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クリーム・ブランチ
●差し出されたスイーツ
モーリス・ラジアルの職業は、庭師である。だが、ただの園ゲイ野郎ではない。年収5億以上。時には、ひと晩でン千万の仕事をこなす事もザラ‥‥と言う、調スーパーカリスマ庭師なのだ。
むろん、それだけの収入を得る為には、それ相応の努力もしなければならない。そんな訳で、モーリスは、どんなに忙しくても、予定が詰まっていても、例え急患が現れて、デートの申し込みが殺到していても、自身が管理する庭の手入れだけは、欠かさなかった。もっとも、画面の隅っこに、『優先順位は後回し』と言う但し書きがつくのだが。
「ふふ。良い枝っぷりです‥‥」
某海外メーカーに、特注で作らせた高枝切り鋏を手に、形良く切りそろえられた庭木を、満足げに見つめるモーリス。普段のスーツ姿とは違い、動きやすい、外仕事用の装備を身に着けた彼は、世間一般で言う庭師そのものだ。
「これで、今度のパーティにも、きっと美しく映えるでしょうね‥‥」
そう呟いたモーリスの口元に、ふっと、笑みが浮かぶ。庭園の維持・管理費を稼ぐ一環として、政財界の大物達に、パーティ会場として貸し出す事も多い。その為、庭木は常に整えておく必要があった。まぁ、管理人であるモーリス自身が調整をする必要は、微塵もないのではあるが、そこはそれ、可愛い子には、自ら手をかけたくなってしまうのが、人情と言うものだろう。
「しかし‥‥。やはり暑くなってきましたね‥‥」
帽子を軽く上げながら、そう呟くモーリス。いかに吸湿性の良い、短パンにTシャツとは言え、炎天下、遮る物のない庭では、直射日光が汗となって滴り落ちるのも、無理はない。
「そろそろ、昼ですか‥‥。そろそろ、切り上げるとしますか」
腕時計を見ながら、モーリスはそう言った。午前と言うには、あまりにも高い気温に、少し長めの昼休みに入っても、お天道様は怒らなそうだ。そう長い間作業する予定もなかった為、剪定ばさみセット以外は、何も持っていなかったモーリス、喉の渇きと暑さに限界を感じて、庭木の周囲を離れる。向かったのは無論、エアコンのよく聞いた屋敷の方だった。
「ふう。こんな時は、効き過ぎるこれも、ありがたく感じるものですねぇ‥‥」
暑さに弱い雇い主の意向で、エアコンの設定温度は、低く抑えられている。普段は、そこで生活する人間‥‥まぁ、正しい意味での人ではない場合もあるのだが‥‥にとっては、寒すぎるくらいのそれも、火照った身体には、逆に心地良い‥‥。
「おや、モーリス様、戻ってらしたんですか?」
そんな‥‥エアコンの前で、だらけきった姿を見せている彼の側を通りかかり、そう声をかきえた人物がいた。
「ああ、兎月さん。どうしたんです? 確かまだ、昼食作りの最中でしょうに」
「いえ。今日は、簡単なものでよいとおっしゃったんで、時間が空いてしまったんです」
屋敷内で料理人を務める池田屋・兎月である。きっちりと上から下まで白いコック服に身を包んだ彼もまた、屋敷に常駐する『人ではない』存在だ。
「それで、確かモーリス様が、外で作業をしていらしたのを、思い出しましてね。こうして、これ、持ってきたんですよ」
彼がそう言って差し出したのは、透き通った透明な器によそられた、アイスクリームだ。
「残りもので申し訳ありませんが、暑さしのぎになれば‥‥と」
「残り物でも嬉しいですよ。気を使ってくれて」
厨房を任されると言う職業柄、こと食べる事に関しては、どんなものでも手は抜かない兎月の事だ。平凡に見えるそのアイスも、決めの細かさでは、その辺の専門店には負けないに違いない。そう思って、モーリスはこう続けた。
「それに、貴方のはそれでも‥‥とびきり、でしょう?」
たとえ、それが自分の好みに作られていないものであっても、美味である事は間違いない。
「お口に合えば良いのですが‥‥」
あまり自信がないのか、急に目を伏せる兎月。雇い主用に作られているアイスなので、申し訳ないとでも思っているのだろうか。
(おやおや。兎月さんでも、こんな仕草を見せる時があるんですねぇ‥‥)
そう心の中で呟くモーリス。どっかの誰かさんの様に、常時、自信に溢れている訳ではないだろうが、こと職に関して、彼がこんな顔を見せるのは、珍しいと言って良いだろう。
(この顔を、もっと困らせたら、さぞかし面白いだろう‥‥)
そんな表情を見て、モーリスの頭の中に、ある『悪戯』が思い浮かぶ。それは、すぐさま『計画』となり、『作戦』と『対策』へと変わっていく‥‥。
「どうかしましたか? 早く食べないと、アイス、溶けちゃいますよ?」
「あっ、ええ。そうですね。立ったまま食べるのも何ですから、部屋行きましょうか」
怪訝そうな兎月の腰あたりをかかえるようにして、自室へと誘うモーリス。
「ど、どうしてわたくしめまで‥‥」
「厨房で作業していて、暑かったでしょう? 私の部屋なら、エアコンも適温でしょうし。一緒に食べません?」
ここで逃しては、計略が水の泡だ。そう思ったモーリスは、畳み掛けるようにそう言った。
「そりゃあそうですけど‥‥」
と、納得はしたが、まだ躊躇っている様子の兎月。
「そんな顔しないで。ちょっと寄るだけですから」
「あっ、ちょっと‥‥っ」
そんな彼を、少し強引に部屋へと引きずり込むモーリスだった。
●デザートはお皿に乗せて
モーリスの部屋は、中庭へ通じる廊下から、そう遠くはない。庭師と言う役職上、支障のないように‥‥と言う、雇い主の配慮の賜物だ。
「ほ、本当に少しだけですからね‥‥」
「夕飯の仕込みには、間に合うようにしますよ」
半ば諦めた様子の兎月にそう答えながら、モーリスは後ろ手に扉を閉める。
(ふ‥‥。ここまでは、上手く行ってますね‥‥)
かちゃんと小さく金属音がして、鍵をかけられた事に、兎月は全く気付いていない。
「散らかってますけど、その辺座ってて下さい」
「はぁ‥‥」
モーリスはそう言ったが、座る場所と言っても、書類の産卵した彼の部屋には、ベッドの上くらいしか、落ち着ける場所がなかった。所在無げに、キングサイズのそれの上で、大人しくしている兎月の目の前で、モーリスはそれまで来ていた上着を脱ぎ捨てていた。
「って、モーリスさんっ! どうしてそこで脱ぐんですかっ!」
驚いたのは、兎月の方だ。アンダーシャツをも脱ぎ捨て、白い素肌を晒しながら、モーリスはけろっとした表情で、こう続ける。
「え? 汗でべたついていたんで、着替えるだけですよ? まさか、このままお客様の前に出る訳にも行きませんし。何か問題でも?」
「い、いえ‥‥」
言われて見れば、極当然の話だ。しかし、普段の言動に信用性が欠片もない為か、つい身構えてしまう兎月。そんな彼に、モーリスは、上半身裸のまま、すっと近付き、耳元へこう囁きかけた。
「それとも‥‥、何かされたかったんですか‥‥?」
その『何か』の所だけ、意味ありげなイントネーションで問われ、兎月は必要以上に首を激しく横に振ってしまう。
「仕方がありませんねぇ。それじゃ、リクエストに答えて、『何か』して上げますよ‥‥」
口の端に不気味な笑みを浮かべながら、モーリスは、ベッドの縁に、体重をかけて、そう言った。兎月の激しい否定が、彼には、かえって肯定に見えてしまったらしい。
「べ、別に期待なんか、していませんってば!」
「そんな美味しそうな顔をして、今更お預けなんて、許しませんよ。さー、脱いで脱いで☆」
モーリスは弾むような声でそう言うと、やたら嬉しそうに、白い制服へと手をかける‥‥。
「アイス‥‥溶けちゃいますよぉ‥‥」
「‥‥言われて見れば、そうですね」
このまま放置すれば、数分を待たずして、アイスは溶けきってしまうだろう。そう気付いたモーリスに、兎月は自分が被害を受けない様にと、こうたたみかけた。
「ほ、ほら。早く食べないとっ」
「確かに、このままクリームしてしまうのは、勿体無いですね‥‥」
例え自分好みの味になっていなくても、そのあたりの凡人が美味しいと言うだけの技量を、彼は持っている。このまま、流してしまうのは、いかにも惜しい。
「そうだ‥‥」
と、モーリスは何やら悪いイタズラを思いついたようだ。
「な、何を‥‥」
戸惑う兎月を、ベッドの上に軽く押さえつけ、彼は、サイドボードのアイス皿を手に取った。
「せっかくですから、ちょっと面白い遊びをしましょう」
そのまま、中身を兎月の鎖骨付近に傾ける。
「ひぁ‥‥っ」
とろりとしたそれは、兎月の首根っこのくぼみに、すっぽりと収まってしまう。
「ほら。良い顔して‥‥」
「あ‥‥」
指先についたアイスの残骸が、兎月の唇にぬたくられる。甘いそれを、舐め取ろうと、兎月が舌先を伸ばした刹那、モーリスに奪い取られてしまう。
「可愛いうさ皿さん。もっと良い声を出して、私を蕩けさせてください‥‥」
「ひぁ‥‥ぅん‥‥っ‥‥」
そうして、危険すぎるデザートタイムが、開始されたのだった。
●食した後は、お片付け
30分後。
「ごちそうさまでした。いやー、やっぱり溶けてても、兎月さんのアイスは、とーっても美味しかったですよー」
「う〜」
ナプキンで満足げに唇をふき取っているモーリスに、全身を綺麗に舐め取られてしまった兎月が、恨めしそうな視線を見せている。
「そんな顔しちゃって。良くなかったんですか」
「そ、そうじゃなくてっ! 身体べたべたになっちゃったじゃないですかぁ。きちんと治して下さいよぉ〜」
論点がずれているような気がするが、まぁこの際は触れないで置いた方が正解だろう。事実、兎月の肌は、クリームの残りで、べたついている。このまま仕事を再開するのは、ちょっとばかり無理がありそうだ。
「ええ、もちろんですよ。食べた後は、きちんと後片付けしないといけませんから。それに、このままじゃ、私も汗まみれで気持ち悪いですしね」
「へ‥‥?」
そう言って、兎月を抱き起こすモーリス。間抜けな表情を見せてしまう兎月に、彼はこう言った。
「シャワー、浴びましょうか」
「で、でも、お風呂場は外‥‥」
屋敷の共同浴場は、部屋の外。おまけに日中。廊下で誰とすれ違うかも分からないのに、彼は外へ連れ出そうと言うのだろうか。
「こんな格好のまま、外出歩くつもりですか? 私はそれでも構いませんけど」
「そ、それは‥‥嫌です」
さすがに、そんな視線に晒されたまま、仕事をこなすのは、気が引ける。
「でしょう? 私の部屋にだって、シャワーくらいありますよ。それに、綺麗にしておかないと、上にも怒られてしまいますしね」
「じゃあ、お言葉に甘えて‥‥」
兎月がこくんと頷くと、モーリスは彼の腰を抱き寄せるようにして、自室のシャワールームへと誘う。陽の光の差し込むその場所で、兎月がボディソープに手を伸ばそうとした所、彼がそれを止めた。
「だめ☆」
「また‥‥ですか?」
ここまできて、何をされるか分からないほど、兎月も鈍感ではない。それでも、非難するような視線を向けてくる彼に、モーリスはこう続けた。
「こんな風にしてしまったのは、私ですから。きちんと洗ってあげますよ‥‥」
「‥‥ぁ‥‥っ‥‥」
粘性のあるその液体を、真っ白い泡に仕立て上げてて、モーリスはつい数分前に、自分が汚した兎月の肌へと、泡をつぶさないように乗せていく。
「ここも、こんなにべとべとにして‥‥。すべすべのお肌が、台無しですよ‥‥。ああ、こんな所まで‥‥」
「や‥‥っ、どこ‥‥触って‥‥、そう‥‥したのは‥‥、ラジアル様‥‥でしょぉ‥‥っ‥‥。あ‥‥っ、あぁっ‥‥!」
反論しながらも、おさえ切れない兎月を、『可愛い☆』と言った視線で見下ろすモーリス。
「私はただ、アイスを食べて、終わったお皿を、綺麗に洗っているだけですよ‥‥」
「だ、だ‥‥ったら、ちゃんと‥‥本体になりま‥‥ひぁう‥‥」
その方が効率が良さそうな物だが、そこはそれ、相手の反応を見て楽しみたい‥‥と言う思いがあるのだろう。
「私は、あなたと、楽しみたいから、こうしているんですよ‥‥」
「ん‥‥ふぅ‥‥っ‥‥」
柔らかく、壊れやすい陶器を洗い清めるかのように、手のひらでやわやわと包み込まれ、卯月の目元から、抗おうという意思が薄れていく‥‥。
「それとも、私に洗われるのは、嫌ですか‥‥?」
「そんな‥‥事は‥‥」
モーリスの問いに、首を横に振る兎月。彼に触れられ、撫でられて、悪い気分にはなっていない。だからこそ、このままじゃいけないんじゃないだろうか‥‥と、一応抵抗して見せるのだが、最後には、そんな事どうでも良くなってしまう。
「ほら、きれいになった☆」
シャワーのコックをひねり、温めのお湯を、兎月の背中に浴びせる。
「気持ち、良いでしょう‥‥?」
「はい‥‥」
その心地よさに、とうとう白旗を揚げる兎月。だが、そんな彼にモーリスは。
「心配しなくても、今は洗うだけですよ。午後の仕事もありますしね」
「え、えぇぇぇ‥‥っ?」
てっきり続きをやるのかと思っていた兎月は、途中で放り出されて、不満そうな表情を浮かべてしまう。
「だって、もうお昼休みは終わりでしょう? 今日はこのまま、悶々として過ごしてください」
そのまま、さっさとあがってしまうモーリス。
「そんなぁ‥‥」
おかげで兎月は、一日中、雇い主に触られるのも拒むほど、気を張り詰めていなければならなくなってしまったのだった。
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