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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 01 featuring アイン・ダーウン


 目の前には銀髪を短く刈り込んだ屈強な男の姿。迷彩の服装や体捌きからして戦い慣れていると見て取れる。傭兵か。…今時の日本は傭兵の存在も必要だったりする程危険なのだろうか。
 それは多少物騒にもなって来ているとは言え、まだまだ『平和』の神話が崩れ切ってはいない場所、戦禍にある国から見れば羨望対象になるくらい、『平穏な日常』と言うものが比較的大きな顔をしている、そんなイメージが強かった裕福な国だと思っていたのだが。
 東南アジア出身らしい全体的に色素の濃いその青年は、そんな事をふと考えつつもこの傭兵らしい相手のナイフをすべて躱し切っている。この相手、ナイフの扱いもプロの技に見えた。構えている姿は見えない。なのに急所を狙って何処からとも無く切っ先が滑り込んで来る。間断無く。明らかに殺す気で来ているのはわかった。青年が、相当の加速を可能とする身体を持ってさえいなければ疾うにやられていただろう。そのくらい、的確に過ぎる技。


 ………………ところで、何故そんな戦闘のプロらしい相手に自分が狙われるのか。


 青年――アイン・ダーウンにしてみると少々頭に疑問符が浮かぶ。
 それは確かに、アインのその身体は見た目通りな普通の人間、とは違う。一見、特に強大な力を秘めているようにも見えないが、過去に『とある組織』に攫われ戦闘用のサイボーグに強化改造されたと言う事実がある。実際に戦争を引き起こし掛けた事だってある。…即ち、裏世界との関りは否定できない。現在、アインがのほほんと日常を送れているのは九人の恩人のはからいによるものに過ぎないので。彼らのおかげで『そちらの世界』とは縁が薄くなってはいるが、本来、『そちらの世界』とはかなり濃い繋がりがあって間違いない素性ではあると自覚している。
 が。
 …この相手は、そう言った手合いとは何かが違う気がする。
 そもそもアインの素姓を確り知っていて仕掛けて来た相手であるなら、マッハ5まで加速可能な装置がアインの身体に組み込まれているのは承知していて当然な筈だ。
 …それにしては、攻撃の初めの一手、その動きが遅い。
 こちらがナイフを躱したと判断するなり、追撃の手は徐々に速さが上がって来てはいるが…予めわかっているなら初めからその速さで来ている筈だ。傭兵は無駄はやらない…と、思う。
 の、割にはこの傭兵はアインを名指しで襲いに来た。
 名指しで来ておきながら素性は確りわかっていない。…その時点で何か変だ。何故なのだろう。よくわからない。草間興信所と言う名前が出た気がするが…確かにアインは草間興信所でお手伝いをする事もあるので、今回の場合は――そちらの関係で何か目を付けられたと言う事なのだろうか?
 思っている間にも傭兵はナイフの動きを止めない。そろそろ加速が乗って来ている。アインの速さにも張るか。さすがに避けるだけでは間に合わなくなってきた。時々はアインの衣服を掠めている。深くは刺される事はないがそろそろ当たってはいる。アインはぎりぎりの線でナイフの勢いより数瞬速く後退り、結果避け切れているだけで。切っ先が軽く触れる程度は当たってしまっている。
 自分とほぼ同じスピードの中で戦える相手と言う事実に俄かに驚くが、そんな事もあるのだろうとあっさり認めてアインは漸く攻撃に転じた。…そろそろ避けているだけでは間に合わなくなりそうなので。アインは再び繰り出されたナイフを逆に掴み引くと、その勢いのまま空いている方の手で掌底を繰り出す。即決急所を狙って来た相手となれば容赦する必要はない。アインの方もアインの方で強化されたその身体で、何の手加減もせずに叩き込んだ。が、綺麗に入った筈なのに傭兵は倒れない。
 傭兵の身体はアインの掌底が入ったところからくの字に曲がり吹っ飛ばされている。壁面に激突した。身体の揺れと激突時の音からしてかなりの衝撃があった事は間違いない。けれど飛ばされたその身体、多少のダメージは見えるが、全然致命傷な雰囲気は無い。
 何故なら傭兵はすぐさま立ち上がっている。何やら凄みある笑みを浮かべた猛獣のような顔はひどく楽しそうにも見えた。ほぼ反射的にアインは追撃。刹那の間に傭兵に肉迫すると、今度は片腕を胸の前に横に張り、壁面に貼り付ける形そのまま、喉を潰す形にでも打とうとした――が、くるりと避けられる。アインに打たれ陥没する壁面。…直撃すれば死んでいただろうと容易く予想出来る破壊力。それが透かされた直後、傭兵から鋭い攻撃が飛んで来た。蹴打。それと拳打、それからナイフが連続して飛んで来る。壁面を打った位置に陥没する程の力を残してしまっている割には信じ難い速さでそれらをすべて躱し、アインもすぐさま傭兵に対し反撃に転じた。重心の移動はバランスが良く出来ている。そうでもなければこの「力」と「加速」のどちらかを犠牲にしなければならなくなる筈だから。
 アインと傭兵は応酬を続ける。武器が無いだけアインの側が不利か。否、アインの場合は普通の人間の肉体で言う急所は切り込まれてもあまり意味が無い。少しくらい切られても特に問題なく動ける。相手の膂力は一応人間並のようだ。格闘術だけで言うなら互角か少し上かもしれないが、速さはアインの方がやや上であるし膂力でもアインの方が上のようだ。…全然不利ではない。
 と、思ったのだが。
 僅かな油断、そこで肩口に叩き込まれた拳打にアインは認識を改めさせられる。
 強化サイボーグと言えるアインの身体であって、随分と衝撃が来た。それは動けない程でもないし特に残らないが、思ったよりも相手の力は強い。
 …これはひょっとすると少々ピンチと言えるかもしれない。
 そう判じたアインは、ち、と舌打ちしつつ『とある装置』をオンにする。反則に近く、悪用されてはヤバいので普段は封印している技ではあるが、強化されたこの身体で互角に近いとなると、『こちら』を使ってもまぁ大丈夫だろうと判断。折角今は使えそうなんだから、そんな時じゃないと使いたくても使えないし、などとやや不穏な事を思ったりもしつつ、アインは次に来た傭兵の額に向けて再び掌底を繰り出した――が、掌底と言うには何かが少し違う手の形。どちらかと言うと額を覆うような形と言った方が正しいかもしれない。そこに生まれていた白い烈光。何か異なる力が働く攻撃か。傭兵は思い咄嗟に退こうとするが、少し遅かった。…咄嗟の場合ではアインの速さの方がやはり少し上回っていたらしい。
「ぐ…がぁああああああ…っ!!!」
 直後、アインの耳に絶叫が聞こえた。
 傭兵のものと思しきその声。
 同時に、何やら凄まじい風圧を感じたのは気のせいか。
 その時点でアインは思わず手を止める。
 で。
 一拍置いた後。
 聞こえたのは笑み混じりの科白。
「ほぅ…そんな事まで出来る訳か」
 その主は戦っていた相手の傭兵…と思われる。
 但し、何故か先程までよりくぐもったような感がある声で。微妙な違和感。
「…さすがにちょっと予想外でしたがね」
 信じ難いが、そこに居た相手の正体を早々に察したアインは何処か茫然と口を開く。…相手の科白に答えて見せた、と言うよりも自分が為した『クライシス』と言う装置による精神攻撃。その結果の方が相当に予想外。『クライシス』は人の精神を操る装置。とは言え、どうも手応えが変だった。
 …まるで『人では無い』ような。
 思った通りと言うか何と言うか、アインの目の前、そこに立っていたのは屈強な傭兵ではなく直立の獅子。
 そんな風に見える魔獣の姿。
 全身を覆う白銀の毛並みは…先程まで、その魔獣と同じ位置に立っていた傭兵の髪と同じ色。
 それも、傭兵のものと思しきその声は、明らかにその魔獣から発されていて。
「元の姿に戻っちまった」
「…」
 あっさり言う魔獣に何処か茫然としてしまうアイン。
 それは、最近怪奇事件にもそれなりに慣れて来てはいるが。
 だからと言って、ただの傭兵――と言うには自分の身体能力と張れる事自体が結構無茶だが、ともあれ恐らくは自分と似たような存在なのだろう――と思っていた相手が本性からして魔物・怪物の類だったとなると、少しくらい驚いたって文句は言わないで欲しい。
「まぁ、都合がいいっつぁいいんだがな、この方が暴れ易い」
 どうやら、今の『クライシス』での精神攻撃で、何かのバランスが狂って人型の姿が保てなくなったらしい。
 …ダメージとは何か意味が違う結果が出ている。けれどアインはそれ以上『クライシス』を使いはしなかった。
 傭兵であった魔獣が無造作に壁面に手を置いたのを見た時には、もう心に決めていた。
 何かを期待したのかもしれない。
 直後。
 魔獣の手は特に力を込めたようにも見えないと言うのに、どごおっ、と凄まじい音を立てその壁面が破壊された。コンクリートが砕け、欠片がぼろりと落ちて来る。
「貴様はこの身体でも相手にとって不足は無さそうに思えるが…どうだ?」
 あまりにも簡単に鉄筋の壁を割り砕きつつ魔獣はアインに告げる。
 アインは――特に驚きもしなかった。先程の時点で疾うに驚いているので改めて驚く事も無い。
 むしろこの姿を見ては、そのくらいの力を持っているのは自然だろうと思える。
 …ので。
「いいですね」
 ぱしりと拳を掌に打ち合わせてにっこりと答えてしまう。
 自分が『クライシス』の手を途中で止めて、期待していたのはきっとこれだろう。
 アインはそう思う事にした。
 先程、ピンチと判じたとは言え…それは逆を言えば久々に事前に勝敗がわからない、本気で当たれる相手、ともなる訳で。


 結局、再びアインは傭兵――否、白銀の魔獣と対峙していた。他に誰かが居たとしてもそろそろ見切れないだろう速さの中の応酬。時々、風圧と共に周囲にある壁や床、窓が破壊されているのはどちらかがどちらかの攻撃を透かした故か。傍から見ていると何が何やらわからない。そもそも両方の姿が見えないようなものなのだから。
 ほんの時折、動きが止まった時に漸く姿が確認出来る。
「やるじゃねぇか」
「お兄さんも」
 この元傭兵な魔獣をお兄さんと言って良いのかどうかいまいち謎だがアインはそう言ってみる。
 言葉は少ないままに再びふたつの影は消失する。目で追えない速さの中で音と衝撃がやや遅れて風になる。やがて、まるで示し合わせたようにアインと魔獣は力任せに打ち合った。お互い、力比べのつもりでもあったのだろうか――。
 が。
 ――互角。
 そして、改めてもう一度――。
 と。
 続けようとしたその時。
 ぴー、とホイッスルの音が鳴り響いた。
 あまりに場違いなその音に、褐色の強化サイボーグ――アインも、直立した獅子の如き白銀の魔獣――ファングも動きを止めて思わず音の源を振り返る。
 音の源、瓦解し掛けた鉄筋の風穴の向こう、向かいのビルの上、そこに居たのは何故かウサギのぬいぐるみを背負った――メイドさん風の格好をした愛らしい少女。よくよく見ると、首に継いだような痕がある。
 ホイッスルを口から離すと、彼女はびしっと戦っているふたりを指差し、改めて大声を張り上げた。
「そこまでですっ」
 衒いなく制止して来る彼女を、ファングはじろりと睨めつける。
「…邪魔をする気か」
「邪魔と言いますか、その方――アイン・ダーウンさんは『能力者』ではありません! こちらで調べ直した結果、『普通の科学技術のサイボーグ』さんであると言う事が判明しました、霊鬼兵のような――言わば心霊科学、能力者絡みのサイボーグでもないようです。よって私たちの組織の計画とは今のところ何も関係無い事になります。つまり元々戦う必要は無かったんですっ!」
「で?」
「…で、って…そうなんですけど」
 改めて戦闘の必要が無かったと言われても、全然退く気配のないファング。
 と、なると少女――零は何を続けたものか少々迷う。
 その間に。
「関係無いな。…この男は面白い」
 にやりと凄みある笑みを見せるとファングは再びアインを見る。
「なァ?」
 そして誘うように声を掛けた。
 アインもにっこりと微笑み返す。
「そーですね。ここまで来たら決着付けてみたくなるのも道理かもしれません」
 むしろ無邪気なアインのその答えに、ファングは満足そうな顔をした。
 その脇で、ひとりわたわたとしているのは割って入って来ようとした零の方。
「ってあのちょっと」
「そーいう事なんで、間違い…だったのかもしれませんけど、それは置いといて、もうちょっと待っては頂けませんか?」
「…」
 零にするとそう来るとは思わない。
 弱い者なら手が止まったと見たそこで命からがら逃げるだろうし、そうでなくとも胸を撫で下ろして命のやりとりをやめそうな気がする。…もしくは、それなりの力と矜持のある相手だったりすれば…自分は間違いで襲われたのかと怒ったりしそうに思ったのだが。
 …このアインの場合、それらの反応には見事に当て嵌まらない。
 むしろ、戦っている最中に感化でもされたのか、ファングの方の反応に近い。
 戦いを楽しんでいるような。
「…そういうこった」
 不敵に告げるファングの姿。
 こちらも同様、動きはしないまでも構えは解かないアインの姿。
 零は思い切り溜息を吐いた。
「………………わかりました。じゃ、もうちょっとだけ時間をあげます。その間は好きにしてやって下さい。でも、こちらの『お仕事』を完全に忘れてしまったり、とにかくどーしようもなくなりそうだったら今度こそ本気で止めに入りますからね!」
「…願ったりだ。最強の霊鬼兵と呼ばれる貴様と手合わせできるとなればな」
「そーじゃなくって…ファングさん…」
 零はがくっと項垂れる。
 と、ファングの反応を見たアインは。
「…お嬢さん、お強いんですか?」
 ふと零の方に問うてみる。
「…へ?」
 目を瞬かせる零。
 一方のファングは、ふ、と笑う。
「その女は霊鬼兵と呼ばれる存在の中でも別格だ。…残念ながらまだ俺は遣り合った事は無いが…かなり強いと聞いている」
 そして、アインに対してあっさり説明。
「と、なると、羽目外した時が結構楽しみですね♪」
 ファングの科白に、こちらも楽しそうに返すアイン。
 困る零。
 けれどふたりは気にしない。
 そして。
 元々の理由はなくなるが。
 結局、双方の希望により――戦闘再開。


 止めに来た筈の零は、困った顔で派手に溜息を吐いていた。
 ………………直後、本格的にビルが破壊されたような大音声が響き渡ったのは気のせいだっただろうか。


【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■2525/アイン・ダーウン
 男/18歳/フリーター

■NPC
 □ファング/急に戦闘を吹っ掛けて来た傭兵で正体は直立した白銀の獅子型な魔獣
 □初期型霊鬼兵・零(草間・零)/↑の現時点での上司で何らかの組織を纏める存在らしい

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          ライター通信
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 このたびは実験的な代物に発注有難う御座いました…って初めましてなんですが…ええっと…(汗)
 初っ端でいきなりこのシナリオに来て下さるってのは果たして…よろしかったのでしょうかとひじょーにどぎまぎしております深海です。
 …そもそもこんな…シナリオとも言えないような謎の企画にお付き合いして下さる方がいらっしゃるのだろーか、とやや不安に思いつつ開けている部分もあったので…時間として窓口開けてたった数分後、しかも初めてのPC様から発注を頂いた、と言うのはとっても心強かったです☆
 有難う御座いました。

 で、御要望通りバトルものとゆー事で「戦って」みました。
 が…能力をフルにと仰られても具体的な限界点がデータ内に見当たらなかったもので(汗)どの辺りでフルになるのかがいまいち掴み切れず…戦争を引き起こしかけたとゆー事は結構凄いのだろうなあとは思ったのですが…結局生身の延長で身体機能が強化されているだけになってまして…けれどサイボーグさんと言う事なので、ひょっとして何か人間離れした装備も組み込まれていたりした方が…良かったりしたのでしょうか、とも迷いまして…結果、本当に御要望にお答えできたのか微妙な気がしています(汗)

 今回は取り敢えず単純にPC様と戦闘能力的に張り合えそうな(?)NPCと考えまして…公式のファングか手前のキリエ・グレゴリオ(異界登録NPC)もしくは鈴木氷雨(終了企画内にある「誰もいない街」での登録NPC)辺りがちょうどいいだろうかと判断し…結局、戦闘を楽しむような性質を持つファングの方にいきなり戦いを吹っ掛けられてしかも流されている(…)と言う方向にしてみました。
 如何だったでしょうか?
 結果はこんな風になりましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いです。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※…もしこの「Extra Track」以外の当方の依頼系(調査依頼・ゲームノベル等)に御参加下さる事があったなら、この「Extra Track」内での人間関係や設定は引き摺らないでやって下さい。
 これは結構切実な事なので(汗)どうぞ宜しくお願い致します。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。01とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝