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<東京怪談ノベル(シングル)>


灯籠花の嗤う夜


それは妖しき炎のように揺れ――。


 霞がかった淡い色を湛えた空から、真っ白な白い破片がひらりと男の肩へ舞い落ちる。白地に僅かに薄紅色をのせた柔らかなそれは、春風に煽られて散った桜の花びらだった。それが、雪のように、雨のように男の全身へと降り注ぐ。
 はらり、はらり・・・。
静かに振りつづける白い色。消えることのない柔らかな白色は、じっとその場に立ち尽くす男の肩のみでなく、絹糸を思わせる黒髪にも、下駄を履いた足の上にも遠慮なく、自らの色を載せていく。そして、男の足元に折り重なるように倒れる幾つもの冷たい躯の上にも。白い花びらが、物言わぬ彼らの体を隠すかのように埋め尽くす。
 その白い花弁は、小さな山村の水車小屋の脇で見事なまでに枝を広げた、桜の老木から舞い落ちたものだった。長年見守ってきた村に、春風と共に訪れた災厄に、その命を奪われた住民を弔うが如く花は散りつづける。
 はらはら、はらり。
 桃、橘、山梔子などの甘い花の香をのせた一陣の春風が、一際大きく桜の老木を揺すり上げ、白い淡雪が空を覆う。一瞬の出来事。
 それが収まった後、その場にいたはずの男の姿は、何処にもなかった。
 ただ、僅かに血臭の混じった芳しい春風の中を、桜の花が散るばかり・・・。


 芳醇な土の香りが、蒸した草の中から立ち昇る。芳しいというよりも、むっと鼻を突くような独特の匂いが満ちる山道に、ゆっくりと歩を進める人影が一つ。
 無造作に背中で結ばれたつややかな黒髪に、霞みぼやけた月光が纏わりつくのをそのままに、人里離れた道を行くのは、先刻、山間の村を滅ぼした男に他ならなかった。月光に照らされた肌は透き通るように白い。その白い肌に、渋い色の縞の着物がよく似合っていたが、伊達男の風貌とは不釣合いな鞘から抜き放った刀のような怜悧さを男は醸しだしていた。
 彼は生ける刀だった。
 嫉妬、憎悪、怒気、悲哀…人という存在の持ちえるありとあらゆる負の感情が、地獄の業火を思わせる禍々しき炎に炙られ、溶けて絡まり、彼という呪物をこの世に産み出した。この世を呪い、人を食らう小柄の付喪神。人であって、人でない彼は、皮肉にも人の手が作り出してしまった異形。
 それが、彼だった。
 二年前、山中の奥深く、地底に届くほどに深い山神の懐の洞穴で作られた彼は、自らの意思で洞を出た後、本能の赴くままに人の世を彷徨い歩いていた。 
呪物である彼の本能――体の中で燃える炎は、彼が生きる為に必要な人間の生気を求め、彼を駆り立てるのだ。腹を満たす為に殺し、食らい、次の餌場となりそうな村を見つけて彷徨う…それが彼の生き方で、過去もこれからも変わらぬ筈だった。否、変わるはずがないと思っていたのだ。
奴らの存在を知るまでは。
視界の端で闇が揺れた。小道の脇の茂みが、青い若葉をつけた梢が、不自然に、ざわりと揺れる。闇に紛れながらも、隠し切れていない殺気…。肌に突き刺さるようなそれを放つ自分を狙う者の気配を察して、男は忌々しそうに小さく舌打ちをした。そして、またか、と心の中で思う。
人の世には、己の生きる為に必要な行為を邪魔する者が存在する。
 その事を世の中を渡り歩くうちに、付喪神は知った。その邪魔者は、人を食らう彼という存在を『人を襲う邪悪な妖し』として決め付けた。法師、山伏或いは、方士や陰陽師のような術者…そうした彼から生きる術を奪おうとする者と、付喪神は何度も対峙し、連中をも己の命の源へと変えた。そのような輩の生気は、普通の人間のものよりも旨かったが、その存在は付喪神にとって、何よりも煩わしかったのである。
 夜の闇に紛れて、その邪魔者が己を狙って近づいてくるのが分かる。過去に何度かやりあった経験から、彼らが普通の人間ではなく、実に厄介な相手であると付喪神は知っていた。殺り合えば、負ける相手ではない。しかし…。
 折角、満たした腹が減るのは頂けない。
「去るのが、上策か」
 苦々しげに履き捨てた後、付喪神は己の考えを実行に移した。自らの気配を断ち切ると、風下に向かって山中に飛び込み、闇の中を一気に走る。彼は、今、一陣の夜風だった。絡みつく下草も、行く手をさえぎる藪すらも、彼の行く手をさえぎる事など出来はしない。風に乗り、彼を歓迎するかのように腕を広げた濃紺の柔らかな闇の中へと、付喪神は姿を消した。
 付喪神が立ち去った山中の小道には、術者らしき人影が一つ。慌てて茂みの中から駆け出したのか、全身に草切れを纏わせた男が、渋面を作って立ち尽くす。
 銀色の月光の中で、付喪神の残した白い桜の花びらが一枚、その足元で光っていた。


 春の優しい花が散り、野山が緑に染まる頃。山道から姿を消した小柄の付喪神は、海沿いの小道を歩いていた。松林の向こうに広がる海の青が目に眩しい。吹き付ける潮風に髪をなぶられながらも、全く気にとめずに、彼はゆったりと歩を進めていく。
 あれから、気の赴くままに二つ程、村を食いつぶした。空腹を満たす為に、本能のままに食らった筈だった。いつも通りの行為だったのに。
何故だか、満たされない。
自分の内側で、血のように紅く荒々しい炎が、ねじくれて渦を巻いている。猛り狂い、内を焦がす炎を、彼は些か持て余していた。
理由は分かっている。ぎりっ、と奥歯をかみ締めて、思う。
彼奴のせいだ。
あの夜から、執拗なまでに自分を追いかけてくる術者。煩わしい彼奴のせいで、本能の炎は静まらず、満たされるものも満たされない。腹は満ちても…満足できなければ、意味がない。
忌々しげに舌打ちをして、付喪神は小道の脇に立つ一際大きな松の木の下に腰を下ろした。大ぶりな松の枝が、海風に揺れて潮騒のような音を立てる。それを、聞き流しながら、付喪神は思考の海に沈んだ。
一体、何が原因で彼奴は、人の世に紛れる自分を見つけるのだろう。容姿は奇異ではないだろう、と彼は思う。何故なら、この姿は自分に人型を取らせる為の儀式の際に、鬼たちが贄として捧げた方士だという男の姿を模したものだから。着物は、以前食らった男から剥ぎ取ったものだか、同じような着物は何度もみた事があり、これも不自然ではないだろう、と彼は判断を下す。
立ち居、振る舞いか。
そう思い至って、彼は眉根を寄せた。人の世の細々とした情報が、確かに己には欠けており、これから生きるために必要不可欠であるのは理解できる。しかし、一体、それをどうやって学べばいいのか。
「兄上…様…?」
深くため息をついた彼を現実に引き戻したのは、脇から聞こえた女の呟く声だった。戸惑いと不安と歓喜、それらが複雑に入り混じった声に、ふと脇へ目をやった彼は、頬かむりをし、裾を端折った一人の潮汲み女の姿を認めた。歳の頃は、十七かそこらだろうか。まだ、娘と言える外見の女だ。生気に溢れた年頃の娘であるのに、その顔色は白昼、幽霊にあった者のように青白い。
「…俺のことか?」
女の様子を観察し、また、自分を兄と呼んだことに些か興味を覚えた彼は、面倒くさそうに言葉を返した。人と話すのは慣れていない。これは不自然だっただろうか、と、ふとそんな考えが脳裏をよぎる。しかし、女は彼の言葉や態度の不自然さに、全く気が付いていない様子で口を開いた。慌てているのか、その頬が僅かに蒸気している。
「あ…申し訳ありません…。私の行方不明の兄上様に良く似ていらしたものですから…」
「行方不明…」
 女の言葉を反芻するように、彼は口の中でぼそりと呟いた。
 もし、女の兄として人の村に入り込めるならば、人の世を知ることが出来る。この女には利用価値がある。少なくとも、今、食うには惜しい。
そこまで考えた後、彼はゆっくりと口を開いた。
「あんたの兄が、俺かどうかは分からない。俺には、昔の記憶がない。もし、俺があんたの兄だったとして、昔はあんたを知っていたとしても……今となっては…。あんたが誰だか俺は、知らない…。」
 記憶を無くした男を演じて、萎れたように抑揚なく呟いて見せた付喪神に、潮汲みの娘は同情と哀れみに満ちた視線を向けた。と、同時に、この人が自分の兄だったら…と願う思いが、女の顔から滲み出ている。もう一押しといった所か、と心の内でほくそえんで、彼は更に言葉を紡いだ。
「けれど、懐かしいような気がする。昔、どこかで、こんな潮騒を聞いたことがあるような…」
 呟くように言って、彼は遠くを見るような目をすると、空を見上げた。蒼い空に、眩しいほどに白い雲が浮び、その中を小さく海鳥達が舞っている。
 松林を吹き抜ける潮風。
 寄せては返す波の音。
 その中で、付喪神の寒月を思わせる瞳と女の熱を帯びた目が真っ向から向かい合う。視線が一瞬だけ絡まり、風の中で解けた。先の目を逸らしたのは、娘の方。俯き加減に、彼の様子を伺いながら、潮であれた指をせわしなく組みかえながら、口を開く。
「あの、もし宜しかったら、暫く私の家で暮してみませんか?…もしかしたら、何か、思い出す事もあるかもしれませんし…」
 待っていた誘いの言葉を娘の口から引き出した彼は、一つ静かに頷いた。
「迷惑でないのなら、そうさせて貰おう」
 そう言った彼の腕を嬉しそうに取って、女が笑う。そして、付喪神も笑った。花が咲くような娘の笑顔と対照的な、何処か冷たい僅かばかりの微笑。その笑顔の裏側で、付喪神は己の策に引っ掛かった女のことを密かに嗤っていた。


 松林を吹き抜ける潮風が、鮮やかな青から透き通るような涼しげな青へと色を変える。潮汲み女の兄として、人間の暮しへと溶けこんだ付喪神は、人として平穏な日々を送っていた。
 小さな掘っ建て小屋のような女の家の中で、煤けた天井を見上げながら、彼はここ2ヶ月ほどの間の暮しを振り返る。
 人として振舞うに足りるだけの知識を、彼はここでの生活の間に身に付けていた。そして、餌場になるであろう人の集落がどのような場所にあるのかも、女の住む村にやってきた商人などの話を頭に叩き込んで覚えた。その間、よく人外の存在だとばれなかったものだと考え、付喪神は少しだけ己の贄になった方士の男に感謝した。
 共に暮すようになって、知った娘の『兄』と呼ぶ人物の事。それは、娘の従兄で彼女が将来を約束した人であると同時に、付喪神が人型を取る儀式の際に捧げられた方士であるらしかった。『兄』である男の話をする時、娘は本当に幸せそうに笑ったが、最後には何時も、でも仕事の為に度に出たまま、戻ってこなかったのです…と悲しそうな顔で締めくくった。愛しい『兄』であり、『旦那』となる男の帰りを未だに待ちつづける娘。その娘の悲しそうな微笑を見る度に、付喪神が抱いたのは、同情ではなく自分を『兄』だと思いこんでいる娘に対する嘲笑だったが、彼はその思いを娘に悟られぬように上手く自分の内に隠蔽していた。
 腹が減った――。
 ぼんやりと、黒い天井を見上げながら、彼は思う。人間として暮している間、食事をする事を控えていた付喪神にも、そろそろ限界が近づいていた。彼の内から沸き上がった飢えと渇きが、彼自身を食らおうと狂暴な牙を剥き出しにしているのが分かる。
「そろそろ、潮時か…」
 知るべき事を知り、女にも村にも利用価値はないと見きりをつけた付喪神は、床の上に横たえていた体を起した。紅い舌が、ペロリと唇を舐めあげる。それは、官能的で、酷く禍禍しい…獲物を狙う猛獣のような仕草だった。


 遠くから、祭囃子の音が聞こえている。
 青い着物を着た兄と、赤い着物を着た妹は、きゃらきゃらと笑いながら村の夏祭りへと向っていた。年に一度、待ち焦れた夏祭りの夜は、小さな村で暮す兄妹にとって何よりも楽しみな日だったのだ。
 小さな手に持った提灯には、仄かに赤い灯が灯っていた。それが、カラコロと軽やかな音を立てる下駄を履いた足元を照らしている。足元で、朱色の提灯を思わせる鬼灯が静かに、その身を揺らしていた。
 宵闇に浮ぶ真っ赤な鳥井。その下を、仲良く手を繋ぎナながら潜ろうとした兄妹の背中に、闇の中から浮びあがった白い手がそっと伸ばされた。


 昨日、久しぶりに人を喰った。
 村の夏祭りの為にやってきた、香具師であるという男。その生気に溢れた体から、一滴残らず命の源を吸取った。
 それでも、足りない。まだ、満たされない。

 腹が。
 腹が、減っている。


 青い着物の裾から、乾涸びた子供の足がちらりと見える。赤い着物の袖からは、同じように乾ききった小さな手が宙に伸ばされていた。二人の子供を食らった付喪神は、青と赤の着物に包まれた子供であったものを鬼灯の群れの上に滑り落として立ち上がった。
 何時の間にか、祭囃子は止んでいた。代りに何かが、闇の中から迫ってきている。一人、二人…否、気配は数えあげればきりが無いほどの大人数だった。それが、闇の向こうから、彼をぐるりと取り巻くように、一歩一歩、その輪を狭めながら向ってくる。
 がさりと、目の前の草むらが揺れ、一人の男が姿を見せた。見覚えのある男だった。それは、彼にとって、忌々しい輩。あの春の夜以降、彼を追い掛け続けて来た術者以外の何者でもない。その男が、これまた、見なれた女を捕まえている。女は、村で共に暮していた潮汲みの娘だった。
「…遅かったか。またしても、この化物が…」
 苦々しげに呟く男の隣で、女がその腕から逃れ様ともがきながら、金切り声を上げる。
「化物だなんて!!私の兄上様を、侮辱しないでください!」
 そんな娘に哀れみの目を向ける一方で、次々と草むらから現れた村人が、鬼灯の中に立つ彼に恐怖と嫌悪の入り混じった顔を向けた。彼らは術者から、彼が何者であるのかを聞いていた。語られた言葉は、小さく閉鎖的な村の中で、村人を煽動するのに十分な力を持っていた。
 あの男は、人を食らう妖し。
 このままでは、自分達の村も食われてしまうに違いない。
 その危機感と恐怖は、村人を動かす原動力となる。そして、彼らは自分達の村に紛れこんだ異形を狩るべく、手に刃物を持って狩りに出たのだ。たった一人だけ、『兄』と信じた人の無実を唱える娘を拘束し連行してまで。
 ざり…っと、草履が土の上を擦った。村人の輪が狭くなる。月明かりに浮ぶのは、鈍い光を放つ包丁や脇差などの刃。そして、潮風に錆びついた鎌などの道具。
 ゆっくりと、その距離を縮めていた村人の足が、付喪神から十歩ほど手前で、ぴたりと止まった。同時に、引き攣ったような悲鳴と無理矢理、息を飲みこんだような音が、村人の輪の中を駆け抜ける。
 彼らは見つけてしまったのだ。
 揺れる鬼灯の中に転がる青と赤の見覚えのある着物を…。
 「うあぁああああおおおお…!!」
 目の前に付きつけられたそれに、逆上した子供達の父親が、獣じみた咆哮をあげながら、目の前の男に切り掛かる。
 振り上げられた白刃が振り下ろされる寸前、誰かが、『あっ』と小さく声をあげ…。
 そして、真っ赤な雫の花が夜空に咲いた。
 右肩から、ざっくりと斜めに身体を走る傷口。そこから、溢れ出た赤い雫が着物を朱に染めていく。
「あ…あぁ……」
 その様子に、目の前の人物を切りつけた男が、自分の血で赤く染まった腕を見ながら、ずりずりと後ずさる。切ったのは、男のはずだった。それが。
 見なれた潮汲み娘が、斜めに走った身体の傷から赤い雫を零している。
 子供達の父親が、付喪神に刃を振り下ろした刹那、術者の腕を無理矢理解いた彼女は、その間に立ちふさがったのだ。
「ご無事ですか…?兄上、さ…ま…」
 赤い血を唇の端から滴らせながら言葉を紡ぎ、女は満足そうに笑った。そのまま、愛する男を守ったという満足感に包まれて、彼女は鬼灯の中へ、落ちた。
 村人の輪に同様が走る。娘を殺してしまった事に、ある者は悲痛な声をあげ、ある者は術者を責め、ある者は呆然と立ち尽くした。そんな彼らの輪より一歩先、輪の中心に立つ付喪神に一番近い所に立っていた潮汲み娘を殺した男の体に黒いものが、数本突き刺さる。それは、潮汲み娘の鮮血を全身に浴びたまま、冷たく嗤う付喪神の髪だった。糸のように細いそれが男の身体の至るところを貫いているのだ。
 そして、男の身体は、塵になって風に散った。
 ほんの一瞬、瞬きするほどの間の出来事。生気を吸取られ塵になって散った男の身体から、自らの黒髪を引き戻した付喪神は、ぺろりと舌なめずりを一つすると、目の前で起きている出来事に動くことの出来なくなった村人の輪に飛び込んだ。
 宵闇に浮ぶ刃と化した白い腕が、宙を踊る。たちまちのうちに、二人の村人の首が宙を舞った。その横で、胴を薙ぎ払われた男の千切れた上半身が、内臓を引き摺りながら草むらに落下していく。阿鼻叫喚の渦から逃げ出そうと背中を向けた女の胸を後ろから右腕で刺し貫き、同時に脇から切りかかってくる男の喉元を左の手刀で切りつける。がら空きになった彼の背中に鎌を突き立てようとした若者は、針のようになった彼の黒髪に心臓を突かれて絶命した。
 剣戟が響き、溢れ出す朱色の雫が大地を濡らし、悲鳴が夜空に砕け散る。永劫に繰り返されるかと思われた全ての音が消えた時、地面の上に立っていたのは、村人の輪の外で呆けたように惨劇を見つめていた術者と、全身を朱に染めた付喪神の二人だけとなっていた。
 地面に折り重なって転がる村人の惨殺死体を目にして、額に脂汗を浮かべながらも術者は印を結ぶと、素早く口の中で呪を唱える。それに応えるように揺らめいた空間から現れた式神は、猛禽のような姿に青い焔を纏っていた。それが大きく翼を広げ、夜空へと舞い上がる。鋭い鷲のような雄叫びをあげて襲いかかってくる式神に、小柄の付喪神である男は無造作に白い指先を伸ばした。
 焔の嘴が、付喪神の身体を貫くと思われた、その刹那。
 伸ばされた指先に吸いこまれるが如く、式はその姿を消していた。
 自らの式神の消滅見て、度を失った術者に付喪神が肉薄する。慌てて後退しようとする男の身体を、付喪神の式神を吸収した腕が刺し貫いた。
「…失せろ」
 履き捨てるように術者の耳元で低く囁く。その後、先程吸取った術を、彼はその腕から一気に解放した。どぉんと鈍い音を立てて、解放された蒼い焔が術者の身体を包みこむ。術者を飲みこんだ火柱が、高く昇り、闇夜を焦がした。自らの放った焔の中で、術者は、その身を捻らせながら事切れた。


 紅い下が唇についた血痕を舐めあげる。全身を血で濡らした付喪神は、骸転がる地面に目を向けた。枯れ木のようになった死体に混じり、黒く焼け焦げた死体が一つ転がっている。やっと切ることが出来た煩わしい厄介者との因縁に喜びを覚えながら、付喪神は踵を返した。そんな彼の後ろ姿を鬼灯に抱かれながら、潮汲み女の骸が見送る。硝子玉のような女の目に映るのは、夜空にかかった付喪神の瞳と同じ色をした銀色の三日月。
 女の体と想いを優しく抱き止めた鬼火を宿す灯籠花の嗤い声は、秋風の中に密やかに溶けていった。



■終■