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トワイライト・パッセンジャー
1 草間事務所
事務所の薄汚れた天井をぼんやりと見上げながら、草間武彦は小さく溜息をついた。
(……8度目)
自分の事務用デスクに腰掛け、パソコンのキーを叩いていたシュライン・エマは、心ここにあらずといった体の所長の姿にちらりと視線をやる。
武彦は依頼人である老紳士が帰ってからずっとこの調子だった。
煙草を吸っては天井を見上げ、煙と共にため息を吐き出し……既に灰皿の中は煙草の残骸で山になっている。
今回の依頼は昨年廃校となった、しかも草間の母校でもあるらしい中学校で起こっているという怪奇現象の調査だった。依頼人はその中学の最後の校長で……話を聞く限り草間とも面識があるようだった。
武彦が9度目の溜息をつく。
シュラインの美しく整えられた眉が跳ね上がる。
「もう、さっきから鬱陶しいったら! 武彦さん、いったいどうしたっていうの? 母校の恩師にまで怪奇探偵扱いされて落ち込んでいるの?」
「あ……いや、そういう訳じゃないんだが」
武彦は机の上に投げていた両足を床へと戻し、軽く頭をかく。
単に不貞腐れている、という訳ではないようだ。
「じゃあ、何? 今回の依頼に何か思うところでもあるのかしら?」
シュラインの問いに武彦は応えることなく、緩慢な動作で椅子から立ち上がる。
「悪い、シュライン。ちょっと出てくるから、さっきの依頼の資料集めと調査に使えそうな奴らの確保を頼む」
「ちょ、ちょっと武彦さん!?」
スタスタと事務所のドアへ向って歩いていく武彦に、怒り半分戸惑い半分の声音でシュラインが声をかけるが、彼は振り向くことなく背中越しに「じゃ、宜しく」と告げるとそのまま外に出て行ってしまった。
「いったいどうしたっていうのよ……」
いつもと様子の異なる武彦に、今度はシュラインが大きな溜息をついた。
「くっさまー、遊びにきたよー」
「おはよーございます」
草間興信所のバイトである天壬ヤマトと常連である海原みあおが、事務所のドアを開けると、シュラインが部屋の中央で難しい表情をしたまま、腕を組んで仁王立ちしているのが目に入った。
「ど、どうかしたんすか、姐さん」
遅刻でもやらかしたかとヤマトは壁にかけてある時計へと目を向けるが、定刻にはまだ幾許か時間がある。
「あら、おはよう天壬。いらっしゃい、みあおちゃん」
二人の姿を認めるとシュラインは愁眉をとき、笑顔を浮かべる。
「あっれー、草間はー? いないのー?」
「ええ、外出中よ。たった今出て行ったばかりなんだけれど、会わなかった?」
「うん、会わなかった」
応接用のソファに座り込み、あーあと残念そうに呟くみあおに微笑みを向けながら、シュラインは自らも応接用ソファに腰かけ、自分のデスクに腰掛けようとするヤマトをチョイチョイと指で呼ぶ。
「どうしたんすか?」
「新しい依頼が入ったの。……この依頼を受けてから武彦さんの様子が少しおかしくて、気になっているんだけれど」
「所長の様子がおかしい……、ということは、もしかして怪奇系ですか?」
ヤマトの言葉にシュラインは微苦笑を浮かべる。
「もしかしなくても怪奇系よ。廃校になった中学校で目撃されている怪奇現象の調査」
「わぁ、おもしろそうだねえ。みあおも行きたいーっ」
嬉々として手を挙げる少女に、シュラインは小さく首を傾げる。
「夜の調査になるけれど大丈夫かしら。次の日、学校があるでしょう?」
「もう夏休みだから平気だよ! お姉さんにきちんと許可ももらってくるから。ね、みあおも連れてって」
今にも抱きつかんばかりの勢いに苦笑しながら頷き、シュラインはヤマトへ向き直る。
「……で、どうするの。あんたの方は?」
「え、オレっすか! もちろん行くにきまってるじゃないですか」
「バーのピアノ演奏のバイトと、被るかもしれないわよ?」
シュラインの言葉にあー、と呻きながらヤマトは天井を睨みつける。
「かぶるようだったらあっち休みもらいますよ。調査のほう行きますって」
「OK。じゃあ天壬、資料作りに取り掛かるわよ。まずは……」
いつもの元気を取り戻したシュラインの矢継ぎ早の指示を、ヤマトは急いでメモに書き付けた。
2 調査資料
件名:草間興信所より調査日程のお知らせ及び資料をお送りします
送信者:シュライン・エマ
この度は調査にご協力有難うございます。
調査日程は下記の通りとなりましたので、時間厳守でお集まりください。
実施日: 08 / XX
集合時間: 21:00〜
集合場所: 現地正門前(現地住所、使用交通機関等は添付ファイル1をご覧ください)
持参物 : 見取り図(添付ファイル2) 懐中電灯 携帯電話(充電を忘れずに)
添付ファイルについて
添付内容
・添付ファイル1(現地住所・現地までの交通機関案内・調査対象校沿革)
・添付ファイル2(学校見取り図・怪異について(抜粋))
今回の調査は「調査対象建築物」内にて起こるといわれている「怪異」の真偽・原因を詳らかにすることを目的としています。世間で噂される「調査対象建築物」の「怪異」が、どこまでが実際に起きている事象なのか、あるいは噂にしか過ぎないものなのかを確認するためのものです。除霊・浄霊を目的としたものではないことをご了承ください。
当興信所の調査の結果、40年の歴史を持つこの中学と関係する死亡記事は12件。
但し、いずれも在籍学生の交通事故死によるものであり、今回の怪異と強く結びつけられるような事件・事故は調査対象校ではなかったことを記しておきます。
各調査員の事前調査結果
インターネット、調査員による調査対象近辺の噂の収集などの結果、概ね「怪異」は以下の2通りにカテゴライズされます。
・音(校舎内から複数人の声がする。泣き声、歌声、ピアノの音などがする等)
・人影(教室内に複数人の人影。屋上、校庭、廊下、体育館に人影等)
(「怪異」の噂については添付ファイル2「怪異について」をご覧下さい。怪異目撃場所については見取り図内に印をつけてあります)
質問等ありましたら、事前に草間興信所まで電話・メール等でお問い合わせください。
(担当・草間武彦/シュライン・エマ/天壬ヤマト)
では当日は宜しくお願い致します。
3 集合
はい、定刻どおりにお集まり頂いて有難うございます。
草間興信所のシュライン・エマです。
校舎内の調査にかかる前に、グループ分けと注意事項について説明します。
まずはグループ分けについて。今回は3組に分かれて、各担当区域を調査して頂きます。
まず教室棟を回ってもらうのが、草間所長、高台寺孔志さん、海原みあおさん。
高台寺さん、心なしかがっかりしてるようだけれど? 従妹のお嬢さんから重々監督をお願いしますって言われてるのよ。ね、武彦さん。みあおちゃんも高台寺さんと調査行ったことあるのよね。宜しくお願い。
次に校庭・体育館・裏庭を回ってもらうのが、東雲翔さん、外村灯足さん、綾小路雅さん。
そこ。どうしたの。ええと外村君だったかしら。具合でも悪いの? 顔色悪いけれど。大丈夫?……ってどうして綾小路君がそこで「大丈夫です」って答えるのかしら。東雲さんは初の調査だけれど、三人とも気心がしれているようだから大丈夫ね?
最後に特別教室棟を回るのが、私、シュライン・エマと天壬ヤマトさん、初瀬日和さん。
実際の調査になると元気になるわね、天壬。新聞縮刷版に目を通している時はあれほど青色吐息だったのに。日和さんは、手を傷めないように気をつけて。私、あなたのチェロのファンなのよ。何かあったらその天壬を盾にしていいから、ね。
はい、では注意事項です。
今回、事前調査の時点で実害が出たという話はなかったので大丈夫だとは思うけれど、何か不測の事態が起こった場合は所長や私、もしくは他グループの人に連絡をしてください。各自の携帯電話のメモリに他のグループの人の番号を登録しておいて。
いい? 出来たわね。
はい、あと各グループに一つずつ、テープレコーダーとデジカメを預けておくわ。
レコーダーはここを出発した時点で録音スイッチを入れてくれて構わないわ。
緊張する必要もないし、ずっと黙っている必要もありません。普通にしてくれていて結構よ。
逆に録音してるからって会話に妙な演出をしないこと。
デジカメの方はそれらしい状況に出くわした時に使用して。
調査時間は最長3時間。それまでにここに必ず戻ってくること。たとえ調査途中であったとしてもよ。
じゃ、解散。宜しくお願いします。
3 調査
◇校門
「PM21:16分記録開始 現在正門を出発し、特別教室棟に向っています」
テープレコーダーの録音ボタンを押したシュラインが凛とした声音で調査開始を告げる。
周囲は闇に包まれ、頼れるものといえば天壬の手にある懐中電灯の明かりばかり。
日和の面に、心持ち不安そうな表情が見て取れる。
「うーん、姐さんとの調査はやっぱり空気が引き締まるっすね」
ヤマトは陽気そうな声で半歩前を歩くシュラインに声をかける。
振り向いたシュラインはちらりと日和に目をやり、ヤマトへ視線を移すと口元に微苦笑を浮かべてみせる。
「あんたはいったい、いつもどんな調査をしてるのよ、天壬」
「え、あー、いや……。ちゃんとやってますよ。もちろん。教わった通りに」
「本当かしら」
「オレ、嘘は嫌いっすよ」
「でも誤魔化しは好きよね?」
そんな2人の会話を黙って聴いていた日和が、思わずといった体で吹き出す。
「あら、笑われちゃったわよ、天壬」
「えー、オレっすか」
2人の言葉に日和はくすくす、くすくす小さい笑い声をたて、頬を染めながらごめんなさいと小さく謝った。
「お2人とも仲が良いなあと思って。それで思わず」
「謝らなくていいのよ」
肩から強張りが抜けたその様子をみてシュラインの眦が下がる。
「じゃあ、そろそろ調査の話をしましょうか。2人とも資料は読んでくれているかしら」
はいと頷く2人にシュラインは歩きながら説明を始める。
「気付いているかもしれないけれど、これから向う特別教室棟の中で特に怪異が目撃されているのは、音楽室なの。概ね7割がた音楽室が関係しているわ。ピアノの音が聞こえる。歌声が聞こえる。人影が見える。様々なバリエーションで語られているけれど、音楽室で起こっているのはこの3つ。この点を踏まえて、今回、私たちは音楽室を重点に調査します」
頷く2人の気配を認めて、シュラインの口元に満足げな笑みが浮かぶ。
「2人とも音楽系に強そうだから頼りにしてるわね」
◇中庭
特別教室棟への入り口は中庭の中央にある。
草木覆われ半ば雑木林と化した中庭を、3人は比較的歩きやすい場所を選んで歩いていた。
「あ」
前方を見つめたまま、日和が小さく叫び声をあげる。
「どうしたの日和さん」
慌てた様子もなく、落ち着いた声音でシュラインが日和に尋ねる。
「あの、見間違えかもしれないんですけれど、今、何か動いたのが見えたんです。小さい子供のように見えたんですけれど」
あの辺り、と小首をかしげながら前方の木陰を指差す。
「姐さん、ちょっと調べてみますか?」
「当然」
ヤマトは日和とシュラインを庇うようにして歩みを進める。
日和が指し示した場所に近づくにつれ、人の囁きや気配、そしてスコップで土を掘る音が聞こえてくる。
「どうやら霊関係ではないみたいっすね」
「確かに。明らかに人間ね。何をしているのかしら」
そうシュラインが口にした途端、いくつかの懐中電灯の光が3人に向って降り注ぐ。
「誰だ。こんな時間に何してるっ?」
眩しさに目を細めながら声の方向に目をやると、数人の男性が訝しげな眼差しをシュラインたちに向けて立っていた。
「いや、悪かったね。結構こういう場所は、悪さをしに若いのが入りこむだろう。その防止も兼ねて有志で時折警備の真似事なんかをしていたりするんだよ」
有志グループの発起人だという男性は頭をかきながら頭を下げた。
シュラインたちが自らの事情を伝えると、彼らは思うところがあるのか、すぐさま警戒を解いてくれた。
リーダーである彼の背後にはサラリーマン風の3人の男性と、そのうちの1人の息子だという小さな男の子が立っている。
日和が見かけたのはどうやらその子供の姿のようだ。
「ところで穴掘って何しるんですか? 落とし穴ってわけじゃないっすよね」
ヤマトが足元を照らしながら問うと、ああ、と男性たちが頷く。
「タイムカプセルを探しているんだよ」
「タイムカプセルっすか?」
「そう。俺らが中学時代に、十年後の自分へ、なんて作文を入れた容器を土の中に埋めて、十年後の未来に開けようっていうのが流行ったんだよ。結構、中庭に埋めてる学年やらクラスやらが多くてな」
男性の眦が懐かしげに下がる。
「新しいのだと3年前とかいうのもあるんだ」
「あの、どうして昼間になさらないんですか?」
日和の当然ともいえる質問に、
「昼間も掘るには掘っているだがな。みんな社会人で、なかなか休みを貰えるご時世でもないだろう。だから、こう会社帰りとかになっちまったりすることもあるんだ。もう少し時間をかけられればいいんだが、取り壊しも決まっちまったからな」
困ったように肩を下げて、男性陣は笑う。確かにいわれてみれば、スーツ姿の男性の姿もある。
「取り壊し、決まったんですか?」
「ああ、一昨日だったか。最終決定しちまってな。来月には取り壊し作業が始まるんだ。それまでに、こういったものを出きるだけ保護してやりてぇな、と思ってさ」
照れくさそうに笑う男性の1人に、頑張ってくださいと日和が声をかける。
そんな彼らを見つめながら、ヤマトは小声で日和に話しかける。
「校舎内の人影って、この人たちのことも入ってるんじゃないかな」
「そうですね。夜も作業されているというお話ですし……」
その時不意に男性の1人が、始まったな、と呟いた。
それとともに頭上の方からピアノの音色が鬱蒼とした中庭に届きはじめる。
「あんたたち、コレの調査にしにきたんだろう?」
「……ええ」
「この時間になるとな、時折こうして流れるんだ」
なんでもないことのように話す男性に、シュラインが首を傾げる。
「みなさん、怖くはないんですか?」
「不気味だな、とは思うが。そう怖くはないな……。姐さん、この曲が何の曲か知ってるかい?」
「いいえ」
「そっちのお嬢ちゃんたちは?」
首を振る2人にリーダーの男性はそうだろうな、と笑った。
「これはうちの学校の校歌なんだよ」
だから弾いているのが、そう悪いモノには思えないんだと、そう彼は続けた。
◇音楽室
ピアノのどこか悲しげで柔らかな音色が、校舎内に響く。
「きちんとピアノの教育を受けた人の音色ですね」
耳を澄ましながら日和が呟く。
3人は音楽室のある最上階、4階に向って進んでいた。
「すげえ。そういうのやっぱり分かるんだ」
「ええ。天壬さんも確か演奏されるんですよね……?」
日和の問いに、ヤマトが小さな唸り声をあげる。
「うーん、俺は多分独学なんだと思うんだよね。だからそういうのってさっぱり」
「え? あの…」
不可思議なヤマトの物言いに戸惑った日和は、助けを求めるようにヤマトとシュラインを交互に見つめる。
「……天壬は記憶喪失なの。色々、さっぱり忘れてるらしいわ」
「まあ、そうなんだ。なんとなく覚えてることもあるんだけどね。たとえば、学校はみんなでワイワイ騒いで楽しいところだったとか」
明るさを失わないヤマトに、日和もその面に微笑みを浮かべ頷く。
「私にとっても学校は楽しいところです。色々なことを学べるし、自分の新しい可能性も見つけられたり……大切な友達もいるから」
「あ、なんか今の発言意味深だ。その友達って好きな人じゃないっすか」
「え、あ、違いますっ」
赤くなりながらも否定する日和に、2人は楽しそうに笑みを浮かべる。
「日和さん、ガンバレ」
「日和さん、可愛いわね」
「あーもう、お2人とも止めて下さい。シュ、シュラインさんにとっては学校ってどんな場所だったんですか」
必死になって話題を変えようと日和が話をシュラインに振ると、何故か一瞬ひんやりとした沈黙が流れる。
「シュラインさん…?」
「ああ、ごめんなさい。学校は……そうね、嫌いじゃなかったわ。うん、そう嫌いじゃない。ちょっと人間関係で色々あったんだけれど。でも、こんな風に放課後に流れてくるピアノの音色だったり、授業中にみんなが走らせるペンの音だったり……当時はなんとも思っていなかった音が今は妙に懐かしいわね。懐かしいと思えるわ。今は電子化されてしまっている所もあるようだけれど、図書館の貸し出しカード、毎回同じ人に新刊先越されて悔しかったり、その人に興味もったりなんてこともあった。そう、……私、学校嫌いじゃなかったんだわ」
自分の言葉に少し驚いているような口調でシュラインはそう告げた。
「……姐さんにも青春ってあったんすね……」
「天壬!」
感慨深げなヤマトの発言で余韻もへったくれもなくなってしまったが。
4階に差し掛かると、ピアノの音に混じり人の声も聞こえ始める。
ピアノの音にあわせて、校歌を歌っている。その数も1人や2人ではない。そして女声だけでなく、男声も混じっている。
「合唱、ですね」
「部活動なのかしら」
3人は音楽室の前に立ち、意を決してドアを一気に開け放つ。
だが、そこには、やはり誰もいなかった。
誰もいないどころか、ピアノさえもない、がらんどうとした空間がそこにはあった。
だというのに、教室中には音と歌が溢れている。流れているのは相変わらず校歌だ。
「ああ、なんかすごいな」
ヤマトが教室の後方を見つめながらポツリと呟く。
「本当にこの学校や生徒が好きだったんだ」
「天壬、何か見えるの?」
シュラインの問いにヤマトは力強く頷く。
「すいません、姐さん、日和さん。今回の依頼者のことや下で会った人たちのこととか、自分が学校好きだなーってこと思いながら、この歌、歌ってもらえませんか。姐さんと日和さんならもう歌えると思うんですけど」
頷く2人に、さすが、とヤマトは笑う。
「終わったら全部話しますから。今は何も聞かずに、お願いします」
頭をさげるヤマトに顔を見合わせ肩をすくめて笑いあうと、シュラインと日和は室内に響く歌に合わせて、歌いはじめる。
発声のしっかりした2つの女声が加わる。
そんな2人にあわせ、ヤマトも口笛を吹き始める。シュラインたちの歌声と思いも乗せて。
(この場所を大切に思っている人はたくさんいるんだ。みんな悲しんでる)
口笛を吹きながらヤマトも心の中で「その人」に語りかける。
(だけど、たとえ、この学校はなくなってしまっても、この学校での思い出はずっと忘れずに持って生きていくんだ。大好きだって思いは消えたりしないんだ。校歌だってみんな覚えてた。みんな歌えるから。だから安心して……)
「自分の身体に戻りなよ、センセ」
エンドレスで流れていた校歌がぴたりとそこで止まる。
ピアノの音も歌声も消えた教室内はどこか寂しげにヤマトの目には映った。
「どういうことなんでしょうか、天壬さん」
2人が不思議そうにヤマトの顔を見つめている。
「この学校の音楽のセンセが教室の後ろの方に立ってたんです。正確に言うなら生霊って奴ですかね。今、ちょっと体調を崩して入院してるみたいなんですけど。あ、生霊やってたから体調崩したのかな、そこら辺はわからないんですけど。センセは今は別の学校の音楽センセなんですけど、この学校がすごく好きだったんです。
この学校の生徒が好きで、校歌が好きで、ここが無くなってしまうのが嫌で嫌で仕方がなかった。みんながこの学校を忘れてしまうのが悲しくて悲しくて、寂しくて仕方なかった。そんな思いが強すぎて生霊になってしまって、今回みたいなことが起こってしまったみたいっす」
小さく吐息を漏らし、シュラインが日和とヤマトに向き直る。
「まだ結論付けるのは早いのだけれど、どうやら今回の件の原因は、この学校を大切に思う様々な人々の思いから来ているような気がするわ。恨みや妬みといったものではなく。人騒がせな、なんて思わないでもないけれど」
それでも、と言いながらシュラインは艶やかな笑みを浮かべる。
「こういうのって悪くないわね。残念だわ、こんなに人に大切に思われてる学校なのに廃校だなんて」
2人はシュラインの言葉に神妙に頷く。
「姐さん、もう1回、歌わないっすか? オレもう1回、ここの校歌弾きたい気分なんすよ、今」
「あ、私も。もう1回歌いたいです。ここの校歌、歌詞も曲もとても素敵でしたし」
ヤマトと日和の言葉にシュラインも、快く頷く。
夜の静寂の中に、美しい歌声と口笛が再度響き渡った。
4 エピローグ
老紳士は調査結果報告書から目をあげると、小さく吐息を漏らした。
彼の前には録音されたテープ、写真などの証拠品もいつくか並べられている。その中には、みあおが提供した中庭を掘り返していた卒業生と調査メンバーの集合写真なども入っている。
「みんなあの学校を好いてくれていたんですねえ。そしてあの学校も私たちを好いていてくれた……」
噛み締めるように言葉を発する依頼者の双眸は心なし赤い。
「彼は……元気そうでしたか、草間君」
穏やかな口調の問いに、草間は小さく頷く。やはり依頼人は彼のことを想定して自分に依頼したのだと、確信する。そしてやはり彼のことは校長……草間の中学時代の担任にとっても忘れ得ない出来事だったのだと知る。
「たまに墓参りに来ないとこれからは枕元に出てやると言われました」
そんなことしやしないのに、と草間は小さく笑う。
「彼らしい言い様ですね……」
「ええ。調査の前に一度いったんですが、また訪ねるつもりです。向日葵の花が好きなんだそうですよ」
草間の言葉に、きっと喜びますね、と元担任は何度も頷いた。
「あと、こちらの調査員の報告書にある2人なんですが、ご存知ですか?」
裏庭に現れたという高校生風の2人について尋ねると、紳士は瞑目して頷いた。
「あの学校の卒業生です。そして高校在学中に行方不明になってしまった子たちで。そう……ですか。あちら側に行ってしまっていたのですね……」
噛み締めるように一言ひと言を発した。
「有難う。今回の調査で胸の痞(つか)えが取れたような気がします。あの学校は私が思っていた以上にみんなに愛されていたようだ」
報告書類の入った鞄を大事そうに抱え、ありがとうと老紳士は深々と頭を下げた。
「先生、やめてください」
慌てる草間に彼はかぶりを振る。
「感謝してもしきれないですよ」
そう言って再度頭を下げる。草間はそんな紳士の姿に低く唸る。
「ああそうだ、今度、タイムカプセルを掘り出そうとしていた卒業生たちの呼びかけで、人数を集めて同窓会のようなものをするそうです。先生とも連絡を取りたがっていましたので、そちらの報告書にある連絡先に電話をしていただけませんか。皆さんきっと喜びますから」
照れを隠した草間の言葉に、元校長は穏やかに笑って頷いた。
「そうですね……私たちも盛大に懐かしみ、別離を惜しむことにしましょうか」
彼らとともに。
有難う、と依頼者は三度頭を深く下げた。
END
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
2701 / 綾小路 雅 / 男性 / 23歳 / 日本画家
2713 / 外村 灯足 / 男性 / 22歳 / ゲーセン店長
2709 / 東雲 翔 / 女性 / 20歳 / 看護学生
2936 / 高台寺 孔志 / 男性 / 27歳 / 花屋
1415 / 海原 みあお / 女性 / 13歳 / 小学生
3524 / 初瀬 日和 / 女性 / 16歳 / 高校生
0086 / シュライン エマ / 女性 / 26歳 / 草間興信所事務員
1575 / 天壬 ヤマト / 男性 / 20歳 / フリーター
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■ ライター通信 ■
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皆様この度はご参加くださいまして有難うございます。
ライターの津島ちひろです。大変お待たせしてしまって申し訳ありません。
今回のウェブゲームは津島的夏企画で普段とは変わった形式で描かせていただきました。
物語は全体で前後半の2分割になります。
前半は
・シュラインさんグループ(シュラインさん/ヤマトさん/みあおさん)
・草間さんグループ(孔志さん/日和さん/草間さん)
・綾小路さんグループ(雅さん/灯足さん/翔さん)
後半は
・シュラインさんグループ(シュラインさん/ヤマトさん/日和さん)
・草間さんグループ(孔志さん/みあおさん/草間さん)
・綾小路さんグループ(雅さん/灯足さん/翔さん)
です。他のグループの方の話を読まないとわからない部分もありますので、宜しければご覧下さい。
少しでも楽しんでいただけると幸いです。今回は本当に有難うございました。
シュライン・エマさま
初めまして。今回はご参加有難うございました。
今回の依頼の仕切り役としてとても頑張っていただきました。その役割上、他グループの文章の方にも登場していただいております。宜しければ他のグループの方の文章も覗いて頂けると幸いです。
今回は有難うございました。機会がありましたらまたよろしくお願いいたします。
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