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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 閑話休題 - 絆を編み上げる糸 - 】


 今年は猛暑。
 テレビをつければ天気予報のコーナーで嫌というほど聞かされたり、ニュースでは最高気温を記録しただのなんだの。
 もういい。いい加減、そんなニュースさえも聞きたくない。
 言われなくとも体感している。だから、わざわざ伝えないでくれ。頼む。
 そんな気持ちでいっぱいになる今日このごろ。
 休みの日も、家にいては溶けるような暑さを感じるだけ。クーラーをつけてしまえばいいのだろうが、どうも電気代が気になる。
 扇風機で我慢しようと思って、風を「強」で浴びながら、家中の窓は全開にして、なんとか涼しさを感じようとするが。
「……だめだ、集中できねぇ……」
 暑さでキレたくなる。
 何に向かってといわれれば……空に向かって? それとも、太陽に向かって?
 どちらにしたって、無意味なことに変わりはない。そんなことで体力を消耗させるよりも、何か涼しくなる方法はないだろうか。これでは作業をしていても、効率が悪いだけだ。
「さっさとこいつを完成させようと思ったのになぁ……」
 テーブルの上に持っていたものを投げ出して、大きくため息。
 そのときふと、思いついた一つの案。
「そうだ。あいつのところに行って、やりゃいいじゃないか。あそこなら涼しいし、長居しても何も言わない」
 行くまでに少々暑い思いをしなければいけないが、その後ずいぶん涼しいところにいられると思えば、それほど苦にはならないはずだ。
 そうと決まれば、決心が揺るがぬうちに出発。真輝は適当な服に着替え、家を出た。

 ◇  ◇  ◇

 神聖都学園へ行くための大通りから少し入ったところ。人通りの多い雑踏から少々かけ離れた、薄暗い空間だが、いつものように甘い香りが誘っていた。
 咥えていたタバコを口からはずし、携帯灰皿で火を消すと目的の店のドアを開けた。
 カラン、カラン。
 いつもと変わらぬ軽快なカウベルの音が、迎え入れてくれる。
「すまない、まだ準備……と、真輝か」
 カウベルの音に反応して振り返った店員だったが、入ってきた人物が誰だか気づくとすぐに、作業を再開させた。
「おいおい、つれないなぁ」
「歓迎してないわけじゃない。適当なところに座ってくれ。どうせ、暑さしのぎにでもきたのだろう?」
 ばればれだ。「大正解」と苦笑を漏らしながら、漆黒の翼を片方だけ背負った店員ファーへと言葉を返す真輝。
 言われたとおりに、店内を見渡して客席の一つに腰をおろす。珍しく、カウンターではなく、四人がけの席。ファーは不思議に思いながらも、とりあえず開店準備を進めることにした。
「ファー、ここのコーナー暫く陣取るからヨロシク」
「それはかまわないが……」
 後はドアにかけてあるプレートを「OPEN」に変えるだけ。ファーは鞄から何かの道具を取り出して、手を動かし始めた真輝をまじまじと見た。
「真輝、飲みものは? 何か飲むか?」
「アイスティーを頼む」
「ああ」
 ファーにとっては見たこともないものだった。真っ白く細い糸で編み目を模様のようにしている。女性が着る服に良くついている「フリル」と呼ばれる代物に似ていることに気がつく。
「それは、フリルか?」
「あー、惜しいな。確かにフリルみたいなもんだ。これはレース編みって言って、俺の生まれた国の伝統工芸なんだ」
「レース。ああ、聞いたことはあるな」
「お前、部屋にカーテンあるだろ? それ、レースのカーテンも一緒に引いてないのか?」
「……いや、カーテンは、カーテンだけだ」
「そうか……」
 首をかしげるファーに対して、真輝は、こいつは一体どんな部屋で過ごしているんだと、興味を持つ。
 一度離れて、アイスティーをグラスに注いでくると、ファーは真輝の向かい側に腰をおろし、じっとレースを編み上げる様子を観察した。
「そんなに、珍しいか?」
 見られながら作業をするのが苦手なわけじゃないが、ここまで好奇心の塊のような瞳を向けられると、さすがに恥ずかしい。どこか、純粋向くな少年・少女から向けられる、輝いた瞳に似ているような気がした。
 そこまで言ったらさすがに怒るだろうから、それは胸に中にだけしまっておくが。
「ああ。真輝の生まれた国の伝統工芸と言っていたが、真輝はどんな国で生まれたんだ?」
「俺? 俺はな……スイスっていう国で生まれ育ったんだよ」
「すいす?」
 頭上いっぱいに浮かぶ疑問符。
「はははは、知らないか? まぁ、そんなにニュースになるような国でもないしな」
 ファーは異世界から、直接この町にきたもの。日本という言葉は最低知っているとしても、その他の国を知らないのは当たり前だろう。ファーはこの町から出たことはない。
「アメリカの近くか? それは」
「なるほど、アメリカは知ってるんだな」
「ああ。よく、テレビで名前を聞く」
 世界地図は愚か、下手をすれば日本地図でさえも頭に入っていないかもしれない。
 そうか。これは面白い。ちょっと遊んでやろう。
 いつも他の人間、とくに妹や学校の生徒たちから遊ばれてしまう真輝だが、ファーでは遊べる。なんせこの男は、そういう要素が多い。 
「世界地図、見たことあるか?」
「ああ」
「中心にあるのって、どこの国だった?」
「日本だろ」
「そうそう。その日本の右側にあるのがアメリカ。で、俺が生まれたのは左側だ」
「……なるほど」
 ファーの頭の中に浮かんでいるのはきっと、平面状の日本が発行している日本中心の世界地図。だとすれば、地球儀を見たことがある可能性も低い。
「日本の裏側って、なんていう国か知ってるか?」
「……裏側?」
 顔をしかめるファーの反応が、あまりに予想通りで思わず噴出す真輝。きっと、頭の中で地図をひっくり返して、反対側が真っ白であること確認したことだろう。
 だから、
「真っ白だ」
 そんな返答が返ってくる。
「だぁははははははっ」
「な、何か……おかしいか?」
「あーいや、あまりに予想通りの反応だと思ってな」
「地図に日本の裏側で描かれている国はなかった。この世界は、裏と表の世界が存在するのか?」
 もともと頭の中が、ファンタジーの塊だ。聞けば、神様の世界からきているファー。剣と魔法が合っても不思議じゃない。だから、世界に裏と表があっても。
「裏の世界は真っ暗なのか? 影の世界になっているとか。もしくはアンダーグラウンドとか」
「いやいやいや、そんなんじゃねーよ」
 ますますわけが分からなくなって、首をかしげるファー。
「……世界の端とはし、どうなってるか知ってるか?」
「絶壁か?」
 これまた予想通りの答え。さらに噴出して、笑いが止まらなくなる真輝を、不思議そうに見つめる瞳。
 そこで他の客が入ってきて、一時話は中断となってしまったが、ファーはそれから一日中、世界の端とはしがどうなっているか、日本の裏側の国は何かに悩まされることになる。

 ◇  ◇  ◇

 結局、なんだかんだと言って客の切れない店内。閉店まで、慌しくではないが、店のことに手を焼いていたファーは、閉店の準備がひと段落着いたところで、真輝の前に再び腰をおろした。
「いろいろ考えてみたが、やはり分からない」
「何が?」
「世界の端とはしがどうなっているかと、日本の裏側にある国について」
「お前、今日一日考えてたのに、分からなかったのかよ」
「ああ」
 まったく持って知識のない彼に、「地球は丸い」という考えを思いつけというほうが難しいのかもしれないが、それにしても面白い。
 反応が最高すぎて、もうちょっと遊んでやろうかとも思ってしまうところだが、今日一日涼ませてもらった恩もあるし、下手なことを言ったら本気で信じかねない状況だ。
 だったら、本当のことを教えてやるのがいい、時間でもあるだろう。
「ファー、頭の中でちょっと考えてみてくれ。地球――というか、この世界がもし、丸かったとしたら、世界の端とはしはどうなってる?」
「……丸に端とはしはないだろう」
「そうだな。どこまで行っても、くるくる回ってしまう」
 そこで、ファーが何かに気がついたように顔を上げる。難しい表情を見せてはいるものの、少しずつ理解をしているようだ。
「……なるほど、それなら裏側も考えられるな。日本の裏側には、球体の反対側に存在する国がある。ということだな」
「そうそう。頭いいな、さすがに」
 回転が早いとも、固定概念に捕らわれないとも、とにかく良いことだ。思わず、生徒にそうするように、ファーの頭に手を伸ばし撫でてやる。さすがに怪訝そうな顔をした。
「ま、がんばりました、ってところだな」
 真輝の手を振り払うように何度か頭を振って、イスを下げるファー。ふと、テーブルの上に並べられいるものに気がつく。
「完成したのか?」
「ん? あとこれで最後」
「……本当に、器用だな。真輝は」
 レースを丁寧に編んでいく手元をまじまじと見つめて、何度目かの感心。
「だろ? さすが俺」
「……ああ。さすがだな」
 そうでもない。と突っ込みが入るかと思って自画自賛してみたが、以外にも、肯定の言葉が返ってきて、逆に拍子抜けしてしまう。
 ファーはそれほど、本心からすごいと思っているのだろう。
「……ま、こういう編むんじゃなくて本当は専用の道具で織るんだけどな」
 言われて余計に目を丸くするファー。専用の道具と同じ動きを手がしていると考えると、それは感心など通り過ぎて驚愕の域。
「俺は手頃なんで専ら編む方」
 口を動かしていても、手の動きが止まることはない。
「こんな細かな糸だけどさ、絡め方次第に様々な模様が出来上がるってのは凄いよな」
 黙って首をうなずかせると、完成していると思われるレースに手を伸ばすファー。触る前に一言、「触っても大丈夫か?」と声をかけるのを忘れずに。
 了承を得ると、割れ物を扱うようにそっと手のひらに乗せる。
「……人との出会いや絡みなんてのも似たようなモンだと思うけどさ」
「え……?」
「出会える可能性なんて、この細かい糸ぐらいしかないのに、一度出会い、かかわり、絡み合うと、綺麗な模様を作っていく。いい意味でも、悪い意味でも、互いを主張しあい影響しあう関係……てとこか」
 確かに、不思議なものだ。
 どこで、誰と出会って、どんな関係を作り上げるのか。
 はじめはまったく絡み合わない二つの細い糸だったというのに、絡み合えば合うほど綺麗な模様となっていく。
 そしてもっと、相手のことを知りたいと思わずにはいられない。
「……その糸を切り離すことは簡単だ。だが、もう一度編み上げようと思ったら、嫌になる。まさに、人間関係と言ってもいいのかもしれない」
 切ってしまいたい関係の糸も、絶対に切りたくない関係の糸と。
 様々な糸が交差して、人間関係を作り上げていっている。
「よっし、と。これで全部完成」
「ああ、できたのか」
「ま、ね」
 できたのなら帰るのだろう。
 ファーは「お疲れさん」と声をかけると席を立ち、閉店作業へと戻ることにした。そんな彼に。
「なんでこんなの作ってるのか、って、気になんないの?」
「あ、いや。丁寧に編んでいるようだし、綺麗なものだ。誰かへの贈りものかと」
 特に気にしなかったわけではないが、勝手に解釈して自分の中で決め付けてしまっていた。
 誰への、というのは非常に失礼な質問だ。聞くことはさすがにできない。
「贈りもの、大正解」
 真輝はふと、やわらかい笑みを見せ、出来上がったレース編みを重ねるとファーに差し出した。
「――お前への、お中元な」
「……は?」
「送り主、嘉神真輝。送り先、遠藤ファー。日ごろ世話になってる人に、感謝の気持ちを込めて贈りものをする習慣が、日本にはあるんだよ」
「……俺の、ために?」
「そ。コースター十枚セット。何かと利用価値はありそうだろう? 微妙な不揃いは手作りの味って事で」
 今度はいたずらな笑み。いつまでも差し出されたコースターを受け取らないファーだが、そんな彼の驚きを表わす様子さえも、真輝にとっては面白いもの。
「受け取っとけよ」
「……あ、ああ」
 促されてやっと受け取ると、大切そうに両手で抱えるファー。
「飾るとかいうなよ? 使ってもらえないと、作ったかいがない」
「ああ。それよりも、何か俺も……お前に……」
「いいって、いいって。涼み場所、提供してくれりゃ」
 真輝は軽く手を振りながら、鞄に道具をしまって帰る仕度をさっさと済ませてしまう。
 きょとんとしているファーを横目に、「じゃ、またくるから」と声をかけて出て行こうとしたとき。

「――次にきたときは、おごりで、な」

 背中にファーからのお中元をしっかりと受け取って、そりゃ明日にでもくるかと、胸裏でそっと思いながら、真輝は店を後にした。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖嘉神・真輝‖整理番号:2227 │ 性別:男性 │ 年齢:24歳 │ 職業:神聖都学園高等部教師(家庭科)
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、NPC「ファー」との日常を描くゲームノベル、「閑話休題」の発注
ありがとうございました!
真輝さん、またまたお会いできて光栄です〜。
お中元!ということで、素敵な贈りものと、素敵な話を聞かせてもらったファ
ーがまた一つ、真輝さんと仲良くなれたのかなぁと、思いました。
真輝さんとは話やすいのか、ファーがよくしゃべります(笑)
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!
また、お目にかかれることを願っております。

                           あすな 拝