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<東京怪談・PCゲームノベル>


【 漆黒の翼で2 - 夜想曲 - 】


「え? 帰られてしまうのですか?」
「ああ……これ以上、迷惑をかけるわけには行かない」
 突然の申し出に、目を丸くすることしかできなかった。貴沙良が道端でぶつかったファーがただならぬ事情を抱えていて、家にかくまうことになったのは昨日のこと。
 まだ、一日しかたっていないし、対策がたったわけでもない。このまま外に出ては、昨日の二の舞になるだけだろう。
 それなのに、なぜ、帰るというのだろうか。
「闇にまぎれて店に帰れば、見つかることもないだろう」
 確かに外は漆黒の闇夜。身を隠すことは可能かもしれないが、相手はダークハンターと呼ばれるもの。闇夜に騙されるほど、馬鹿でもないだろう。
「今、外に出るのは危険ですよ。もう少し、後でもいいんじゃないですか?」
 絶対に捕まってしまう。そう、思わずにはいられない。
 ここにいる分には、貴沙良が発している魔力で危険なことは一切ないし、ダークハンターに近づかれることもない。しかし、貴沙良としても、自分のそばを離れてしまった彼のことまで、守ることはできない。
 おせっかいを焼きたいというわけではないのだが、このままではいけないと、思わずにはいられない気持ちが貴沙良を支配している。
 放っておけない状況。何がそんなにも自分を駆り立てるのかは分からない。

 似たような境遇にあるから?
 触れてはいけないほどのブラックボックスを、心の中に抱えているから?

 彼に、自分を照らし合わせてしまっているのかもしれない。けれど、それだけではない。
 話していてわかるのだ。
 彼が、人間の害になるようなものには、見えない。
 どうしても、そんな風に見ることはできないのだ。
「……ファーさんは、納得できていないから、逃げているのですよね?」
「え?」
 唐突な貴沙良からの言葉に、靴を履いている途中だったファーが動きを止める。
「もし、自分がどうして狙われているのか、わかっているのなら逃げたりしませんよね?」
「……その理由が、死するべきものならば、受け入れるだろうな」
 死んだほうが言いのなら、死ぬ。だが、理由もわからずに死ぬのはイヤだ。
「どうして追われているのか、納得したくないですか?」
「それはしたいが……わかる手段が……」
 問答無用で攻撃を仕掛けてくる相手に、どうやって話をすればいいのか。
 その術を、ファーは持っていない。だから、逃げるしかない。
 けれど、これ以上彼女の――貴沙良の世話になってしまっては、悪いと思った。
 昨日のように、突然自分の中にある「何か」が身体を勝手に動かしてしまう可能性だってある。
 そうなったとき、抑えられるかどうか自信がない。
 もしかすると、これが、ダークハンターと呼ばれている少女に狙われる理由なのかもしれない。
 だとしたら――死んだほうがいいのか?
 止めていた動作を再開しながら、ふと、そんな考えさえ浮かんでくるファーに、はっきりとした口調で告げる貴沙良。
 それは――
「手段ならあります」
「……一体、どうやって……?」
「私が、聞いてくるんです」
 あまりに驚愕を覚えると同時に、すまない気持ちでいっぱいになる申し出だった。
 でも、否定の言葉を許してくれないほど、彼女は真剣な感情を、その大きな眼差しに秘めて見つめてくる。
 強く、気高ささえ感じるその瞳が、容姿と裏腹に、幼さを一切感じさせない。
 それは彼女が――前世、魔王という立場のものだったからだろうか。それとも他の何かが――?
「……遠慮させてほしいと言っても、聞いてくれないのだろう?」
 一日すごしてわかったこと。
 彼女は、自分が決めたことにはまっすぐで、どこか頑固だ。いいところだと思っている。
 だからこそ、危険なことに首を突っ込んでほしくない。
 もしものときに、その純粋さゆえ、傷つけてしまうのが申し訳ないのだ。
「はい。もしそのときは、全力でこの家からファーさんをだしません」
 そんなことをされてしまったら、本当に出れないだろう。それも困る。
 どうしたものか……。
 このまま、彼女の申し出を聞いてしまってもいいのか。
 それとも――振り切ったほうがいいのか。
「……約束してくれ。命に関わる問題になったら、すぐに、どんな状況であっても、話を聞きだすことなんかせず、一番にお前自身のことを考える、と。俺のことは、その時点で忘れてくれ。お前なら、逃げることなどたやすいのだろう?」
「過大評価だと思います。そんなにすごくはないです。でも、ファーさんの言うとおり、逃げることはできると思います」
「……では、約束だ」
「はい」
「……すまない、何から何まで、頼んでしまって……」
「いいんです。それに……確かめたいことが、たくさんありますから」

 ◇  ◇  ◇

 こんな夜中に外を歩き回ることになるとは、思いもしなかった。
 自分がファーに似た気配を出し、ファーにまったく関係がなく、近づくと意識を惑わされるような気をまとわせていれば、ダークハンターが誘われるのは自分のほう。
 貴沙良が出した提案に、二つ返事で納得はしなかったものの、他の方法が思いつくわけでもなく、首をうなずかせなければいけなくなったファーと別れたのは、ついさっきだ。
 突然、魔力をまとった二つの意識が表れたら、空で監視しているはずのダークハンターも気になって寄ってくるはず。
 ファーがある程度離れたことを確認すると、貴沙良はまとっていた「ファーに似た気配」を振り払い、濃厚な魔力を放出する。
 刹那。
 少しずつ近づいてきていた影が、一気に間合いを詰めて、月夜に輝く鎌を振り下げようとした。
「……っ! 子ども……!」
「はい。姿形は子どもです。しかし、この魔力、あなたとしては放っておくわけにはいきませんよね? ダークハンターさん」
 ためらい、最後まで振り下ろされることがなかった鎌。ダークハンターと称された少女は、彼女と間合いを取り、感情のこもらない瞳を闇夜に光らせた。
「……片翼の男をかくまっていたのは、まさか貴方?」
「はい。そうです。ご存知ありませんか? 一部の魔族から大きな恨みをかっていながら、人間界で小学生として生きている魔王のことを」
 言われて眉を動かした。やはり、彼女の頭の中に自分の情報が多少なれどあるようだ。
「私は多くの者を殺しました。魔族・人族問わず。本当に多くの命を奪いました。自分の望む結果を得るために。ファーさんとは違い、私はすでにした後、狩るべき優先順位は私の方が上でしょう」
 しかし、ダークハンターはなんの反応も見せない。自分は、彼女の中でターゲットの対象になっていないのか?
「……貴方は攻撃対象ではない。監視対象ではあるけれど」
「力を、使わないし、制御できているから?」
「そう。でも彼は違う。いつ、暴走してもおかしくない……」
 ダークハンターの言っていることは正しい。
 貴沙良がファーの意識内に少々魔力を流し、力を逆なでしただけで彼は自分を見失った。
 記憶と一緒に、力も眠らせてしまった様子だったが、もし、記憶だけでなく力が戻ったのなら。
「……ファーさんが、暴走をして、人間の害になると?」
 肝心のところで、彼女は口をつぐむ。
「……前世で、力ある者達の説得に失敗し、命の奪い合をした私が言うのも変ですけど。通じる言葉があるというのは、大切なことですよ。問答無用だというのなら、知りたい事を話して下さるまで、付き合ってもらいます。あなたをこの場所から、一歩も出しません」
 辺りの空気と、それをまとう風が一気に性質を変えた。心地よく頬に触れてくる夜風はどこへやら。
 殺意と強い意志がこもる力――そしてその力が生み出した、結界。
 無音・無風の中、貴沙良は一歩も怯むことなく、相手をにらみつけていた。
『ちょい待て。魔王さん。別にあんたとやりたいわけやない。話したくないわけでもない。あんたに判断してもろうたら、早いから、話させてもらうから、とりあえずその臨戦態勢解いてくれへん?』
 そんな緊迫した空気に似つかない、おやじくさい関西なまりの声が響く。
 第三者がいる可能性は皆無。いるのは自分、そしてダークハンター。だったら、一体この声はどこから?
『俺はスノーの一部であり、最大の弱点であり、強みでもある鎌や。スノーは話すの下手やから、俺が説明したる』
「……敵に、弱点を教えるべきではありませんよ」
『戦う意志がないと、思うて言っただけや。あんたはやりにきたんじゃない。聞きにきた。そうやろ?』
 すると、貴沙良は肩の力を抜いてため息一つ。
「……おっしゃるとおりです。聞かせてください。ファーさんのことを」
『よっしゃ。じゃ、手始めにこの空気止めて。ごっつ気分悪い』
 確かに、ダークハンター――スノーと呼ばれていた――の鎌の言うとおり、いい気分でいられる環境ではない。そういう場所を作り出したのだから。
 戦う意志がないのなら、こんなところで会話をする必要はない。
 貴沙良は風にまとわせていた魔力をとき、辺りは先ほどと何一つ変わらない、夜の風景に変わったのだった。

 ◇  ◇  ◇

『どこにでもある堕天使の伝説は知ってるな?』
「はい、おっしゃっているのと、私が知っているのとが同じでしたら」
『ファーはその伝説となっとる堕天使の一人だ。こことは違う異世界に天界っつーところがあって、そこで裏切りにあい、地上に堕とされ、そして――』
「人を殺すことに快楽を覚えた」
 そこまで言うと、スノーが一枚の羽根を見せた。
 小さなスノーの手のひらいっぱいに広がった羽根は、見たことのある漆黒だった。
「翼を失ったのは――完全に天使として追放されたから」
『だが、なぜか片翼を取り返した。でも、もう片翼は取り返せなかった。その片翼が、今、スノーの持っとる羽根なんや』
「この羽根にはあの男が殺戮を繰り返していた時の記憶と、感覚、感情などが全て詰め込まれている」
「ファーさんが……そんなことを……」
 信じられなかった。口数は少ないが、決して人を殺すような感情を持っているようには見えない。
「全てをこれに封じ込めた。けれど、この羽根には意志があり、主人であるあの男のもとに戻ることを望んでいる」
『それが戻ってしもうたら、封じられている全てが開放されて、殺戮者に戻ってしまう』
「だからその前に狩る。必ず彼は人の害になる」
 堕天した天使。
 強い憎悪だけを抱えて、人を殺すことでその憎悪を晴らして生きていくしかなかった。
「その羽根を……消すことは?」
 そんな堕天使だったときの記憶が込められた翼さえなければ、彼が再びそれを繰り返すことはない。
「一度――消された羽根。しかし、異世界からこの地へ来た彼と共に、再び羽根はこの地へ現れた」
『何枚に散ったかわからないから、羽根を消して歩くよりも、本体を狩ったほうが早いと判断したんよ』
「羽根、一つひとつに、全部の記憶が詰め込まれているんですか?」
「一枚消えれば、一枚現れる。記憶の全てを持って。厄介な羽根」

 羽根を全て消すことはもはや不可能。
 彼が、殺戮を繰り返した日々を思い出さないためにも、その前に殺さなければいけない。

「他の手段が……ないということ、ですよね?」
『ないな。しかもこの羽根、厄介なことに無力な者に触れると、力が解放され、殺戮者であったときのあの男が身体を乗っ取る』
「堕天使――ルシフェルとして」

 道はないのか。
 羽根を全部探し出し、彼は今のままで生きるという道は――ないのだろうか。
 異世界から来た存在であるファー。
 その異世界から一緒に連れてきてしまった、何枚もの羽根。

 その中に込められた――ファーの過去の記憶。

 その記憶と、感覚、感情、そして何より――力を解放させないためにも、彼を殺すしか、道はないのか――?

「……選ぶのは私ではありません。ファーさんはこのことを知りません。ですから、ファーさんとお話をさせてください。死を選ぶのか、生を選ぶのか。後者の場合、どうやって生きる術があるのか。決めるのは――ファーさん自身です」
 
 貴沙良はスノーと鎌に一つ頭を下げると、自分自身がまとわせた気配を頼りに、ファーを追った。



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■       ○ 登場人物一覧 ○       ■
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 ‖高木・貴沙良‖整理番号:2920 │ 性別:女性 │ 年齢:10歳 │ 職業:小学生
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■       ○ ライター通信 ○       ■
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この度は、発注ありがとうございました!
またお会いできて光栄です。ライターの山崎あすなともうします。
「漆黒の翼で」シリーズの第ニ話目、いかがでしたでしょうか。

力づくでも、どうやっても、必ず話を聞きだしてくるという意志の強さが印象的
なプレイングをいただきましたので、そこを強調できるようにと、描かせていた
だきました。境遇の似ている貴沙良さんが話を聞いてきてくださるということで、
ファーもとても心強かったことでしょう(^^

楽しんでいただけたら、大変光栄に思います。
もしよろしかったら、最後までの参加、心よりお待ちしております。
それでは失礼いたします。この度は本当にありがとうございました!また、お目
にかかれることを願っております。

                         山崎あすな 拝