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<東京怪談・PCゲームノベル>


Track 02 featuring シュライン・エマ


 自室でデスクに向かって集中しているのは赤いスーツのおねえさん。
 その上に置かれたノートPCの、柔らかいタッチのキーボードの上に、手馴れた様子で細く綺麗な指を走らせている。ノートPCのその脇には小説と思しき原稿の束。但しそこに書かれている言語は日本語ではない。
 …が、ノートPCの画面を見る限り、打ち込まれているのは日本語である。
 つまりは彼女は殆ど辞書を使う事もなく、この小説の束を日本語に翻訳して打ち込んでいる訳で。
 彼女が辞書を使うのは仕上げ時に最後の確認をする時だけだ。


 暫しそんな様子で黙々と続けた後。
 小休止がてら彼女はうーんと思い切り伸びをする。
 …今日のお仕事はここまでにしようかな。
 特に切羽詰まってもいないし。
 何となくそう思った時、彼女――シュライン・エマの頭の中に浮かんでいたのは、どうにも放っておけない貧乏探偵と可愛い『妹』の顔のふたつで。
 と、なれば。
 次の行動は決まっている。


 向かった先は当然の如く草間興信所。
 ここに来るようになって、もう何年になるだろう。
 ふと考えれば結構長い。
 シュラインはそろそろ古参と言える顔になってしまっている。
 今日も応接間ではやっぱり暇を持て余しつつ煙草を喫っている所長さん――武彦の姿。
 デスクの上の灰皿にはそろそろ吸殻の山ができかかっている。
 ひとこと声を掛けて、それをひょいっと横から持って行ったのは華奢な指。
 赤い瞳が印象的な、メイド風の格好をした少女――零である。
 彼女は極め付けに綺麗好きなので、灰皿から落ちる程吸殻が山になってしまう前に片付けようと言うつもりなのだろう。
 シュラインが『来訪した』のはそんな時。
 …なのだが。
「ああ、お帰り、シュライン」
 当然のように掛かる武彦の声。
 …続いて。
「あ、シュラインさん、おかえりなさい」
 これまた同様の零の声。
 …で。
「…ただいま。武彦さん。零ちゃん」
 にっこりとそれに答えるシュラインの声。
 …ただ。
 来るたびに、当たり前のように『おかえり』と言われるのはちょっとばかり複雑かもしれない。
 …家族として受け入れられている訳だから嬉しい事は嬉しいのだけれど、それは…もうここに住んでしまえとでも言う事なのかしら?
 もしそうなったら確実に今以上に興信所での仕事があれやこれやと増えるわね…。
 喜んでいいのか悲しんでいいのか。


 と。
 そんな興信所に破壊的な音量のブザーが久々に鳴り響く。
 何度聴いても慣れない音で。
 ………………多くを望まなければそんなに高い物でもないし、もっと無難な物にでも付け替えても良いかしら…と思いはするが何故か毎度言い出す機会を逃してしまい結果そのまま。
 これも草間興信所の怪奇のひとつなのだろうか。
 …ちょっと空しい。
 常連さんの場合はブザーを押さずドアをノックして来るなり声だけを掛けて入って来てくれるなり、いつの間にやら乱入していたり(…)と色々気遣って(?)来訪してくれるのだが、初見の依頼人はさすがにそうは行かない。
 探偵は客商売である。
 中に入る以前に、このブザーの時点で依頼人は茫然としていたり…驚いて逃げられた事すらもあったりする。
 そして今の場合は――。
 ――何の反応も無し。ドアの向こうにブザーを押しただろう客人の気配は平然と残っている。
 珍しい。
 最低でも、何事か、とぎょっとしたりしそうな気がするが。
 そんなシュラインの微かな疑念もさて置き、ブザーを鳴らした客人どころか武彦の方も武彦の方で何事も無かったように、どうぞ、と外に声を掛けている。
 …それで良いのか草間興信所。


 やがてその声を受け、入って来たのは武彦とよく似た背格好の、同年代の男。
 …何やらぱっと見の印象がよく似てはいるが、少なくとも血縁関係は無さそうな感じの男である。武彦と同じ血筋を見出せるような顔立ちはしていない。シュラインの聴く限り心音や呼吸の音等も全然違う。ただ、ちょっとした仕草等で微かに出される音、そんな、癖に由来するような音は近いと言えるかもしれない。…この歳になるまで歩いて来た環境が同じもしくは酷似していたような感じとでも言うのか…そんな印象で。
 そんな男の姿を見るなり、武彦は複雑そうな顔をする。
「…どうして来るたび毎度鳴らすんだ?」
「…ブザーは来訪者に鳴らしてもらって家人を呼ぶ為に付いているんだろう?」
「…それはそうだが」
「…鳴らして欲しくないなら取っ払え。呼び出しブザーがどうしても必要なんだったら今時ならこれより各段マシなもののひとつやふたつは量販店にでも行きゃ幾らでもあるしそれなりに安価く手に入る。…それともこの音に何か特別な愛着でもあるのか?」
「…」
 自分もひっそり思っていた事を代わりのようにいきなり言われてしまい、シュラインは目を瞬かせる。
 …誰?
 そんな問いをこめてシュラインは武彦を見る。やりとりと態度からして初対面には到底思えない。
「…ああ、お前は会うのは初めてだったか。確かに疎遠は疎遠だからな」
「杉下と言います。初めまして」
 男はすかさず名乗り、シュラインに軽く会釈する。シュラインが興信所にとって――と言うより武彦にとってどういう存在か即決察している模様で、彼は自分からは何も訊こうとしないで話を続ける腹積もりのよう。…いや、この様子では元々シュラインの事は知っていたりするのだろうか。
 武彦も杉下に続けてシュラインに水を向ける。
「実はお前に頼もうと思って呼んだんだ」
「私に?」
「これです」
 と、再びすかさずテーブルの上に出されたのは一本のテープレコーダー。
「ここに幾つか入っているだろう声を教えて欲しいんですよ。一番大きい、話している男の声は俺でもまぁ普通にわかりますが、それ以外にも人の声が入っている筈なんです」
 言って、杉下はおもむろに再生を始めた。
 応接間に居た面子も、再生を始めるなり、察したように黙り込んでいる。
 で、テープを止めた時には。
「一番大きい男の人の声以外ですよね。…三種類――三人居るようですが?」
 あっさりとシュラインが答えていた。
「本当に?」
「ええ。男性がふたりに女性がひとり、ってとこかしら」
「…そのひとりの女性は――どのくらいの年頃の? どんな感じの声ですか?」
「…結構若いと思います。で、少々低音で――や、この方が早いですか」
 と。
 シュラインはいきなりそこで科白を切ると、改めて話し出す。
 …本来の自分の声とは全然違う声で。
『こんな感じの声でした。それも本当にただ、普通にしているみたいなリラックスした声で』
「…」
 杉下は無言でシュラインを見てから武彦に目を遣る。
 武彦は軽く頷いて見せていた。
 杉下は改めてシュラインを見返す。
「わざわざお聞かせ下さるとは、有難う御座いました。…随分と便利な特技をお持ちなんですね」
「内容はいいんですか?」
「察しは付いてますから。…て言うか一番大きい男の声以外はあまり内容のある話をしていないでしょう?」
「…ええまあ。…っていらっしゃった用は…これだけですか?」
「ええ。助かりましたよ。…これで解けた」
 満足そうに頷くと杉下はテープレコーダーを仕舞う。
 武彦が杉下に振った。
「…本当にそれだけでいいのか?」
「ああ。この中に女の声があれば――その女の素性が掴めれば良いだけなんでね」
 今姐さんが写して聴かせてくれた声ではっきりしたのさ。ここに来た用はもう足りた。
「単にな、俺の知ってる頼れる伝手で一番安価いのがお前のところだったって訳なんだよ」
 武彦に向けにやりと笑いそう言うと、杉下はソファから立ち上がる。
「後で『お前の知ってる俺のヤサ』にでも請求書送ってくれれば依頼料は振り込んでおくさ。じゃ、また何かあったら頼む」
 そして、それだけを残してあっさりと去って行った。
 …疾風の如くと言うか何と言うか。


 で、暫し後。
 草間興信所にはのほほんとコーヒータイムが訪れていた。
 御一家が珈琲と頂き物の菓子折りを前にテーブルで団欒している。
「…改めて訊くけど、今の誰?」
「昔の同業。今は…何をしてるのかは知らん」
「…じゃ今のテープって」
「…どう聞いても電話か何かの盗聴のテープだとは思うがな」
「…武彦さんが承知の上で、私ですぐわかる事だったからしたけど…あんまり危ない事に首突っ込んだりしないでよ?」
 大抵、盗聴と言えばいきなり犯罪。
「それは問題無いだろう。俺も詳しい事は何も聞いていないからな」
「そうなの?」
「ま、何か危ない事をしているにしろ、あれはあれでこちらに火の粉が飛んで来ないように気を遣ってはいるらしい。必要最低限の事しか明かさない上に、それ以上の事をこちらに依頼しようともしないだろう? それに、あれは滅多にここには来ないし連絡も滅多に無いからな。…忘れた方がいい」
「…依頼料は最低料金で良いわよね」
「…もっとふんだくっていいと思うぞ」
「でも別に大した事してないし」
「別の場所で遣らせたら金の掛かる機材が必要になる事だと思うが。…それはお前なら簡単にできる事でもな」
「そうそう、それなんだけど…はじめから、私に頼もうと思った――って言ってたわよね?」
 少々疑問に思いつつシュラインが武彦に振る。
 それはシュラインは家族扱いされる程に草間興信所にはよく来るが、だからと言って――毎度毎度決まった時間に草間興信所に来る訳でも無い。大まかなパターンはあるし確かに不在だろうと連絡はすぐ付くが、今日の依頼人の来訪のタイミングを考えると少々腑に落ちないところもある。予め私がその場に居る事を前提にしていたような節があると思えるのは気のせいだろうか。
 と、シュラインが思った時。
「ああ、そろそろお前が帰ってくる頃だと思ったからな。ちょうどいい時間に来たよ、あいつも」
 平然と言って、武彦は新しい煙草に火を点けている。
「…」
 ………………どうやらシュラインが来訪するタイミングすらも怪奇探偵な所長さんには当然の如く読まれているらしい。


「じゃ、依頼もあっさり片が付いた事だし、買い出しでも行って来ようか?」
 珈琲を飲み終えたシュラインは隣に座っていた零に振る。
 と。
「はい☆」
 微笑みと元気な声が戻って来た。彼女の手許の珈琲も終わっている。
 …それは、他愛無い事だけれど。
 零ちゃんがこんな風に自然に微笑んで答えられるようになってから…もう結構長くなる。
 いい傾向。


 買い物が終わって家路に着く途中。
 シュラインと零は道々、様々な事――特に誰の話になるかは推して知るべき――で談笑していたが、時々シュラインの目が脇の店に張られているポスターに行っているのに零は気付いた。
 素直に問うてみる。
「どうしたんですか、シュラインさん?」
「え? ううん。何でもない」
 と、咄嗟に否定するも何故か珍しく歯切れが悪い。
 零はシュラインが見ていたと思しきポスターをきょろきょろと探した。
 …どうやら、映画である。
 色々煽り文句は書いてあるが、感動の巨編とか何とかもっともらしい事も書いてある。
「映画…シュラインさんと…兄さんとも一緒に、観に行ってみたい…ですね」
 零はぽつりと言ってみる。
 が。
「…うーん、零ちゃんや武彦さんと一緒に行くとなると…これはちょっと向かないと思うわ」
 少し考え込む風をし、シュライン。
 ………………その実、武彦さんや零ちゃんと一緒の場合で観るなら、取り敢えず何でもいいから他の物がいい、と言うのが本音だったりもする。
 気にはなっても、実際に観に行くならひとりがいい――シュラインにとってはそんな映画。
「でも、映画って面白そうですよね…いえ、これじゃなくっても、ですけど」
「…今度行こうか? これとは違う奴」
「本当ですか!?」
「…それもいい経験だもの。但し、ジャンルは私に選ばせてね?」
 零ちゃんはよく知らないし、武彦さんは…武彦さんの好みで行っても何だか向かなそうな気がするし。
「それもそうかもしれません」
 あっさり同意する零。
 シュラインは苦笑した。
「零ちゃんが観るのにいきなりハードボイルドやらサスペンスとか言われても困るものね…ホームコメディっぽいのがいいかしら? ミニシアター系のも結構面白そうなの多いのよね」
 ちょっと本気で考えてみる。


 家路――草間興信所に着いて。
「ああ。おかえり、シュライン、零」
 やっぱり煙草を吹かして所長は相変わらずデスクに着いている。
 が、応接間の中は少し様子がまた違っていて。
 そこに居たのは常連さんの内数名――怪奇系の事件を手伝ってくれる調査員のひとがちらほらと集まっていた。
 様子からしてまた何か依頼が舞い込んだよう。…草間興信所、怪奇事件に限ってならば大繁盛。
 そんな調子なので、彼らもまた身内と言っても良いような人たちになる。
 彼らに軽く挨拶しつつ、ふたりは奥の台所に買い出しして来たものを仕舞いに向かう。
 そしてシュラインと零は改めてお茶を煎れ、応接間に戻り、煎れて来たお茶を出している。
「…で、今回は何?」
 さりげなく話に入るシュライン。
「また、さ」
 溜息混じりに返す武彦。
 また。
 つまりは、察しの通りに怪奇事件の類で。
「仕事があるだけいいと思わなきゃ」
 そんな武彦に軽く言い聞かせるシュライン。
 頷く零。
「それもそうなんだよな」
 言ってみただけ、のような武彦の科白。
 さすがにそろそろ諦めも入って来ている訳で。
 目指すところとは微妙に違うとしても、それなりにやってる訳になるし。
 そもそも、本当に本気で嫌なら金銭問題さて置いても武彦さんは絶対依頼を受けたりしないと思うしね。


 そう、結局。
 いつもこんな感じで過ぎてくの。


【了】


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    登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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 ■整理番号/PC名
 性別/年齢/職業

■PC
 ■0086/シュライン・エマ
 女/26歳/翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

■NPC
 □草間・武彦/探偵
 □草間・零/探偵助手(妹)
 ■杉下・神居/依頼人(?)

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          ライター通信
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 いつも御世話になっております深海です。
 このたびはこんな実験的な代物にお付き合い下さり有難う御座いました。
 今回もまた(汗)長らくお待たせ致しました。
 漸くのお届けで御座います。

 御要望通り完全おまかせと言う事で…自己紹介風味(?)日常路線で行ってみました。
 と、言いつつも窓口のサンプルでうけていたとのお話がありましたのでやや一つ目のサンプルっぽい感じ?の世界観にもなりました(笑)
 …って何故かあの状態に近い設定の杉下なる謎の人物(…)が乱入しているだけなんですが。
 けれど草間興信所は健在です。
 シュライン様の場合にはどうしても草間興信所(武彦さん&零ちゃん)がなくなる訳には行きませんから(笑)
 取り敢えず、そんな御家族の皆様に翻訳と映画の件、能力等の方を今回はちらっと入れてみましたが…料理&黒い流星(仮名)&二輪等の話には行きそびれました(汗)

 如何だったでしょうか?
 結果はこんな風になりましたが、少なくとも対価分は楽しんで頂ければ幸いで御座います。
 では、また機会がありましたらその時は…。

 ※この「Extra Track」内での人間関係や設定、出来事の類は、当方の他依頼系では引き摺らないでやって下さい。どうぞ宜しくお願いします。
 それと、タイトル内にある数字は、こちらで「Extra Track」に発注頂いた順番で振っているだけの通し番号のようなものですので特にお気になさらず。02とあるからと言って続きものではありません。それぞれ単品は単品です。

 深海残月 拝