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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


調査コードネーム:かわいがってください。
執筆ライター  :階アトリ
調査組織名   :草間興信所
募集予定人数  :1人〜2人


------<オープニング>--------------------------------------

 事務所に届く郵便物の整理は、零の仕事である。
 今日も今日とて、彼女はポストに入った封筒の束を、必要なものと不要なダイレクトメールとにせっせと振り分けていたのだが、
「あら」
 呟いて、手を止めた。
 最後に残った一枚は、地味な事務用の茶封筒で、そしてぽっこりと厚みがある。リターンアドレスがない以外、見た目は特に怪しくはない。
 しかし零には、封筒の中から霊的な波動が漏れ出ていることがわかった。
 宛名は草間興信所御中となっていて、受取人は書かれていない。
「?」
 首を傾げながら、零は封を切った。中から出てきたのは、便箋と――マッチ箱が一つ。
 マッチ箱は古ぼけていて、印刷の絵柄があちこちが傷んで掠れている。古いタイプの、少しサイズの大きい箱だ。開かないように、封がしてある。霊的な何かの気配は、その箱からだった。
 便箋を広げた零の横から、ヒョイと草間が顔を出した。口には、火の点いていない煙草を咥えている。
「なんだ、マッチがあるじゃないか」
 先ほどから何やらゴソゴソしていると思ったら、ライターを探していたらしい。これ幸いとばかりに、草間はマッチ箱を取った。
「あ」
 零が止める間もなく、草間は封をはがしていた。
「……お?」
 草間の口から煙草が落ちた。箱の中に、マッチ棒はなかった。代りに、光る小さな目玉が四つ。覗き込んだ草間は、まともに目が合ってしまった。
「うわ!」
 慌てて箱を閉めようとしたが、時既に遅し。隙間から、二つの影が飛び出した。小さな四足の獣だとだけ、辛うじて見て取れた。目にも止まらない速さだ。
 影は草間と零の視界からあっという間に消えた。ばらばらに、事務所のどこかに隠れてしまったようだ。
「何だ、ありゃ」
 落とした煙草を惜しむことも忘れ、呆然とする草間の隣で、零が便箋を読み上げた。
「ええと……、前略、草間興信所の皆様。突然の無礼な手紙をお許しください。同封致しましたものは、先日亡くなった祖母の遺品です。祖母はイヅナ使いで、いつも掃除や煮炊きなどをイヅナに手伝わせておりました」
「イヅナ? ……狐か。って、おいまさか」
「箱の中には、祖母の飼っていた二匹が入っております」
「いや、もう入ってねえよ、逃がしちまったよ」
「お恥ずかしいことに、私をはじめ一族全員、祖母の能力を継いでおりません。そちらには、異能をお持ちの方々が沢山いらっしゃると聞きました。どうぞ、どなたかに飼っていただけないでしょうか」
「いやいや、だからうちはただの興信所だし」
「力のある方に、新しい『箱』と、新しい名前を与えられれば、彼らはその人を新しい主人と認めます。よろしくおねがいします。草草」
「いやいやいや、勝手によろしくされても」
「追伸――かわいがってください。だ、そうです」
「…………」
 零が便箋から顔を上げた。どうします?と問われ、草間は掌で顔を覆って深い溜息を吐いた。
 数分後、『怪奇ノ類 禁止!!』の隣に、もう一枚新しい張り紙が増えた。

『緊急募集・イヅナの飼い主』
 

------<捜索隊結成>------------------------------


 職場のパソコンにメールが届いた。送信者は草間武彦。これから興信所を訪ねようとしていた矢先のことだった。
「へえ」
 十ヶ崎・正(じゅうがさき・ただし)は、メールの内容を見て目を輝かせた。イヅナの飼い主緊急募集。
 聞けば、もとの飼い主が亡くなって、新しい飼い主を探すべく草間興信所に郵送されてきたとか。考えてみれば、可哀相な話だ……。
「これも何かの縁です、僕がしっかり責任を持って面倒を見ましょう」
 正義感と動物好きの魂が燃え上がり、十ヶ崎は拳を作った。しかし、まずはイヅナというものについて調べておくべきだろう。面倒を見られるかどうか確認もせず、無責任な申し出をするわけにはいかない。
 インターネットで検索すれば、イヅナについてのデータはすぐに集まった。


「早々にお集まりいただき、嬉しく思う。えー、申し訳ないが今イヅナがどこに居るかは、全くもって不明だ。が、零に結界を張らせたから、恐らく事務所からは出ていない。各々、好きなように探して、持って帰ってくれ。くれぐれもよろしく頼む。君たちが責任ある飼い主になってくれることを、俺は確信している。尚、事務所をこれ以上散らかさないように心がけてくれると、ものすごく、有り難い。以上」
 デスクの前に立った二人に、朝礼における校長先生のお話のような調子で、草間は言った。一応自分でも探してみたのだろう、デスクの上は嵐のように散らかっている。心なしかげっそりしているようだ。
「はいよ、了解」
 制服姿の少年が、おどけた仕草で『敬礼』のポーズをした。
 ぼさぼさしたポニーテールがトレードマークらしい彼は、郡司・沙月(ぐんじ・さつき)と名乗った。何でも父親が犬神使いだそうで、イヅナに興味をもったのもそこからであるらしい。
「イヅナの居場所は不明、散らかさないように……、と。僕も了解です」
 メモ帳をポケットに仕舞って、十ヶ崎も頷いた。一回聞けば覚えられるだろう、というようなことでも書き留めてしまうのが、彼である。
「えーと、十ヶ崎さんだっけ。事務所っつっても結構広いし、分担しようぜ」
 郡司の申し出で、十ヶ崎は事務室担当、郡司は台所担当ということになった。

------<名前と箱と>------------------------------

「何だ、そりゃ?」
 零に小皿を借りて、何やら盛り付けている十ヶ崎に、草間が訊ねる。
「生味噌です。管狐は味噌が好物ですから、イヅナも好きなんじゃないかと」
「ほー」
 そして、暗くて狭い場所を好むらしいと、草間から聞いている。味噌を乗せた小皿を片手に、十ヶ崎は事務所の隙間という隙間を覗いて回った。
 棚と棚の間、ソファーの下。
 暗がりの中を覗き込んでいると、どこの奥にも何か潜んでいそうな気がしてくるのだが、見つからない。
 小一時間ほど探しただろうか。一度見た草間のデスクの下の隙間を、もう一度探してみようとしゃがみ込んだ時、台所のほうから郡司の悲鳴が聞こえてきた。
「うわわわわ、こら、噛むな!」
 見つけたらしい。が、噛むな、とは穏やかではない。
「だーっ、ハゲちまうじゃねーか!!」
 どうやら、あのポニーテールの後ろ髪が被害にあっているようだ。
 助けに行かねば、と思って立ち上がろうとした十ヶ崎は、ぎくりとした。悲鳴を聞いて思わず放り出した味噌が、デスクのすぐ下にある。その小皿に、隙間の暗がりから、そーっと、小さな手が伸びていた。
 手、というと語弊がある。ふかふかで、肉球のついた、前足だ。
「あ」
 十ヶ崎が思わず声を上げると、途端に引っ込んでしまった。が、しばらく静かに見守っていると、また、そうーっと、手が出てくる。くいくい、と足先の関節を曲げて、皿を隙間の中に招きいれようとしているらしい。
 いや、そんな用心しててもしっかり見えてるから、と笑ってしまいそうになるのをこらえながら、驚かせないように、十ヶ崎は慎重にデスクの下を覗き込んだ。髪が床に着いてしまいそうなくらいの姿勢になってしまったが、このさい構う気はしなかった。
 暗がりの中に、小さな獣が背を丸めている影が見えた。イヅナだ。
「出ておいで」
 猫を招くように指先で誘うと、イヅナはじりじりと後ずさる。
「『箱』と名前」
 デスクから草間に言われて、十ヶ崎ははっとした。ちゃんと考えてきたのだ――いつも使っているボールペンを出して、インクを詰め替える時に使う蓋を開けた。中にはわずかながら空洞がある。
「君を、一生責任を持って幸せにします。僕のところに来ませんか?」
 ……一体どこの熱血漢のプロポーズだ。草間はツッコミを入れたくて仕方がなさそうだが、十ヶ崎は真顔である。
「お家はこれじゃ駄目でしょうか? ちょっと狭いかもしれないですが」
 ぱちぱち、闇の中で、二つの小さな目が十ヶ崎を見て瞬いた。
 眼は――赤だった。
 ペットショップで見たことのある、アルビノのフェレットを思い出した。そうだ、体つきも、目の形なんかも、あれによく似ている。
 そう思った瞬間だった。
 白い前足が、やはりそぅーっと、机の下から出てきた。続いて、ヒクヒク動く尖った鼻先。現れたのは、似ていると思った通りの、白いフェレットだ。最後に影から出てきた尻尾が二股に分かれ、二本あることだけが、想像と違っていた。
 屈んだ十ヶ崎の鼻先で、イヅナは興味深そうに髭を動かした。赤い目を間近に見て、十ヶ崎は思わず口元を綻ばせる。
「初めまして。苺、と呼ばせてもらっても良いですか?」
 白いイヅナは後足で立ち上がり、お辞儀をした。途端、細長い体がクルリと丸くなって、ボールペンの中に吸い込まれた。
「……よろしくお願いしますね」
 ボールペンに向かって、十ヶ崎は微笑みかける。手の中で、きゅう、と小さな鳴き声が返事をした。
「お、あんたも見つけたのか」
 台所から、郡司が出てきた。もともとぼさぼさだった髪が、心なしか余計に乱れているが、それ以外は無事のようだ。
「ええ。そっちはどうです?」
 ボールペンを仕舞いながら十ヶ崎が訊ねると、
「ばっちし!」
 にっと笑って、郡司は首に下げた銀の鎖を持ち上げた。鎖には小さなペンダントトップがついていて、それはピルケースになっているようだ。それが郡司の用意した『箱』なのだろう。

------<エピローグ>------------------------------

「どうやら、二匹とも首尾よく捕まえたみたいだな」
 草間がデスクから立ち上がった。炎天下の外に、二人をこのまま放り出すほどは、彼も鬼ではない。
「零、茶を出してやってくれるか」
 草間に応え、零が台所から冷たい麦茶を持ってきた。
「お二人とも、お疲れ様です」
 応接机で一息ついていると、そうだ、と十ヶ崎が手を打った。
「僕、届け物もあって寄らせて頂いたんです。零さん、これ」
 零を手招き、十ヶ崎は持ってきた荷物を解いた。郡司が横からその手許を覗き込む。
「へえ、あんた画商さんだったんだ」
 風呂敷に包まれていた、平たい四角いものは、A5ほどのサイズの額縁だった。
「わあ、持ってきてくださったんですね」
 嬉しそうに、零が胸の前で手を合わせた。額の中身は、ハガキ大くらいの小さな絵で、赤を中心とした色彩で朝日が描いてある。
「零、おまえ、絵に興味なんかあったのか」
 すっかり人間らしくなったなあ、と草間は何やら感慨深げだ。
「これ、注目の若手作家の版画なんです。このあいだ、うちに見本の写真だけあったのを、すごく気に入ってくれてたんですよ。取り寄せかけてたのが今日来たんで、イヅナのことがなくてもお届けにあがる予定だったんです。どうぞ」
 十ヶ崎から絵を受け取って、零は早速飾る場所を探し始めた。
「えーと、東は……、こっちですか」
 向かった先は、『イヅナの飼い主緊急募集』の張り紙のある壁だった。
「あ、これ、もういいですよね」
 緊急募集の張り紙を剥がして、零はその場所に絵を掛けた。
「お兄さん、あのですね。風水によると、東に赤い丸いものを置くと、仕事運が上がるんだそうです」
 テレビか雑誌の占いでも見たらしい。零は胸を張った。
「良いお仕事が来るといいと思って」
「良い?」
「ええ、怪奇に関係ない事件の調査依頼が来るといいなと」
「風水パワーで?」
「ええ、風水パワーでジャンジャンバリバリ」
 悪気無くにこにこしている零に、少々、草間は脱力した。朝日の絵の隣は、『怪奇ノ類 禁止!!』の張り紙だ。風水も、要は霊的パワーがどうのこうのという呪術の類である。つまり、怪奇ノ類の仲間ということになるだろう。
 草間と同じことを思ったらしく、郡司が頭を掻いた。
「なあ、草間サン。俺さー、なんとなく、矛盾を感じるんだけど」
「言うな」
 渋い顔をしながら、草間は煙草を咥える。しかし、火をつける前にぽろりと落としてしまった。本日二本目の損失である。
 応接机の前に、見覚えの無い老婦人が立っていたのだ。その体は半分透けている。霊体だとすぐにわかった。
 よほど強い意志を持っているのだろう。事務所にいる誰もに、彼女の姿は見えていた。
 同封致しましたものは、先日亡くなった祖母の遺品です――草間は、箱と共に送られてきた手紙の内容を思い出した。
 上品な着物を着た婦人は、まず草間と零に頭を下げ、次に深々と、十ヶ崎と郡司に頭を下げる。
 溶けるようにその姿が消えてしまう直前に、微笑んだ唇が動いた。
 かわいがってください、と言ったようだった。

                                       END

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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【3419 十ヶ崎・正 (じゅうがさき・ただし) 27歳 男性 美術館オーナー兼仲介業】

【2364 郡司・沙月 (ぐんじ・さつき) 17歳  男性 高校生(2年)】

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          ライター通信          
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 はじめまして。階アトリ(きざはし・あとり)です。
 この度はご参加ありがとうございました!
 お時間を頂いてしまって申し訳ありません。期日ギリギリ……;;

 6名様にお申し込みいただいたのですが、ほぼ受け付け順に、お二人づつに区切らせていただきました。同じOPからでも、キャラクターやプレイングによって違った雰囲気になるんだなー、と書きながら面白かったです。
 楽しんでいただけましたなら幸いです。

 実直熱血、というところを強調しようとして、ちょっとボケが入ってしまいました。眼鏡とかスーツとか好きなんですが、あまり描写できあんくて心残りが……。競演者さんとの対比が書いていて面白かったです。このお話は、二人が別行動しているのを別視点で追いかける形になっているので、他に比べて個別部分が少し多いです。
 絵画の販売もしているということで、興信所への届け物もやはり絵にしてみました。
 
 文章や内容について、要らない描写多すぎ、これはキャラクターのイメージじゃなかった、など、ご意見ご感想頂けますと幸いです。今後の参考にさせていただきます……。

 では、またの機会がありましたらよろしくお願いいたします。