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<東京怪談・PCゲームノベル>


駅前マンションの界〜異界・エビフライ編

●ふと気がついたら
 なにかの光に一瞬視界を遮られたその直後。
 突然起こった変化に、藤井蘭は瞳を瞬かせた。
「ふに。……ここはどこなの?」
 いつも通り、いつもと同じに歩いていたはずだった。
 場所はこの前フリーマーケットで出掛けたマンションの近く。
 今日はとっても良いお天気だったので、日光浴をしようと思い立って散歩に出てきたのだ。
 せっかくだから、普段あんまり行かない道を探検してみようかなんて思ったのが悪かったんだろうか?
 でもでも。
 ぱっと周りを見てみる。
 建物はさっきまでと変わらない。
 緑もさっきまでと同じにそこにある。
 だけど。
「んー……迷っちゃったの〜」
 ぐるっともう一度周りを見まわしてみる。
 確かに同じ場所なのに、さっきまでと全然違う。
 何が違うのかと言えば……人がいない。道を歩いていたはずの人がみんな、みーんな消えている。
 それから。
 何故か、エビフライ。
 あそこの空を飛ぶエビフライ。そこの道を駆けるエビフライ。
 エビフライとは普通動かないものではないだろうか?
 だけどそんな疑問より先に浮かんだのは好奇心。
「うわあっ、エビフライがいっぱいなのー。エビフライが空飛んでるのーっ!」
 迷子になっていたことなどすっかり忘れて、きらきらと銀の瞳を輝かせる。
 と。
「ああああ、どこに行ったのにゃ〜」
 道の先のT字路の角から、誰かの声が聞こえた。
 他にも人がいたのかと思って、じっと彼の姿が現れるのを待つ。
 と。
 道の角から姿を見せたのは、きょろきょろと辺りを見まわし、何かを探しながら歩く巨大猫。
 その瞬間、好奇心の方向があっさりと変わった。
「うわあ、喋る猫さんもいるの〜っ!」
 はしゃいだ様子で、ぱたぱたと猫が歩いて行った方へと駆け出して行く。
「猫さん猫さん、何探してるのーっ!」
 大声で呼び止めると、猫はこちらに気付いて立ち止まってくれた。
 ぴたと立ち止まった猫は、うるるんっと瞳を潤ませて。
「うちの大事なエビフライがいなくなっちゃったのにゃっ! 探してるんだけど見つからないのにゃ。
 ああ、ひもじい思いをしてたらどうしよう。きっと一人で不安なのにゃ」
 あのエビフライの性格を知っている者ならば冷静にツッコミを入れるところだろうが、幸か不幸か蘭は件のエビフライと出会ったことはなかった。
「猫さんはエビフライを探しているの? 僕も探すの〜」
 にこにこと無邪気な笑顔で言った蘭に、猫はがっしと抱きついて感謝の言葉を述べたのだった。

●看板エビフライを探せ!
 藤井蘭と同様、猫を見つけてやってきた如月翡翠。そしてもちろん探している本人……本猫? と三人で。
 一行はエビフライを探すこととなった。
「なにか……特徴ってあります?」
 翡翠の問いに、猫は何故だか胸を張って、
「いつでも美味しそうな揚げたてなのにゃ。うちの可愛い看板エビフライなのにゃ」
 聞いていないことまで答えてくれる。
「でもぉ……。みんな、美味しそうなの〜」
 ぐるっと周囲に視線を向けた蘭が言う。
 確かに。
 辺りを歩き回るエビフライはみんな、綺麗な小麦色でとってもとっても美味しそうだ。
 冬ならばともかく、夏の気温の中では揚げたてのほこほこ煙は見えないし。匂いで探そうにも、あちこちからエビフライの美味しそうな匂いが漂ってきていてどれがどれやらわかったもんじゃない。
「とにかく、片っ端から捕まえてみましょうっ!」
 見分けがつかない以上、片端から捕まえて確認していくしかない。
「あんまり乱暴はしないでほしいのにゃ〜」
「大丈夫。そぉっと捕まえるの〜!」
 少々荒っぽい方法ではあるが、他に方法が見当たらないため反対意見は出なかった。ちょっとした注文はついたけれど。
 本日の翡翠の服装はふわふわのエプロンドレス。ちょっと勿体無いけれど、素手で捕まえるのは難しそうだしとエプロンを外して網代わりにする。
 翡翠の様子を見て、蘭も何かないかと自分の服を見まわしてみた。が、使えそうなものは見当たらない。
「じゃあ、エビフライをこちらに追いこむ役をお願いしますね〜」
「はーいっ。頑張るから任せてなのっ!」
 あっさりと役割分担を決めて、三人はそれぞれ適当に散っていく。
 一歩歩けばエビフライのこの状況。エビフライを追いこむのはそう難しいことではなかった。
「ごめんなさいなの〜」
 ちょっとした罪悪感に駆られつつも、エビフライを追い掛け翡翠の方へと向かわせる蘭。
 両手にエプロンを持って待ち構える翡翠――だが。
 ひらりんっ。
「あら?」
 ぽてぽてんっ。
「あらら?」
 人よりワンテンポ遅れて行動するのが常の翡翠では、なにげに素早いエビフライを捕らえるのは難しかった。

●世界の中心
 なかなか捕獲できないエビフライ。捕獲作戦を練りなおそうと考え始めたちょうどその時。
「あら、蘭くん?」
「知り合いなんすか?」
 聞こえたのは、シュライン・エマの声だった。シュラインの隣には青年が一人。
「こんにちわなの〜っ」
 にこりと笑って、蘭はぺこっとお辞儀をした。
 とりあえず。
 もとの世界に帰るためには協力体勢必須だろうということで、それぞれに自己紹介をして早速相談体制に入る。
「あのですね、この猫さんが探しているエビフライ確保のお手伝いをしてたんです」
 何をやっていたのかというシュライン・エマの問いに、如月翡翠が笑顔で答えた。
「でもエビフライ、たくさんいるんじゃあ……」
「だからねえ、いっぱい捕まえて猫さんに確認してもらおうと思ったの〜」
 天壬ヤマトの疑問に元気一杯の様子で答えたのは藤井蘭。
「そうねえ……この様子を見るに、多分、中心はエビフライか猫よね」
 エビフライが中心となったせいでエビフライだらけの世界になったのか。エビフライのことばっかり考えている猫が中心となったせいでこんな世界になったのか。
 今のところそれを判断するための要素がない。
 ならば。
「もとの世界でも動いてたっつうそのエビフライを探してみるのが一番っすかね」
 前者であれば元凶を捕まえることで何か変化が訪れるかもしれないし。後者であれば、猫がエビフライと再会すれば世界はあっさり消えるかもしれない。
 そんな結論に達してみたものの、見た目も香りもほとんど同じのエビフライの中からたった目的の一尾を探し出すのは至難の技だ。
「一応、考えはあるんすけどね」
「どんな?」
 問われた声には答えずに、ヤマトはそっと口笛を吹き出した。ヤマトは「演奏」によってあらゆる異界又は世界の生物と意思疎通をし、行動を「頼む」ことが出来るのだ。
 数尾のエビフライが反応して近づいてくる。と、思ったら。
 エビフライたちはぱっと周囲に散っていった。
 興味津々でその様子を眺めていた蘭が、不思議そうにヤマトを見上げる。
 ヤマトはにっと明るく笑って告げた。
「エビフライ探し、手伝ってもらうように頼んでみたんすよ」
「そんなことができるんですか。すごいですね〜」
 翡翠が、心底感心した様子で手を叩いた。
「猫さんが探しているエビフライって、自分のところで作ったエビフライなんでしょう?」
「そうなのにゃ」
 じっと事の成り行きを見守っていた猫が、問いを振られてこくりと頷く。その答えを確認して、シュラインはさらに言葉を続けた。
「油の匂いから辿るってできないかしら?」
「うーん、うーん……頑張ってみるのにゃっ!」
 ガッツポーズをした猫のすぐ横で、何故か蘭も一緒にガッツポーズ。
「僕も僕も。探すの頑張るのっ!」
 何故か妙に気合を入れて、蘭は道端に生えている植物へと目を向けた。
 しゃがみこんでなにやら話している。
 そしてしばしのち。
 何故だかしゅんと俯いて、蘭はその場に立ち上がった。
「どうしたの?」
「植物さんたちに聞いてみたけど、わかんないみたいなの」
 そういえば蘭はオリヅルランの化身だったのだと思い出して、シュラインは蘭の頭を撫でてやる。
「わからないものは仕方がないわ。どうもありがとう」
「えへへへ〜」
 褒められて、蘭はぱっと表情を明るくさせた。
「でも本当、どうやって探しましょう」
 猫はずっと鼻をひくひくさせて探しているが、なかなか目的のエビフライの匂いは見つからないらしい。やっぱり片端から捕まえてみるしかないのだろうか。
 一行の思考はほぼその方向で一致し始め、誰かが口を開こうとしたその時。
「あ」
 大勢のエビフライにわっしょいされて、一尾のエビフライがやってきた。ヤマトに頼まれて猫のエビフライを探しにいった物たちだ。
 見た目も香りもほとんど変わらないように見えるが、エビフライたちには確信があるらしい。やはり、同じ種族だときちんと見分けがつくのだろうか?
「あら、見つかったの?」
 わしゃわしゃと針金のような手足を動かして、エビフライはふるふると尻尾を振った。どうやら頷いているつもりらしい。
「エビフライーーーーーっ! 心配したのにゃっ!!」
 と。
 猫がものすごい勢いでエビフライに抱きついた―――途端。
 ふいと世界が一変した。
 エビフライは一尾を残して綺麗さっぱり消えており、だけど猫はそのまま目の前に。
「……あら?」
「まだ戻ってない?」
 確かにエビフライは消えた。だけど大型猫が目の前にいるものだから、確信が持てず、翡翠とヤマトはきょろきょろと辺りを見まわした。
「本当にありがとうなのにゃ、たすかったのにゃっ」
 こちらが茫然としているあいだに。
 猫はぺこりとお辞儀をして、そのまますたすたと歩いていった。
「……帰ってきたの?」
「じゃ、ないかしら」
 周囲にはきちんと人がいるし。
 と、その時。
「おや、おかえり。お疲れさま」
 管理人室から顔を出した駅前マンション大家の老人がにこりと笑った。

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   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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整理番号|PC名|性別|年齢|職業

2163|藤井・蘭    |男|1|藤井家の居候
1783|如月・翡翠   |女|477|堕天使・メイド喫茶の看板娘
1575|天壬・ヤマト  |男|20|フリーター
0086|シュライン・エマ|女|26|翻訳家&幽霊作家+草間興信所事務員

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         ライター通信          
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 こんにちわ、日向 葵です。
 このたびは依頼ご参加ありがとうございました。
 納品、ギリギリになってしまってすみませんっ(汗)

>蘭くん
 可愛らしいプレイングをありがとうございました。
 はしゃいでいる姿は書いているこちらもとても和みました(笑)

>翡翠さん
 はじめまして。今回の依頼は楽しんでいただけたでしょうか?
 エビフライが多すぎて、とにかく近場からといった感になったため、瞬間移動を使う機会がありませんでした、ごめんなさい(汗)
 その代わり(?)エプロンドレスは大活躍となりました。ふわふわスカートは大好きなので、書いててなんだか楽しかったです。

>ヤマトさん
 はじめまして。エビフライに直接お願いできるということで、確保の立役者となっていただきました。
 他種族の顔立ちなんてよくわからないけれど、同じ種族なら……ということで。
 あのエビフライたちを『種族』と括ってよいものか少々微妙でありますが(笑)

>シュラインさん
 いつもお世話になっております。
 今回もいろいろな案をありがとうございました。相変わらず文字数の中に詰めきれず、全部を書くことはできませんでした(TT)
 ちょっと外して(?)世界の中心はエビフライではなく猫さんでした。


 それでは、今回はどうもありがとうございました。
 またお会いする機会がありましたら、その時はまたよろしくお願いします。