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<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


 草深百合の花笑み

 鳥が高く高く飛んでいく。
 あの鳥の名はなんだったろう……ぼんやりと眺める神威・飛鳥(かむい・あすか)の遥か頭上で澄んだ高い鳴き声が青空にこだまし、溶けていった。
 夏特有の肌に絡み付くような風が彼のほおをなでる。昼間の打ち水と庭に流れる小川のおかげでいくぶん涼しくはなっているが、ここ数日の暑さは嫌悪感すら感じさせられた。
 こんな時位、何者にも煩わされずにどこかへ避暑にでも行きたいところだが、そんなことをしては家の者が彼を縛り付けて二度と外へ連れ出さないようにするだろう。
「こいつは……こんな時にでも枷となるのか……」
 右手に持っていた一枚のカードを飛鳥は外に投げ捨てた。カードは木の葉のように空へ舞い上がったかと思うと、彼をあざ笑うかのように足下へと滑り込んだ。カードに描かれた狼と崖を歩く青年の姿が目に映る。滑稽(こっけい)なまでにおどけた表情で描かれた彼とその青年を監視しているようにも導いているようにも見える狼に、飛鳥はただ眉をひそめた。
「こんなものさえなければ……」
 霊的存在の能力を封印し使役する力。それが代々神威家に伝えられた能力だ。飛鳥の場合はこの足下にあるタロットカードだった。
 タロットはその絵柄ひとつに多くの物語が込められている。純粋な好奇心「愚者」から人は始まり、試練の「塔」・転生と再生の「死神」・希望の「星」・そして…完成と成果の「世界」へと終わる。飛鳥のタロットも封じられた能力によって、一般的なタロットとは絵柄が多少異なってくるが、基本的な部分は変わらない。色鮮やかに描かれたカードの模様はまさに封じられた存在の精神そのものをあらわしているようであった。
 だが、まだ精神が未発達である若い飛鳥には理解しきれるものではなかった。彼にとって未だそれは枷でしかなく、カードを見る度に飛鳥は力への嫌悪感と、自由への衝動をかき立てられるのだった。
 ふて腐れたように飛鳥はごろりと横になった。張り替えたばかりの畳の感触といぐさの香りが実に心地いい。
 このままずっと夢の世界へ誘われていられればどんなに気持ちいいだろう……そう思いながら飛鳥はゆっくりと瞳を閉じた。
 
 どれぐらい時が経っただろうか。
 ほのかに漂う桃の香りに誘われて、飛鳥はうつつの世界へと意識を戻した。
「眠ってしまわれました?」
 不意に声が聞こえ、飛鳥は思わず顔を上げた。
 つややかな黒髪を腰までのばした日本美人の少女の顔が瞳に飛び込んできた。彼女を見た瞬間、飛鳥は何故かどこまでも蒼く、澄んだ青空を見上げている気分を感じられた。
「こんなところで寝ていたら、おかぜをめしますよ?」
 テンポの遅い穏やかな口調で彼女は語る。どことなく昔出会ったような雰囲気があるのだが、名前がでてこない。
「ここで何をなさっていたのですか?」
「別に……」
 飛鳥の足下に散らばるカードを見つけ、彼女はそっと手を伸ばそうとした。飛鳥は素早くそれを振払うと、カードを懐の中にしまいこんだ。
「これに触るなっ!」
 自分でも驚く程の声量で飛鳥は一喝した。
 呆然と目を見開かれた青い瞳に見つめられ、飛鳥は小さく謝罪の言葉をのべる。
 ……そうだ、この瞳だ……この青が……空に似てる……
「ごめんなさい……何かおきにめさないことでもありましたか?」
「……嫌いなんだよ」
「えっ……?」
「この家もこのカードも、この血に流れる力も……」
 飛鳥は胸に溜め込んだ言葉を吐き捨てるように言う。ひと呼吸おいて、自分の秘密をもらしたことに気付き、両手を口にあてた。
 だが、彼女は別に動じることなく澄んだ瞳で飛鳥を見つめている。
 ああそうか、この子もこの家のことを知っているのか……と飛鳥はそっと胸を撫で下ろした。
「あなたの持つ力は……誰にもない、あなただけが使うことのできるすてきな力ですよね。わたしは嫌いじゃないです」
 柔らかな笑顔を彼女は飛鳥に向けた。
 包み込まれるような錯覚を覚え、飛鳥は目を細めて彼女を見つめた。
 ふと、優夢の指先に視線が移り、飛鳥ははっと目を見開いた。
 武術の稽古でつけられた細やかな傷で優夢の手は荒れていた。おまけに家事も一通りやらされているのだろう。水仕事のために指先がささくれだっている。
 出会ったんじゃない……似てるんだ。この青空のような子とぼくは……。
 同じ種の人間なんだ……。
「わたしのなまえは優夢……聖嵐・優夢(せいら・ゆめ)。いいゆめをげんじつにする、の『ゆめ』……あなたのおなまえは?」
 優夢の言葉は穏やかにするりと飛鳥の耳に入り込んでいく。
 答える気などなかったはずなのに、自然に言葉が紡がれる。
「……ぼくはあすか、神威・飛鳥。とぶとり……空に羽ばたく鳥って書いて飛鳥……」
「すてきなおなまえね」
 その時、天高い空から鋭い鳴き声が聞こえた。
 見上げると、1羽の鳥がゆっくりと雲一つない青空の中を優雅に旋回しているのが見える。
 もっとよく見ようと優夢は少し身を乗り出した。掠めるようにお互いの指先が触れあう。
「……あっ」
 優夢が小さく声をあげた。
 2人は無意識のうちに互いを見つめた。
 ごく自然に腕が動き、そのままふたりはそっと手を重ねあった。
 
 静かに流れる時。
 空を飛んでいた鳥がまた一声甲高く鳴いた。
 
 文章執筆:谷口舞