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<東京怪談・PCゲームノベル>


【夢紡樹】−ユメウタツムギ−


------<夢の卵をプレゼント>------------------------

 学校からの帰宅途中。
 青空が広がっていた空は、いつの間にかどんよりと曇ってきていて。
 遠くで雷の音が聞こえている。
 私は雨が降ってこないうちに早く家に帰ろうと足を早めた。
 だけど、そんな私のささやかな願いは聞き届けられなかったみたいだ。
 ぽつり、と私の頬に一粒の雨。
「あっ……」
 小さく声を上げ空を見上げた瞬間、バケツをひっくり返したような、という表現がぴったりの雨が降ってきた。
「嘘ーっ!」
 私は傘を持っていなかったから、慌てて雨宿り出来そうな木を探したけれど、生憎とそんな丁度良い木がなくて。
 でも目の前の看板には喫茶店の文字が見えた。
 天の助け、と私はその看板の表示に従って喫茶店を探す。
 目の前にあるのは大きな木の洞に出来た喫茶店。枝の下で雨宿りしようかと思ったけれど、葉と葉の間が空きすぎていて雨宿り出来そうな状態じゃなかった。
 この大きな木に雷は落ちないのかな、と少し不安になったけれど中の人たちの表情があんまりにも柔らかかったから私は覚悟を決めて中に入った。
 カラン、と軽やかなドアベルの音が店内に響く。
 それと共に聞こえてくるカウンターから飛んでくる声。
「いらっしゃいませ。突然の雨で大変でしたね」
 そう言ってカウンターから笑いかけてきた青年。その声を聞いて途端に気持ちが楽になった。
 そしてピンクのツインテールを揺らしたウェイトレスの少女が元気いっぱいに私を席へと案内する。
 その途中で少女が私にタオルを手渡してきた。
「雨に濡れちゃったでしょ?それで拭いてね。風邪引いちゃうから」
 ニッコリと微笑んだウェイトレスはメニューを置いて去っていった。
 随分サービスの良い店だと思いながら、私は濡れた髪をタオルで拭きながらメニューを眺める。
 初めの方は本当にどこにでもあるような喫茶店メニューだったけど、後ろの方は本格的な料理名が並んでいる。
 明らかに喫茶店にあるような軽食メニューではない。

「面白いお店…」
 小さく呟いた私の頭上から、くすり、と小さな笑い声が聞こえた。
 ビックリして顔を上げたら、そこには黒い布で目隠しをした謎の人物が立っていた。
 全然気配も無かったから気づかなかった。
 ぽかん、と私が見上げているとその人は恭しく一礼する。
「いらっしゃいませ、店主の貘と申します。今日はようこそおいで下さいました」
 にっこりと微笑んだ貘さんは、私に籐の籠を差し出した。
 籠の中に入っているのは卵のようだった。
 真っ白な卵。
 一体これをどうしろというのだろう。
 首を傾げた私に貘さんは言う。
「こちらは夢の卵です。当店実は、喫茶店の他に夢と人形を扱っておりまして本日ご来店の皆様に『夢の卵』をお配りしていたのです。もしよろしかったらお一ついかがですか?」
 訳が分からない。
 人形は分かるが、夢を扱っているとはどういうことだろう。
「あの……夢の卵っていったい…?」
 私が尋ねると、それはですね、とにこりと口元に笑みを浮かべた貘さんが簡単に説明してくれる。
「見たい夢を見る事ができるという品物です。これを手にしたまま眠りにつかれますと、ご自身が望む夢を見る事が出来るのです」
 興味はありませんか?、と貘さんに尋ねられ私は考えた。
 そんな都合が良いことがあるのだろうか。
 よく分からない。
 でもくれるというのだから試しに貰ってみるのも悪くはないような気がした。
「それじゃ、一つ。ありがとうございます」
 そう言って私は籠の中から一つの卵を手に取る。
 やはり手にとって眺めてみても、その卵は普通にスーパーなどで売っている卵と重さも形も何ら変わりはないように見えた。
 私が卵を一つ取ったのが分かったのか、貘さんは丁寧に頭を下げて奥へと引っ込んでしまう。
「それではどうぞ良い夢を。夢は心を移す鏡。貴方の夢はどのような心を映し出すのでしょう」
 そんな言葉を呟いて。

 私は一人残されテーブルの上で卵をコロコロと転がす。
 どんな夢を見せてくれるんだろう。
 夜になるのが少し楽しみで、そして少し不安だった。


------<夢の中で>------------------------

 私はその夜、夢の卵を手にしてベッドに入った。
 本当に夢が見られるかどうかは不安だったけれど、あの喫茶店で飲んだお茶は美味しかったし信じてみたいと思う。
 瞳を閉じて、卵を手にしたまま私は色々な事を考える。
 どんな夢が見たいのか。
 でも眠気の方が先にやってきて、考えるのは中断されてしまう。
 夢に沈んでいく私の脳裏に描かれたのは母さんの笑顔。
 そう、私はあの笑顔が大好きだったんだ……。



 小学生の私。
 朝から私は学校に行くのを渋っていた。
 玄関先に座り込んで、ぶらぶらと足を振ってなかなか外へと出ようとしなかった。
 学校はとてもつまらないところ。
 そして私にとって、とても嫌なところだった。
 体育倉庫に閉じ込められたこともある。
 毎日の給食の量も明らかに皆と違って少なかったし。
 いつもいつも仲間はずれにされて、私は独りぼっち。
 それは私の髪の毛の色が原因みたいだった。
 母さんと同じ銀色の髪。
 私はその髪の色がとても好きだったけれど、皆は自分たちと違う髪の色を笑い、そして酷い言葉をたくさん私に投げつけた。
 苛められるって分かってるのに学校になんて行きたくなかった。
 だけど、いつまで経っても動こうとしない私に母さんが言う。

「ねぇ、ずぅっとここにいるの?」
 暫く私も考えた。たくさんたくさん、考えた。
 学校に行かないで、このままこうしていることを。
 学校に行ったら独りぼっち。でもここには母さんがいる。そして夜になったら父さんも帰ってきて。

 こくん、と頷いて私は俯いた。
 きっと今後ろを振り返ったら母さんは哀しい顔をしているんだって思ったから。
 母さんは何も言わずに私のことを、きゅうっ、と優しく抱きしめてくれた。
 抱きしめられた部分から母さんの温かい体温が伝わってくる。
 体温だけじゃなくて、温かい心も。
 その柔らかさと暖かさで私は守られているんだという事を感じる。
 ずっと私は守られている。
 だけど、それは家の中だけだった。
 学校に行ったらやっぱり私は独りぼっちで、何をするにも一人になってしまう。
 それはとっても哀しいことで、私には酷く辛い現実だった。

「学校は好きじゃない」
 ぽつり、と呟いた私に母さんが髪を撫でてくれながら言う。
「そう…でもね、行かないと明日また余計に行きづらくなると思うけど……一回行ってみて、駄目だったら戻ってきてみたら?」
 途中で帰ってきても良いと言ってくれているのが分かった。
 行ってみてやっぱり駄目だったら帰ってきなさいって。
 家が逃げ場だったから私にとってそれはとても嬉しい言葉だった。
 一度頑張ってみてみるのも良いんじゃない?、と母さんは言う。
 それもそうだと思った。
 今日はもしかしたら何もなく過ぎていくかもしれない、そんな気もした。
 だから私は母さんの手をぎゅっと握って言う。
「……いって…きます…」
 それはとても小さな小さな声だったけれど。
 母さんの顔をちらりと見上げたら、とっても嬉しそうに笑ってた。
「行ってらっしゃい」
 にこやかな笑顔を背に、私は今日も走り出した。
 学校に行く時間にはもう余裕は無くて。走らなければ間に合わないのだ。
 ギリギリセーフで私は学校にたどり着き、教室へと向かう。
 まだ廊下にいる者達も多い。私はその横を走って自分の教室へとたどり着いた。
「おはよう」
 一応答えが返ってくるわけ無い、って分かっていても挨拶をしておく。
 大きく肩で息をして席についた私にクラスの子たちは無関心だった。
 いてもいなくても一緒、という感じ。
 やっぱりいつもと同じなんだ、って席についてがっかりした。
 毎日毎日同じ繰りかえし。
 でもそれでも回りに期待することを止めることは出来なかった。
 私はやっぱり友達が欲しかったから。


 今日は習字の授業があった。
 …誰が言い出したんだっけ。先生が、ちょっと待ってて、と教室を出て行った時にクラスの誰かが言った。

「お前のその髪これでさー、染め直した方がいいんじゃねー?」
「えっ……?」

 私は何が起きたのかよく分からなかった。
 ぽたぽたと髪の毛から滴り落ちる黒いもの。突然、墨汁をかけられて私は呆然と滴り落ちるそれを見ていた。
 気も弱かったから、言い返すことも何もできなくて……。
 墨汁で真っ黒になった髪の毛を見て、戻ってきた先生が慌てて私を連れて教室の外へと出る。
 引きずられるように私は水場で髪の毛を洗われた。
 流れていく水が冷たくて、私は心の中から溢れる水で頬を濡らした。
 もう全てが嫌だった。

 母さんと同じ色の髪。
 大好きなのに。
 何で皆は、駄目だって言うんだろう。
 そんな色は可笑しいって。変だって笑うんだろう。
 母さんの髪は陽の光を浴びてキラキラと光ってとっても綺麗。何よりも綺麗。
 一緒に外で洗濯物を干している時、私の髪の毛も母さんと一緒に綺麗にキラキラ光るの。
 それを見ているのがとっても好きなのに。

 私はその色が墨汁で汚い色に染められてしまって哀しくてずっと泣いていた。
 そしたら先生は今日は帰っても良いから、って鞄を渡してくれて。
 私は泣きながら家に帰った。
 水で洗ったけど、墨汁はちゃんと取れなくて……。
 私の髪の毛はなんだかとっても汚くておかしな色になっていた。
 泣きながら帰ってきた私を母さんは、墨汁で染まった髪の毛を見て何があったのか分かったみたいだった。
 朝と同じように私をそっと抱きしめてくれて。
 そしてお風呂場で丁寧にその髪の毛を洗ってくれた。
 母さんが丁寧に洗ってくれるたびに、その色は母さんと同じ色を取り戻していく。
 綺麗な銀色に。
 私は本当に母さんの事が大好きだった。
 優しくてとても良い母さんだった。

 優しくて甘い香りに包まれて。
 私は母さんに守られている。
 いつも、いつも守られている。
 抱きしめる腕はいつも側にあった。


------<夢から覚めて>------------------------

 大好きだった母さん。
 それなのに、突然別れがやってきた。
 ある日突然死んじゃった……。
 母さんが死んだ時のことは全然覚えていない。
 思い出そうとしても全然分からない。
 多分、よっぽどショックだったんだろうと思う。
 母さんが突然いなくなったことが哀しくて、私は一人蹲る。
 私を抱きしめる腕はもうない。
 柔らかく温かく私を抱きしめてくれることはない。

 突然夢から覚めた私は、懐かしい想い出と共に哀しい記憶まで呼び覚ましてしまう。
 もう立ち直ったつもりでいたけど、こういう夢を見てしまうと嫌でも思い出してしまう。
 母さんの優しさと温もりを。
 今でもしっかりと覚えているから。

「……母さん……どうして死んじゃったの……?」

 そんな問いかけを誰もいない空間に向けて何度しただろう。
 返ってくることはない問いかけ。
 でも心の中で何度も繰り返される同じ問い。
 私は今でもふとした時にそう問わずにはいられない。
 特に今日みたいに母さんの温かな夢を見た時には。

 ぽたり、と布団の上に涙がこぼれ落ちる。
 私は母さんの前でいつも泣き虫だった。
 今、母さんはいないけれどやっぱり母さんの事を思い出すと私は泣き虫になってしまう。
 涙は止まることを知らないように、布団を濡らし続けた。

 外では昼間降り出した雨が、今もずっと降り続いている。
 まるで私の心の中を知っているかのように止まない雨。
 私は外の雨の音に涙の滴り落ちる音が消されることを祈りながら、ただ哀しみを押し流すように泣き続けた。





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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】

●3464/綾峰・透華/女性 /16歳/高校生


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■□■ライター通信■□■
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初めまして、こんにちは。夕凪沙久夜です。

この度は夢の卵を貰ってくださりありがとうございました。
その結果、泣き続けることになってしまいなんだか申し訳ないような気もしておりますが、少しでも何か感じて頂けるようなものに仕上がっていると良いのですが。
透華さんの心の中に降り続ける雨が病むことをお祈りしております。

それでは、透華さんの今後のご活躍も楽しみにしております。
またいつか何処かでお会いすることがあったら嬉しいです。

ありがとうございました。