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<東京怪談ウェブゲーム ゴーストネットOFF>


夏の花に思いを込めて‥

○オープニング

 夏休みである。
 夏といえば、海! 夏といえばプール! 夏といえば花火!
 ところが、最近東京の花火に小さな異変が起きている。

「えっ? 線香花火無いのお?」
「すみません、最近入荷が少ない上にこの間万引きされちゃって」
「万引き? 線香花火を?」
 そんな会話の横で、外を掃除していた店員が中で応対する店長に声をかけた。
「てんちょ〜!ここに線香花火落ちてますよ〜。値札の付いてる奴〜」
「えっ? 何だって?」
 慌てて外へ出てみると、店の前、そこには少し前に万引きされた線香花火の束が殆ど手付かずで置いてあったのだ。
「何だ? 返しに来たのか? 盗んでおいて‥まあいい。お客さん。線香花火これでよければ‥」
 
 店に戻る店長とすれ違うように一人の少年が外に出た。
 さっきまで立ち読みをしていた学生服の彼は、闇の向こうに手を伸ばす。その先には俯き、呟く黒い影。
『違う‥これじゃない‥』
「君は、どうして花火を盗んだんだい? 君は、もうこの世界の存在じゃ無いのに」
『‥探しているんだ。線香花火‥。もう一度、もう一度見たいんだ。本当の‥線香花火』
 彼が掴んだ人ならぬものは、そのままふっ!と姿を消した。本当なら見えないものを見て、掴めないものを掴む彼の目からも、手からももうその姿は見えない。
「一体、何なんだろう」

 その後、関東きっての怪奇投稿掲示板にこんな書き込みがなされていた。
 7月×日 投稿者:○○
 最近、東京近郊のコンビニやおもちゃ屋さんで花火が万引きされては戻されるって事件が増えてるんだって。
 で、その近くでね。空中に浮かぶ線香花火とか、男の子の幽霊とかが出てくるんだってさ。
 『違う、これじゃない‥』
 って言ってるっていうよ。
 一体、何を探してるんだろうね。

「あ、これ見たんですか?なら、話は早いですね。」
 待ち合わせのネットカフェで彼はそう言ってページを閉じた。
 少しずつ広がる怪奇情報ネットワーク。その若い主催者は、メーリングリストを見て集まってくきた人々に頭を下げた。
「これ、書き込んだの僕です。僕が皆さんの協力を仰ぎたくて雫さんに頼みました。これは本当のことなんです。お化け、いや、何か思いを残した幽霊が線香花火を探しているんです。何のどんな線香花火か解らないけれど‥」
 そして、フロッピーをスロットルに差込み情報を呼び出す。
 書き込みに反応があった場所や、自分で調べたというマップによれば東京のあるエリアに万引きや幽霊の噂のある店は集中していた。
「きっと、何か線香花火に思い残すことがあるんだと思います。どうしてか? そして解ればそれを解決してやりたいって思うんです。でも、調査にはやっぱり人手が必要で、どうか協力してもらえませんか?」
 人ならぬものを見て、人ならぬものを聞く、だからこそ彼は聞こえない思いに敏感だった。
「どうか、お願いします!」


 東京、下町のある一件の家
「ったく、あのバカ。先に死んでしまいやがって‥」
 粉を摺り、調合し、紙に包むその指は皺と思いを深く刻んでいた。
「折角、復活させた俺の、この国産花火も今年で最後かな」
 暗い部屋の中には彼以外誰もいない。並んだ細い薄紙に包まれたそれは、彼の呟きに答えを返してはくれなかった。

○華を思う人々

 パチパチパチ‥真夏の雪が少女の手の中で弾けている。
 小さな星が灯り‥そして消えた。
「あ、落ちちゃった。でも、綺麗よね。悠宇」
 炎と一緒に咲き、解ける雪のようにすっと消える。
 線香花火がやりたくなったと彼女は彼を呼び出していた。
 他の誰にも聞こえないような小さな声。
 でも、背中を守るナイトにはそれはしっかりと聞こえている。
「日和、その幽霊に同情してるだろ」
 彼は黒いジャケットを肩に担ぎながら、目の前の小さな肩に呟いた。
 初瀬・日和はそれに肯定も否定もしない。ただ、真っ直ぐに彼、羽角・悠宇を見つめる。
「こんな、綺麗な華に思いを残させたくないもの。この星みたいに、未練をちゃんと消してあげたいわ。私達に、できることがあるなら、やってあげられないかしら?」
 問いかけの形を取っていても、それが彼女の決心であることを何よりも彼は知っている。
 あの書き込みを見たときから、こう言われるのを彼は、覚悟していた。
「‥解った。でも、無理はするなよ」
「うん!」
 しゃがむ彼女に、彼は手を伸ばす。触れ合う手は、お互いの手よりも、夏の太陽よりも暑い。 
「(俺は、日和が笑ってくれればそれでいいけど、日和は他の人も幸せになってほしいんだよな。それが、幽霊であっても)」
 限りないまでの優しさ。思い。強くて儚い少女を、彼は絶対に守ろうと‥誓った。
 この優しさを紡ぐ、小さな手に賭けて‥ 

○魂の光‥

 インターネットカフェの冷房の効いた室内は外とは別天地。
 彼らはあるものは小さく、あるものは大きく息をついた。
「暑い中、ありがとうございます」
 依頼人、西尾・勇太はパソコンの前で頭を下げた。
 知っている顔、始めての顔。でも、思いを受け止めてくれた人だ‥。
「まあ、硬い挨拶は止めにしましょう。で、勇太くん。早速だけど資料を見せて」
「はい!」
 綾和泉・汐耶の言葉に彼はスロットルにFDを流し込んでキーボードを操作した。
 ディスプレイには東京都内の地図が映し出されて、いくつものポイントがマークされていく。
「パソコン、お上手ですね。今度教えていただこうかしら」
「パソコンをお上手なんて普通言うか? 興味があるんなら俺が教えてやるよ」
 興味深そうに勇太の手元を覗き込む初瀬・日和の笑顔に、羽角・悠宇は少し膨れたように呟く。相手が中学生でも‥彼の思いにあまり関係はない様だ。
 そんな二人をシオン・レ・ハイ見て小さく笑う。
(「青春ですねえ。おっといけない。おじんさん思考」)
 口に出さない大人と違い、はっきり口に出すのは小学生。
「お兄ちゃん、女の子はちゃんと捕まえとかなきゃダメだよ!」
「捕まえてって‥」
「こ・こら‥大人をからかうなよ!」
 海原・みあおの言葉に頬をトマトのように赤らめる日和。一方悠宇は、リンゴ程度に留まりみあおにコラっと顔を向けた。
「俺に言わせりゃ、どっちも子供だがな‥。あ〜、やっぱり下町に集中してんな。その幽霊の出現地」
 手に丸めた雑誌でぽん、ぽん、と高校生と小学生の頭を叩いた後、反論は聞かないフリをして雪ノ下・正風は画面を見つめる。
 確かに23区のうち、幽霊の出現地は隅田川沿いのいわゆる江戸の下町と呼ばれる部分に集中していた。
「で、取り出しましたるこの雑誌。俺が伊達屋正和の名でファンタジー小説を出版してる大手版元刊行の情報誌【都内ウォーカー】で花火の特集をしてて現場付近が取り上げられてる」
 さっき二人の頭を叩いた雑誌を正風は広げて皆に見せた。
 そこには江戸の花火問屋が消えかけていた国産線香花火を復活させた、という記事が載せられていた。
「あ‥皆さんも思うんですね。彼が探しているのは国産の線香花火だと‥」
 日和の言葉にほぼ全員が同意するように頷いた。事前に日和と悠宇は花火の歴史を調べてきた。
 幽霊の拘る線香花火。それは、日本の文化でありながら現在はその95%を中国産が占めていると言う。
 かつては100%だったその数値が95%になったのは、花火職人の情熱で昔ながらの国産花火が復活したため。
 でも、その事を知る者は殆どいない。現状では市場にも滅多に出回っていないのだ。
 だから、その幽霊はきっと国産の線香花火に何か関係する者なのだ‥。
「‥じゃあ、二手に解れましょう。勇太君とみあおちゃん、それに日和さん、と悠宇君、だったわよね。貴方達は幽霊を探してみてくれないかしら。子供の方が‥出会いやすいと思うの」
 汐耶の言葉にみあおはらじゃ! とサインを切り、他の子供達も頷いた。
「では、私たちはネットでそのエリアの花火職人や工場について調べましょう。こういうのは大人の方が取材とかいろいろな理由が効きやすいですからね」 
 まずはネットで調べて、聞き込み調査。シオンの意見に正風と汐耶も同意する。
「ますは、この問屋にでも聞きに言ってみるかねえ」
「そうね、あとは国産線香花火で検索をかけて‥、あ、そうだ。勇太くん。その子の特徴は?」
 幽霊の特徴と言われてもそれはイメージ的なものでしかないが‥勇太は必死に思い出そうとする。
 黒い髪、ショートカット。白いシャツ。ごく平均的な中学か高校生。
「あ! そうだ。手に火傷の痕が見えました。右手首から、肘の裏側にかけて‥」
 掴もうとしてすり抜けた手の記憶が蘇る。
「了解! なんとか見つけて、思いを還してやれるといいな‥」
 正風の呟きは、皆の思い。深く噛み締め、それぞれの役割りへと歩き出していった。

○残した思い

「あ〜、あっつい! 今年の梅雨は絶滅したんだ。きっと!」
 幽霊のスポットタイムはなんと言っても夜。
 その前に子供たちは、次の出現場所の目星をつけようと炎天下を歩き続ける。
「お兄ちゃんさあ、黒服なんか着てたら余計熱くなんない?」
 ぶつぶつと呟きながらソーダアイスをかじる悠宇にみあおのツッコミが飛ぶ。
「うるさいなあ。俺はこれが好きなんだよ!」
「悠宇。小さい子に当たっちゃダメよ」
 普段はそんなことをする悠宇では無い事を承知しているから、日和の諌める声も優しい。
「ちぇっ! ‥ん? 携帯が鳴ってる」
 頬を膨らませた彼は発信音にちょっぴり救われた気分で携帯を開いた。
「はい、羽角‥ああ、はい。‥そうですか。解りました。伝えます」
「なあに? 悠宇」
 かけられた質問に悠宇は日和以外の仲間にも伝えるように説明した。電話の相手が汐耶であること。そして‥
「ああ、幽霊の目星らしいのがついたから、もし捕まえられたらメールに書いた住所まで連れてきなさいってさ」
 彼女が語った話を終える頃、日和の目元が緩んでいるのに気付き、悠宇は焦った。
「な、何泣いてるんだよ。日和!」  
「あ‥何でもないわ。ただ、なんだか涙が止まらなくって‥」
 慌てて悠宇はポケットから白いハンカチを差し出して後ろを向く。涙を拭く日和をみあおはニッコリと見つめた。
「青春だね。お姉ちゃん♪」 
「えっ? 何、みあおちゃん?」
 顔を上げた日和の右手を、みあおはしっかりと掴む。
「少し涼んでから、幽霊さんを探そう! 大丈夫。きっと見つけられるから」
 自信ありげな声に、根拠は見つからない。でも、何故か大丈夫な気がした。幸運を貰った気がして‥。
「そうね‥大丈夫よね」
 日和も小さな手を握り返して歩き出した。悠宇と勇太を置いて。
「あ、待てよ。日和‥!」
「大変だねえ。大人もさ」
 悪戯っぽく笑う勇太の声は、悠宇には届いていなかったかもしれない。

「計算上では、多分次はこの辺のはず‥」
 勇太が地図を広げる間もなく、シッ! みあおは手を口元に当てた。
 確かに感じる、何かの気配。
「来たかな‥。あ! 日和!!」
 夕闇の中、白く霞む影の前にいつの間にか彼女は立っていた。
「安城・正一さん。貴方を迎えに来ました」
 周囲を気にせずお辞儀をする日和を、悠宇は手を引いて止めようとするが彼女は手を払い影と向き合う。
『‥僕は‥花火‥本当の‥線香花火‥』
「あのね、お兄ちゃんがみたいのは、おじいちゃんの花火なんでしょう? 一緒に見に行こう。みあおたちが連れて行ってあげるから‥」
「君の探す本当の花火を、見つけたよ。だから、僕達を信じてくれないか?」
 みあおと、勇太も真剣に話しかける。それを見つめ、悠宇も深く息をついて影に近寄った。背の高さが近い。多分こいつは自分と同じくらいだ。
「俺は信じなくてもいい。でもあんたの思い残しをどうにかしたいと思ってる、こいつらや日和みたいな優しい子もいるんだ。信じてくれないか?」
「手を繋いでいきましょう。案内しますから‥」
「みあおも手を繋いであげる」
 影は戸惑うように揺れて、差し出された二つの手をとった。体温も何も感じない。でも、そこに彼がいるのを彼らは彼女らは、確かに感じていた。

○星の彼方へ‥

「何も‥話すことは無い」
 取材と称した三人の来訪者に花火師 安城・健一老人は取り付くしまも無かった。
 ただ、線香花火を作るところを見たい、という願いに彼らを作業場には入れてくれたのは‥何故だろうか?
 並べられた色鮮やかな楮紙が薄暗くなった部屋に異様なまでに眩しく見えた。
「これは‥線香灰ではなく‥本当の松煙ですか?」
 除きこむ汐耶に健一老はほお、という顔を見せる。
「わしの‥最後の花火じゃからな。無理を言って譲ってもらったわ」
「最後? 何故です。まだお元気そうなのに‥」
「もう‥わしには花火を作り続ける意味が無い。見るべき者も、継ぐべきものももう、いないでな‥」
 彼らに背を向け座り込む。その背が動きこちらを見る言葉を正風が発するまで‥
「安城・正一。交通事故で死亡。16歳。見るべき者ってのは彼ですか?」
 名前が解れば、簡単にこの辺のことは解る。事故なら‥なおのこと。ほんの一ヶ月前だ。
「あんたら‥一体?」
「貴方がもう花火を作らないって言うならいいんです。ただ、一本だけ分けて貰えませんか? それを探してる人がいるんでね」
 ルルルル〜。正風の携帯電話が鳴って切れた。それは‥合図。
「すみません、ちょっと、来てくださいよ」
「な、何をする!」
 半ば無理やり健一老人の手を引くと彼は、手近な一本の花火を手にとって外に連れ出した。
 外に待っていたのは二人の少年と、二人の少女‥そして。彼女らに手を取られていた影がすっと前に歩み出た。
『‥じい‥ちゃん』
「お前、正一? 正一なのか?」
『じいちゃん、ゴメン。‥跡‥継げなくなった‥』
「ば、馬鹿もん! そんな、そんなことで‥」
『じいちゃんは‥約束を守ってくれたのに。俺は‥守れなかった』
「正一! わしは‥わしは‥」
 縋ることさえできない影に、老人は膝を付いて泣く。
「‥顔をお上げください。‥彼、困っていますわ」
 肩をそっとから抱きしめる孫と同じくらいの少女の言葉に、彼は顔を上げる。
 その時正風は、そっとその影にあるものを手渡したのだ。困ったような何かを浮かべていた影が、今度は確かに明るくなったような気がした。
「ほら、あんたが探してたものだ」
 フッ! 蒼い炎が細い紙縒りの先に小さく着くと、火の弾ける優しい音が響き始めた。パチパチパチ‥。
 小さな火花が牡丹のように飛び散る。やがてゆっくりと赤い火玉となりしばしの静寂の後、一気に火の束が噴出した。
 火の束の一つ一つが無数の華が咲いて、散る。眩しいほどに。
 そして、唐突に収まった光は、柳のように静かな筋となり消えて行った。
 見事な消え口のみを残して‥。
 闇の中、花火が照らす火は影から顔を映し出す。生きていた頃を思い出させる若く、夢を見た少年の笑顔を。
『俺‥じいちゃんみたいな花火‥作りたかったよ。でも、最後に本当の花火‥見れて良かった』
「馬鹿! 行くな! 戻って来い」
 花火の火玉の消失と同時に、彼の気配は薄れ、消えていく。
 落ちていく星。その彼方にと‥
『ねえ、じいちゃん。もっと、花火を作ってよ。昔、約束してくれたみたいに』
「正一‥」
『俺、見てるから。空の上からじいちゃんの‥花火をさ』
「‥正一〜〜〜!」

『じいちゃん、俺、じいちゃんの花火大好きだよ。大きくなったら、じいちゃんみたいな花火師になるんだ!』
『そうか‥。ならわしはお前のために、この世で一番綺麗な本当の花火を見せてやろう。お前が花火師になるまでにな』
『一緒に綺麗な花火をみんなに見せてやろうよ。ね。』
『ああ、約束だ‥』
『約束だよ‥』

「わしには‥もう花火を見てくれるものもいない。跡を継ぐものもいない‥もう‥」
 泣き崩れる老人に近づいたのは、意外にも銀の髪の少年だった。
「あいつと、約束したんだろう? あいつの思い残しをアンタが作っちゃいけない。あいつの為にも花火を作ってくれないか。見たい人がきっといる。そして‥あいつも、きっとそれを‥望んでいる」
 孫と外見も何も似ていない。でも、でも、彼にはそれが孫の最後の声に聞こえたのだった。
「あいつは‥それを望んでいるのか?」
「ああ、多分な‥」
 正風は自分の祖父のような老人の背を叩く。彼は‥よろよろと、でもしっかりとした足取りで立ち上がった。
「‥見ておるがいい。正一。わしがお前に捧げてやろう。線香の代わりに、花の代りに美しき空の華を‥」

○そして夏の花に思いを込めて‥
 
「遅いわねえ。あ、日和ちゃん、悠宇くん、こっちこっち!」
 汐耶は川原を駆けてくる二つの影に手を振った。走ってくる方の二つの影はしっかりと手を握り、でも息を切らせてくる。
「はあ、はあ。遅くなってごめんなさい」
「日和がいつまでも着替えなんてしてるからだろう。この暑いのに浴衣着るなんて言ってさ‥」
「あら、ホントね。可愛いわよ。日和ちゃん」
 ウインクする汐耶の優しい、でもどこかからかう様な笑みに、日和の顔はまた赤くなる。でも、今はまだリンゴ。
「あ、ありがとうございます。皆さんは?」
「正風さんとシオンさんはあそこで打ち上げ花火の準備。勇太君は水汲みで、みあおちゃんは‥」
「ここだよ! お邪魔虫登場♪」
 うわっ! とばかりに後ずさりした悠宇は突然間に割り込んできた小学生に、日和の腕を奪われた。
「こらっ!」
 悠宇の抗議もみあおは完全無視。優しげな新しい姉の手を嬉しそうに引く。
「そのトンボの浴衣可愛いね。みあおのはどう? 花火のなの〜」
「とってもよく似合うわ。みあおちゃん」
「ありがと。うれしいなあ。ね、一緒に線香花火しよ。みあおはね、ドーン! と派手な打ち上げ花火の方が好きなんだけど‥」
「はいはい‥。どうしたの?行きましょうよ。悠宇」
 悠宇の気持ちに気付いてか、気付かずか。後ろを向いて呼びかける日和に、悠宇は頭を掻くと無言で付いていった。
「青春ねえ」
 汐耶は今度は間違いなく悪戯っぽい笑顔で三人の背中のさらに後ろから、ゆっくりとついていく。
 
 健一老がくれたたくさんの花火を、彼らは隅田川の川辺で打ち上げることにした。
 夏の花火大会では大いに賑わうこの川辺も、今はまだ、静かなものだ。
「花火ってのは慰霊の役目もあるんだ。隅田川の花火大会なんざ吉宗様が浅間山の噴火で死んだ人の慰霊で始めたなんて由来があるくらいにな。楽しみつつ弔ってやろうぜ」
 そう言って正風はシオンと一緒に、最初に大きな打ち上げ花火に火をつけた。
 尺玉と言われるほどの大きさは無いが、市販のものよりはるかに大きな菊が空に咲く。
「た〜まや〜」
 明るいみあおの声に、小さな微笑を浮かべながら彼らは思う。
 人の命も、営みも花火のような一瞬のものかもしれない。
 だが、街を明るく照らす花火が人の心に残るように、きっと残るものは存在するのだと‥

「線香花火しよっか。悠宇」
「ああ。火、付けてやるよ。日和」
 小さなライターがカチっと音を立て紙縒の先に火玉を作った。
 慎重で優しい日和の手の中で線香花火は最後まで、美しい花を咲かせて消えた。
「綺麗‥。本当に綺麗。泣きたくなるくらい‥」
「日和‥」
 人の悲しみを自分のことのように思う優しい心が、この事件をどう思ったか。それは想像はついても彼女以外誰も知ることはできない。
 でも‥悠宇はその手で小さな肩を抱き閉めた。心から愛しい思いを込めて。
「‥ずっと、一緒にいようね。来年も、そのまた来年も。一緒に花火を見ようね‥」
「ああ、約束だ‥」
(「俺は、必ず日和を守る」)
 果たしたかった約束、果たされなかった約束。
 でも、この約束は破らない、破らせはしない。二人は自分達を照らす夏の華に、そう誓った。

 トントン‥。
 躊躇いがちに叩かれた扉を、彼は開ける。
「おまえ‥」
「ただいま‥お父さん。聞いてもらえますか? 正一の最後の思いを‥」

 東京、下町のある一件の家
 彼の指は写真を見つめながら、粉を摺り、計り、紙を縒る。
「あいつは‥幸せだったんだろうか」
 細い薄紙に包まれたそれは、彼に答えを返してはくれない。でも
「ええ、きっと幸せでしたよ」
 別の声が答えを返す。
 もう彼は‥一人ではなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【 0391/雪ノ下・正風  /男性 /22歳  /オカルト作家 】
【 1415/海原・みあお  /女性 /13歳  /小学生 】
【 1449/綾和泉・汐耶  /女性 /23歳  /都立図書館司書 】
【 3356/シオン・レ・ハイ/男性 /42歳 /びんぼーにん 】
【 3524/初瀬・日和   /女性 /16歳  /高校生 】
【 3525/羽角・悠宇   /男性 /16歳  /高校生 】

【 NPC/西尾・勇太  /男性 /14歳 /中学生 /ライター見習い 】
【 NPC/安城・健一  /男性 /80歳 /花火師】
【 NPC/安城・正一  /男性 /16歳 /高学生 】



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■         ライター通信          ■
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今回はご参加くださいましてありがとうございました。
ライターの夢村まどかです。
久しぶりの怪談依頼となりました。

花火についてはほぼ全ての方が正しい推察と調査をしてくださいました。
それだけ線香花火というのが愛されているのだなあと思わずにはいられません。

羽角さん
はじめてのご参加ありがとうございます。
彼と同じ年齢と言うことで、少し動いていただきました。
その代わり、ちょっといいムードも造りましたのでご容赦のほどを。

今回は本当にありがとうございました。
また機会がありましたらどうぞよろしくお願いします。

みなさんにとってよい夏でありますように。