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<東京怪談ノベル(シングル)>


■ひとときの真実■

 夜には、普段すらあまり客のこないこの骨董品店も、殊更に静かになる。来るにしても、ただの骨董品だけを取り扱っているわけではないため、不思議関係の客が多い。
 牙道・エオ(こどう・えお)は、その窓際に腰掛け、窓外の月へと思いを馳せた。
 自分の能力は、強いて言えば「万能」。人はそれを「才能」とも呼ぶかもしれない。しかし彼女は、決して満足ではなかった。自尊心なんてもってのほかだ。
「私には何も……ないもの」
 本当には、何も「持ってはいない」。
 虚しい───その感情ばかりが、日々増えていく気がする。
 別に、特別この自分の能力が嫌いなわけではない。兄と共通する能力であってもそれが彼女に何を指し示すものでもなかったし、好き嫌いの問題ではないのだ。
「ただ、『都合がいいだけ』……」
 そう、「万能」であることは。
 「才能」があることは、世の中の人間にとっても「都合のいい」ことが多い。仕事だってやりやすくなるし、また、その仕事をこなした後は世の中だけでなく、その「万能」の者達も気分は決して悪いものではないだろう、と彼女は思う。
 けれど。
 強い意志や努力の前では、本当には───どんな「万能」も負けてしまうのではないか、薄れてしまうのではないか、とエオは思う。
 努力なんて、という人間も数多くいるだろう。
 だが、例えば「万能」や「天性の才能」とやらが、森の中に始めからある美しい湖だとすれば。
 努力とは、小さな水の雫からたくさんの年月をかけて拡がってゆく澄んだ海にもなり得る。
 努力は自分に「こたえて」くれる。
 自分が力を注げば注ぐほど、それこそ遥かな広大な海にだってなり得るのだ。
「……努力のほうが、ある意味『万能』なのかもしれない」
 そう思った途端、ふ、と気持ちが少しだけ軽くなる。そして彼女にしては珍しく、くすくす、と笑う。
「『万能』の人が努力したら、最強なのにね」
 だから、「万能」にも出来ないことがあるのだろう。なぜなら、「万能」ならば努力してもそれ以上にもそれ以下にもなりはしない。唯一の弱点とも言えるのだ。
「どうして私、こんなに気持ちが楽になるんだろう……努力なんて、私には無縁なのに」
 そ、と片方の足を立て、その上に両手を置いて顎を乗せる。
 どんなに努力をしても、「神様」は下界の人々のそれを無視する。でも、下界の者達はそれをものともしない。挫ける人間もいるだろう。だが、構わず、それこそ雑草の如く我を知り我の道を進み努力のための「力」を惜しまない人間も数多い。
 そんな者達に会いたい、とエオは思う。
 ふと、どこかで聞いた、とある「岩に出来た水溜り」のことを思い出した。
 その岩は木のすぐ下にあった。雨が降るたび、枝葉から岩へ、雫がぽとりぽとりと落ちる。
 何十年何百年とかけて、その岩は次第にその雫たちに削られ、水溜りが出来たのだという。
 なにも、人を驚かせ、「かなわない」とされるものが奇蹟ではない。
 むしろ、そんな実話こそが「奇蹟」とエオは思う。
 そしてまた、ふ、と目の色が弱い色に変わる。今は誰もいない、だからサングラスは外している。彼女自身分かっていてつけている、自分の「鎧」。自分の弱いところなど、誰にも見せたくない。誰が死ぬのも見たくないから、自分は誰の目にも強くありたい。
「死ぬのを見たくない、なんて泣き言」
 いつか誰かが言っていた言葉を、彼女は思い出す。そう、なのかもしれない。自分も。だから、弱い自分がいるのかもしれない。でもそれは、彼女の本当の姿。誰にもまだ、兄しか知らない真実。
 少しでも、とエオは思う。
「『万能』に生まれて……『才能』に恵まれた者達の中にも、私と同じようなき持ちを持った者が……いるのかな……」
 いるといい、と思う。
 だって、「その者」はそれで良くとも、「誰にも知られない努力」は少し、淋しい気がするから。
 エオは暫く、少しだけの自分の時間を、また、月を見上げてゆらゆらと過ごすのだった。


【執筆者:東圭真喜愛】