コミュニティトップへ
高峰心霊学研究所トップへ 最新レポート クリエーター別で見る 商品別一覧 ゲームノベル・ゲームコミックを見る 前のページへ

<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


百鬼夜行〜紅〜

◆紅の空 集いし者達◆
 パシャ
【――以上、草間興信所前からお送りしました】
【草間武彦氏の説明は以上です。空市での調査が明日から開始されるとの事、我々もその様子を皆様にお伝えする為に尽力致します】
 草間が興信所に戻った後も、マスコミ達は飽きもせず興信所前に張り込み、野次馬もガヤガヤと五月蝿かった。
 そんな中、伍宮・春華は何食わぬ顔で興信所へと走った。
 野次馬から現れた制服姿の少年に、ザワリとどよめきが起こる。
「おい、彼は何だ!?」
「知るかよ!!」
「もしかして、興信所の職員……とか?」
「まさかぁ、中学生だぜ?」
「とにかく、カメラ回せカメラ!!!!」
 黒い髪の毛を風に躍らせながら、春華は一瞬カメラに映り、すぐに興信所のビルの中へ入っていった。

 ――放送時間が過ぎていた為、春華がテレビ上に出る事は無かったが、その日あるテレビ局では、映っている筈の少年がまったく映って居ない事実に、小さな波紋が巻き起こった――。

「お前らも色々言いたい事はあるだろうが、それは全て終わった後に聞く。今はとにかく、話に集中してくれ」
 草間の前には、七つの顔が並ぶ。有志、依頼、それから面白半分。百鬼夜行を解決しようと集まったその七人は、数々の怪奇を解決して来た、いわば熟練者だ。
 それらに事件の穴だとか、解決までの難関だとかを一気に捲くし立てられ、草間は更に疲れた様子で唸った。
「まず、この事件。わかってる事は極めて少ない。ただ事件性は全く無い。これは真実怪奇、妖怪達の行軍だという」
それもどこまで正しい情報かはわからないらしい。
「百鬼夜行が何時どういった理由で行われるのかは、さっぱりわかっていない。空市で口伝として伝わるのは、とても短い件だけだ。【百鬼夜行す夜に外出するべからず。破りし者、二度と帰らん】――とまあ、市民が一致するのはここだけ。まあ言ってる事はどれもこれも同じで、特筆する様な事は無いが、詳しく調べる必要はあるだろうな」
「ってか、怪奇事件お断りって言ってる割に、派手に引き受けてるんじゃん」
 春華がそこで疑問を挟むが、草間は無視。
「マスコミについては、関わりの無い上の方がどうにかしてくれる様だ。気にせず捜査してもらって問題無い」
「頑張って下さいね、皆さん!!」
 草間と零は全国民の矢面に立つ――といった大変な仕事が待っている。
 七人は思い思いに頷くと、興信所を退出し夜闇に消えて行った。


◆伝わる話 鳥居と鐘◆A◆
 空市の上には不穏な雲。太陽を隠すどんよりと重い灰色は、市民の心の色を表すかの様だ。
 不思議な事に警察もマスコミの姿も完全に無い問題の事件現場に七人は立ち、それぞれ慣れた様子で散った。
 まずは情報収集。市民に当たる者、書物から情報を引き出す者、その他。春華はシュライン・エマと連れ立って、空市の長い坂を上り始めた。
「百鬼夜行ってのは、粗末にされた物が化けて出るって説もあったな」
「それに、誘拐って線も無いとは言えないわね」
 二人の後を、始終キョロキョロとした少年が着いてくる。その少年、アールレイ・アドルファスはこっちの話にてんで無関心だ。
「で、あんたはどう思う?」
シュラインがゆっくりとアールレイに顔をやる。
「日本の典型的な物の怪でしょ?何の痕跡も無く子供を攫うくらいなんだし〜神隠し?とかそういうの?」
「確かにね。誘拐にしては上手く出来過ぎだし、目的もわからないけど」
「とにかく口伝は良く聞いておきたいな。それから、子供たちの外見とかも詳しく」
 やはり行き着くところは結局ソレ。とにかく情報が少ないのだから仕方が無い。
 三人は手近な家のチャイムを押すべく、辺りを見渡した。

「口伝――そうね、何度も言っているけどね。百鬼夜行の夜に、外出しては行けないという事ね。ウチに伝わるのは良くあるモノよ?【百の鬼が行く夜、外に出た者二度と戻らん。四肢は食われて骨も残らず、魂は永遠に彷徨う】……そう子供の頃から教えられていたし、自分の子供にもそう教えているわ」
「ばばあ連中のがよっぽど知ってんじゃねぇの?とにかくさ、百鬼夜行の日に外に出んのは自殺行為って事だろ」
「そうさね。ワシらの時代にもようけ言われてたけどねぇ……。ここは他ん所と違って、百鬼夜行が良く起こるからの。実際昔から、攫われた者は多いんよ」
「戻った人も居たって話ですよ?だけど記憶が全く無くて――それ以前の記憶も無くてね、まったく別人になって戻ったって話」
そこでシュラインが、ある事に気づく。
「百鬼夜行の起こる日は、どうしてわかるの?」
「ああ、それね。鐘がなるんスよ。ほらあそこ――鳥居が見えるっしょ?」
問い掛けに青年は素直に答え、高台の方を指差した。空市には坂が多い。道は全て上った先、その鳥居へと続くという。
「すっげぇ古くて、いつぶっ壊れるかわかんねえから、アレも近づくなって言われてるんスけど。俺ラ、昔大人に内緒で良く遊びましたよ」
鳥居の先には背の高い木が続く。青年は更に言葉を続ける。
「京都とかの寺にあるような、でっかい鐘なんスよ。それだけで別に祠とかがあるわけでも無いんスけど、四方を鳥居に囲まれててさ。でも二本だけ色が黒いんだけど……」
「じゃあ、今回も物の怪の仕業で間違いないのか?」
「だろうなぁ。だって鐘鳴ってたし。まあでも直接見た事ねぇぜ。……気味悪ぃし……」
確か角のユキオが、前に窓から百鬼夜行見たとか自慢してたっけなぁ……青年がポツリと呟く。
「見た人居るんだ??」
 瞬間アールレイが喜色に顔面を綻ばせ、シュラインと春華の間から顔を覗かせた。青年はその時初めてアールレイの存在に気づいた様で、目を大きく見開いたまましばし沈黙した。
「ユキオ君――っていうのは、攫われた子供の一人だったわね?彼とは仲が良かったの?」
「――あ、いや、まあ……幼馴染だし……」
「ねぇ、鬼ってどんな感じ!?」
「ユキオの他に、モミジ、ユウジ、コウタ、ショウ……計9人だったな、居なくなったのは。全員と面識があったのか?」
「あるよ、そりゃあ」
「ねぇ、どこに行けば会えるかな!!?」
「ちょっとそこら辺、詳しく教えてもらえるかしら?」
「いいスけど……」
「ねぇ、物の怪って怖いかな???」
「ね――」
「アールレイ君」
 無視してみても、アールレイの言葉は止まらない。捜査の邪魔な事この上ない彼に、春華とシュラインが同時に振り返った。二人の口元には笑みが刷かれては居たが、その目元は決して笑っていない。
 アールレイが不思議そうに、目を瞬かせる。
 春華はアールレイの背を強引にこちらに向かせると、冷ややかに言った。
「邪魔だからどっか行ってろ」

 上空では太陽を遮る灰色が、更に濃さを増していた……。


◆◇幕間◆◇A◆◇
 ポツリ、ポツリと空から雨粒が落ちてきた。冷たい感触を頬に受け、草間がつ、と視線を上げる。
「――雨……」
傍らに立つ零も、一呼吸の後空を見上げる。
 次第に強く強く……雨は傘をささぬ二人の体を打ち付けた。
 鞄で頭を庇い、幾人もの人間が側を走り去っていく中、草間はただじっと上空を見つめるばかり。
「何か見落としている気がする」
「え?」
「――大切な何かが欠落してんのさ。あまりにも何も無い所為で忘れがちな何か……」
「何か、ですか……」
曖昧な草間の言葉に、霊は眉間の皺を深める。
「アイツらが、それに気づいてればいいんだがな……」
独り言の様に呟いて、草間は小さく首を振った。
「何も起こらないでくれよ、頼むから……」


◆雨の夜 鐘の音◆
 その重さに耐え切れなかったのか、昼過ぎに曇天から雨が降り始めた。雨は何時間も弱まる事無く、空市を襲う。
 春華とシュラインは夕方になってやっと、青年の話を聞き終えた。
「かなり参考になったぞ。ありがとな」
青年に短く礼の言葉を向け、ゆっくりと扉を開ける。青年は微かに笑んで、春華とシュラインに傘を手渡す。
「いいスよ。それより、アイツラの事ヨロシク……」
アイツラというのは、攫われた子供達だろう。その中には青年の妹も含まれている。
 二人は無言で頷き、傘を受け取り青年の家を後にした。

 二人が帰ったのは草間興信所ではない。市長の家だった。
 市長の家は屋敷と呼んでいい程にでかく、夫婦二人で住んでいる為に六部屋も空室なのだという。市長はその六つの部屋を、事件が解決するまで春華達に提供していた。つまり、泊まるも帰るも自由という事だった。
 この日は視界さえ危うい豪雨の所為だろうか。七人は誰一人帰ろうとせず、金蝉の為にあてがわれた客室に集まって各々の入手した情報を伝え合っていた。
 ただ一人、アールレイは蚊帳の外。窓にへばりついて、来るとも知れぬ百鬼夜行を待ち続けていた。

「そやから、あの鳥居と鐘な。あれは明らかに、何かの術が働いとるもんやで。百鬼夜行の出現場所はあそこで間違いない!」
 大曽根・つばさが胸を張って言う。彼女と桜塚・金蝉、水上・操の三人も鐘と鳥居の事を聞いてすぐに調べにいったそうだ。
「そうね。まず百鬼夜行――物の怪で間違いもない様だし。聞いた話では坂を下って来るという事よ」
「なら早速、そこから入り込んで妖怪共見つけようぜ」
 どうやら百鬼夜行である事は決定らしい。元々人為的な誘拐の線は考えても居なかったが。
 そんな春華に、つばさが呆れたようにため息をついた。
「アホか。それが出来たら苦労しないわ」
「かかってる術が俺達とはまた質が違いやがる。すぐに解ければ苦労しねぇだろ」
後を引き取る金蝉が、いいか?と術の説明を始める。だが春華がその術を理解する事は無く、分かったのは、とにかく術が解けないという、金蝉の説明をまったく無意味にする事だけだった。
「手っ取り早く、今日とか出てこねぇかな。百鬼夜行……」
「出現時間は深夜だという事だけ。出現日も不規則だから、術者さんだけが頼りね。今の所」
「間隔は結構長いのでしょう?一月に二回か三回だとか」
 空市民が百鬼夜行について知る事は少ない。また、書物の中からもその類のモノは一向に見つからない。
 今の所分かっているのは、出現場所のみ、だ。それと、子供達があの日外に出た理由。度胸試しと、それからどこかのニュースで言っていた夜遊びという理由。
 春華はため息を付き、壁の時計に眼をやった。針は深夜一時を越えた頃を指す。そろそろ瞼が重いので、春華が退出を言い渡そうと思った時だった。

 ゴーン ……ゴォーン

 然程大きな音ではない。雨音に掻き消えそうにも思える。それなのに何故か、頭の隅からけして出ていこうとしない、そんな鐘の音だった。
「鐘!?」
 七人はその音が、『百鬼夜行』を告げるモノだと瞬時に悟り、大きな窓に走り寄った。金蝉の部屋に集まったのは、その窓が丁度鳥居に面していたからだ。

……ゴォン

 鐘が鳴り響く。
 七人がじっと鳥居に視線を向けている。
 と、その上空に、黒い点の様なものが生まれた。眇め見ていたそれがやがて大きな大きな黒い穴となる。空間を引き裂いて出来た、何処かとこの世を繋ぐ、穴。その中から、何十もの物の怪が躍り出た。
 額に生えた角。尖った耳。耳まで裂けた大きな口。赤黒い肌。青白い眼光。尻から生えた尾。荒れた体の表面。鱗に覆われた肢体。
 異形の集団が坂を下ってやってくる様子に、ごくり、と誰かの喉が鳴った。
 春華の眠気は一気に吹き飛んでいた。それからはただ、体が動くのに従うのみ。
 春華は金蝉の部屋を静かに抜け出すと、自室へと戻った。
 百鬼夜行に出会えたら、聞こうと思っていた事。子供を攫った理由。然るべき理由なら味方もしよう。そして話によっては――。
 寝着として着込んだ和装の帯に、草間から借りてきた日本刀を挿す。
 そして雨の降り続ける外へと駆け出していった。


◆百の怪 攫われた子供◆B◆
 星と月は厚い雲に覆われ、空市を照らす光は少ない。街路の灯りは鐘の鳴るのと同時に消え、家々の灯は閉ざされた窓と振り続ける雨に遮られている。故にか、百鬼の存在が強く感じられる。
 鬼火と呼ばれる青い炎が夜行と共に揺らめいている。そして大きな大きな、二階建ての家をも越す大きな巨体一つ――。
 春華はそれを頼りに、百鬼夜行を目指した。

雨が降っていた。それは昼過ぎから振り出し、深夜一時を過ぎた今でも雨足を弱めない。やっぱりママの言う通り、塾を休めば良かった。やっぱりユキの言う通り、泊めてもらえば良かった。第一こんな時間に帰ったら、ママに怒られてしまう。
……ふう。
泥が跳ねて服も靴も汚れ、靴に至っては濡れに濡れて、歩く度にビチャビチャと嫌な音を立てている。早く帰って、シャワーでも浴びたい。そう思った時だった。
ゴォン――と聞きなれた音が響いた。あ、今日も鳴ってる。この間もあったばかりなのに珍しい……。最初はそんな風にしか考えられなかった。眠くて、頭が麻痺してたのかもしれない。
それにチャント気づいたのは、五回目の鐘が鳴った頃。
はっとして顔を上げれば、目に映ったのは、坂道の先の黒い鳥居。雨で白む視界の中でもはっきりと見て取れた、闇の中では不気味に映るソレの上空で、黒い大きな穴がぽっかりと口を開けていた。そしてソレの中から姿を現すのは――。
百鬼夜行!!今日は百鬼夜行の日なの!?に、逃げなきゃ!!ホラ、近くの家に――逃げなきゃニゲナキャ。早く早く、アレに見つかる前に早く隠れなきゃ……足が震えてる。でも逃げなきゃ!!
そう思いつつも私の足はがくがくと震え、立っているのがやっとだった。私は一歩も動けない。雨の中、青い光が見え始める。黒い影が沢山沢山近づいてくる。
逃げなきゃ――!!!
私の手から、鞄がするりと抜け落ち、コンクリートを濡らす水の中で音を立てた。百メートル程先で百鬼夜行の歩みが止まって、止まって……。金の目だけが、闇の中で光った。
怖い怖い怖い怖いコワイ怖い怖い恐い恐いコワイ恐い怖い恐い怖い怖い怖い怖いコワイコワイコワイコ――。

「キャァアッ………!!!!」

 闇夜を切り裂く甲高い悲鳴が、辺りに響き渡った。空からの鐘の音にも負けぬ、恐怖に震えた音は大気を揺らす。
「!!何だ!?」
 突然の事に驚きつつも、春華は声のした方へと向き直り、速度を上げた。
 がその途中。
 春華は妖の一行と奮戦するつばさを見つける。
「つばさ!?何してんだよ!!」
「何って、見てわかるやろ。えぇから手へ貸してくれへん!!」
 念で作り出した棍で、妖怪の攻撃を受け止めている。だが少々数が多い。
 春華はそれを見捨てる事も出来ず、チッと舌打ちをし己も日本刀を引き抜いた。悲鳴が上がった方角も気になるが、そちらは誰かが駆けつけてくれる事を祈るしかない。
「ったく、何でこんな事になってんだよ」
 喚きながら鋭い爪を繰り出してくる異形に、剣の柄をお見舞いする。雨は依然強いまま、細い糸のうようなソレが微かに視界を遮るが、夜目の効く瞳が何とか均衡を保つ。
「知らん!!なんや知らんが、見つかったとたんウチの手引っ張るもんやから、つい……」
鱗が気持ちわるかってん、とつばさが顔をしかめた。
「そんな理由かよ!!」
「だってコイツラ、子供子供呟いてばっかで気味悪いやん!」
確かに。そう一人ごちて、春華は二度目の攻撃を避けた。
 とその頭上から、奇妙に間延びした声が落ちてきた。
「やーるねー。人間風情がーと思ったがぁ、お前、怪だなぁ……?」
 キヒヒと笑う額に一つ目を持った黒鳥が、その眼を眇めて続ける。
「だがーまだぁ若い。子供にはー違いねーぇ」
「どういう意味だよ!!」
「言葉どぉりの意味さ〜?我らは我らの王の命でぇ、子供を攫うーのが役目でねぇ〜」
 春華が目を見開くと、更に異形が目を細くする。
「あっちでもぉ、子供が二人みーつかった。キヒヒ……我らも〜、お前らぁを捕まえてー帰るー」
「なっ!!」
「なんやと、この鳥!!」
誰が捕まってやるか〜!!と上空を飛ぶ鳥に棍を振りかざすつばさに、春華は小さく呟く。
「捕まるのが懸命だぞ」
 そうして三度目の攻撃には、春華は何の行動も見せずあっさりと戒められた。動揺をこちらに向けるつばさは、隙を突いた背後からの攻撃に捕まった。


◆異形の王 暗い世界◆A◆
 物の怪は空市を一回りすると、今度は道を変え坂を上りだす。そして何事も無かったように黒い穴へと入った。
 春華とつばさの二人は蜘蛛の糸でがんじがらめ、顔だけを出した状態で、妖怪達に運ばれていた。
 闇に強い春華の瞳でも、左右前後上下まで、ただ黒い世界が広がるばかり。前方を行く妖と微かに光る鬼火だけが全て。
 前方には大きな赤鬼の背が見え、一つ目の黒鳥が二人の子供はそこだと教えた。時々、ソチラの方から「つまらない」と叫ぶ声が聞こえる。それが子供の者だとは到底思えないので、五月蝿い妖怪だなと毒づく春華。
 その隣で担がれるつばさは、
「なのに、ウチらの扱いはこんなんかい!!」
と元気に黒鳥と言い合いを続ける。
「お前らはぁ、危険だからーなぁ。ただでさえ少なぁいのにぃ、逃げられたら王の〜怒りをぉ買うー」
「だからさっきから、王て何やの!!」
「王はー王さー。我らのぉ気高きぉ王ー様さぁ」
「王様が子供を所望なワケか」
「そーさぁ。王の探し人がぁ、生まれ変わってるのーさ。大切なぁ大切なー生贄さぁ……」
 黒鳥がまた、キヒヒと笑う。それは間延びした話し方と共に、一々春華の勘に障った。
「で、前に攫った子供はどうした?」
 知らず知らずのウチに声音を低くする春華に、黒鳥か一度目を眇める。
「王の探し人じゃぁなかったーからーなぁ。捨てたーのさぁ〜」
「捨てた?食ったんじゃないのか!?」
「食ーわないさぁ。正しくはぁ食えないだーがなぁ〜」
「?ちょぉ、何でやの?」
「それはぁ………言えなーいな。王にーおこぉられるからぁなー。――あぁ、ほぉらー着いたーぞ。我らの国ぃさぁ〜」
 黒鳥の言葉に、二人は視線を落とした。
 闇しかなかったはずのそこには、巨大な町が広がっている。左も右もどこまでも続く長い外壁――その奥に延々と続く、昔日の日本を思わせる家々。
 百鬼の先頭が、大きな門に吸い込まれていく所だった。

 門をくぐった次の瞬間、二人はぎょっと目を剥いた。何時の間にやら体が蜘蛛の糸から解放され、大きな黒い玉座の前に、少女と何故か居るアールレイと座していたのだ。その両腕は銀の鎖に戒められている。
 二人と同様に、アールレイも驚きに目を見張っていた。
「アールレイ!?お前、何でここにいんだ?」
「二人こそ!!」
「ウチらは、鬼を追ってやなぁ!!」
「アールレイだって……」
「それより、何時の間にこんな事になってるんや!?」
 大きな大きな広間、ちょうど玉座とは反対に扉が一つ。その扉の左右に色彩鮮やかな物の怪が座し、その中には幾つか見た顔がある。彼らは一様に黒い着物を着、室内の壁に背をつけて微動だにしなかった。それは玉座の面を抜かし、四角い部屋の三方を埋め尽くす。
「なんやの、これ……」
つばさが不機嫌に零し、春華とアールレイも頷く。
「今日はたったこれだけか」
 誰も居ない玉座から声が響いた。
「申し訳ございません、王よ」
背後から何者かがそう答え、玉座に陽炎の様な姿で女が現れた。今まで見たどの異形よりも美しく、長い黒髪が白い肌に良く映えている。そしてその両側に巨体を晒す赤鬼・青鬼が順々に揺らめいて現れた。
「ふん。まあ良い。近頃は人も馬鹿では無い。隠れる術を知っておるからの」
 女は哄笑し、忌々しげに言葉を吐いた。
「あの術者め、嫌な土産を残してくれたもの。死して尚、妾の邪魔をする……」
 そうして女はつ、と視線を春華達に向けた。黒真珠のような大きな瞳が、楽しそうに歪む。
「お主、術者じゃな?――成る程。そしてお主は、ほう同胞か。そして人間。ふん、面白い土産だな、赤よ。外れだが、中々に良い」
 赤と呼ばれた赤鬼が静かに目を伏せる。何が何やら分からずに、つばさが唸った。
 とにかく、春華にも状況がさっぱり理解できない。この女は誰なのだとか、ここは何処なのだとか、女の言っている事も意味不明だ。そして今、自分達は何をしているのか。
 上機嫌に女が笑う。そして次に、アールレイにも目を向けた。
「…………何のつもりだ」
「……王?」
 女の顔が一変、怒りに赤く染まる。
「妾の元に、人狼を連れてくるとは、如何な理由あってかと聞いておる!!それもこの様に――年経た者を!!!」
 ゆっくりと女の顔が歪む。歪むというより、溶ける。どろりどろりと溶け落ちていく肉が、女の眼球や骨を露にしてゆく。
「な、何やの、あの女!!アールレイ、あんた知り合いなん!?」
「どういうことだ、あのおばさん!!」
「青や、そ奴らをこの地から放り出せ。今すぐにじゃ!!その人狼共々、二度とこの地は踏ません!!」
「殺しても、いいので?」
「馬鹿もの、それは成らん。妾の国で、人は殺せぬと知っておろうが」
 女の姿が揺らぐ。それを追う様に、赤鬼も揺らぐ。
「――待て。その娘は何時もの様に、捨てよ」
 そう言い残して、女は消えた。春華達は突然の出来事に言葉を紡げない。
 だが青鬼が何かを唱え、背後に大きな穴が出来た瞬間、はたと春華が叫んだ。
「アールレイ、つばさ!!アイツを!!!」
 アイツと指差されたのは、気絶したままの少女。春華の位置からは一番遠く、有無を言わさぬ力で体の半分を穴に吸われてしまっていた。
 つばさの手が少女に伸びる。だが――。
「あかん!!」
「っ」
 その言葉を最後に、三人と穴が消え失せた。


◆紅の空 明ける朝◆
 チチチ、チチチチ。
 暁の空に、爽やかな風。鮮やかに染まった青い空を飛ぶ、小さな鳥の群れ。その眼下には、昨晩に取り残された憂鬱の残り香。
 空市の目覚めはまだ来ない。
 金色の光を反射する鐘は、何も変わらない朝の風景を映す。
「つばささん達が攫われるなんて、よっぽど強いのでしょうか。あの妖怪達……」
 操がシュラインの傍らでため息を漏らした。
 残された四人は、アールレイ達が百鬼夜行を追ったとは思っていない。攫われたのだと思っている。
「勝手に外に出たのは問題ですけどね」
「ったく、余計な事を増やしやがって!!」
 それぞれに毒づきながら、何かの解明方法を探そうと躍起になる四人。だがわかった事と言えば、この鳥居の役割と鐘に施された術。
「でも彼らがあっちに居るという事は、多少なりと安心ですけどね。先に攫われた九人はともかく、昨日の少女は一緒にいる事でしょうから」
「そうですね。彼らもただ捕まってるだけじゃないのかもしれないし……」
汐耶と操が再度ため息をついた。
 
「うわ!!!」
「なっ」
「ぅっ」
 ふいに視界が開け、春華の体が宙を落ちる感覚に囚われた。だが高所から落ちたというわけではなく、大した怪我を負ったわけではない。それはつばさとアールレイも同じようだ。
「なんやの、もう!!」
「――っとに、何が何なんだよ。一体……」
 腰や手足を摩りながら、三人はゆっくりと辺りを見回す。
 見上げれば青空。前後には赤と黒の鳥居。左にも赤い鳥居。右側には――眼前間近の大きな鐘。
「あれ、ここって………」
 見慣れたソレにアールレイが小さく呟いた状態で、固まった。

 鐘の向こう側から覗き込むように自分達を見下ろす、四つの顔――。それもまた驚きに見開かれ、再開を果たした七人は、しばし呆然と見つめ合った。



【to be continue…】


□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【1982 / 伍宮・春華(いつみや・はるか) / 男性 / 75歳 / 中学生】
【2797 / アールレイ・アドルファス / 男性 / 999歳 / 放浪する仔狼】
【2916 / 桜塚・金蝉(さくらづか・こんぜん) / 男性 / 21歳 / 陰陽師】
【0086 / シュライン・エマ / 女性 / 26歳 / 翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員】
【1411 / 大曽根・つばさ(おおそね) / 女性 / 13歳 / 中学生、退魔師】
【1449 / 綾和泉・汐耶(あやいずみ・せきや) / 女性 / 23歳 / 都立図書館司書】
【3461 / 水上・操(みなかみ・みさお) / 女性 / 18歳 / 神社の巫女さん兼退魔師】

□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■         ライター通信          ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□

はじめまして、こんにちわ。ライターのなちと申します。
この度は「百鬼夜行〜紅〜」に発注頂き有難うございます!!三部使用の長いお話になりますが、お付き合い頂けて嬉しいです。
というか、長くてスミマセン。ちょっと本人もびっくりしております。
今回はプレイングの内容により行動が一致しておりませんので、大きく変わる部分は◆A◆〜◆C◆と分かれさせていただきました。
至らない所も多々あると思いますが、楽しんでいただけたら幸いです。もし苦情などございましたらぜひお寄せください。

そんなこんなでこの作品、完結しておりません。欲を言えば次回も、また春華君にお会い出来れば嬉しく思います。
また別の機会に恵まれましたら、ぜひよろしくお願い致します。