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<東京怪談ウェブゲーム 界鏡現象〜異界〜>


調査File8 −人形師−
●始まり
「藤の花をイメージした人形を作ろうと思ったら、とても綺麗な人に出会ったんだ。それはもう藤の花そのものの……」
 青年はうっとりした表情でそのときの事を思い出しながら語る。
 その表情をじっと青年の手の中で聞いている人形。
 それは青年が初めて作った人形だった。青年の名は春日部基弥(かすかべ・もとや)。人形師としてはまだ駆け出しだが、魂のこもったいいものを作る、と注目されていた。
「彼女をモデルに作ろうと思ってるんだ。きっとすばらしいものができるよ」
 人形はずっと聞いている。黙って、じっと、作られた時と同じ、微笑みのままで。

「彼を助けて頂けませんか?」
 その日事務所を訪れたのは、着物のよく似合う『大和撫子』という言葉よく似合う女性だった。
「助けて、というのは?」
 圭吾に問い返され、女性はゆっくりと口を開いた。
 数日前からとりつかれたようになり、藤の木へ通っては憔悴して帰ってくる、という。
「私の声が聞こえていないようで、何を言っても聞いてくれません……」
 こんな事を続けていたら死んでしまいます、と女性は顔を両手で覆う。
「お願いします、彼を助けてください……」
 言って女性は住所が書かれたメモ書きをおくと、時計を見てハッとなり、帰っていった。
「まだ引き受ける、とは言ってないんですが……」
 女性が去った後を見つつ圭吾は苦笑する。
「でも、放っておけないですね……同じ……としては」
 その後に圭吾は何かを言ったが、聞き取ることはできなかった。

「あれ? こんな所にいた。おかしいなぁ、昨日は向こうに座らせておいたはずなのに」
 どうして玄関にいるのかな、と青年は首をかしげながら人形を元の場所へ戻す。
「もう少しで完成するんだ。そしたら一緒に並べてあげよう」
 げっそりやせ細った顔で青年は笑う。
 人形は微笑んだまま、ひっそりと、涙を流した。

●本文
「先ほどの方が言っておられた、人形師の事を調べた方がよさそうですね」
 言うと、セレスティ・カーニンガムはヒヨリの方をちらと見た。それにヒヨリはにこっと笑みを返して、小首をかしげた。
「人形が、人形師の為に依頼にくる、か」
 ポンとヒヨリの頭に手をおいて、真名神慶悟はドアを見つめた。
 それにレイベル・ラブは小さく息をついた。
「人形を作ろうと思ったのが先かそれとも藤の花そのものの綺麗な人の実在が先なのか、もしかすると彼がそう思ってしまったから彼女は現われた、存在し始めたのではないのか……」
「可能性はなきにしもあらず、だな。でもま、どっちが先にせよ、このままにはしておけないしな」
 思えばヒヨリも人形なのである。綺麗さっぱり忘れるほどに、とてつもなく人間くさいが。
 そのためか自然とヒヨリに視線が向くが、ヒヨリは素知らぬ顔で笑っている。
「確か人形師の名前は春日部基弥さん、でしたよね。圭吾さん、調べて頂けますか?」
「はい」
 言われて圭吾は立ち上がり、電話をかける。
「藤娘は不事娘、とも言うしな……」
「彼女の話だと、だいぶ衰弱しきっているようだ。早めに処置を行うのがよかろう」
 レイベルの本職は医者。通常の医療行為についてはきちんと資格をもっているが、通常ではない医療行為も得意なのである。
 しばらくして圭吾がメモ用紙をテーブルの上に乗せる。
 皆ざっと目を通す。

『春日部基弥 28歳 男性。住所:********* 電話:*******
 3年ほど前から突如姿を現した人形師。その人形には魂がこめられている、と言ってもいいほどで。しかしまだ技術の発展途上にある。新進気鋭の人形師、と噂高く。だが、どうしても自分で納得できるもの以外は作らないため、作品は少ない』

 というような事がかかれていた。
 それからパソコンの方でなにやら操作をし、一枚の写真をプリントした。
 黒髪の細身の男性が、少し照れたように人形を抱き、立っている写真。
 その人形は先ほど来た女性にうり二つだった。
「これは取材に行った際に撮らせて頂いたものだそうです。5ヶ月ほど前のものですから、依頼人の話からすると、もう少し痩せられているかもしれません」
「この写真の主の痩せた、としたら……つらいものがあるな」
「早急に栄養を補充して、断ち切った方がよさそうだ」
 残っていたコーヒーを流し込んで、慶悟がたちあがり。レイベルは鞄の中身をちらと覗いて頷いた。
「私はまだ事務所で用事があるので、お願いできますか?」
 と圭吾に言われ、セレスティは頷いた。
「車の手配しますね」

 セレスティの車に乗り込み、3人は人形師の元へと向かった。
 そこは東京の郊外にある一戸建て。
 東京、と言ってもすべてが都会的かつ近代的であるわけではなく。都心から離れてしまえば他県とかわない風景が広がっている。
 3人は周囲の人間からそれとなく基弥の話を聞き出す。
 それによると、基弥はとても真面目な青年で、悪い噂は一つもなく。しかし皆口をそろえて最近の様子を心配していた。
「もう入院した方がいいんじゃないか、ってくらいやせ細ってしまってねぇ」
「うちのばあさんが心配してくいもんを届けるんだが、ちゃんと食べているのかいないのか……」
 皆一様にため息をつく。
 基弥は元々この地域の出身で、現在も生家に住んでいる。
 一緒に暮らしている者はなく、両親は早くに離婚して祖父母に引き取られて、昨年祖母を亡くしてからずっと一人暮らしだと言う。
 おとなしい子で、でも頑固で。一つのことに集中すると周りが見えなくなる。祖父にそっくりだった、と口をそろえる。
「人形を作り始めたきっかけとかわかりますか?」
「人形ねぇ……」
 セレスティの問いに首をかしげる。そして老爺はふと思い出したように口を開いた。
「そうそう、あれは確か彼女の冴子ちゃんが亡くなったあたりだっただな」
「彼女?」
 慶悟は目を細める。
「確か飛行機事故だったなぁ。若い者が先に死ぬのは切ないものがある。遺品としてもらえたのは冴子ちゃんが生前持っていた着物だった、と言っていたな。それからいきなり人形を作り始めるようになって……」
「彼女の魂を人形にこめようとした、というわけかな」
「それはわからんがなぁ」
 レイベルは視線を落として唇をきゅっと結んだ。
「人形師、としての腕はどうなんでしょう?」
「それは専門家ではないからわからんが……あれの作る人形には魂があるようでな、今にも喋りそうにみえる。ほら、あそこに人形いるじゃろ。あれは基弥が作ったもんだ。遠く離れた孫をモ…モデル? に作ってくれたんだ」
 みると赤い可愛らしい洋服を着た、1歳くらいの女の子の人形がちょこんと微笑んでこちらをみていた。
 それを人形だ、と言われなければ一瞥しただけでは人間と見間違えていたかもしれない。
「今の時間なら橋向こうの藤の木の下で人形を作ってるだろうよ」
「わかりました、行ってみます。ありがとうございました」

 老爺に教えて貰った通り、橋を渡って少し進むと、見事な藤の木が立ち並んでいた。
 それを眺めながら進んでいくと、不意に慶悟は顔をしかめた。
「ちょっと待て」
 手で2人を制止して、懐から何かを取り出して渡す。
「気休め程度にもっといてくれ」
「ありがとうございます」
「……すまない」
 渡されたそれを各々の場所にしまうと、再び歩き出す。
 すると程なく、地面に座り込んで熱心になにかをしている青年の姿が目に入った。
「あれが春日部氏か」
 レイベルがかなり近くまで近づいてみるが、反応はない。
 何かブツブツ呟きながら、とりつかれたように手を動かしている。
「結界をはっておくか……」
 言いつつ慶悟は式神も同時に放つ。
「セレスティ、万一の時は頼むな」
「はい」
 近くには川。人魚が本質であるセレスティは水を使役することができる。
 五行相剋からいけば、木気は水気に克つが、セレスティの力すれば大丈夫だろう。
「正気に戻す方が先、か」
 レイベルは基弥の体に触れる。瞬間、何をしたのかわからないが、基弥の体がびくっと痙攣し、その後ぼんやりとした眼で3人が立っている方向を向いた。
「あなた達は……?」
「ある人に頼まれてあんたを助けに来た」
「助け?」
「ええそうです。何かにとりつかれたようになってしまっている、と」
「とりつかれ……」
「症状は出ているな。その憔悴具合からみて。早めの治療が必要だ」
「治療……」
 心ここにあらず、といった表情でぼんやりと見つめる。
 しかしハッと思い出したかのように、手元の人形に目を落とす。
「これを早く仕上げないと……あ」
 ひょいっと慶悟はそれを取り上げて、額に呪符をぺたっと貼り付けた。
「なにをするんですかっ」
「ちゃんと返すよ。ことが終われば、ば」
 厳しい顔になった慶悟達の前に、一人の女性が現れた。
 綺麗な藤色の着物を着た女性が、悲しそうな表情で皆を見ていた。
「現れたな」
 レイベルは基弥の前に立つ。それに合わせるように慶悟とセレスティも一歩前へ出た。
「どうして邪魔をするの……?」
「知れた事。何故するのか、あんたが一番よく知っているだろう」
 慶悟の返答に、女性は瞳を伏せる。
「あなたが早々にこの方から手を引けば、我々も手荒な真似はしません」
「……これから先、同じような悪さができないように、はさせて貰うがな」
「私はただ、彼が人形を作る事のお手伝いをしているだけなのに……」
 泣き崩れるような仕草で、女性はちらと3人をみた。
「基弥さんは藤の花のイメージで人形を作りたいと言った。だから私が手助けをしているだけ……」
「人形を作るだけで、こんなに憔悴するわけがなかろう。このまま続けていれば、人形の完成と同時にこの人は……おまえと同じ世界の住人となろう」
「それはそれ、嬉しい事ではございませんか。愛おしい私と一緒にずっといられる……」
 うっとりと語る女性に、レイベルは顔をしかめる。
「完成はもうすぐ。きっとすばらしいものになるわ。……ねぇ、基弥さん」
 艶然と微笑んだ女性に、基弥は小さく頷いた。
「それは絶対に駄目です!」
 いきなり割り込んできた声は、事務所に来た女性。
「さえ、こ……?」
 不意に後ろから抱きしめられて、基弥はとまどいの表情で後ろを振り返ろうとする。
「お願い、振り返られないで」
 言われて基弥はかたまった。
「お願い、連れて行かないで……」
 基弥の背中に顔を埋めて、依頼人は肩をふるわせる。
「私はただ、人形作りのお手伝いをしたいだけ……」
「そうか、ならば思う存分手伝わせてやろう」
 言って慶悟は人形を基弥に返すと、小刀を地に突き立て呪を紡いで力を弱め、藤の木の影響を抑える。藤の木は木気。小刀は金気。五行相剋である。
「な、なにを……」
 女性の体が硬直して動かない。
「モデルは動かないもの、って決まっているんですよ。こういう場合」
 にっこりとセレスティが告げる。
「パリコレとかは動くがな」
 さりげなくつっこみをいれつつ、レイベルはなにか色々用意をしている。
「……」
 専門用語が口からもれてくるが、わからないものの方が多い。
 基弥は何事もなかったかのように黙々と作り始め、依頼人はそれを優しそうな表情で見守っている。
「後は着物を着せれば……」
 言って基弥は袋から大事にたたまれた藤色の着物を取り出し、人形に着せた。
「それは……」
 依頼人の口からもれる言葉。それは「どうしてそれがここに」と言う感じが含まれていた。
「それは大事な着物なんですか?」
「ええ。これはとても大切に思っている女性が着ていたものなんです。もう少しで日舞の名取になれる、と喜んでいて。次の公演で藤娘やる予定だったんです。でも……それをできる事なく……他界してしまいましたが……」
 せめて、形を残してやりたいと思って、と基弥は呟く。
「そうでしたか……」
「……さて、治療をはじめるか」
 すっかり用意の調ったレイベルは、基弥の腕を消毒すると、了承もなしに注射する。
「ただの栄養剤だ。これから一週間は滋養のあるものを食べてゆっくりすること。それができないようなら一声かけてくれ。いつでも布団で丸めてやるから」
 言っている事は乱暴だが、基弥は笑いながら返事をする。
「これも封じておかないといかんな」
 慶悟は藤の木に近づき、呪符をはり呪言を唱える。
「や、やめて……」
 女性の表情が苦悶にかわる。しかし慶悟はやめる事はしない。
「お願い、……やめてって言ってるでしょ!!」
 ぐわっと女性の顔が大きくなり、ものすごい形相で慶悟に襲いかかろうとした瞬間、式神が目の前に立ちはだかり、女性を切り捨てた。
 瞬間、慶悟の呪ができあがり、女性は藤の木に吸い込まれて消えた。
「安らかな眠りにつけ」
 言って小刀で印を刻む。
「あ、冴子! 冴子!?」
 ふと我に返った基弥は、思い出したかのように恋人の名前を叫ぶ。
「冴子さんはお亡くなりになったのでは……?」
 控えめにセレスティが問うと、基弥はそうなんですが、と呟きつつあたりを見回す。
「確かにあの時の声の主は冴子でした。聞き間違えるはずがない!」
 だけど……どうして……。基弥は何度も呟く。
 いくら捜しても冴子の姿も依頼人の姿もなかった。
「とにかく家に戻りましょうか。お送りします」
 基弥を車に乗せて、家路につく。
 そして今更思い出したかのように基弥の体に疲労が襲いかかる。
「なにかいいにおいがする」
 くんくん、と鼻をひくつかせてレイベルは室内を見回した。
 そして匂いの出所を見つけて近づくと、そこには食事が用意されている。
 それもレイベルが言ったように、滋養のつくものばかり。
「まだ温かいな……できたてか。隣のばーさんが作ってくれたものか?」
「それにしてはおかしくないですか? 玄関鍵かかってましたし。基弥さん、どなたかに鍵をお預けになりました?」
「いえ……でも、これは……」
「思い当たる事でもあるんですか?」
「え、あ……」
 基弥の中でまだ状況が把握できていないようだった。飲み込みたいのに飲み込めない、そんな表情でじっと料理を見つめていた後、ようやく口を開いた。
「これは生前、恋人の冴子がよく作ってくれていたものなんです」
「そうか……」
 すでに訪れている3人も計算にいれていたように、きちんと人数分そろえられたお椀。
 少し柔らかめに炊かれたご飯が気遣いを感じる。
「……僕が人形を作り始めたのは、冴子が亡くなったからでした。彼女を残しておきたくて、必死で……。冴子の母親から着物を数点譲り受け、それを着せる人形を、と作り続けているうちに……」
 死んだ冴子にまで心配させていたんですね、と基弥は一粒涙をこぼし、唇をかみしめた。
「それならば、これからは自分の体を大事に考え、今はこの料理がさめないうちに食べるのが一番だと思うぞ」
 レイベルに言われて、基弥は椅子に座った。
 そして一口かみしめるごとに涙をこぼす。
「あ」
「何か?」
 いきなり言ったセレスティに、基弥は顔をあげる。それになんでもありません、と首をふって、料理を食べるようにしてから、ちらと基弥の背後をみた。
 そして二人を見ると、同様に基弥の後ろをみていた。
 そこには女性が立っていた。依頼人……冴子が。
 冴子は静かに微笑むと、3人に会釈をしてゆっくりと消えた。
 冴子が消えたその後には、人形が微笑みをたたえて座っている。
 3人はそれぞれ笑みを作り、再び食事に手をつけた。

 人形は笑う。
 とても幸せそうな微笑みで。
 もしこれから先、彼が別の女性と出会い、恋をしても、それが彼の幸せなら人形は幸せなのだろう。
 でも、彼を不幸にする女性ならば、再び事務所を訪れるかも知れない。

 けれど今は、笑っている。幸せそうな微笑みで。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0389/真名神・慶悟/男/20/陰陽師/まながみ・けいご】
【1388/レイベル・ラブ/女/395/ストリートドクター】
【1883/セレスティ・カーニンガム/男/725/財閥総帥・占い師・水霊使い】

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■         ライター通信          ■
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 初めまして&こんにちは、夜来です。
 私の依頼に参加してくださりまして、まことにありがとうございます。
 今回は人形。私の題材では多い方だと思います。
 ヒトカタ、って事で魂もこもりやすいですし。
 レイベルさんはじめまして☆ 能力をいかしきれなくて申し訳ないです><
 なにかありましたらバンバン言ってやってくださいね。へこむかもしれないけど、立ち直って次にいかしますので☆

 それではまたの機会にお目にかかれる事を楽しみにしております。