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<東京怪談ウェブゲーム 草間興信所>


雨の夜に

オープニング

 最後に見たのは、白い線を描いて振る激しい雨と、顔の上に降り注ぐ土だ、と少女は言った。
 横たわった土の上は冷たく、堅かった。
 目に入る雨粒や土を、払う事は出来なかった。横たえられた穴の中から逃げ出すことも。
 ただ、悲しかった。
「……あなたは生きているように見えますが?」
 自分は死んでしまったのだと言う少女に、草間は真顔で返す。
 年齢は聞いていないが、中学生くらいだろうと思う。どこにでもいる極普通の少女で、呼吸をしているし、頬も赤い。足もあるし、透き通ってもいない。
「死んだのは、私の前世です」
 少女はサラリと答える。
「私の名前は、谷井アヤと言います。でも、前世の名前は吉村サチ恵だと思うんです。他の事は覚えていません。ただ、名前と自分が誰かに殺されたと言うことだけが分かるんです」
 生まれた時から、「アヤ」と呼ばれることに違和感を感じていた。それが自分の名前ではないような気がしていた。
 何故「アヤ」と呼ぶの。幼い頃、そう両親に尋ねた事がある。それがあなたの名前だからだと両親は答えた。
「前世を思い出したのは、つい最近なんです。先日突然雨が降って、母が留守だったので私が洗濯物を取り込んだのですが、その時に庭で転んでしまったんです。起き上がろうとして、何気なく空を見上げて、雨粒が顔に降りかかるのを見た時に、突然、私の名前と、私が殺されてどこかに埋められたのだと言うことを思い出したんです」
 何時何処で、何故、どんな風に殺されたのかは分からない。けれど、とても悲しかった事を思い出した。
「知りたいんです。私は何故殺されなければならなかったのか。誰に殺されたのか……」
「知ってどうするんです?」
 草間の問いに、分かりませんと答える。
「でも、どこかに埋まっている私を、見付けたいような気もします。お墓なんて造れないけど、でもせめて、土の中からは出たいんです。子供の依頼は受けて貰えませんか?料金なら、貯金がありますからちゃんと払います」
 どうかお願いします、と丁寧に頭を下げた後、アヤはこんな事を呟いた。
「……埋められながら、私は犯人の顔を見ていた筈なんです。その顔をどうしても思い出せないんです、でも、思い込みかも知れませんが、視界の隅に見えた家の軒が、どこか身近なところにあるような気がするんです……」

 前世、埋められたと言う雨の夜とは似ても似つかぬ青空が窓の向こうに広がっている。
 40度に近い気温の中を集まってきた男女一人一人に、アヤは頭を下げる。
 これほど大勢集まるとは思っていなかった様で少々戸惑い気味ではあるが。
「大丈夫よ。変な人ばかりだけど誰も取って食いやしないから」
 全員に冷たいコーヒーを振る舞いながら、シュライン・エマはアヤを安心させようと笑みを浮かべる。
 シュラインからコーヒーを受け取る面々……真名神慶悟、観巫和あげは、海原みなも、シオン・レ・ハイ、セレスティ・カーニンガムは、自分は『変な人』の分類から除外されると信じている。
「最初に聞いておきたいんだけれど、最近ご近所で亡くなった方がいないかしら?」
 シュラインの問いに、アヤは首を傾げつついいえ、と答えた。
 可能性の一つとして、偶々近所で亡くなった人と波長が合っただけではないかと思い訊ねてみたのだが、そう言う訳ではないらしい。 
「よろしくね。アルバイトだからって、遊び感覚で手を抜いたりしないから」 
 夏休みに入り、アルバイトを求めてやって来たみなもは、アヤと同い年である事が分かり楽しげだ。
 同い年の少女がいることに安心したのだろう、みなもの言葉にアヤは少し表情を和らげた。
「生まれ変わりの事を最近口にしたばかりだけれど……こういう形で……というのは複雑な気持ちね」
 殺された記憶を持つと言うのは一体どんな気持ちなのだろう。気の毒そうにあげはは土産のわらび餅を配る。
「前世か。理や教えの中で理解はしているが、やはり生者としては実感がない事柄だ。だからこうして実体験している者に出会うと理の深さを実感するな」
 アヤの妄想や虚言でなければ、の話しではあるが、冷たい土の中に埋もれたままと言うのは気の毒な話しだ。転生が済んでいるのなら成仏云々の心配は要らないが、早い内に見付けて体の方を供養してやるに越した事はないと思う慶悟。
「前世の体が残っているが故に未だ残っているであろう因縁が、現世の体に記憶という形で影響を残しているのであれば、アヤがアヤとして生きるには絶対に必要不可欠な事だ。生まれ変わりは……救いがあるべきだからな」
「信じて貰えますか?今まで誰にも話したことがないんです。こんな話し、きっと誰も信じてくれないと思って」
 友人や両親にこんな話しをすれば、本の読み過ぎかテレビの見すぎ、或いは人の気を惹こうとするあまりの嘘だと、信じては貰えないだろう。しかし、
「信じますよ」
 と、シオンは言った。
 テーブルに並んだわらび餅に嬉しそうに手を伸ばしながら、アヤを見る。
「アヤさんの言うことを信じます。協力しますよ。依頼料は要りません」
 行方不明者の数は沢山いる。その行方不明者の無事を祈る家族や友人も沢山いる。1日も早く、1人でも多く見付かれば良いと思うが、それがアヤのような形で見付かるのは悲しいことだ。シオンは目の前の少女が哀れに思えてならない。
 思い切って興信所を尋ねてみたものの、子供である事を理由に門前払いにされるか、笑い話にされてしまうかと案じていたアヤはシオンの言葉にほっと息を付く。
 その隣で、セレスティが深々と息を付いた。
 興信所のすぐ前まで車で乗り付けても、歩道を歩き、階段を昇る間の太陽光線と熱気ですっかり疲れ果ててしまっていた。エアコンと冷たいコーヒーで漸く人心地ついたところだ。
「しかし、前世の体を探し出すことがキミにとって必ずしも良い結果を招くとは限りませんよ。悲しい結果になるかも知れない。それでも構わないのですか。谷井アヤと言う現世に、吉村サチ恵の前世を受け入れさせる、その覚悟がありますか?」
 前世の消息を調べ、何処かに埋められた体を探し出す事自体は、そう難しくはないだろう。問題は、まだ13歳でしかないアヤが、殺されて、埋められたと言うサチ恵の一生を受け入れる事が出来るかどうかだ。前世を思い出すことで、アヤが深く傷付いてしまうかも知れない。それを思うと、セレスティは簡単に協力する気分にはなれない。
 しかし、アヤは頷いた。
「簡単な事ではないと思います。でも、受け入れます。そうしないと、私はずっと前世の悲しみを抱えたままになるから」
 セレスティはシュライン、慶悟、あげは、みなも、シオンの様子を伺う。誰も依存はないようだ。
「分かりました。では私も協力しましょう」

 調査をするに当たって、アヤからの注意があった。
 調査の内容を両親に知られないこと。興信所を尋ねた事を決して両親に漏らさないこと。
「心配をかけたくないんです。2人とも何時も忙しく働いているから」
 夢のような作り話で大人を困らせる娘だと叱られるのは嫌だとアヤは言う。
 アヤが話す処によると、父親は現在46歳。商社に勤めており、大阪へ出張中。母親は40歳で、近くのスーパーでパートをしている。一般的な核家族で、父方の祖父母は既に亡く、母方の祖父母は自宅から30分ほどの場所に住んでいる。
「色々分からない事が多いから、もう少しお話を聞いてみないといけないわね」
 あげはが言うと、セレスティも頷いた。
「少し気の毒ですが、前世の記憶を殺されるまで詳細に説明して頂きたいですね。何か手がかりがあるかも知れませんから」
 夜で、雨が降っていたこと。視界の隅に入った家の軒先が身近なものであると感じたこと以外に、何か思い出せる事はないか。犯人の顔が分からないと言うのならば、せめてその夜の服装や様子が思い出せないか。
「疑う訳ではないけど、吉村サチ恵さんが実在の人かどうかをまず調べないといけないと思います。既に事件が解決しているかも知れませんし」
 インターネットで名前を検索してみようと言うみなも。
「アヤさんは今、13歳ですね。どれくらいの期間で転生するものなのか分かりませんが、もし事件がまだ解決していないとするならば、時効になっていない可能性もあります。アヤさんが犯人の顔を思い出せば捕まえることが出来るかもしれない。既に亡くなっている可能性もありますが」
 殺意あって殺されたのか、不慮の事故で亡くなり、死体を隠さざるを得なかったのか。出来れば後者であって欲しいと思うシオン。
「ただ、もう何年も経っているので失踪宣告等されているかもしれません。捜索願等が出されていたとしても調べるのは無理でしょう」
 失踪して7年を過ぎると、親族は失踪者の死亡届を出す事が出来る。
 アヤの13と言う年齢を考えれば、6年前に失踪者宣言されているかも知れない。吉村サチ恵があまり両親や親類、友人達と交流がなく、失踪した事に気付かれていなければその可能性は消えるが。
「手分けした方が良さそうね。手を挙げて頂戴。吉村サチ恵さんを探す人、アヤさんにお話を伺う人……」
 シュラインに問われて素直に手を挙げる一同。
「決まりね。それじゃ、精々頑張りましょ」

「落ち着いて、目を閉じてください」
 一人掛けのソファに座ったアヤに、穏やかな口調でセレスティは話しかける。
 別に催眠術を掛ける訳ではないが、記憶を手繰るなら静かで落ち着いた環境の方が良い。
 部屋の隅にソファを移動させ、セレスティと慶悟、あげはの3人でアヤを囲む。
「まず、覚えている事を話してください。私達は草間さんからの又聞きですから、もう一度アヤちゃんの口から聞きたいわ。その日の事を、頭に思い浮かべて、質問に答えてね」
 あげはに言われて、アヤは目を閉じたまま口を開く。
 雨の夜の出来事。自分の顔の上に降りかかる濡れた土。
「その土は、どんな風にかかるんだ。シャベルでかけるような感じなのか、それとも手でパラパラ振りかける感じなのか」
 慶悟の問いに、バサリとかかるのだとアヤは答える。
目の中に土が入り込む。それでも、瞬きをする事も手で払い落とすことも出来なかった。
「何か見えませんか。土や雨や、軒以外に。木や、あなたを埋めようとしている人物の服が」
 アヤはゆっくりと首を傾ける。長い時間に隠された遠い過去の記憶を探り出すように。
「暗くてよく分かりません……ああ、でも袖が。ワイシャツ……?」
「袖?」
「ボタンが取れているのかしら、袖口が広がっていて……そこから手が」
 アヤの言葉を聞きながら、3人は顔を見合わせる。
「その手は、どんな感じなの?男の人の手かしら、それとも、女の人の?掌は見える?指輪や、ブレスレットは?」
 アヤが首を振る。分からないのか、見えないのか……。
「大きさはどうですか?軒やその人物の手の大きさです。酷く大きく見えますか、それとも、普通サイズ?」
 質問の意図が分からずセレスティを見る慶悟とあげはに、『吉村サチ恵』が人間ではなく、犬や猫などと言った小動物である可能性を話す。
 動物であれば、死後にそのまま埋められても不思議ではない。飼い主が死んだと思っていても、実はまだ僅かに息があったのかも知れない、と。しかし、アヤは首を振った。彼女の目に映るのは普通サイズだと言う。
「音はどうだ?雨音の他に何か聞こえないか」
 アヤは再び首を傾げ……、顔を歪めた。
「どうした?」
 訊ねる慶悟に、アヤは目を開く。
「泣き声が……」
「泣き声?どんな泣き声なの?」
「女の人の、すすり泣くような。少し離れた場所から……」
 今もすぐ耳元で聞こえるかのように、アヤは耳を手で覆った。
「どうしました?」
 その様子に異変を感じ、セレスティがアヤの肩に触れる。
「知ってる……?」
「え?」
「この声、聞いた事がある」
 誰なのか思い出せない。しかし、その声に確かに聞き覚えがある。
 良いながら、アヤは戸惑ったような、何処か怯えたような様子を見せた。
 自分が死ぬ様子など、思い出して気持ちの良いものではない。殺されたのであれば、犯人を思い出す事でその時の恐怖が甦ることもある。
「大丈夫よ、落ち着いて」
 あげはが大急ぎで冷たいお茶を汲んでアヤに手渡す。
 頭を下げてお茶を受け取るアヤ。
「そう簡単に記憶が蘇るとも思いませんが、収穫は2つだけですか」
「犯人は男女2人、埋めたのは男の方だな。埋めた方の男の顔も、女の声にも覚えがあると言うことは……、知り合いなんだろう。しかし、死んだサチ恵の方の知り合いなのか、アヤの知り合いなのか」
「結局、分からない事が増えただけですね」
 つい言ってしまったあげはの言葉に、アヤは申し訳なさそうに頭を下げた。

 昼を少し過ぎて、一息入れようと草間が声を掛けた。
 一息入れるも何も、草間自体は何もせずアヤと6人の様子を見守っていただけなのだが。しかも見ている時間よりも居眠りしている時間の方が長かったのだが、働かずとも腹は減るらしい。
 女性陣が8人分の素麺を茹で、簡単に昼食を終える。
 満腹になった所で草間も手伝うのかと思いきや、別の依頼があるとかで出て行ってしまった。
「本当に依頼なんだか、サボってるだけなんだか」
 食器を下げながら溜息を付くシュラインを、濡れた布巾でテーブルを拭きながらシオンが宥める。
「草間の事は放っておくとして、そっちの調査の進み具合はどうだ?」
 食後の一服を楽しみつつ慶悟が訊ねると、シュラインとシオン、みなもの3人は暫し顔を見合わせてから吉村サチ恵の失踪届を見付けた、と言った。
「さっき見付けたところなんです。プリントアウトしておきました」
 言って、みなもは全員に吉村サチ恵の写真の入った失踪届を配る。
「下に実家の住所があるでしょう?懐かしい感じとか、しないかしら?」
 シュラインに言われて、アヤは少し緊張した面持ちでそれを受け取り、食い入るように見つめた。
 吉村サチ恵は失踪当時30歳。届けは13年前に出されている。
「どうですか、前世の顔を見て何か思い出せませんか?」
 セレスティに問われて、アヤは項垂れて首を振った。
 慶悟とあげは、セレスティは顔を見合わせて自分達の調査の結果を報告する。
 結果と言っても微々たるもので、分かったことはただ一つ、犯人は男女2人組だと言うことだけだ。
「アヤを埋めたのは男の方だ。これは、顔を見ているが思い出せないと言う。女の方は少し離れた場所にいるらしい。泣き声に聞き覚えがあるらしいが、これも誰のものかは思い出せないらしい」
 言ってから、慶悟は懐から人型の紙を数枚取り出すと、そこに吉村サチ恵と名を記す。
「名前を名前を思い出している事が幸いだ。実在の者とも分かったことだしな。名と体は対だ。互いは引き合う。【己の居場所を一番良く知るのは己】だ」
 目の前で、人型の紙が膨らみ、小さな人間の形になって慶悟が開けた窓の外に飛び出して行った。
「これで本体の居場所が解る」
 式神を見送ってから、あげはは自分のバッグからデジタルカメラを取り出してテーブルに置いた。
「真名神さんの式神が埋められた体を見付けてくれるし、調べれば、サチ恵さんの御家族の様子も分かるわ。念写をすれば、もしかしたら犯人の顔が映るかも知れない。だけど、どうしても気になることがあるの」
 あげはが言うと、アヤ真っ直ぐに目を上げてそれを聞こうとする。しかし、口を開いたのはシュラインだ。
「見覚えのある軒、自分の家と言うわけではないのね?」
 え、とアヤは首を傾げた。
「最初にセレスティさんが確認していましたが、どうやらもう一度アヤさんに確認する必要があるようですね」
 シオンは真剣な面持ちでアヤを見る。
「どんな結果になっても、後悔しませんか?今ならまだ、辞める事が出来ます。すぐに帰って、ここに来たことなど忘れてしまいなさい。吉村サチ恵の存在も、ドラマか小説に出てきた人物の名だと思えば良い」
「いいえ!」
 アヤは負けずにシオンを見返す。
「辞めません。続けて下さい。絶対に、後悔しません。どんな結果になっても!」
「本当に?大丈夫?」
 みなもにも、アヤは強く頷いて見せる。
「ずっと、子供の頃から感じていたんです。どう言葉にすれば良いのか分からないけれど、私は何故、ここにいるんだろうって。私は谷井アヤと呼ばれて両親の元にいるけれど、本当の居場所はここじゃない気がする。これがもしサチ恵の感情で、家に帰りたいと願っているからだとしたら、せめて骨だけでも家に帰してあげたい……」
「分かりました」
 あげはが頷いいてカメラを手に持つ。
「犯人の顔が映ると思うと少し怖いけれど、やっぱり何らかの形で救いがあって欲しいものね。知る事で辛くなる事もあるだろうけれど……それで先へ進めるのなら……、よね」

 かなりの時間をかけて、あげははアヤの写真を撮った。途中で画像を確認することはせずに、ひたすらシャッターを押す。
 いつもより神経を集中させているのだろう、アヤに向けたカメラに額を押し当てて堅く目を閉じる。
「これくらいで、良いかしら」
 ふぅ、と息を吐いてあげははカメラを置いた。
「テレビに繋ぎましょうか?その方が皆さんも見易いでしょうし」
 言って、あげははバッグから取り出したケーブルでカメラとテレビを繋いだ。
 画面一杯にアヤの顔が映し出される。そのアヤの顔に茶色いフィルターがかかっている。
「何かしら、この茶色いの。つぶつぶしてる感じがしますけど」
「土、じゃないかしら?」
 暫し画面を見つめていたシュラインが言った。
 言われてみると、つぶつぶしたところや色の具合が土のようだ。
 2枚目にはアヤの顔に重なって写真の通りの吉村サチ恵の顔。その首を、ボタンの取れたワイシャツの男の手が覆っている。
「これが、サチ恵さんを殺した男の手ですか」
 シオンが言い、あげはが確認するようにアヤを見ると、アヤは頷いてみせる。
 セレスティにはシュラインが画像の説明をする。
 3枚目になって、全員がはっと息を飲んだ。
「犯人か?」
 慶悟は持っていた煙草を灰皿に押しつけてテレビの画面を覗き込む。
 そこに映っているのは、焦ったような、戸惑ったような顔でコチラに手を伸ばす男だ。30代前半と言ったところか。
 あげはは何も言わず次の画像を移す。
 雨の夜の風景。
 暗い空から、白い線を描いて雨粒が落ちてくる。
「私が最初に思い出した風景です。ちょうど、埋められてる私の目から見た風景がこんな感じで」
 言いながらアヤは画面の隅を見る。
 甦った記憶の中では、画面の左下に見覚えのある軒が見える。
「アヤちゃんの見た軒は、これ?」
 あげはの問いに、アヤは頷く。
 続けて、5枚目の画像。
「こっちの女性が共犯でしょうか?」
 5枚目には言い争っているらしい男女の姿。男の方は、3枚目と同じ顔だ。相手の女の方を見て、一瞬全員がアヤの顔を見た。
「次、行っても良いかしら?」
 6枚目に移ろうとするあげはを、アヤが止めた。
「待って……、もう良いです、これで」
 胸の前で堅く組んだ手が震えている。
「大丈夫?」
 声をかけるみなもに頷いて、アヤはゆっくりと全員の顔を見回す。
「私の、両親です」
 その言葉と同時に、放ってあった式神が戻ってきた。

「亡くなった時に悲しかったと言っていたから、犯人が犯人が親しい人だったからか、何か約束事があって叶えられなかったからかと思ってたけど」
 吉村サチ恵の死体の在処へ案内する式神に付いて歩くアヤに聞こえないように、シュラインは声を落として連れだって歩く他の5人を振り返る。
「私もそれが気になっていましたよ。『怖かった』ではなく『悲しかった』ですからね。勿論、『悲しかった』はサチ恵さんの感情でもあるのでしょうが」
 言って、シオンは先を歩くアヤを見る。
 前世が、現世の両親されていた。それがどんな理由からなのか、想像する事は容易い。けれど、アヤの心情はどう推し量っても理解しきれない。彼女が今、どんな気持ちで歩いているのか、どんな気持ちで埋められた前世を探しに行っているのか。
 誰も、アヤにどんな言葉を掛ければ良いのか分からなかった。
「犯人の顔を見たはずなのに思い出せない、聞き覚えのある声なのに誰のものか思い出せない。思い出せないではなく、思い出したくないと言う感情があったんだろうな。心のどこかに」
 そっと溜息をつく慶悟の横を、あげはは暗い表情で歩く。
「私、とても酷い事をしてしまったみたい。アヤちゃんが望んだ事とは言え、辞めておいた方が良かったのかも知れないわ。過去を知ることで未来へ歩き出せると思ったけれど……」
 知りたいと望んだのがアヤ本人でも、13と言う年齢を考えれば、年長者である自分たちは止めるべきだったのではないか。まだ幼いアヤには、あまりにも酷すぎる結果ではないかと、考えれば考えるほど気分が沈む。
 泣きそうな顔で先を歩くアヤを見るあげはの肩を、そっとみなもが撫でた。
「そんなに落ち込まないで下さい、あげはさん。きっとあたし達が止めても、アヤさんは聞かないと思います。時間は元に戻りませんし、あたし達に出来ることはまだ沢山ありますから」
「そう……、そうね」
 辛い現実を目の当たりにしているのはアヤであり、自分ではないのだ。悲しんでいる場合ではない。最後まで見届けて、その後のアヤを守ってやらなければ。
「そう言えば、お店は大丈夫なの?今日は定休日じゃないでしょ?」
 ふと思い出したように、シュラインが口を開いた。あげはの経営する甘味処の開店時間はとうに過ぎているし、定休日は水曜日だった筈だ。
「あ、ええ。今日は臨時休業にします。このままでは帰れませんし……。あ、セレスティさん?大丈夫ですか?」
 車椅子をシオンに押して貰っていたセレスティが不意に首を項垂れるのを見てあげはは慌てて日傘を差しかけた。
 興信所からアヤの自宅まで、そう大した距離ではないが、燦々と降り注ぐ太陽光線とアスファルトから攻めてくる熱気で、光や高温に弱いセレスティは疲れ果てている。
「夏場は不自由ですね、お互いに」
 言いながら余分に持参したペットボトルの水を差し出すみなも。
 本当に。と、声にならない声で言って水を受け取るセレスティを、
「こんなに暑さに弱いと私のように公園や廃屋での寝泊まりは無理ですねぇ」
 と、シオンが笑う。勿論、セレスティにはそんな必要はないのだが。
「ここか」
 式神が宙で留まり、アヤが足を止めるのを見て慶悟も立ち止まった。
 似たような建物が並ぶ住宅地の一画。色とりどりの花で飾られた家の前でアヤは停まっていた。
 表札には『谷井』とある。
「今、両親とも仕事で留守なんです。どうぞ」
 笑おうとしても笑えていない、困ったような顔でアヤは6人を庭に導いた。
 2体の式神がするすると飛んで庭の隅に植えられた木の根元に降りた。
「そこに死体が?」
「ああ。ちょうどその木の根元らしい」
 慶悟が答えると、アヤはペタリと根元に座り込んで両手で地面に触れる。
「掘り返しますか?」
 周囲に植えられた木々の僅かな日陰に入って、セレスティが問うと、アヤは首を振ってその場に寝転がった。
 寝転がったまま何度か移動して、
「ここです」
 と、アヤは目を閉じる。
「ここ。丁度、ここから家の軒が見える」
 どうしたものかとアヤを見守る6人。それに構わずアヤは暫し目を閉じたまま口を閉ざす。
 不意に、アヤの目から涙が零れた。

「私、吉村サチ恵じゃありません」
「え?」
 アヤの言葉にシュラインは思わず声を上げる。今になって突然何を言い出すのかと。
「どうして、どうして殺されなくちゃいけなかったの。あなたの子供として生まれてくる筈だったのに……、お父さん」
「お父さん?」
 アヤはゆっくりと起き上がり、6人を見上げた。
「お父さんとお母さんの子供として生まれたかったのに……、でも、お父さんは私を要らないと言った。どうして私は要らないの?アヤは望まれて生まれて来たのに、どうして私は要らないの。どうしてお母さんは殺されなくちゃいけなかったの」
「生まれ変わりじゃないのか」
 呟いて、慶悟は懐から符を取り出してアヤの手に握らせる。
「生まれたかったの。生まれて、幸せになりたかったの」
 ポロポロと流れ落ちる涙。
「悲しかったの……」
「ああ、よく分かりますよ。あなたは、まだ光を知らない命だったのですね」
 シオンが跪いてゆっくりとアヤを抱きしめた。
 小さな体が震えている。
「行き場をなくしてずっとここに留まっていたのか」
 慶悟の言葉に、アヤは頷く。
「アヤになりたかったから、ずっと一緒にいたの」
「アヤと共にいる限りおまえは幸せにはなれないぞ。アヤにもなれない。もっと明るい場所へ送ってやろう」
 アヤが頷くのを見て、慶悟は耳元で何か囁いた。
「私、幸せになれるの?」
 不安そうに顔を上げる。
「なれます。あなたがこれから行く場所に、望まれない子なんていないから」
「何も恐れる事はありません。悲しむ事もありませんよ。キミが望みさえすれば、幸せになれる場所です」
 みなもとセレスティの言葉に安堵したように、アヤは目を閉じた。
 続けて慶悟が何か囁く。
 次に目を開いた時、アヤは夢から覚めた様な顔で6人を見上げた。
「何も言わないで、聞いて頂戴」
 シュラインは側に座って、プリントアウトして持参したあげはのデジカメ画像と、吉村サチ恵の捜索願の用紙をアヤに渡した。
「吉村サチ恵さんの死体は、確かにこの木の下に埋まっているし、時効にもなっていない。警察に連絡するかどうか、酷かもしれないけれど、アヤさんに任せるわ。私達が警察を呼んで、罪を明かにした方が、亡くなったサチ恵さんや赤ちゃんには良いのかも知れない。でも、それがアヤさんの為になるかどうかは、分からないの。だから、任せる」
 現実を現実として受け止めるも、夢を見たのだと思って忘れるも、結果がどうなっても知りたいと言った責任としてアヤに委ねる。
 そう言うシュラインに、アヤは黙って頷く。
「本当に、悲しい結果になってしまったわね。でも、確かにサチ恵さんやサチ恵さんの中に宿っていた命は亡くなってしまったけれど、アヤちゃんは今、2人の生まれ変わりじゃなく、アヤちゃんとしてここにいるの。どちらを選んでも、私達はアヤちゃんを責めたりしないわ。全てが済んで……もし心配事や不安な事があったらいつでもお店に来て頂戴ね」
 あげはが言い、シオンは再びアヤを抱きしめる。
「アヤさんは、強いですね。犯人が両親と分かっても泣き出したりしなかった。その強さで、アヤさんの思う最善の方を選んで下さい」
「焦らなくても良いのですよ。私達は引き揚げますから、家に入ってお茶を飲んで、落ち着いて、ゆっくり考えることです」
 セレスティはアヤの頭を撫で、他の5人を促した。
 訊ねて来た時よりも神妙な面持ちで庭を出る6人。
 背後で、アヤが家に入る音が聞こえた。
「アヤさん、どうするでしょう」
 ぽつり、とみなもが言うと、セレスティは小さな溜息を付いて答える。
「多分、忘れるでしょう。一瞬でも忘れたい、なかった事にしたいと思えば、記憶が封じられるように暗示をかけておきましたから」
「忘れる、か……。そうだな。サチ恵の親族には気の毒だが、その方が良いのかも知れない。サチ恵も生まれなかった子供も、行くべき場所に行ったからな……」
 呟いて、慶悟は空を見上げる。
 輝いていた太陽に雲がかかっている。
 雨が降りそうだった。


end

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
0086 / シュライン・エマ    / 女 / 26 /翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員
0389 / 真名神・慶悟      / 男 / 20 /陰陽師
2129 / 観巫和・あげは     / 女 / 19 /甘味処【和】の店主
1252 / 海原・みなも      / 女 / 13 /中学生
3356 / シオン・レ・ハイ    / 男 / 42 /びんぼーにん 今日も元気?
1883 / セレスティ・カーニンガム/ 男 / 725 /財閥総帥・占い師・水霊使い


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■         ライター通信          ■
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 いつもご利用有り難う御座います。
 何だかもの凄く長くなってしまって、かなり削ったのですが、それでも変に長いまんまです。
 何時も中途半端に長いだけで内容が伴わなくて申し訳ありません……(涙)
 またご利用頂ければ嬉しいです……。