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<東京怪談ノベル(シングル)>


続・七不思議

「ふわ……っとと」
思わず口から漏れそうになった欠伸を必死に噛み殺し、三下・忠雄は愛用のノートパソコンに向かう。
「結局三つしか出てこなかったな……」
画面に映る文字を眺めて、小さく溜息を付く三下。
仮称Kこと門屋・将太郎の七不思議を考えて、結局半徹してしまった。かといって通常業務を怠れば、死んだほうがましな現場に回されるのが目に見えているので、しかたなく仮眠だけとって働いている。ちなみに、仕事の進み具合は“何時もの如く”遅い。平常時と睡眠不足時の要領が同じというのも、なかなか悲しいものがある。
「さっさと七不思議全部集めたい―」
「個人の七不思議、まぁ、着眼点は良いわねぇ」
背後からの声。それは三下にとってとても聞き慣れた、そして、最も聞きたくない声。
「でも、この記事の書き方じゃ駄目だわ。もっと読者を沸かせるように書かないと」
後ろを振り返る余裕も与えられぬまま、背後から声だけが聞こえてくる。
「記事は書き直し。そうね……今日中に七不思議全部揃えなさい」
死の宣告に等しいお言葉に、ただ三下は固まる事しか出来ない。
「でも……七不思議を七つ揃えちゃうのも、考えものよね」
立ち去っていく気配と共に、そんな言葉が投げ掛けられた。

「思うに、日本人は働きすぎだと思う」
そんな事を呟いても、反応してくれる人の気配は無かった。
「……馬鹿言ってないで早く書こう」
はぁ〜、と特大のため息をつきつつ、キーボードに指を滑らせる。
編集長にダメ出しされた三不思議のリテイクが画面の中に鎮座している。これで何とか形にはなった、
後は、残りの四不思議を考えるだけ。情報源は、皺だらけの上に自分でも時々解読不可能になる三下語で書かれたメモだけ。メモを火が出るまでじっと見ていれば何か浮かんでくるかと思ったが、考えてみればそんな事をしている暇に頭を動かしたほうがましだし、万が一本当に火が出たら困る。
「…………何考えてるんだ、僕」
三下も編集者なら数日の徹夜などお手の物……な訳が無く、頭は確実に鈍っている。このまま思考停止してお花畑に旅立つ前に、何とか残りを捻り出さなくてはならない。
「何かあったかなぁ……あ」
ふと、メモの端の文字が目に留まった。
『門屋両刀説』
文字を判別すると同時に、奇跡的に取材内容が頭の中に浮かんで来る。
―彼は、恋愛対象はどっちでもいいんです
Kこと門屋の友人の一人はそう言っていた。ならば、これを使わない手は無い。
「読者を沸かせるような記事……」
呟きと、カタカタというキーボードを押す音だけがアトラス編集部に響いた。
「……こんなもんかな」
手を止める三下。画面の中には、一応形になった記事があった。
『その4、Kは両刀?!
着流しに白衣という無茶な服装のKだが、その外見に反した気さくな態度のお陰で友人は多い。その割合は男8女2程度だが、何故か男友達には所謂“美形”が多い。
つまり、Kは美形が好きなのではないだろうか?!
Kの友人の談によると『彼は、恋愛対象はどっちでもいいんです』との事。豪快な親分肌の下に隠された本性は、一体何なのだろうか……。』
書きあがった記事を確認して、ニ三度肯く三下。
「後三つ、かぁ」
メモの皺の中に何かネタが無いかとメモを引き伸ばしてみる。勿論、そんなことをしてもネタが出てくる訳も無く。
「何か、何か無いかな……ん?」
ふと、頭の中に声が流れる。
―あいつは便利屋の俺に仕事頼むんだけど、今まで一度も依頼料払ったことがないんだ。やっと貰ったかと思ったら……新聞紙を札束代わりにしてやがった!
「確か……門屋さんの親戚の人、だったっけ」
メモを見ている内に、取材の時の事をだんだん思い出してきたらしい。
「よし、これで……」
カタカタ、カタ、カタカタ……。
夜の静寂の中に、小さなプッシュ音だけが響く。
「……うん、こんな感じ」
『その5、激白、Kは詐欺師?!
Kの親戚は語る。『あいつは便利屋の俺に仕事頼むんだけど、今まで一度も依頼料払ったことがないんだ。やっと貰ったかと思ったら……新聞紙を札束代わりにしてやがった!』
臨床心理士であるKの印象とは随分違うKの親戚の証言。しかし、これも彼の本性の一端なのかもしれない……。』
画面に浮かんだ五つ目の不思議。残りはあと二つ。
「でもなぁ……」
後二つがなかなか出てこない。メモを丹念に見回しても、これ以上の情報は得られそうにない。最後の頼みは、自分の記憶のみ。記憶力にあまり自身の無い三下にとっては絶望的な頼りだった。
「う〜ん、う〜ん……」
回らない頭で必死に考える。しかし、焦りで頭が空回りしている。
「う〜ん……ん?」
今度は映像が浮かんで来た。自分に向かって伸ばされる手。その手が、肩をぽん、と叩いた。
「そういえば……」
映像をキーに記憶を検索してみる。確か、門屋にカウンセリングを受けた事のある人間に取材をした時の言葉だったと思う。
―あの手が触れてくると、何だか落ち着くんですよね、不思議ですけど
―マジックハンド、っていうのかな、不思議ともやもやっとしたものが晴れるんだよね
複数の患者が似たような事を話していた。これをネタにすればどうにかなるかもしれない。
カタカタ、カタカタ、カタ、カタカタ。
「これでどうだ」
今度は、それほど時間をかけずに書き上げる事が出来た。良い感じに徹夜でハイになっているのだろう。
『その6、奇跡、Kのハンドパワー?!
Kのカウンセリングを受けた複数の人間が『Kに触れられると心が落ち着く』と証言している。Kの雰囲気がそうさせるのか、それとも、Kの手には何か秘密があるのだろうか。不思議多きKの事、意外な秘密が隠されているのかもしれない……。』
「残りは一つか……」
最後の不思議に相応しい、とっておきのネタを出さなければならない。
「何がいいかなぁ……」
―でも……七不思議を七つ揃えちゃうのも、考えものよね。
考える三下の脳裏に、編集長の声がリフレインする。
「確かに、七つ目を知った人間ってのは大抵……」
怖い想像に、思わず身を竦ませる三下。しかし、七不思議を揃えなければ仕事はならない。
「……あ、あれなんかどうだろ」
ふと、思いついたネタを書き込―もうとした、瞬間。
「あ……れ……?」
瞬く間に視界が黒く染まって行く。
「それ書かれると、ちと厄介なんだよ」
そんな声が聞こえたような気もする間も無く、三下の視界は暗闇に閉ざされた。

「――下クン、三下クン!」
「…は、はいっ」
何時の間にか寝ていたのか、慌てて目を覚ました三下。
「徹夜は大歓迎なんだけど、ちゃんと仕事しなさいよ」
「いや、ちゃんと調べましたよ、七不思議」
三下の台詞に首を傾げる編集長。
「七不思議?」
「え?いや、だって、七不思議を調べろって言うので……あれ?」
証拠を示すように指差したノートパソコンの画面には、何も映っていなかった。
慌ててファイルを探しても見当たらない。
「おかしいなぁ、確かに……何の七不思議を調べたんだっけ?」
確かに七不思議を調べる所までは憶えているのだが、はたして学校のだったのか病院のだったのか、肝心な所が思い出せない。
「ほら、ぼうっとしてないで、さっさと取材に行ってくる」
「え、取材ってどこですか?」
「最近ちょっと有名な廃校。本物が出るみたいだから、期待して良いわよ」
にこやかな笑みに気圧されて、首を横に触れない三下。
そんな三下のデスク脇のゴミ箱に、細かく裂かれた紙片が入っていた。

End