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<東京怪談・PCゲームノベル>


天使の誘惑

 バタンと無慈悲にドアは閉められた。
 その後を追う根性など誰にもない。誰だって麗香の怒りの余波を食らって氷漬けになどなりたくないのである。
 そして訪れたのは重苦しい沈黙と、親父な天使像のみ。
 資源とは有限のものである。資源に限らず限界のないもの、というものは少ないかもしれないが、兎に角、資源は有限だ。石油だってそのうち尽きてしまうだろう、どれだけ尽きて欲しくなくとも。
「……二名、か」
 ポツリと草間が呟いた。
 なんの数かといえばその場にいる資源の数である。
 草間の視線に気付いたか、大和・鮎 (やまと・あゆ)と、海原・みなも (うなばら・みなも)は顔を見合わせた。
「それってどういう意味よ?」
「だから資源だ」
「あの、あたしたち使ったら枯渇する石油とかじゃないんですけど……」
「一回使ったらもう使えないんだから似たようなものだろう」
 蒼白の顔でそう答えた草間は嘘寒そうに身震いして、部屋の中の面子と親父な天使像をみやった。
 部屋の中の男女比。男4:女2。
 麗香のあの様子から察するに恐らく逃げ場はない。ついでにここで何事もなかったかのようにこの親父天使を捨てるとか封印するとかいう消極的手段に出た場合の、麗香の報復からの逃げ道もないだろう。
 そうするとである。
 この男女比からするに必ず割り食う人間がいるのだ。男の中で一組二名。義妹はしっかり数から外している辺りが天晴れ。
「聞きしに勝る顔してるわね……これじゃ、店に置いたら評判どん底になっちゃうか」
 苦悩する草間を他所に鮎が唸る。普通の天使像なら購入して店に飾るという選択肢もあったが、この天使像なんざ店に飾ろうものなら下手すれば店がつぶれるだろう。その特殊効果も勿論その速度に拍車をかけてくれるに違いない。
「うう、凄く間の悪い時に来たような……あたし被害者属性がついてきたかなぁ」
 みなもは微妙に覚悟完了である。
「そうか、なら」
 座りきった目つきで草間がみなもの両肩をがっしりと掴む。みなもは目を瞬いて草間を見上げた。
「あの……」
「ここは俺がこれ以上の被害者にならないように協力してくれ」
「は?」
 みなもの肩を掴むから抱くに変え、草間は果敢に天使像への特攻を――
 すこん。ごおおお。
 一方は非常に軽い、もう一方は屋内でそれはやばいだろうという音がした。
「それは犯罪」
「レディに何たることを! あなたはそんな人だったのですか!」
 にっこりと笑って鮎がダーツを草間の足元へと放ち、シオン・レ・ハイ (しおん・れ・はい)が蒼い炎を身に纏って滂沱の涙に暮れる。
 デリク・オーロフ (でりく・おーろふ)やモーリス・ラジアル (もーりす・らじある)もまた冷ややかに追い詰められた草間を眺めていた。この状況で犯罪実行できるほど草間も神経太くない。冷や汗など流しつつ『は、ははは』と取り繕うような軽い笑いを漏らしてみなもの肩を解放した。解放されたみなもが一目散の鮎の背後へと逃げ込んだのは言うまでもない。
 中学生女子が三十路男にキスを迫られりゃそりゃ怖かろう。
 そのみなもの頭をぽんぽんと叩いてやってから、鮎はふうんと鼻を鳴らした。
「のみとか包丁とか万年筆とか拳とか踵落しとか物理攻撃は無理なのよね」
「そんなことなら麗香サンが散々やったでしょウ」
 恐らく踵も拳も含めて。デリクが溜息を落とす。無論そこまでは口にしなかったが。さらっと拳や踵と抜かしてくれた妙齢の女性に対しては特に感想はないらしい。寧ろ会話しようとしなかったレオンや草間の方が身を引いている。鮎はそんな男達の微妙な恐怖に気付いているのかいないのか、もう一度ふうんと鼻を鳴らした。
「997個って碇さんわざわざ数えたのかしら? あ、こんなところにもハートマークあるんだ。要はデバガメ好きなのよね、この像。じゃあ、アイマスクとかして見えなくしてその前でキスシーン繰り広げて……」
「奇妙な像デス。千個そろうと真の姿に戻り解放されるトカ? いや、馬鹿馬鹿しいですネ。ふむ、どういった種類の仕掛けがなされているのか調査してみましょウ。力を及ぼされぬよう、強い意志と対応策を持てば問題無…………」
 あ。
 そう呟いたのはデリクと鮎のどちらだったのか。それともギャラリーだったのか。両方か。
 それはこの際問題ではなかった。
 リンゴーンと、どこかで鐘が鳴った。(効果)

 さらりと流れるように男の手が女の腰へと回される。細身とはいえ長身の男の腕に、女はするりと入り込んだ。
「……お嬢サン……」
「……あ」
 耳元で低く、男が囁く。触れる吐息にか、それともその低い声に何かを刺激されたのか女はぞくりと身を震わせた。その反応に口元を歪めた男は、更に耳元で囁く。
「もっと近くでその美しい瞳を見せてくだサイ……」
「……もう、十分近いでしょ?」
 じらすように女が身じろぐ。無論男は女の腰に回した手を離さない。それ所かその手に力を込め、更に細い女の身体を己に密着させる。そして開いたもう片方の手はするりと女の髪をなで頬をすべり、細いその顎に当てられた。
「もっと近くデス。そう、その瞳の中に私だけしか映らないくらいに近く……」
「余計にあなたが見辛くなるわよ?」
「そうなったら目を閉じてお終いなサイ」
 女の顔を傾けた男は、言葉通り女に顔を寄せていく。そして触れる寸前、女が言った。
「目を閉じたらあなたが見えないわ」
「その分、感じなサイ……私も……」
 言葉の途中で、唇が重なった。

 ギャラリーはその光景を呆然と眺めていた。
「……ホント、なんですね」
 呆然と、みなも。
「まあ……碇があの三下と、だったんだから本当も本当だろうが……」
 同じく呆然と草間。
「ふ、婦女子が何たる破廉恥な、いや女性に何たる不埒な真似を!」
 ちょっと落ち着けって言うか男ならいいんですかシオン。
「へえ、面白い」
 落ち着きすぎですモーリス。
「でもホントに本物なんですね……どうしよう、あたしほっぺならまあいいんですけど……唇は、ちょっと」
「唇だけでもすまない勢いだよね」
「唇だけ?」
 みなもの問いかけに平然とモーリスが答える。
「明らかに舌入ってるって、アレ」
「な!」
 みなもが顔を真っ赤にして絶句する。やがてみなもはわなわなと震えだした。
「な、ししし、し、し、舌って。でもだってそれはいつか好きな男の子と……だって恥ずかしいって言うか考えたことなかったって言うか、でもだって……」
 視線は鮎とデリクに釘付け。顔の色はリンゴを通り越し発する言葉は支離滅裂である。まあ無理もないが。そして純情を表したものは他にも居た。
 舌。
 その一言に完全に固まったのはシオン。蒼白の顔で現在お取り込み中でない面子を眺め、冷たい汗を浮かべる。
「そこまで……せねばならないと……」
 くっと歯を食いしばるシオンに、モーリスが笑いながら近寄る。上目遣いにその顔を覗き込みながらさらっと言った。
「なんなら試してみる?」
「な!」
 何をだしかし婦女子に狼藉はコレは男だしいやだからこそ嫌なのであってしかし狼藉していい婦女子などここにはおらずしかも残りの資源は狼藉働いたら犯罪者だからといって相手が男はというか上目遣いで人を見上げる男というのは本当に男か云々。
 錯乱してシオンは脂汗を流す。草間ははあと呟いて迷わずモーリスの後頭部をスリッパで張り倒した。
「純情な中学生と中年をからかうな!」
「酷いな。本気だよ?」
「余計悪い!」
「や、もう……」
「駄目デス……まだ離しません……」
 熱い吐息のような会話に続いて湿った音が響く。
「お前らもいつまでやっとるかー!!!!!」
 切れた草間は鮎とデリクを引き剥がした。

「ぁ、本当に増えてるわねハートマーク。ホラここの所」
 何事もなかったかのように平然と、鮎が石像を指差す。その鮎の顔を、みなももシオンも直視できない。何しろ目の前で展開されていたキスシーンというかラブシーンは濃厚で、草間に邪魔されずに続いていたらそのまま床へもつれ込んでいたのではないかと思えるほどだったのだ。それで平然とされても困る。
 やはり一人平然としているモーリスが、くすくす笑いながらデリクに問いかけた。
「ご感想は?」
「至福デス」
 ごちそうさまと言わんばかりである。鮎も気にしちゃ居ないようだしこの被害者達についてはさして問題はなさそうだ。
 そう問題があるとすれば。
「……犯罪者でない方の資源から使い潰されたか」
 茫然自失の体で草間が紫煙を吐き出した。
「そう、ですね草間さん」
「ん?」
 純情中年のどこか鬼気迫る声に、草間は茫然自失から顔を上げた。視線を投じるとその先には本気で鬼気迫る様子のシオンの姿がある。その背後には青い炎が見える多分効果ではなく。
「お、おい?」
「他に道がないのならそれが茨でも突き進むのが男というもの。頑張りましょう草間さん」
「何をだ!?」
 じりじりと後じさる草間の足を、実にタイミングよく鮎が払う。そこへシオンが、間髪いれずに飛びついた。
「草間さん!」
「ちょ、ちょっと待て……!」
 勿論シオンは待っては暮れなかった。

 数分の後。
 残りの面子は勿論二人を引き剥がしてはくれなかった。そのせいでそれは酷く長い、濃密なものとなった。
 そして。
 正気に返った草間の断末魔の悲鳴が興信所に響き渡った。

 完全に沈没した草間はなんのその。一度被害にあってしまった面子とモーリスはソファーに腰掛けてまったり会議を開始した。基本的に人情はない。みなもが一人で部屋の隅で暗雲を背負っている草間を慰めている。
「それにしても不本意だな。私の何処が不満だって言うんでしょう」
 不機嫌を隠そうともせずにモーリスが眉根を寄せた。草間とシオンのキスシーンの間中、親父天使像にそれっぽい悪戯を仕掛けていたのだが、その物理法則には逆らって表情を変える親父天使像は実に嫌そうな顔をするばかりで、モーリスの手練手管に反応などしてはくれなかった。
「耳年増なおっさんと化した天使に快楽を授けて、天使らしい愛くるしい、けれど快楽を知ってしまった天使エロスになって頂こうかと思ってたんですが」
「おっさん化現象してる天使に男が誘いかけて乗ってくるわけがないでしょ」
 モーリスの言葉を、鮎が一言の元に切って捨てる。
 あれから天使像を調べたが、増えているハートの数は麗香が置いていった時から数えて一つだけ。シオンと草間のキスはお気に召さなかったか、それとも男に撫で回されたのが気に入らなかったのか、それはわからないが、単にキスすればいいというだけの話でもないようである。
「残るはみなもサンデスか」
 デリクが部屋の隅のみなもをみやる。そうこの場で残るはみなもと、そしてモーリスだけである。
「いかーん! それはいかん! あんな幼い少女に、あんな、あんな……!」
 真っ青な顔でレオンが怒鳴った。経験者としては思うところもあるのだろう。
 同じく経験者であるところの鮎とデリクも顔を見合わせる。
「まあねえ」
「確かに中学生には少し厳しいと思いマス」
「具体的にはどうだったんです?」
 モーリスに問いかけられて、あっさりとデリクが、そして苦渋と共にシオンが答える。
「至福です」
「……地獄です」
 相反する答えに視線を投げられて、鮎は肩をすくめた。
「まあなんていうのか。すっごい好きな人とキスする気分になるってことよ。至福って言ってもらえるのは光栄だけど、まあ草間さん相手じゃ、ねえ?」
 なるほど覚悟完了してたってそれは地獄だろう。
 妙に寂しいような寒いような、そんな空気が草間興信所を満たしていた。

 結局親父天使像がどうなったかといえば。
「ここは逆転の発想よね」
「……普通に私が彼女とキスしたところで満足頂けるとも思えませんし」
「業腹ではありますが、傷は残らないでしょう」
「大丈夫デス、痛くありませン」
 詰め寄られたみなもは、覚悟を決めてその親父な天使像に近寄った。油っぽいと言おうかなんと言おうか。そんな感じの岩肌に、ちゅっと一回キスをする。
 その時、親父天使の像から涙が零れ落ちた。
 至福の涙が。

 さてその後。
「これでいいのかなあ?」
 親父天使とのキスシーンを納めたインスタントカメラを手に、みなもは小首を傾げつつ帰宅した。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3580 / 大和・鮎 / 女 / 21 / OL】
【3432 / デリク・オーロフ / 男 / 31 / 魔術師】
【3356 / シオン・レ・ハイ / 男 / 42 / びんぼーにん +α 】
【1252 / 海原・みなも / 女 / 13 / 中学生】
【2318 / モーリス・ラジアル / 男 / 527 / ガードナー・医師・調和者】

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■         ライター通信          ■
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 今回はお待たせいたしまして申し訳ありません。里子です。
 そして犠牲者の方々も申し訳ありません。っていうか犠牲者らしい犠牲者は今回草間のみではないかとも思いマスが。
 親父天使二度目の受注となりました。
 こういう馬鹿天使話をもう少しやってみたいなとか思ったり思わなかったり。

 今回はありがとうございました。また機会がありましたらよろしくお願いします。