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<東京怪談ノベル(シングル)>


■−例えそれが刹那でも−■

 何口目かのスイカシャーベットを飲み下し、春華はちらっと腰掛けているベンチの右方を見やった。
 ここは先日「事件」があった場所、大通り。「あの時」と同じように、月が出始めている。
 それでもまだ、明日の祭りの前準備とやらで屋台がちらほらと見える。
(あの時は、こいつのっつか食べ物の恨み優先しちまったから、姫の気持ちまで頭まわんなかったけど)
 と、念願とばかりに口にできたスイカシャーベットを見下ろす。
 食べるペースは遅く、少し溶けかけている。姫に対する思いがそうしていた。

 昔を、思う。

 彼女の気持ち、彼女の思い、恐らくは自分と全く同じではないだろう、けれど。
 酷似した気持ちの一切れは、確かに春華の胸の奥に喰い付いている。まだ、今も。
 束縛、とまでは言えないのかもしれない。だが、時折春華の心に浮上してくるのは確かだ。

<淋しい……>

 物思いに耽っていた春華は、ハッとその声に顔を上げる。
 春華の周囲には、誰もいない。気のせい、だろうか。否。
 それは、春華の「昔の声」。昔の心の声。
 悪戯をすれば、嫌でも人の意識が自分に向く。それがどんな感情であれ、自分を見てくれる。賑やかになる。でも、所詮悪戯は悪戯であり、春華に対する人の意識は必ずしも好意だけとは限らず。
 けれど、淋しくて。
 疎まれるより何より、孤独がコワくて。
 関われるだけで、嬉しかった。淋しさは忘れることはないけれど、それでも少しは薄れることが出来たから。
 それが「淋しい」という感情とは、知らなかったけれど。
 そのことで余計に、春華は悪戯を続けていた。人々の関心を自分に向けるために。知らない感情、でも食い込んでいる感情、「淋しさ」を少しでも埋められるかとどこかで「期待」をして。
 ───期待なども、していなかったのかもしれない。そんなこと全部分かっていた。けれど。
 けれど───。

 淋しさという感情が分かるには、同時に愛情を理解してからでなくてはあり得ない。
 人のぬくもりを知って初めて、人は自分の中の負の感情に気付くのだから。
 好きに、なってくれる人だって出来た。
 友達だって出来た。
 だから、なのだろうか?
 消滅していった姫を思うと自分の心に何かが沸き上がるのは。
 ───何か───?
 春華は「それ」に気付き、ぶるっと身体を震わせた。こめかみを流れる一筋の汗は暑さからでもなく、振るえたのはスイカシャーベットの冷たさからでもない。
 ……気付いてしまった。
「なんで」
 春華の声まで、かすかに震えているようだった。
「なんでこんなんばっか気付いちゃうんだよっ……」

 ───コワい───

 春華に新しく加わった、感情。否、本当はもっと前からあったのかもしれない。
 今初めて、「淋しさ」に加えて「それ」も「知った」。
 命なんて賭けてもそれすら春華には単なる娯楽のうち。遊戯のうち。
 それでも、コワいなんてことはなかったのに。
「だとしたら、俺は」
 命より大事なものを手に入れていたのだ。
 もし、いつか……今いる春華の大事な人間達が、春華の正体を知ったとき……彼らはどう思うだろう? どんな感情を新しく持つだろう? 今の春華のように、春華に対して「新しい感情」を持つのだろうか? それは「負の感情」として春華にぶつけられてしまうのだろうか? ちゃんと───それでも、受け入れて……くれるのだろうか?
 学校だって、楽しい。
 春華はようやく、楽しいものをたくさん見つけ始めたというのに。安らぎを見つけ始めたというのに。

 更に、昔が春華の脳裏を過ぎる。

<かーごめかごめ……>
 とうの昔、既に今は確実に死んでいる、過去春華の目に映っていた子供達の遊ぶ姿が。
<つーるとかーめがでーあった……>
<ほれ、イトとジロウはつるとかめじゃ>
<ほんとじゃ、ふたりとも顔がまっかじゃ>
<ジロウ、イトんことしょうらい嫁にするんか>
 あはは……と、無邪気にからかったり小突いたり、嬉しそうにして、楽しそうにしていた子供達。

 サミシイ

 コワイ

 どれだけ、自分は生きるのだろう?
 今の大事な者達よりも長生きするのだとしたら、それならば。
 また、自分は昔に戻ってしまうのだろうか。
(イヤだ!)
 叫ぼうとした春華の耳にふと、屋台のわたあめを欲しがる小さな女の子の泣き声が聞こえてきた。
 聞いていると、どうも、わたあめそのものを欲しがっているのではなく、両親の関心を惹きたがっているように思えた。
 小さな子供には、よくあることだ。
 春華には、それすら無意識に淋しさを持って昔からそんな光景を見ていたのだろうか。
 春華にも両親がいたら───昔から、はじめから家族がいたら。
 普通に甘えたり、今日はこんな晩御飯がいいとか、兄弟がいたら本気になって兄弟喧嘩をしたり。
 珍しく目の奥に熱いものを感じた気がして、春華は考えるのをやめた。
「……ダメだ、こんなことじゃ」
 ゆっくり首を横に振り、言い聞かせるように春華はスイカシャーベットのスプーンをまた取り上げる。すっかり液体のようになっているそれを、構わずぱくりと口にする。それでもまだ冷えていたシャーベットは、春華の心をそのまま表しているようだった。
 冷たい心の氷を、溶かしてくれた大事な者達。気付かせてくれた者達。
 溶けた氷は、どこにいくのだろう? そのまま、どぶ川のように捨てられてしまうのだろうか。
 月を見上げ、ふと、以前何かで覚えていた誰かの台詞の一言を思い出し、口にしてみる。
「溶けた氷は、いずれ───春になる」
 そう、春華の名をそのまま表すかのように、きっと。
 春華の心の溶けた氷もまた、春となり、やがてもっともっと暖かくなっていくだろう。
 それが例え、刹那のものだったとしても。
 春華にとって大事なものである限り、その想いにも変わりはない。
「春まではまだ遠いよな、今は夏だし。ま、いっか、スイカシャーベットはあるし」
 いつもの場所に行けばきっと、ほかの「もの」も春華を待っている。
 遠くても、必ず春は誰にだってくるのだ。
 短くても、やがてまた次の春も必ずくるように。
「明日は祭りだしなっ」
 殊更に元気よく言って、うーんと伸びをする。
 すう、と息を吸い込むと、夏の夜の空気が今日はいやに心地いい。
 少し楽な気分になって、春華は微笑む。
 春華はまたスイカシャーベットに目を落とし、続きを食べ始めるのだった。


【執筆者:東圭真喜愛】