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<東京怪談ノベル(シングル)>


留守番名人

 藤井・蘭(ふじい らん)は、大きな銀の目で持ち主を見上げながらにこにこと笑っていた。
「知らない人が来たら、絶対にドアを開けたら駄目だぞ?」
「はーい、なの」
「宅急便とか郵便書留とか、そういうのはインタフォン使って出るんだぞ。で、今誰もいないから後できてくれって言うんだぞ」
「はーい、なの」
「昼ご飯は冷蔵庫の中に入れているからな。レンジで暖めて食べるんだぞ?そのまま食べたりしないんだぞ?」
「はーい、なの」
「あと、冷蔵庫の中のプリンはいつでも食べていいからな」
「プリン!」
 蘭の笑顔が、更に明るくなった。持ち主は思わず小さく笑い、蘭の緑の髪をくしゃりと撫でる。
「ただし、ちゃんとお昼ご飯は食べるんだぞ?」
「はーい!」
「じゃあ、なるべく早くには返って来るけど……何かあったらすぐに電話するんだぞ」
「分かったのー」
 持ち主はもう一度蘭の頭をくしゃりと撫でた。蘭は「えへへー」と言いながらにっこりと笑う。
「じゃあ、行ってくるから」
「いってらっしゃいなのー」
 持ち主は手をひらひらとさせ、ドアを開けて出ていった。蘭はそっとドアを開けて持ち主が行ってしまった事を確認し、ドアを閉めて鍵をかけた。がちゃり、という音が室内に鳴り響く。
「持ち主さん、行っちゃったから……」
 蘭は小さく呟き、聞こえてきた音にはっとする。居間にある付けっぱなしのテレビから、聞き覚えのあるテーマソングが流れてきたのだ。
『にゃんにゃんーにゃんと、勇ましくー』
「にゃんじろーなの!」
 今流行りの女性が歌うこぶしの利いた演歌調のテーマソングは、蘭を走り出させるのに充分であった。蘭はぱたぱたと足音をさせながら慌てて居間へと向かい、テレビの前にちょこんと座った。蘭ご贔屓の大人気アニメ『にゃんじろー』である。
「……今日、にゃんじろーの日だったかなぁ?」
 オープニングが終わると、ふと蘭は我に返る。「んしょ」と小さく呟き、食卓に置いてある新聞を手にし、一番後ろにあるテレビ欄を確認する。因みに、蘭が新聞で見る所は三箇所しかない。テレビ欄と、4コマ漫画と、天気予報である。
「ええと……今9時だから……あっ」
 小さな手で時間を辿っていくと、そこには『にゃんじろー(再)』と書いてある。小さな子どもの為に、再放送をしているようであった。蘭は「そっかー」と呟き、にっこりと笑った。
「にゃんじろー、再放送なの」
 こっくりと頷き、新聞を再び食卓に戻してからまたテレビの前に座る。
『テレビからもう少し離れて見なさい』
「あ」
 ふと持ち主の声が聞こえた気がし、蘭は立ち上がってテレビから少し離れたソファに座った。蘭のお気に入りのビーズクッションを膝の上に乗せて。
 アニメの内容は、やはり一度見たことのあるものであった。だが、前に放送されたのが半年ほど前のものであった為、懐かしさとその時出ていた伏線が分かって再放送というものを存分に楽しむ事が出来た。アニメのヒロインであるにゃりりんが、主人公のにゃんじろーと話す場面で、少しだけ悲しそうな顔をする所で思わず「にゃりりん、この時はもう知ってたのー……」と呟くほど。
 しんみりとしたエンディングが終わり、べべんと三味線の鳴り響く次回予告を見て、番組の最後に『明日も同じ時間に放送します』と出たのを確認し、蘭はテレビを消した。
「明日もにゃんじろーあるのー。明日は確かー……にゃんたろーの偽物が出る所だったの」
 半年前の事を思い出しながら、蘭は呟き、にこっと笑った。
「明日も見逃せないのー」
 蘭は日記帳を取り出し、今日の場所を開いて「明日もにゃんじろーあるのー」と書いてからにこっと笑って日記帳を元通りしまった。
「ええと、にゃんじろー終わったから……何しようかなー?」
 蘭はそう呟き、ふと気付く。部屋の床に、雑誌や絵本が散らかっている。
「あ、お片づけするのー。お出かけした持ち主さんの代わりに、僕が綺麗にするのー」
 蘭はそう言うと、床や机に乱雑に置かれた雑誌や絵本をラックにしまう。すると気付く。床に時々髪の毛や埃が落ちていることに。
「そういえば、最近持ち主さん忙しいから、お掃除してないのー」
 蘭は小さく呟き、にこっと笑う。
「僕がお掃除するのー」
 蘭はそう宣言し、掃除機のしまってある場所に行って掃除機を引っ張り出す。本体の所から、コンセントをぎゅーっと引っ張って出す。
「やっぱりこれは、楽しいのー。でも、これ以上に……」
 そう言い、コンセントをしまうワンタッチボタンを押す。途端、きゅるきゅると音をさせてコンセントのコードが掃除機本体にしまわれる。
「これが楽しいのー!」
 きゃっきゃっと笑いながらそう言い、掃除をする為に出した事も忘れて何度か繰り返した後、はっと気付いて小さく笑う。ちゃんとコンセントを差し、スイッチを入れて掃除機をかける。体が小さい為、細かい所はなかなか届かないが、どうにか目に付く場所のゴミは綺麗にする事が出来た。蘭は満足そうに笑い、改めてコードをしまうワンタッチボタンを押した。名残惜しそうに。
「お掃除おしまいなのー」
 蘭はそう言うと、掃除機を元あった場所に返しに行く。綺麗になった部屋に再び返って来ると、時計は12時をさしていた。
「お昼ご飯なのー!」
 蘭は嬉しそうに呟き、冷蔵庫を開ける。中にはオムライスがラップをかけて入っており、『レンジにかけて食べなさい』というメモがついている。
「オムライスなのー!」
 はしゃぎながら冷蔵庫から取り出し、電子レンジに入れて暖める。その間に冷蔵庫に入れてあった水とケチャップを取り出し、スプーンを出した。ピン、と軽快な音が響けば出来上がりである。蘭はうきうきしながらレンジからオムライスを取り出し、ラップを取る。途端、ふわりとした湯気が湧き上がり、卵とケチャップのいい香りが蘭の食欲を誘った。蘭はにこっと笑ってからケチャップをかけ、手をしっかり合わせる。
「いただきます、なの」
 食べ始めると、窓からふわりと風が舞い込んできた。優しく、涼やかな風である。
「食べたら、お昼寝もいいかもしれないのー」
 蘭は頬にご飯粒をつけながら食べ、そう言ってにこっと笑った。
『ほら、ついてるぞ』
 何となく、持ち主の声が聞こえた気がし、蘭は頬を手で拭う。頬についてあったご飯粒を口に放り込み、蘭は再びオムライスに取り掛かる。そうしている内に、あっという間に用意されていたオムライスはなくなってしまった。
「ごちそうさま、なの」
 手をしっかりと合わせ、蘭はぺこりと頭を下げた。水をたっぷりと飲み、使った食器を流し台に入れて水につけておく。食器を洗うのは、なるべく持ち主がいる時にするようにしていた。万が一割ってしまった時の対処が、まだ難しいからだ。
「美味しかったのー」
 蘭はそう言い、先ほど風が流れてきた窓の所にちょこんと座る。手にはお気に入りのビーズクッションを携えている。太陽の光とそよそよと吹き込む風、お気に入りのビーズクッションの感触に眠気が容赦なく襲ってきた。だが、蘭はぐっと我慢する。食べてすぐ寝るのはよくないと、教えられているからだ。
「まだ、寝てはいけないのー」
 蘭はそう言って目をぱちぱちと何度も瞬きするが、やはり眠気は襲ってくる。
「あー……寝るんじゃなくてー……光合成なのー」
 蘭はそう言うと、そっと元のオリヅルランの姿に戻った。ビーズクッションの感触を味わえないのは寂しいが、その代わりに光合成をする事が出来る。いっぱいの栄養に、いっぱいの太陽。そよそよと自らの葉を揺らす風も心地よい。
「気持ち良いのー……」
 ゆっくりと、ゆるやかに。蘭は当然のように眠りに落ちていくのだった。


 再び目が覚めた時、蘭はまた再び人の体になってきょろきょろとあたりを見回した。時計は三時をさしている。
「三時……三時はおやつの時間なのー……」
 蘭は小さく呟き、うーんと大きく伸びをする。光合成とお昼寝が、何とも言えず心地よい感覚をもたらしている。蘭は少しだけぼんやりする頭で冷蔵庫に行き、水を一口飲む。それによって少しだけ冴えてきた目が、冷蔵庫の中のものを捉える。プリンだ。
「プリン?……プリン!」
 蘭ははっとする。持ち主が出かける時に、いつでも好きなときに食べてよいのだと言っていた事を思い出したのだ。蘭はにっこりと笑い、プリンを取り出し、スプーンを手にする。手をしっかりと合わせ、にこっと笑う。
「いただきます、なの」
 スプーンですくい、口に含む。途端に、甘いバニラの香りが口一杯に広がった。プリンは、持ち主が作った手作りプリンだ。店で買ってきたもの以上に、美味しい。
「美味しいのー」
 蘭はにこにこと笑いながらスプーンを進める。甘い香りと味がスプーンを誘い、蘭の口に運ばれる。あっという間に、プリンはなくなってしまった。
「……ごちそうさま、なの。美味しかったのー」
 名残惜しそうにプリンの容器を見つめ、蘭はそう言った。昼食の食器が入っている流し台にプリンの容器とスプーンを入れ、蘭は「あ」と小さく呟く。
「せっかくだから、もう日記書いてしまうのー!で、持ち主さんに見てもらうのー」
 蘭はにっこりと笑ってそう言い、ぱたぱたと足音をさせながら日記帳の元に向かう。本日二度目の出番である日記帳を取り出し、朝開いたページを再び開いた。ちゃんと『明日もにゃんじろーあるのー』と書かれている。
「ええとええと……オムライスは美味しくて、プリンも美味しくて、光合成は気持ちよくて、お昼寝もして、お掃除もしたのー」
 蘭は今日あった出来事を次々と書いていく。文字で埋まっていく日記帳が、妙に誇らしい。オムライスとプリンの絵も、完璧だ。
「ただいまー」
 がちゃいという音が響いたかと思うと、玄関から声が聞こえてきた。持ち主が帰ってきたのだ。蘭は「おかえりなさいなのー」と叫び、日記帳を手にしてぱたぱたと音をさせながら玄関へと向かった。
 いかに留守番をきちんと出来ていたかを、見てもらうために。

<留守番が出来た事に満足しながら・了>