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百鬼夜行〜紅〜
◆紅の空 集いし者達◆
「武彦さん、それで……今回の事件、人為的なモノとかそういう事は無いの?」
草間の前に茶碗を差し出しながら、シュライン・エマは尋ねた。長く艶やかな黒髪を首元で結って、中世的な顔貌に笑みを浮かべる。
「誘拐だとか、そういった事は?」
「全くナイ」
草間が即答し、大好きなマルボロに火を付けた。
「そう……」
「百鬼夜行――妖怪だとも九十九神だとも言うが、多分――妖怪の集団で間違い無い。それだけは確かな情報だ」
「そうなの?じゃあ、古家具等が放置されている場所だとか、そういった所に子供が居る可能性は低いのかしら?」
「ああ。空市の百鬼夜行はチョット特殊でな。まぁ詳しくは行って調べてもらわないとわからないんだが……」
一拍置いた後、草間の口から白煙が吐き出される。
「神隠しってあるだろ?そんな風に――百鬼夜行は突然現れて、子供を攫って消えていく。神隠しにあった者の多くは二度と戻らない。天狗に攫われて異界へと連れて行かれたとも、黄泉路を辿ったとも言われる。――残された者は、神々に愛されて連れて行かれたのだと信じていた時代もある」
「神隠し――じゃあ、攫われた子供に、失踪時間・失踪日に、何かを見出す事は出来ないの?」
「……それがわからないのさ。百鬼夜行である事は行けば良く分る。ただ、空市の百鬼夜行には規則性が無い。定説に嵌められないのが今回の事件なんだ」
そう言って草間は大きな溜息をついた。
「お前らも色々言いたい事はあるだろうが、それは全て終わった後に聞く。今はとにかく、話に集中してくれ」
草間の前には、七つの顔が並ぶ。有志、依頼、それから面白半分。百鬼夜行を解決しようと集まったその七人は、数々の怪奇を解決して来た、いわば熟練者だ。
それらに事件の穴だとか、解決までの難関だとかを一気に捲くし立てられ、草間は更に疲れた様子で唸った。
「まず、この事件。わかってる事は極めて少ない。ただ事件性は全く無い。これは真実怪奇、妖怪達の行軍だという」
それもどこまで正しい情報かはわからないらしい。
「百鬼夜行が何時どういった理由で行われるのかは、さっぱりわかっていない。空市で口伝として伝わるのは、とても短い件だけだ。【百鬼夜行す夜に外出するべからず。破りし者、二度と帰らん】――とまあ、市民が一致するのはここだけ。まあ言ってる事はどれもこれも同じで、特筆する様な事は無いが、詳しく調べる必要はあるだろうな」
「マスコミについては、関わりの無い上の方がどうにかしてくれる様だ。気にせず捜査してもらって問題無い」
「頑張って下さいね、皆さん!!」
草間と零は全国民の矢面に立つ――といった大変な仕事が待っている。
七人は思い思いに頷くと、興信所を退出し夜闇に消えて行った。
◆伝わる話 鳥居と鐘◆A◆
空市の上には不穏な雲。太陽を隠すどんよりと重い灰色は、市民の心の色を表すかの様だ。
不思議な事に警察もマスコミの姿も完全に無い問題の事件現場に七人は立ち、それぞれ慣れた様子で散った。
まずは情報収集。市民に当たる者、書物から情報を引き出す者、その他。シュラインは伍宮・春華と連れ立って、空市の長い坂を上り始めた。
「百鬼夜行ってのは、粗末にされた物が化けて出るって説もあったな」
「それに、誘拐って線も無いとは言えないわね」
二人の後を、始終キョロキョロとした少年が着いてくる。その少年、アールレイ・アドルファスはこっちの話にてんで無関心だ。
「で、あんたはどう思う?」
シュラインがゆっくりとアールレイに顔をやる。
「日本の典型的な物の怪でしょ?何の痕跡も無く子供を攫うくらいなんだし〜神隠し?とかそういうの?」
「確かにね。誘拐にしては上手く出来過ぎだし、目的もわからないけど」
「とにかく口伝は良く聞いておきたいな。それから、子供たちの外見とかも詳しく」
やはり行き着くところは結局ソレ。とにかく情報が少ないのだから仕方が無い。
三人は手近な家のチャイムを押すべく、辺りを見渡した。
「口伝――そうね、何度も言っているけどね。百鬼夜行の夜に、外出しては行けないという事ね。ウチに伝わるのは良くあるモノよ?【百の鬼が行く夜、外に出た者二度と戻らん。四肢は食われて骨も残らず、魂は永遠に彷徨う】……そう子供の頃から教えられていたし、自分の子供にもそう教えているわ」
「ばばあ連中のがよっぽど知ってんじゃねぇの?とにかくさ、百鬼夜行の日に外に出んのは自殺行為って事だろ」
「そうさね。ワシらの時代にもようけ言われてたけどねぇ……。ここは他ん所と違って、百鬼夜行が良く起こるからの。実際昔から、攫われた者は多いんよ」
「戻った人も居たって話ですよ?だけど記憶が全く無くて――それ以前の記憶も無くてね、まったく別人になって戻ったって話」
そこでシュラインが、ある事に気づく。
「百鬼夜行の起こる日は、どうしてわかるの?」
「ああ、それね。鐘がなるんスよ。ほらあそこ――鳥居が見えるっしょ?」
問い掛けに青年は素直に答え、高台の方を指差した。空市には坂が多い。道は全て上った先、その鳥居へと続くという。
「すっげぇ古くて、いつぶっ壊れるかわかんねえから、アレも近づくなって言われてるんスけど。俺ラ、昔大人に内緒で良く遊びましたよ」
鳥居の先には背の高い木が続く。青年は更に言葉を続ける。
「京都とかの寺にあるような、でっかい鐘なんスよ。それだけで別に祠とかがあるわけでも無いんスけど、四方を鳥居に囲まれててさ。でも二本だけ色が黒いんだけど……」
「じゃあ、今回も物の怪の仕業で間違いないのか?」
「だろうなぁ。だって鐘鳴ってたし。まあでも直接見た事ねぇぜ。……気味悪ぃし……」
確か角のユキオが、前に窓から百鬼夜行見たとか自慢してたっけなぁ……青年がポツリと呟く。
「見た人居るんだ??」
瞬間アールレイが喜色に顔面を綻ばせ、シュラインと春華の間から顔を覗かせた。青年はその時初めてアールレイの存在に気づいた様で、目を大きく見開いたまましばし沈黙した。
「ユキオ君――っていうのは、攫われた子供の一人だったわね?彼とは仲が良かったの?」
「――あ、いや、まあ……幼馴染だし……」
「ねぇ、鬼ってどんな感じ!?」
「ユキオの他に、モミジ、ユウジ、コウタ、ショウ……計9人だったな、居なくなったのは。全員と面識があったのか?」
「あるよ、そりゃあ」
「ねぇ、どこに行けば会えるかな!!?」
「ちょっとそこら辺、詳しく教えてもらえるかしら?」
「いいスけど……」
「ねぇ、物の怪って怖いかな???」
「ね――」
「アールレイ君」
無視してみても、アールレイの言葉は止まらない。捜査の邪魔な事この上ない彼に、シュラインと春華が同時に振り返った。二人の口元には笑みが刷かれては居たが、その目元は決して笑っていない。
アールレイが不思議そうに、目を瞬かせる。
春華はアールレイの背を強引にこちらに向かせると、冷ややかに言った。
「邪魔だからどっか行ってろ」
上空では太陽を遮る灰色が、更に濃さを増していた……。
◆◇幕間〜草間興信所〜◆◇A◆◇
ポツリ、ポツリと空から雨粒が落ちてきた。冷たい感触を頬に受け、草間がつ、と視線を上げる。
「――雨……」
傍らに立つ零も、一呼吸の後空を見上げる。
次第に強く強く……雨は傘をささぬ二人の体を打ち付けた。
鞄で頭を庇い、幾人もの人間が側を走り去っていく中、草間はただじっと上空を見つめるばかり。
「何か見落としている気がする」
「え?」
「――大切な何かが欠落してんのさ。あまりにも何も無い所為で忘れがちな何か……」
「何か、ですか……」
曖昧な草間の言葉に、霊は眉間の皺を深める。
「アイツらが、それに気づいてればいいんだがな……」
独り言の様に呟いて、草間は小さく首を振った。
「何も起こらないでくれよ、頼むから……」
◆雨の夜 鐘の音◆
その重さに耐え切れなかったのか、昼過ぎに曇天から雨が降り始めた。雨は何時間も弱まる事無く、空市を襲う。
シュラインと春華は夕方になってやっと、青年の話を聞き終えた。
「ありがとう。……良く分ったわ」
青年に短く礼の言葉を向け、ゆっくりと扉を開ける。青年は微かに笑んで、シュラインと春華に傘を手渡す。
「いいスよ。それより、アイツラの事ヨロシク……」
アイツラというのは、攫われた子供達だろう。その中には青年の妹も含まれている。
二人は無言で頷き、傘を受け取り青年の家を後にした。
二人が帰ったのは草間興信所ではない。市長の家だった。
市長の家は屋敷と呼んでいい程にでかく、夫婦二人で住んでいる為に六部屋も空室なのだという。市長はその六つの部屋を、事件が解決するまでシュライン達に提供していた。つまり、泊まるも帰るも自由という事だった。
この日は視界さえ危うい豪雨の所為だろうか。七人は誰一人帰ろうとせず、金蝉の為にあてがわれた客室に集まって各々の入手した情報を伝え合っていた。
ただ一人、アールレイは蚊帳の外。窓にへばりついて、来るとも知れぬ百鬼夜行を待ち続けていた。
「そやから、あの鳥居と鐘な。あれは明らかに、何かの術が働いとるもんやで。百鬼夜行の出現場所はあそこで間違いない!」
大曽根・つばさが胸を張って言う。彼女と桜塚・金蝉、水上・操の三人も鐘と鳥居の事を聞いてすぐに調べにいったそうだ。
「そうね。まず百鬼夜行――物の怪で間違いもない様だし。聞いた話では坂を下って来るという事よ」
「なら早速、そこから入り込んで妖怪共見つけようぜ」
「アホか。それが出来たら苦労しないわ」
「かかってる術が俺達とはまた質が違いやがる。すぐに解ければ苦労しねぇだろ」
後を引き取る金蝉が、いいか?と術の説明を始める。シュラインにも辛うじてわかる程度のその説明に、傍らで春華が目を回していた。
「手っ取り早く、今日とか出てこねぇかな。百鬼夜行……」
「出現時間は深夜だという事だけ。出現日も不規則だから、術者さんだけが頼りね。今の所」
「間隔は結構長いのでしょう?一月に二回か三回だとか」
空市民が百鬼夜行について知る事は少ない。また、書物の中からもその類のモノは一向に見つからない。
今の所分かっているのは、出現場所のみ、だ。それと、子供達があの日外に出た理由。度胸試しと、それからどこかのニュースで言っていた夜遊びという理由。
今まで口伝を忠実に守って来たからこそ避けてこれた事件だ。子供達が口伝さえ守っていれば、今回こんな事件は起きなかっただろう。最も、それでは本当の意味で空市民が心休まる日は来ない。そんな事を思って、シュラインが溜息をついた所だった。
ゴーン ……ゴォーン
然程大きな音ではない。雨音に掻き消えそうにも思える。それなのに何故か、頭の隅からけして出ていこうとしない、そんな鐘の音だった。
「鐘!?」
七人はその音が、『百鬼夜行』を告げるモノだと瞬時に悟り、大きな窓に走り寄った。金蝉の部屋に集まったのは、その窓が丁度鳥居に面していたからだ。
……ゴォン
鐘が鳴り響く。
七人がじっと鳥居に視線を向けている。
と、その上空に、黒い点の様なものが生まれた。眇め見ていたそれがやがて大きな大きな黒い穴となる。空間を引き裂いて出来た、何処かとこの世を繋ぐ、穴。その中から、何十もの物の怪が躍り出た。
額に生えた角。尖った耳。耳まで裂けた大きな口。赤黒い肌。青白い眼光。尻から生えた尾。荒れた体の表面。鱗に覆われた肢体。
異形の集団が坂を下ってやってくる様子に、ごくり、と誰かの喉が鳴った。
百の行軍が幾つかに分れて、坂をゆっくりと下りて来る――。
◆百の怪 攫われた子供◆C◆
「……おい、ガキ共がいねえぞ」
「………え?」
最初にその事実に気づいたのは金蝉だった。不機嫌に、どこか上ずった声に、シュラインは振り向いた。――確かに、春華、つばさ、アールレイの姿が室内の何処にも無い。先程まで同じように窓の外を眺めていたはずなのに。
「ま、まさか外に出たなんて事ありませんよね?」
「……でもアールレイ君、百鬼夜行楽しみにしてましたよね?」
操と汐耶が顔を見合わせ不安げに言い、シュラインもそれを肯定するように付け加える。
「それを言うなら、春華君やつばさちゃんも、どちらかというと直接的な対処に出る子達よ?」
「………」
「――っあのガキ共!!!」
しばしの沈黙の後金蝉が低く唸って、四人は室内を飛び出した。
玄関に三人の靴が無い。これはもう、十中八九間違いない。
シュライン達は焦りに微かに顔を顰め、雨の降りしきる外界へと走り出した。
雨が降っていた。それは昼過ぎから振り出し、深夜一時を過ぎた今でも雨足を弱めない。やっぱりママの言う通り、塾を休めば良かった。やっぱりユキの言う通り、泊めてもらえば良かった。第一こんな時間に帰ったら、ママに怒られてしまう。
……ふう。
泥が跳ねて服も靴も汚れ、靴に至っては濡れに濡れて、歩く度にビチャビチャと嫌な音を立てている。早く帰って、シャワーでも浴びたい。そう思った時だった。
ゴォン――と聞きなれた音が響いた。あ、今日も鳴ってる。この間もあったばかりなのに珍しい……。最初はそんな風にしか考えられなかった。眠くて、頭が麻痺してたのかもしれない。
それにチャント気づいたのは、五回目の鐘が鳴った頃。
はっとして顔を上げれば、目に映ったのは、坂道の先の黒い鳥居。雨で白む視界の中でもはっきりと見て取れた、闇の中では不気味に映るソレの上空で、黒い大きな穴がぽっかりと口を開けていた。そしてソレの中から姿を現すのは――。
百鬼夜行!!今日は百鬼夜行の日なの!?に、逃げなきゃ!!ホラ、近くの家に――逃げなきゃニゲナキャ。早く早く、アレに見つかる前に早く隠れなきゃ……足が震えてる。でも逃げなきゃ!!
そう思いつつも私の足はがくがくと震え、立っているのがやっとだった。私は一歩も動けない。雨の中、青い光が見え始める。黒い影が沢山沢山近づいてくる。
逃げなきゃ――!!!
私の手から、鞄がするりと抜け落ち、コンクリートを濡らす水の中で音を立てた。百メートル程先で百鬼夜行の歩みが止まって、止まって……。金の目だけが、闇の中で光った。
怖い怖い怖い怖いコワイ怖い怖い恐い恐いコワイ恐い怖い恐い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコ――。
「キャァアッ………!!!!」
闇夜を切り裂く甲高い悲鳴が、辺りに響き渡った。空からの鐘の音にも負けぬ、恐怖に震えた音は大気を揺らす。
「!!しまった!!他にも!?」
上がった悲鳴は、アールレイ・春華・つばさのどれとも違う。高く緒を引いたソレは純然たる恐怖に占められていた。
悲鳴の上がった方向とは逆に走っていた四人は、急ブレーキをかけ方向を転じる。
「春華君たち、無事かしら……」
シュラインが傍らの金蝉に心配げに尋ねたが、金蝉は答えず、ただただ醒めぬ怒りに身を震わせていた。
そうして四人が見たものは。
「遅かったんですね……!!」
巨躯を晒す大きな赤い鬼の掌に、アールレイの姿が見える。
「アールレイ君!!!」
汐耶が悲痛な叫びを上げるが、当の本人は鬼の掌で跳ねているようにも見受けられる。そしてその鬼はまさに、鳥居の上空に出来た大きな穴に戻ろうとしている所だった。
百鬼の鬼は子供を攫い、己らの世界へ帰ろうとしている所……。
「見て、春華君につばさちゃんよ!!」
シュラインが指差すのは蜘蛛の糸に全身を覆われ、異形に担がれてゆく二人の姿。
四人は再び坂の上方を目指して走り出した。その途中で金蝉は、水に濡れた鞄を拾い上げる。
暗い暗い穴へと続く妖怪達――その背中が一つずつ消え、残るは十と少し――。
◆残された者 多くの謎◆B◆
消え行くアヤカシに向かって、金蝉が魔銃をぶっ放した。それが一匹の異形の背中に食い込むと、発火。
「ギィエケェ――ッ」
異形が奇声を発しながら燃え上がり、一瞬の後炭化した。陰陽師でありながら銃器を操る異才さに、シュラインが小さく肩を竦める。
ここで、自分が出来る事は少ない。
操は符を投げつけながら術を唱え、百鬼達の進みを邪魔する。そして汐耶は、体術の一つで異形を投げつける所だった。
とにかく、春華達を追っていかなければならない。自分達の目の前で子供を攫われるなど、言語道断。それが例え能力者であっても――否、能力者であるからこそ、それだけの力ある化け物共に連れて行かせるワケにはいかなかった。
シュラインは少し離れた所から一瞬の隙を突くべく、その様子をじっと見つめていた。
狙うは今では無い。物の怪共が穴へ消え去ろうとするその一瞬。
追いかけるタイミングはそこだった。
そうして怪の数が残り三匹となった時、シュラインは安全な一本の道を見出し、走った。
その両面で操と汐耶が一匹ずつの異形を抑える。シュラインが暗い穴へと手を伸ばす。
「っきゃあぁ!!」
浮遊する感覚。締め付けられる痛み。
「シュラインさん!!」
異形の尾がシュラインを締め付けているのだ。ぎり、と更に強まる。肋骨が軋む。
「あぁあ!!」
異形の尾が縮小し、調度穴の高さで留まるシュラインの横に、異形の顔が現れる。
「……子供以外は要らん」
そっと耳元で呟かれ、シュラインは目を見開いた。異形が細い目を更に細めて笑む。
そしてシュラインの身体に巻きついた尾を緩めると、暗い穴へと消えて行った――。
戒めから解かれたシュラインは、もちろん落下するしかない。
幸いそう高い位置では無かったが、着地の際に締め付けられた腹が痛んだ。
その瞬間、突風が巻き起こった。
シュラインと同じように穴に向かって飛翔した金蝉が、己を拒絶する風に煽られる所であった。着物の袖をはためかせながら金蝉が空中で体勢を整え、穴に消え行く最後の一匹に弾丸を放つ。だが寸前でソレは交わされ、大きな穴が縮小し全ては静かに消えていった。
鐘はいつの間にか止み、その後にはただ闇に染まった木々がサワリと揺れる。
シュラインは、金蝉が攻撃を仕掛ける際に投げ捨てた鞄を拾い上げる。鞄の取っ手にはお守りとストラップが引っ掛けられ、ストラップのアルファベット球体が一つの名前を記していた。【ユウナ】――と。
「聞いた?あの異形『子供以外は要らん』と言ったわ」
「子供のみを攫うという事ですか……?」
「……俺を拒否しやがったあの風も、俺が『子供』で無いからか……?」
気づけば雨は弱まり、見上げた空には所々紺色が見える。
街灯がチカチカと点滅し、やがて何事も無かった様に、その光で空市を照らし始めた。
◆幕間〜アトラス編集部〜◆A◆
「……今の、見ました?」
「――ふえ?」
空市の坂の中腹で、一人の青年が背後に向けて問いかけた。問いかけられた相手は、民家の玄関先で目を塞いだ状態。その身体は小刻みに震えている。
彼の持っていたのだと思えるカメラは防水処理はしてあるものの、水溜りに落とされきっと撮影画像は全ておじゃんだ。
「見てないんですね、やっぱり」
三下さんらしいなぁと苦笑する青年の手には、刃渡り80cmもある長刀。炎を纏ったソレが瞬間スッと消えた。
「また子供が攫われたみたいなんですケド、どうやら四人の内三人は草間興信所の面々みたいですよ」
紅蓮の炎を宿した瞳が細められる。
「初っ端から百鬼夜行がお目にかかれるなんて、俺達ついてますよね。それに色んな情報も入りましたし。………写真が駄目になっちゃったのは残念ですケドね」
三下がビクリと肩を揺らし、今初めて気づいたとでも言いたげに、水溜りのカメラを見下ろした。――投げた覚えがある。鬼に驚いて投げ捨てた覚えが、微かにだがある。その際に飛び出たらしいフィルムが泥に塗れて転がっている。怖い思いまでして写した鬼の姿――これでやっと編集長の怒りを受けぬ日がやってきた。そう思ったのに。
三下の口から声にならない叫びが上がる。
青年は小雨になった空を見上げ、肩を竦めた。
◆紅の空 明ける朝◆
チチチ、チチチチ。
暁の空に、爽やかな風。鮮やかに染まった青い空を飛ぶ、小さな鳥の群れ。その眼下には、昨晩に取り残された憂鬱の残り香。
空市の目覚めはまだ来ない。
金色の光を反射する鐘は、何も変わらない朝の風景を映す。
「つばささん達が攫われるなんて、よっぽど強いのでしょうか。あの妖怪達……」
操がシュラインの傍らでため息を漏らした。
残された四人は、アールレイ達が百鬼夜行を追ったとは思っていない。攫われたのだと思っている。
「勝手に外に出たのは問題ですけどね」
「ったく、余計な事を増やしやがって!!」
それぞれに毒づきながら、何かの解明方法を探そうと躍起になる四人。だがわかった事と言えば、この鳥居の役割と鐘に施された術。
「でも彼らがあっちに居るという事は、多少なりと安心ですけどね。先に攫われた九人はともかく、昨日の少女は一緒にいる事でしょうから」
「そうですね。彼らもただ捕まってるだけじゃないのかもしれないし……」
汐耶と操が再度ため息をついた。
「うわ!!!」
「なっ」
「ぅっ」
ふいに視界が開け、三人の体が宙を落ちる感覚に囚われた。だが高所から落ちたというわけではなく、大した怪我を負ったわけではない。
「なんやの、もう!!」
「――っとに、何が何なんだよ。一体……」
腰や手足を摩りながら、三人はゆっくりと辺りを見回す。
見上げれば青空。前後には赤と黒の鳥居。左にも赤い鳥居。右側には――眼前間近の大きな鐘。
「あれ、ここって………」
見慣れたソレにアールレイが小さく呟いた状態で、固まった。
大地に転んで自分達を見上げる、三つの顔――。それもまた驚きに見開かれ、再開を果たした七人は、しばし呆然と見つめ合った。
【to be continue…】
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1982 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【1411 / 大曽根・つばさ(おおそね) / 女性 / 13歳 / 中学生、退魔師】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】
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■ ライター通信 ■
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こんにちわ、ライターのなちです。 この度も「百鬼夜行〜紅〜」に発注頂き有難うございます!!三部使用の長いお話になりますが、お付き合い頂けて嬉しいです。
今回はプレイングの内容により行動が一致しておりませんので、大きく変わる部分は◆A◆〜◆C◆と分かれさせていただきました。
至らない所も多々あると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。もし苦情などございましたらぜひお寄せください。
そんなこんなでこの作品、完結しておりません。欲を言えば次回も、またシュラインさんにお会い出来れば嬉しく思います。また別の機会に恵まれましたら、ぜひよろしくお願い致します。
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