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<東京怪談ノベル(シングル)>


恒常温度

 ミンミンミン、と蝉の鳴き声が響く。ぎらぎらと太陽が全てを照りつける。寝転んでいるだけなのに、じわじわと汗が滲んでくる。
「あーづーいー」
 窓を全開にしているお陰で、さわさわという涼やかな風が時々舞い込んでは来る。田舎のいいところは、こういう涼しい風が舞い込むところにあるのだと、伍宮・春華(いつみや はるか)は実感する。
「時々涼しいけど……暑い」
 そよそよと吹いてきた風に涼しさを感じ、春華は言い直した。ずっと暑い訳ではないが、だがしかし暑い事には変わりは無い。
「……ん?」
 春華は赤の目を窓に向ける。不意に、窓の方に何かしらの気配を感じたのだ。春華は思わずにやりと笑う。
「あいつらかな?」
 春華は小さく「よっ」と言いながら起き上がる。ぼさぼさになった黒髪を手櫛で直し、立ち上がって窓の方に近付いた。
「よ、兄ちゃん!」
 春華が近付くと、窓の下にひょこひょこと見知った顔が並んでいた。いずれも、春華の遊び友達である子ども達だ。
「よ、暑いな」
「兄ちゃん、夏は暑いからこそ夏なんだぜ?」
「いっちょ前に言うようになったな」
「暑いもんは暑いんだけどさー」
 あはは、と明るく子ども達は笑う。つられて春華も笑った。
(真っ直ぐだな、こいつら)
 春華は笑いながら、ふと思う。子どもという存在の無邪気さを、真っ直ぐさを。
(俺がどういう存在なのか分かっても、変わらないんだからさ)
 自分が天狗だという事を、知ったというのに態度の変わらない子ども達。春華はそれが愛しくて仕方が無かった。正体を知ってしまったら、自分に対して態度を変えてしまうのではないかと恐れていたから。
「あ、そうだ」
 子どもの一人がいい事を思いついたと言わんばかりに、にかっと笑う。
「兄ちゃん、氷食べに行かないか?」
「氷?」
 思わぬ言葉の出現に、思わず春華はごくりと喉を鳴らす。
「駄菓子屋のばーさんの所のやつ!」
「苺とか、メロンとか、青い奴とか。シロップかけ放題なんだぜ?」
「おっきな氷をさぁ、こう……がりがりがりーって削るんだって」
 そう言いながら、子どもはがりがりとカキ氷を削る真似をした。暑い中、春華の心も次第にカキ氷に惹かれていく。
「……よっしゃ、行くか!」
 春華はそう言うと、ポケットに財布をねじりこんだ後に窓から飛び出した。こっそりと室内に隠し持っていたサンダルを履き、子ども達と一緒に歩き始めた。
「俺、何の味にしようかなぁ」
 春華がぽつりと呟くと、子ども達が口々に騒ぎ始める。
「やっぱ苺だって、苺!」
「メロンだってば。分かってねーなー」
「レモンがいいって。絶対レモン!」
「えー!絶対コーラだぜ、コーラ」
「ブルーハワイ旨いじゃん?あれがいいって」
「うーん、どうするかなぁ」
 春華が子ども達の言葉に悩んでいると、一人の子どもがにやりとわらった。
「兄ちゃん、悩む時に答えは一つだって」
「へ?」
 春華がきょとんとして首を傾げると、その子はにやりと笑ったままこぶしを握り締めて力説する。
「ずばり、ミックスだって!全部の味を一度に楽しむ!これが醍醐味ってやつだって」
「み……ミックス!」
「お、お前禁断の味をとうとうやったのか……!」
 子ども達の間から「おおー」というどよめきが起こる。その様子に、思わず春華はぷっと吹き出した。
「それって、味がごっちゃになんねーか?」
 春華が言うと、子どもは「ちっちっ」と指を揺らす。
「分かってねぇなー、兄ちゃん。そこがいいんじゃん」
「あ、兄ちゃん!あそこあそこ!」
 子どもに袖を引っ張られ、春華は前を見た。そこには、こぢんまりとした駄菓子屋があった。ガラスケースに入った剥き出しのお菓子たちが、十円だとか、二十円だとかで売られている。
「へぇ……」
 春華がきな粉棒だとかクジ付きのカステラ菓子だとかを物珍しそうに見ていると、子ども達は一様に五十円玉を握り締めて店の奥に向かって叫んだ。
「ばーちゃーん!」
「カキ氷!」
 子ども達の呼びかけに「はいはい」と応え、おばあさんが現れた。春華ははっとして身を竦める。子どもとは違い、大人は自分を厭うだろうから。だが、おばあさんは春華に対して少しだけ微笑むだけだった。
「皆、カキ氷かい?」
 子ども達は頷き、五十円玉をおばあさんに渡す。春華もそっと、おばあさんに五十円を払った。おばあさんはにこにこと笑ったまま、それを受け取った。何も気にしない風な様子で。春華は思わず微笑む。自分の事を、厭わない存在がここにもいた事に。
 結局、春華は一番強く勧められたミックスにしてしまった。シロップをかけるという行為が気に入ったからと言う原因もあったからなのだが。


 公園で、子ども達と一緒にカキ氷を食べる事となった。駄菓子屋から少ししか距離が無かったのに、既に氷は水になろうとしている。春華のはミックスにしてしまった為、何ともいえぬ色になっていたが。
「おお、冷てー!」
 皆が氷を口にした第一声が響く。シロップをたっぷりかけたカキ氷は、冷たく、そして甘い。
「そういやさー、兄ちゃん今日は翼は?」
「翼?」
「ほら、前に俺を助けてくれた時に生やしてたじゃん」
 春華は言われ、小さく「ああ」と言ってにやりと笑う。
「見たいか?」
「見たい見たい!」
 子ども達がわあ、と騒いだ。春華はにっと笑うとその背中に黒の翼を生やした。夜の帳と見間違えんばかりの、漆黒の翼。
「やっぱかっちょいいなー、兄ちゃん!」
「空とかも飛べるんだよな、兄ちゃん!」
「まあな」
 春華は頷き、一人の子を連れて空へと舞い上がる。片手に子ども、もう一方の手にカキ氷。暫くして地面に舞い戻ると、他の子どもも目をキラキラさせながら春華を見ていた。
「いいなーいいなー!」
「俺も俺も!」
 次から次へと子ども達が春華の周りに纏わりついてきた。春華は「おいおい」と突っ込みを入れてから、ごほんと小さく咳をする。
「そういうのは、ちゃんと順番に並んでくれないとどうしようもねーぞ」
「おっしゃ!じゃあじゃんけんな、じゃんけん!」
 子ども達が必死になってじゃんけんをしている間に、慌てて春華はカキ氷を口の中に放り込んだ。これから何人も空に連れて行くとなると、ゆっくりカキ氷を食べさせて貰えそうも無い。時々痛む、頭を抱えながらようやく食べ終わる。
「兄ちゃん、順番決まったぜ!」
 見ると、最初に持ち上げてやった子ども以外全員が一列に並んでいる。春華は苦笑し、一人ずつ空へと誘ってやる。
 ようやく全員を連れて空に舞い上がるのが終わると、春華はその場に座り込んだ。
「全く……お前ら容赦ねーなー」
 そうしていると、春華の前にちょこんと少女が座った。割合最初の方に空に連れて行ってやった子だ。少女はじっと春華の翼を見つめ、にっこりと笑った。
「やっぱりお兄ちゃんの翼、可愛いね」
「そ、そうか?」
「うん。……一枚、頂戴?」
「へ?」
 駄目?と言わんばかりに首を傾げられ、春華は悩みながら後頭部をがしがしとかいた。
(ま、一枚くらいいっか)
 春華は小さく「うん」と言い、そっと羽を一枚取って少女に渡してやる。
「わあ、有難う!」
 少女は大事そうにそれを握り締めた。春華もその様子を見て、にっこりと笑っていると……。
「あー!いいなーいいなー!」
「兄ちゃん、俺も欲しい!俺もそれ欲しい!」
 それを見ていた他の子どもが次から次へと寄って来た。
「そんなにやれるかー!」
 春華はそう言い、慌てて立ち上がって逃げ出した。勿論、多少手加減をしながら。子ども達はきゃっきゃっと笑いながら春華を追いかける。
 心底、楽しそうに。


「全く……あの子ったら何処にいったのかしら?」
 子ども達の保護者は、子ども達を捜していた。近くで遊んで来いといっておいたのに、気付けば近くとは言えぬ場所で遊んでいるのだという。子ども達行きつけの駄菓子屋で、公園に行った事がようやく分かったのだ。
「本当に……。危ないから気をつけろといってあるというのに」
 保護者の一人はそう言い、ちらりと春華の保護者を見た。明らかに、春華を危険視するかのように。春華の保護者はそれに対して、ちらりと目線を返すだけであった。
「あ、いましたよ!」
 保護者の一人が言い、公園を指差した。それに注目し、大人たちは言葉をなくした。自分達の子どもは、件の天狗と一緒に遊んでいるのだ。しかも、明らかに翼を生やしている天狗と。
「仲良く遊んでいる……?」
 保護者の一人が、ぽつりと漏らした。目の前で子ども達と無邪気に遊んでいる、黒い翼を持つ天狗。子ども達が彼の正体を知らずに遊んでいると言う訳でもなさそうである。
「あれが、天狗……」
 再び、一人が漏らした。ごしごしと目を擦っているものもいる。目の前の出来事が、真実なのだと理解するまでに時間を要するようだった。
 そんな中、春華の保護者だけは穏やかな笑みを浮かべたまま、その様子を見ていた。楽しそうにはしゃぐ、子ども達と春華。信じられないと言わんばかりの大人達の中、春華の保護者だけは知っていた。
 それが、いつもの春華の姿であり、伝承を伴わぬ春華そのものなのだと。

<恒常たる温度を知らしめながら・了>