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<東京怪談ノベル(シングル)>


『 泥棒さん、こんにちわなの♪ 』


「じゃあ、行ってくるから。ちゃんといい子で留守番してるんだよ」
「うん、いってらしゃいなのー」
 緑の髪の下にある顔にその存在が如く花が咲き綻んだ笑顔を浮かべて、蘭は持ち主を見送った。
 いつもの朝の藤井家の風景。
 さあ、今日はどうやってお留守番をして持ち主が帰ってくるまで過ごそう?
 蘭はかわいらしく小首を傾げて、考えた。
 取りあえずは玄関の扉を閉めようか?
 蘭は玄関の扉を閉めて、とことこと部屋の中に入った。
 テレビを付けて、夏休み用の特別番組であるアニメを床に寝転がりながら足をぱたぱたとさせて見ながら、だけどどうやらちょっとまだ眠い。
 どうしよう?
 もう一回寝ちゃおうかな?
 蘭はむくりと座り込んで拳を握った両手で銀色の目を擦りながら大きなあくびをすると、ぽてぽてと四つん這いでお馬さんのようにテレビの前まで行って、ぽちとテレビの電源を切って、
 そしてそのまままた四つん這いでお馬さんのようにベランダへと続く戸まで歩いていく。
 クーラーは切ってあるから、硝子の戸を開けて網戸にして、
 その網戸の網の間から入ってくる少し生温い風に揺れる白のレースのカーテンの下をくぐって、
 ………それで変身。
 ―――そう、蘭の正体はオリヅルラン。元々は持ち主の父親が経営するフラワーショップに置かれていた観葉植物で、心配性な父親によって娘に変な虫がくっつかないように送り込まれたボディーガード。
 歳は1歳。だけど外見年齢は10歳の男の子。
 特技はどこでも寝られること。
 夏の心地良い陽射しにその身を任せ、気持ちよく光合成。植物の至福の時。これで音楽でもかかっていれば最高かな? 時折、どこかの部屋から最近の流行の音楽なんかが聞こえてくるけど、蘭は童謡なんかの方が好み。だって童謡は歌詞が可愛くって、聞いてて楽しくなるもの。
 今度、持ち主さんにすずめ3羽が楽しく歌って踊る童謡のCDを頼んでみようかしら?
 ―――緑の葉がふわりと揺れたのは蘭がそれをとても楽しみに想ったから。
 今しばらく蘭はそんな心浮かれる想いを胸にその身を夏の陽だまりに置いて、光合成をする。



 さて、ところであなたはここ日本と欧米での子どもの留守番の大きな違いを知っていますか?
 日本で留守番をする子どもは…親は留守番をしている子どもにそれを普通にさせてしまいますが、
 欧米の親は留守番をする子どもに絶対にさせない事があります。
 さあ、それは何でしょう?
 ―――――蘭が気持ち良く光合成をしていると、突然に部屋に電話のコール音がしだした。
「あっ、電話なのー♪」
 軽やかな電話のコール音が部屋に鳴り響いて、
 元の姿に戻って光合成をしていた蘭は、人化状態となって白のレースのカーテンの裏から飛び出した。
 そして嬉しそうに電話の受話器を持ち上げて、電話に出る。
「もしもし、藤井なの♪」
『あ、藤井さんのお宅・・・えっと、お父さんかお母さんはいるかな?』
「えっと、持ち主さんはいないのなのー。僕がお留守番なのぉー♪」
『ああ、そうかー。君がひとりでお留守番しているのかな?』
「うん、そうなのぉー。僕がひとりでお留守番なのぉー」
『うん。じゃあ、切るね』
「はい、なのぉー」
 と、そこで電話終了。
 受話器を置いて、それで、
「あれ、なの? 今の電話誰なの?」
 小首を傾げる蘭。
 電話に出た時はちゃんと相手の名前も聞いておくように、持ち主に言われた事だし、あとは確か用件も聞いておくように言われたような。。。。
「ふに?」
 んー、でも、まぁ、いいか・・・。
 蘭は両手を開いて飛行機を気取りながら部屋の中を駆け回って、それで持ち主さんのベッドにダイブして、お気に入りのビーズクッションを頭の下に置いて、そして、
「ぐぅ〜〜〜」
 おやすみなさい♪



 欧米の親は、留守番をしている子どもには絶対に電話には出させない。



 +


 しばし時間は巻き戻る。
 ちょうど藤井家から蘭の持ち主が大学院に出かけた時間、ひとりの男が公園のベンチでうな垂れていた。
 その男はつい先日までは会社員で、家族も居て、それなりの幸せな人生を歩んでいたのだが、しかしリストラに合って、妻も幼い子どもを連れて出て行ってしまって、
 それでその男はショックのあまりに夜の街に繰り出して、
 そして気づいたら見ず知らずの街の公園に居て、
 身体中が酒臭くって、
 服もぼろぼろで、
 身体中が痛くって、
 そしてなんだかとても泣けてきて、
 世界中が疎ましく思えて、
 もう自分なんかどうなってもいいと思えて、
 それでも何かしろと言われても、元来気の小さなこの男が何か出来る訳も無くって、
 しかしその男はだけど自分で何か犯罪行為をしなくっては、という変な責任感のようなモノを抱いてしまっていて、それで・・・
 ――――それで男は電信柱に張られた現在の住所と電話ボックスに置かれた電話帳とを見比べて、空っぽの財布の中に入っていたテレフォンカードを取り出して、すぐ近くにある藤井という家に電話をかけた。
 テレフォンカードの残り度数分だけのチャンス。そのチャンスのうちに狙っている状況の家に当たれば作戦決行。でも当たらなければ・・・その時は縁が無かったと、それで諦める。
 そう想いながら男は受話器を取って、テレフォンカードを入れて、電話番号を押して、受話器から呼び出し音が聞こえて、
 ワンコール、ツーコール、スリーコール・・・・
「ダメか・・・」
 ――――がっかりしたの半分、ほっとしたの半分で受話器を置こうとして、しかし・・・
『もしもし、藤井なの♪』
 男の心臓が跳ね上がった。
 ――――なぜなら受話器から聞こえてきたのはまだ幼い子どもの声だからだ。それは男が自分に出していたこれに当てはまったら作戦決行だ、という条件の一つに当てはまっていて、
 でも・・・
(まだだ。まだ、わからない。そうだ、子どもは電話が好きだから、だからすぐに電話に出ようとして・・・)
 男の目の端から一粒の液体が零れ落ちた。
 小さく男の身体が震えて、それで男は声を出す。
「あ、藤井さんのお宅・・・えっと、お父さんかお母さんはいるかな?」
 ――――居てくれよ。
『えっと、持ち主さんはいないのなのー。僕がお留守番なのぉー♪』
 ・・・。
「ああ、そうかー。君がひとりでお留守番しているのかな?」
『うん、そうなのぉー。僕がひとりでお留守番なのぉー』
「うん。じゃあ、切るね」
『はい、なのぉー』
 ・・・。
 男は受話器を置いた。
 そして小さく口を開けて・・・
 ――――――――――――――――――――――――――その開けた口が大きく開いて、
 それで・・・・
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁああああああああああああァァァーーーーーッ」
 男は大声を上げた。
 そして電話ボックスから出た男の顔からは表情は消えていた。
 よく憑き物がついたようだ、という言葉がある。
 時折、人とはそれまで想ってもみないような事を想ったり、やったりしたいという衝動に駆られる。
 そしてそういう場合にそれをやってしまって、
 それでそれをやってからはっと我に返った時に、他人からどうしてそれをやったのか? と訊かれれば大抵がその時にはそれを自分がやらなければならないと想った、という妙な責任感のようなモノに駆られていたと説明する。
 今まさにその彼もそれと同じ状態で、
 そして彼は負わずともいい責任感を抱いたまま藤井家のインタフォンを押した。



 +


 知らない人が来たら、絶対にドアを開けたら駄目だぞ?
 ――――はーい、なの。


 宅急便とか郵便書留とか、そういうのはインタフォンを使って出るんだぞ。で、今誰もいないから後かで来てくれって言うんだぞ。
 ――――はーい、なの。


 いつも持ち主さんに言われている言葉。
 だけど、
「えっと、誰さんなの?」
『あ、さっき、電話した人だよ』
「電話・・・えっと、何なの?」
『お土産を持ってきたんだよ』
「お土産・・・」
 蘭は小首を傾げて考えた。
 まずはいつも言われている知らない人が来たら絶対にドアを開けたら駄目・・・
 ―――――さっき、電話で話しているから知らない人じゃない。
 それから宅急便とか郵便書留とか、そういうのは、今誰もいないから後から来てもらうというのも、お土産は入っていないから・・・いい?
 蘭はしばし眉根を寄せて緑色の髪の下にある可愛らしい顔に小難しそうな表情を浮かべていたが、しかしやっぱり電話で話してるから知らない人じゃなくって、お土産は宅急便とか郵便書留とか、そういうの(【そういうの】は【そういうの】という名詞で認識しているらしい)でも無いからドアを開けてもいいだろう、という結果をひどくあっさりと出して、蘭は・・・
「いらっしゃいませなのー♪」
 満面の笑みで男を出迎えた。



 +


 男は愕然とした。絶句した。
 どうしようもなく話がどんどんと先に進み、取り返しのつかない方へと行ってしまう。
 開けられた玄関のドア。
 出迎えてくれた緑色の髪の可愛い顔をした小さな男の子。
 部屋に入って、その男の子…蘭をロープか何かで縛り上げて、金品を盗めば、自分はこんなにも不幸なのにしかし周りはちっとも不幸そうではない世の中への復讐が完了する。しかし・・・


 しかしあまりにも話が上手すぎる。


 こうも簡単に話が進んでいいんだろうか?
 真っ当な生き方をしていた時はちっともすべての話が上手くは進まなかったのに、しかし悪事に走った瞬間にこうも話が上手く進んで。
 男は完全に戸惑っていた。
 しかし・・・


 しかしここでこれを上手くやってやれば、そしたら事はすべて上手くいって、復讐は完了するんだ!!!


 やはり妙な責任感に突き動かされて・・・。
 それで男は玄関に入って、後ろ手で玄関のドアを閉めた。
 ・・・。



 +


 蘭はぱたりと足を止めた。
 そして銀色の瞳を大きく見開いた。
「そうなの。これが僕が初めてお客さんをお出迎えするのなの」
 そう、そうなのだ。これが初めての蘭のお使いならぬお客さんのお出迎えだ。
 ここでちゃんと一生懸命に花まるもののお出迎えをすれば持ち主さんに頭をたくさん撫でてもらえるかもしれない。
 うん、そうだ。そうだ。そうに違いない。
 蘭はうきうきとしてきた。
 そしてくるりとお客さんを振り返って、にぱぁーっと微笑んだ。



 +


 突然にぱたりと止まった蘭に男はびくりと体を震わせた。
 ―――――バレたのであろうか、自分が泥棒をしに来たというのが?
 それに思いついた瞬間に心臓が跳ね上がり、ばくばくと早馬車のように脈打つ心臓が口から飛び出しそうだ。
 男はそんな自分のやけに五月蝿い心臓の音と耳の毛細血管を流れる血の音とを聞きながらそろりそろりと蘭に近づき、その緑色の髪がかかった首に向けて両手を伸ばした。
 ―――――完全に男は追い詰められていた。
 と、その時に蘭が振り返って、そして男ににこりと微笑んだ。
「あっ・・・」
 それは男にはなぜだかわからなかった。でもなんだか心がものすごく暖かくなるのを感じた。
 そう、陽だまりの中で日向ぼっこをしているような、
 母親の腕の中にいるような、
 大好きな人の横にいるような、
 子どもをその腕に抱いているような、
 ・・・・そんなとても心に優しい安堵感。
 そして・・・
 そして―――
「どうしたなの?」
 蘭が緑色の髪をふわりと揺らして小首を傾げた。
 男は疑問に想い、そして自分の両頬を両手で触った。
 そうしたら・・・
「あれ、なんで俺は泣いているんだろう?」
 そう、男は泣いていた。



 +


 蘭にはどうしてお客さんが泣いているのかわからない。
 だから蘭なりに考えた。
「お体についた傷が痛いのなの?」
「え?」
 蘭はにこりと笑うと、戸惑うお客さんをソファーに座らせて、傷口に手をかざした。ほんの少しだが蘭は治癒能力を扱える。その蘭の治癒能力によって、男の体についた傷が消えていく。
「これは・・・?」
「もうこれで痛くないのなの」
 嬉しそうに言う蘭。だけどお客さんはとても寂びそうな顔で、首を横に振った。
「傷が痛くって泣いていたんじゃないんだよ、坊や」
「じゃあ、どうして泣いていたのなの?」
 そう言うとお客さんはまた泣きそうな顔をして、だけど泣くのを我慢している顔をして、蘭の頭を撫でた。
「自分がかわいそうで泣いているんだよ」
「ふに?」
「人の涙にはね、二つあるんだよ。人がかわいそうで泣いているのと、自分がかわいそうで泣いているの・・・いや、おじさんはもう自分がかいわそうという理由でしか泣けないんだよ。うん、だから家族だって出て行って、それで独りぼっちになってしまって・・・くぅ」
 お客さんは顔をくしゃくしゃにして、だけどそれだけで泣こうとしなくって、
 蘭にはお客さんの言っていた意味なんてよくわからなくって、
 だけどこれだけは確かで・・・
 そう、それだけは確かで、
 だから蘭がそれをするには充分だった。
「うわぁーん、なのぉー」
 蘭は大声で泣き出した。
 泣いて泣いて泣いて泣きじゃくった。
 だってお客さんがとてもかわいそうだったから。
 そしていつの間にかお客さんも蘭の泣いている姿を見ながら大声で泣き出した。
 二人で泣いて泣いて泣いて泣きじゃくった。



【ラスト】


 人が泣くのには二つの理由がある。
 一つは人のために泣く・・・流す涙。
 二つ目は自分のために流す涙。



 男が流していた涙は自分のための涙。
 男は自分がかわいそうで、かわいそうで、かわいそうでしょうがなかった。
 でも男は蘭に出会った。
 蘭は間違いなく男のために泣いてくれた。
 それが嬉しかった、男には。
 ――――人が泣く理由はまだある。
 それは安堵の涙。
 嬉し涙。
 男は安心したのだ、蘭の涙に。
 家族に置いてけぼりにされた男は、自分が世界で独りぼっちだと想っていたから・・・。



 家に帰ってきた蘭の持ち主は驚いた。
 夕飯の準備がしっかりとされていて、
 それでそれだけで驚きなのに、しかしソファーには見ず知らずの男が座っていて、その横では蘭が安心しきった顔で寝ていて、
 しばらく状況把握のために持ち主は呆然としてしまって、
 それでもすぐに思考は働き出し、
 そしてソファーの上から床の上に移動し、土下座をした男からすべてを聞いた。
「なるほど。蘭と出会って正気に戻ったわけですか」
「はい。本当にすみません。これから警察に自首します」
 そう言って頭を下げた男から彼女は蘭に視線を移した。蘭は本当にすやすやと寝ている。その顔は安心しきっていて、そしてとても嬉しそうで楽しそうだった。
 いつも自分を出迎えてくれる蘭の顔はやはりどこか寂しそうだった。でも今日は・・・
「よっぽど嬉しかったんだね」
 彼女はテーブルの上に出しっ放しにされている蘭の日記を手に取って、それを読んだ。くすりと笑う。
「やっぱり相当に嬉しかったんだね」
 そして彼女は男を見た。
「どうも今日は蘭のベビーシッターをありがとうございました。これは今日のバイト代です。がんばって。これだけあれば奥さんと子どもさんを迎えに行けますでしょう。そして美味しいご飯を食べに行ってください」
 男はにこりと笑った彼女からお金を受け取って、何度も何度も頭を下げて謝って、感謝を述べた。



 蘭が目を覚まして瞼を開けると、そこには持ち主さんの優しい笑顔があった。
「おはよう」
「おはようなの♪」
 そして蘭は持ち主さんに膝枕をされたまま今日あった事をお話した。とても嬉しそうに。


 ― fin ―


こんにちは、藤井蘭さま。はじめまして。
このたび担当させていただいたライターの草摩一護です。


今回は本当にご依頼ありがとうございました。
蘭さんは以前から存じておりまして、書きたいな、と想っていたPCさまだったので、本当に書かせていただけて嬉しかったです。
少しご想像されていたお話と違う感じになってしまわれているかもしれませんが、お気に召していただけていると幸いです。
またよろしかったら是非とも書かせてくださいね。

それでは、今日はこの辺で失礼させていただきます。
本当にありがとうございました。
失礼します。