。
「なんやの、これ……」
つばさが不機嫌に零し、アールレイと春華も頷く。確かに物の怪を見ててみたいとは思ったが、もう結構。アールレイはソレに関してはお腹一杯だ。
「今日はたったこれだけか」
 誰も居ない玉座から声が響いた。
「申し訳ございません、王よ」
背後から何者かがそう答え、玉座に陽炎の様な姿で女が現れた。今まで見たどの異形よりも美しく、長い黒髪が白い肌に良く映えている。そしてその両側にアールレイを攫った赤鬼と、同様に巨体を晒す青鬼が順々に揺らめいて現れた。
「ふん。まあ良い。近頃は人も馬鹿では無い。隠れる術を知っておるからの」
 女は哄笑し、忌々しげに言葉を吐いた。
「あの術者め、嫌な土産を残してくれたもの。死して尚、妾の邪魔をする……」
 そうして女はつ、と視線をアールレイ達に向けた。黒真珠のような大きな瞳が、楽しそうに歪む。
「お主、術者じゃな?――成る程。そしてお主は、ほう同胞か。そして人間。ふん、面白い土産だな、赤よ。外れだが、中々に良い」
 赤と呼ばれた赤鬼が静かに目を伏せる。何が何やら分からずに、つばさが唸った。
 とにかく、アールレイにも状況がさっぱり理解できない。この女は誰なのだとか、ここは何処なのだとか、女の言っている事も意味不明だ。そして今、自分達は何をしているのか。
 上機嫌に女が笑う。そして次に、アールレイにも目を向けた。
「…………何のつもりだ」
「……王?」
 女の顔が一変、怒りに赤く染まる。
「妾の元に、人狼を連れてくるとは、如何な理由あってかと聞いておる!!それもこの様に――年経た者を!!!」
 ゆっくりと女の顔が歪む。歪むというより、溶ける。どろりどろりと溶け落ちていく肉が、女の眼球や骨を露にしてゆく。
「な、何やの、あの女!!アールレイ、あんた知り合いなん!?」
「どういうことだ、あのおばさん!!」
「青や、そ奴らをこの地から放り出せ。今すぐにじゃ!!その人狼共々、二度とこの地は踏ません!!」
「殺しても、いいので?」
「馬鹿もの、それは成らん。妾の国で、人は殺せぬと知っておろうが」
 女の姿が揺らぐ。それを追う様に、赤鬼も揺らぐ。
「――待て。その娘は何時もの様に、捨てよ」
 そう言い残して、女は消えた。アールレイ達は突然の出来事に言葉を紡げない。
 だが青鬼が何かを唱え、背後に大きな穴が出来た瞬間、はたと春華が叫んだ。
「アールレイ、大曽根!!アイツを!!!」
 アイツと指差されたのは、気絶したままの少女。春華の位置からは一番遠く、有無を言わさぬ力で体の半分を穴に吸われてしまっていた。
 つばさの手が少女に伸びる。だが――。
「あかん!!」
「っ」
 その言葉を最後に、三人と穴が消え失せた。


◆紅の空 明ける朝◆
 チチチ、チチチチ。
 暁の空に、爽やかな風。鮮やかに染まった青い空を飛ぶ、小さな鳥の群れ。その眼下には、昨晩に取り残された憂鬱の残り香。
 空市の目覚めはまだ来ない。
 金色の光を反射する鐘は、何も変わらない朝の風景を映す。
「つばささん達が攫われるなんて、よっぽど強いのでしょうか。あの妖怪達……」
 操がシュラインの傍らでため息を漏らした。
 残された四人は、アールレイ達が百鬼夜行を追ったとは思っていない。攫われたのだと思っている。
「勝手に外に出たのは問題ですけどね」
「ったく、余計な事を増やしやがって!!」
 それぞれに毒づきながら、何かの解明方法を探そうと躍起になる四人。だがわかった事と言えば、この鳥居の役割と鐘に施された術。
「でも彼らがあっちに居るという事は、多少なりと安心ですけどね。先に攫われた九人はともかく、昨日の少女は一緒にいる事でしょうから」
「そうですね。彼らもただ捕まってるだけじゃないのかもしれないし……」
汐耶と操が再度ため息をついた。
 
「うわ!!!」
「なっ」
「ぅっ」
 アールレイは、今日二度目、背中を打ち付けて呻いた。更に言えば、落ちる感覚に囚われたのも二度目だ。
 だが今回も高所から落ちたというわけではなく、大した怪我を負ったわけではない。それはつばさと春華も同じようだ。
「なんやの、もう!!」
「――っとに、何が何なんだよ。一体……」
 腰や手足を摩りながら、三人はゆっくりと辺りを見回す。
 見上げれば青空。前後には赤と黒の鳥居。左にも赤い鳥居。右側には――眼前間近の大きな鐘。
「あれ、ここって………」
 見慣れたソレにアールレイが小さく呟いた状態で、固まった。

 鐘の向こう側から覗き込むように自分達を見下ろす、四つの顔――。それもまた驚きに見開かれ、再開を果たした七人は、しばし呆然と見つめ合った。



【to be continue…】


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1982 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1411 / 大曽根・つばさ(おおそね) / 女性 / 13歳 / 中学生、退魔師】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】

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■         ライター通信          ■
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はじめまして、こんにちわ。ライターのなちと申します。
この度は「百鬼夜行〜紅〜」に発注頂き有難うございます!!三部使用の長いお話になりますが、お付き合い頂けて嬉しいです。
というか、長くてスミマセン。ちょっと本人もびっくりしております。
今回はプレイングの内容により行動が一致しておりませんので、大きく変わる部分は◆A◆〜◆C◆と分かれさせていただきました。
至らない所も多々あると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。もし苦情などございましたらぜひお寄せください。

そんなこんなでこの作品、完結しておりません。欲を言えば次回も、またアールレイ君にお会い出来れば嬉しく思います。
また別の機会に恵まれましたら、ぜひよろしくお願い致します。