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<東京怪談ノベル(シングル)>


A・PPA・RE(あっぱれ)

 「夏は花火じゃ!花火と言ったら花火に決まっておろう!」
 「…そんな気合いを入れずとも、ちゃんと聞こえておるわ」
 嬉璃は耳元近くで叫ばれる源の主張に、眉を顰めて両耳を手の平で覆った。
 「嬉璃殿、相変わらず悠長な事を言っておるの。ひと夏なんぞ、あっと言う間に過ぎ去ってしまうのじゃぞ?うかうかしておると、夏の風物詩のたったひとつさえ満足に堪能せぬままに季節は過ぎ去ってしまうではないか」
 「…言っておる事は尤もらしいが、おんしの場合はただの腹いせではないのか。…どこかで甲高く鳴く閑古鳥に対する」
 そこまで嬉璃が言うと、壁に凭れ掛かった嬉璃の顔のすぐ横に、ダン!と凄い音を立てて何かが突き刺さった。嬉璃が恐る恐る横目でそちらを見ると、それは研ぎ澄まされた柳刃包丁であった。
 「お、おんし、わしを殺す気かえ!」
 「安心致せ、ちゃんと急所は外すつもりで投げたからの。わしの腕前を信じるのじゃ」
 いや、急所じゃなくても、当たれば痛いものは痛いから。例え座敷わらしであったとしても。

 それは、今よりほんの数時間前の事。頃は夏の最中、しかもその日は今年の最高気温を記録した、とんでもなく暑い日の夕暮れだった。
 明日も快晴を予感させる真っ赤な夕日を背に、源は相変わらずおでんの仕込みを続けていた。旨いものはいつ食しても旨い。それが源の信念だったし、世間的にも正解であった。…が、それにはまず大前提として、旨いものを食する環境が整えられていなければならないのだ。
 「そりゃあ、涼しくくーらーの効いた部屋で食すなら、おんしのおでんは最高ぢゃて。ぢゃがな。ただでさえ全身が煮え立つようなこの暑さ、そこであえてアツアツのおでんを食らおうなどと、そんな酔狂な奴は我慢大会ぐらいにしか存在せぬわ」
 「嬉璃殿、まさかわしのおでんは、我慢大会のネタ程度の価値しかないとでも言うのか」
 気温の暑さとコンロの炎、その両方からくる酷暑でかなり判断力が鈍っているのか、源はギロリと嬉璃を睨みつけていちゃもんをつけた。
 「そうは言うておらぬ。わしはただ、旨いものを食う為には、それなりの環境が必要だと言っておるのぢゃ」
 「環境なら整っておるではないか。おでん屋台と言えば夜の帳、暗闇の中で灯るほんのりとした明かりが、皆の食欲と酒欲を生むのじゃろうて」
 「…冬場ならな」
 ぼそりと嬉璃が突っ込んだ。
 「ぢゃが、今は夏の真っ盛り、蛍光灯ならともかく、昼白灯や白熱灯の明かりでさえ暑っ苦しく感じる季節ぢゃぞ。そこにおでんの湯気の揺らめきなど加わっては…」
 「湧く食欲も萎えてしまうじゃろうてなぁ…」
 源が深い溜息をつき、ようやく現実を見詰める気になった。


 と、言う訳で腹いせ…もとい、暇潰しに花火で遊ぶ事になったのである。日本の花火と言えばやはり線香花火。線香花火と言えば、より長く火花を保たせる事が出来た者がその夏を制する事が出来るのだ(いつからだ、と言うか何を制するんだ)
 「と言う訳で勝負じゃ、嬉璃殿!」
 「受けて立とうぞ!」
 ファイアー!と威勢のいい掛け声と共に、源と嬉璃は同時に線香花火の先に火をつける。地面に立てた蝋燭から移った炎はやがて火薬に燃え移り、丸く固まるとパッパッと瞬く火花が散り始める。彼岸花の花のように広がる濃い朱色の火花は、これぞ日本の夏と言う感じがしみじみとした。
 「それ!もう少し我慢じゃ!………あッ!」
 空いた方の手で拳を硬く握り、気合いを込めていた源だったが、大きく膨らみ過ぎた火の玉はあっさりぽとりと落下して瞬く間に消えてしまう。それを横目で見ながら、嬉璃の線香花火は、未だ小さな彼岸花を咲かせ続けていた。
 「またわしの勝ちぢゃな」
 「……ッ、…!!」
 自慢げに胸を張る嬉璃に対し、源が悔しげに下唇を噛む。再戦じゃ!と次の線香花火を取り出し、構えた。
 「何度やっても同じ事ぢゃぞ。おんしには根本的にクンフーが足りぬ」
 「またそう言う、どこぞのテレビかゲームで聞き齧ったような事を言いおって……」
 悔し紛れにか、源はそう言ってそっぽを向いた。

 たかが花火、されど花火。常に人の頂点、人の先頭を爆走し続けてきた源である。例え相手が嬉璃で、それが遊びの延長だとしても、敗北の二文字、ひらがななら四文字は源の辞書には存在しないのである。
 「嬉璃殿、まさか座敷わらしの妙な能力でも使って……」
 「おんし、見苦しいぞ。己の未熟さをわしに被けるつもりか」
 くく、と如何にも悪役らしく嬉璃が喉奥で笑う。こう言う時には大袈裟なほど、悪人を気取る嬉璃である。それが嬉璃の『ノリ』であると分かっていながらも、その巧みな演技を源はついうっかり真に受け、苛立ちは頂点に達した。ていっとばかりに持っていた花火の残骸を地面に叩き付け、仁王立ちになると嬉璃の鼻先にびしいっと立てた人差し指を突き付ける。
 「良かろう、それでは本郷の力、とくと見せてくれよう!嬉璃殿、覚悟を決めておくのじゃぞ!」
 そう叫んで源はどこかへと走り去っていく。その後ろ姿を見送りながら、嬉璃はカカカカと高笑いをし、花火の残骸をちまちま片付け始めた。←この辺りが真の悪人になれない所以かもしれない


 嬉璃が悪人を演じていたのなら、源はそのライバルを巧みに演じていたのかもしれない。負けず嫌いである事は確かであったが、こうなった状況を心の奥底では源もはっきりと認識し、楽しんでいるようだった。そんな源が向かったのは、本郷家縁の花火職人の元である。その昔、本郷の膨大な援助を受けて発展したこの屋号は、今では日本随一の規模を誇っている。今も出資を受けている為、本郷家に対して忠義も篤い。当然、源の出す無理難題にも、全身全霊を掛けて応えようとしたのだが…。
 「…お嬢さん、本気なんで?」
 花火師の親方が、不安げに眉を潜めてそう尋ねるのを、源は自信を持って大きく頷いた。
 「わしを信じよ。悪いようにはせん。わしの言うとおりのものをこさえてくれれば、おんしの言い値を出そう」
 「分かりやした、お嬢さんがそこまで仰るなら、花火師の誇りを掛けて必ずや完成させてみせましょうぞ」
 親方は、ぐっと拳を握ってキラリ目を光らせて見せる。源の口端がニヤリと釣り上がった。
 「おお、頼もしい事ぞ、それでこそ親方じゃ。楽しみにしておるぞ」
 ふふふふ…と源は不適に笑う。漫画的表現を使うのであれば、顔半分を怪しい斜線が覆い、その中で片目だけがキラーンと光っていることであろう。こう言う時の源は、ろくな事を仕出かさないのは最早周知の事実。不幸なのはそんな源を見ている者がいない為、誰も止められないと言う事である…。
 「良いか、期限は一週間じゃ!それ以上でもそれ以下でもない!!」


 その日は朝から蒸し暑い日であった。それは夜半になっても和らぐ事はなく、風は吹くものの、それは生暖かい湿った空気が移動するだけで、涼しさの欠け片もなかった。
 ついにこの日はやって来た。周囲は異様に張り詰めた雰囲気で空気が研ぎ澄まされ、それで多少は温い気温が引き締まるような気もする。
 あやかし荘の玄関前。呼び出された嬉璃は、その場で仁王立ちになって源を待った。その足元には地面に立てた蝋燭と水の入ったバケツ、そしてホウキとチリ取り。準備は完璧である。後は、源が登場するのを待つだけ……。
 「待たせたな、嬉璃殿!」
 高らかに響くその声に、嬉璃がそちらを見遣る。次の瞬間、そこにはぎょっとして目を剥く座敷わらしが居た。
 「な、な、なんぢゃ、それは―――…!!」
 それは、花火と言うには余りに巨大過ぎた。だが、兵器と言うには余りにおおっぴらで無邪気過ぎ、そして役には立たなさそうだった。四十トンクレーンで釣り上げられ、ゆっくりゆっくりとこちらに近付いてくるそれは、確かに線香花火なのだろう。和紙を拠って作った、こよりの部分も赤い火薬の部分も相違ない。…ただ、その常識外れの大きさを除けば。
 それはゆうに玉の部分は一メートルはあろうかと言う代物である。クレーン車が地響きを上げて近付き、嬉璃の傍らまで来た時には、嬉璃は遥か上空の持ち手の部分を仰ぐ為に、腰を仰け反らせてぽかーんと口を開けるしかなかった。
 「……お、おんし………」
 「待たせたのう、嬉璃殿。いざ、勝負じゃ!」
 上の方から源の声が響く。余りに上の方過ぎて、その姿も肉眼では捉え切れない。だが、勝負師の魂は嬉璃の中にも当然あった。勝負じゃと言われてすっこんでいる訳にはいかない。頷くと懐からマイ線香花火を取り出し、一本取って手にし、身構える。先を蝋燭の火に近付け、その時を待った。再び源の声が天から響く。
 「よいな、嬉璃殿!カウントダウン開始!……3、2、1、レディー、GO!」
 嬉璃が、線香花火の先に火をつける。同時に、源の巨大花火には三方向から火炎放射器(本郷家縁の火炎放射隊(?)である)にて点火された。
 ジジジ…と言う微かな音を立てて嬉璃の線香花火が赤く灯り、上へ上へと巻き上がりながら鬼灯のような濃いオレンジ色の火の玉になる。意識をそちらへと集中させる嬉璃だが、その隣で溶鉱炉のように燃え盛る巨大な赤い火の玉に、頬を焼かれそうになって思わず顔を顰める。上空で源の表情はどうであったか、それを捉えるのは容易ではなく、嬉璃はただ己の花火だけに意識を集中させる事にした。

 やがて線香花火は中盤へと差し掛かる。嬉璃の手許の花火は、赤い火の玉を安定させる。少しずつ線香花火の醍醐味である、ジャッジャッと言う音を立てながら彼岸花の火花を散らし始めた。と、その次の瞬間である。嬉璃の足元に、バシィッと激しい炸裂音と共に、大きな火花が飛んで来たのだ。
 「うおっ!?」
 可愛げのない叫びを上げて思わず反射的に飛びすさる嬉璃。当然、その手に持った線香花火の赤い火の玉は、実にあっさりとぽとりと地面に落ちた。
 「ああッ!?」
 「ふはははははは!勝負あったな、嬉璃殿!」
 遥か上空で源の高笑いが響く。源が持つ(実際に手で持っているかどうかは不明だが)巨大線香花火は、その弾ける火花をゆうに十メートルもの大きさを誇り、それを四方八方に飛ばしている。あやかし荘の、程良く乾いて如何にも燃え易そうな屋根が、ジジジ…と焦げるような音をさせ始めたのを聞いて、嬉璃が焦った。
 「待て、おんし、このままでは周囲に火災が発生するぞ!」
 「うはははは!構わぬではないか、昔から言うであろ?火事と喧嘩は江戸の華、とな!」
 いや、確かにそうかもしれないが、今はもう江戸じゃないんだから。
 そんな嬉璃が何とか止めさせようとした、その時である。バチィッ!!とひときわ大きな音を立てて、巨大線香花火の真下から、これまたひときわ大きな火花が弾けた。
 すると。
 「うぎゃ―――……!!!」
 源の悲鳴が、周囲に響き渡る。余りに大きな線香花火の火花は、恐ろしいほどの推進力を持っていたらしい。つまり、源が持つ(乗る?)巨大線香花火は、大きな火花が弾ける事でクレーンの拘束を振り切り、真っ直ぐに空へとロケット発射してしまったのだ。
 「…………」
 嬉璃はまた上空を仰ぐ。夏の夜空に、赤い火の玉が物凄い勢いで宇宙へと還って行く様が見えた。それは次第に小さくなり、やがては天の川の中で、キラーンと輝きを残して消えてしまった。
 「…実に天晴れぢゃ。…いい勝負ぢゃったぞ」
 嬉璃は頷き、盟友の勇気を称える。掻いていない額の汗を手の甲で拭うと、徐に、散らかした花火の残骸をまめまめしく片付け始めるのであった。


おわり。





☆ライターより

いつもありがとうございます!へっぽこライターの碧川桜でございます。
…この『へっぽこライター』の呼び名がこれ程までにしっくり来てしまったのは不覚の致す所でございます…(汗) 先日は本当に失礼致しました(平謝)優しいお言葉で促して頂き、感謝致しております。改めて気を引き締め、同じような事を仕出かさないよう気を付けて行きたいと思っております。申し訳ありませんでした。
夏の暑さに脳味噌蕩けそうになっていますが(笑)、今後とも御贔屓にして頂けますよう、よろしくお願い致します(平伏)