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<東京怪談ノベル(シングル)>


月の花
 
 
「これが、桜の花のアイスクリーム」
 と差しだされたのは薄桃色のアイスだった。スプーンですくって口に運んでみると、ほんのりと甘い。
「意外に食べられる花って多いんだよね。薔薇はハーブでも有名だけど、そのほかにも菊や蒲公英、椿。チューリップもマーマレードやアイスとして利用するところもあるんだ」
 彼は嬉しそうに語った。
 
   ※   ※   ※
 
 はじめて彼と会ったのは春先のこと。
 図書館から帰ってきたあたしは、寮の近くに植えられている桜の下で、なにかを拾っている彼を目撃した。彼が拾っていたのは、もちろん桜の花びらなのだけど、そのときはまだ分からなくて、最初はゴミ拾いかコンタクトレンズでも落としたのかと思っていた。
 しばらく様子をみていると、彼が桜の花びらを拾っていることに気づいて、でもそれをなにに使うかが分からなくて、声をかけてみた。
「それ、なにに使うんですか?」
 顔をあげた彼は、にこりと微笑んで、
「果実酒でも作ろうかなと思って」
「果実酒?」
「さくらんぼのだけどね。桜の花と葉を塩漬けしたものを加えるんだ」
 ちょっと想像してみた。桜の香りがする淡い色のお酒。なんだか、おいしそう。アルコールは飲んだことないけれど。
 あたしが考えていることを察したみたいで、彼は、
「飲んでみる?」
「でも、未成年だし」
 そういうと、おかしそうに彼は笑った。おれだって未成年だけどね、と。
「アルコールが駄目ならお茶にしない? お茶菓子も用意するし、花見っていうかお茶会っていうかさ」
「さくらんぼのお茶ってあるの?」
「あるよ。でも、お茶会するなら、やっぱり紅茶かな。雰囲気的に」
 さくらんぼのお茶も興味あるけれど、お茶会というのも捨てがたいなあ。物語の世界にある、誕生日じゃない日を祝うお茶会のような。
「甘いものは大丈夫だよね?」
「うん」
 あたしはうなずいた。
 ほとんどの女の子とおなじように、あたしは甘いものが好き。寮に入ってから、学園のなかが生活圏になってしまって、最近は食べる機会が減っちゃったけど、甘いものを口に運ぶ瞬間は、女の子のしあわせのひとつだと思う。それがおいしければおいしいほど、しあわせは比例して膨らんでいく。
「じゃあ、あしたのお昼、ここで待ち合わせってことで」
「けどあたし、まだあなたとお茶をするって返事はしてないけど」
「くるでしょ? おれ、お茶を淹れるのも結構うまいんだよ」
 無邪気に彼は笑った。
 これが女の子目的でいってるのなら不快になっただろうけど、彼の目的はあくまでお茶を振る舞うことみたいで、嫌な感じはしない。むしろ、微笑ましい。
「そんなに自信があるなら、いただこうかな」
 
 
 次の日、寮をでてあたしは驚いた。
 桜の木の下には、どこで見つけたのか、木製のテーブルが置かれてあった。そのまわりには、やっぱり木製の椅子が六つ。テーブルにはティーポットと、花の絵柄のお皿とカップが八つずつ。
「やあ」
 背後から声をかけられた。
 振りかえると、ケーキを載せたお皿をもった彼が、寮からでてきたところだった。ケーキにも驚かされた。彼が手にしていたのは、苺のデコレーションケーキ。苺といっても丸ごと盛りつけられているんじゃなくて、薄く切られた苺が、花の形に並べられてある。それが、とってもきれいだった。
「もしかして、あなたが焼いたの?」
「もちろん」
 躊躇いもなく彼は返事した。
 さくらんぼのお酒を作るくらいだし、お茶を淹れるのが得意といってたのだから、ケーキを焼いても不思議じゃないけれど。でも、男の子とケーキという組み合わせは、ちょっと意外な感じがする。
「とりあえず座りなよ」
「うん」
 いわれたままに椅子に座った。
 彼はケーキを置き、慣れた手つきで八等分に切り分けた。そのひとつをあたしに差しだした。
「今、お茶もいれるね」
 カップにお茶を注ぐ彼に、あたしはいった。
「あたし以外にも誰か誘ったの?」
「全然」
「だって、こんな大きなケーキにふたりじゃ食べきれないし」
「食べたら太っちゃうし?」
「それもあるけど……カップもお皿もこんなにあるし」
「そのうち誰かくるよ。いつもそうだから」
「いつも?」
 ということは、今回がはじめてというわけじゃないらしい。今まで全然気がつかなかったなあ。
「月に一回くらいのペースだけどね。いつの日って決めないで、気まぐれでやってるから知らないひとも多いけど。──どうぞ」
 差しだされたのは、ジャスミンの香りがするミルクティー。カップには、飾りで花が浮かんでいる。一口飲んでみる。ジャスミンティーは、あたしも好きでたまに飲んだりするけれど、ミルクの風味で、味がずいぶん変わる。今度、自分でも作ってみようかな。
 不意に、女の子の声がした。
「いいもん食べてるっ。ずるーい!」
 二人組の女の子たちが駆け寄ってきた。彼とは顔なじみなのか、苺もいいけどチョコレートケーキが好きとか、クッキーも食べたいとか、この前のサバランがおいしかったとか口々にいっている。
「ほらね?」
「ほんとだ」
 顔を見合わせて、あたしたちは笑った。
 
   ※   ※   ※
 
 桜の木の下でのお茶会があってから、しばしば彼からお茶やお菓子をごちそうしてもらうようになった。
 お茶やお菓子と一言でいっても、幅が広い。特にお茶。彼はいつもちょっと変わったお茶を用意する。中国茶にフルーツを入れたり、紅茶をカクテルにしたり。お茶に合わせてお菓子を作るのか、お菓子に合わせてお茶を選んでいるのかは分からないけれど、彼の用意するお茶とお菓子は、いつだってあたしをちょっと不思議な国につれてってくれる。
「おいしい」
 桜の花のアイスクリームを食べてから、あたしがいうと、彼は嬉しそうに目を細めた。
「お茶もお菓子もこんなに上手で、あなたは将来なにになるつもり? パティシエ? 喫茶店のマスター? バーテンダーとかもできそうよね」
 素朴な疑問をぶつけると、彼はちょっと困ったような笑みをこぼした。
「将来のことは、まだなんにも考えてないよ。今は、好きなものを作って、それを食べた誰かがおいしいっていってくれるだけで充分だし」
「うん」
 それは、ちょっと分かる気がする。
「ゆ〜なちゃんの夢は?」
「あたしもまだ考えてないけど」
 さくらんぼのお茶を一口飲んでから、あたしは続けた。
「でも、好きなひとと一緒においしいものを食べながら、その日あったこと、嬉しかったことも嫌なことも、ふたりで共有できたらいいなあ、なんてことは思うけど」
「つまり、お嫁さん?」
「かな?」
 面と向かっていわれると、ちょっと恥ずかしいけど。
 たぶん、あたしの本質は「月」なんだと思う。自分ひとりでは輝けなくて、太陽の光に照らされてはじめて輝ける。あたしの好きなひとがしあわせになって、はじめてあたしもしあわせになれる。
 彼の未来を想像してみる。
 学園の敷地にカフェを開いて。いくつも並んであるテーブル席には、大勢の生徒と、その数以上のお菓子と飲み物。あたしは、お手伝いとして働いていて。ときどき、彼の受け売りのお菓子や花の知識をお客さんに披露したりする。そんな未来だったら、きっと楽しいだろう。
「ねえ、ゆ〜なちゃん」
 彼がいった。
「今ね、新作のお菓子を考えてるところなんだ。完成したらさ、またお茶会をしようよ」
「うん」
 あたしは笑った。
 きっと、あたしの思い描いた未来は現実になる。お茶会を重ねるたびに、彼のお菓子を知るひとは少しずつ増えて。そのぶんだけ、しあわせの数も増えていく。
「どんなお菓子なの?」
「まだイメージだけなんだけど。でも、名前だけは決まってるよ」
「なんて名前?」
 彼はにこりと笑って、ゆっくりといった。
「──月の花」