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<東京怪談ノベル(シングル)>


瑠璃色の悪夢。


 青は夢を見ていた。
 それは彼の幼い頃の、記憶。
 愛されたい一身で、『大人しくて、良く出来る子供』を演じていた…あの頃。
 季節は夏…夜更けになっても昼間吸収した外の熱は冷めることも無く、寝苦しさを感じる、時刻。
 青はそのじめりとした空気に耐え切れず、中々寝付けずに、自分の部屋を出た。それは何かの導きだったのかも、しれない。
 月明かりも乏しい空間の中、青の視界の端に捕らえた、影。
 それは普段は庭の楡の木の周辺にしか現れることの無い、自分と同じ名を持つ、青髪の子供の一人であった。
「………?」
 その子が先の廊下を静かに進むのを見て、青も自然とその姿を追い始める。胸に不安を抱きながら…。
 どんどん進むその先には、家族、親戚の中で最も青を忌み嫌い、『化け物』と罵った曾祖母の部屋がある。普段は、決して近づいてはならない、と言いつけられている場所だ。
 その部屋の近辺で、追いかけていた子供が姿を消した。
「…………」
 青はそこで足を止める。
 禁じられた場所に足を運んでしまった。見つかったらまたどんな罰が与えられるかわからない。そう思った彼は、静かに踵を返そうと、ゆっくり片足を浮かせた。
「…、――」
 背を向けた青に届けられた、部屋の中から聞こえた声。魘されているかのようだ。
 青はその声が気にかかり、躊躇いながらも閉められていた障子に手を伸ばした。
 音も無く開かれた障子の向こうには、眠る曾祖母の姿。
 夢を見ているのだろうか…やはり魘されていた。
 青はその曾祖母にどうすることも出来ずに、ただ見守っているのみ。
 すると青の気配に気がついたのか、曾祖母が急に瞳を開いた。
(…いけない…)
 と思った時にはもう、遅かった。
 青がその部屋を後にしようと、後退を始めたその瞬間に…。
「……、あ、ああ…っひぃ……あああああああああああああああああ…ッ!!!!」
 曾祖母の、耳を劈くほどの叫び。
 恐怖と憎悪が綯交ぜになり、頭を両手で抱えながら、曾祖母は狂ったように叫び続けている。
「………」
「……――っ、あああああ…!!!!」
 屋敷中に響き渡るのではないかと思えるほどの、声。
 青はそれに、どうすることも出来ずに、その場で立ち尽くしていた。
 そして、ぷつり、と糸が切れてしまったかのように。
 曾祖母は、青の目の前で、倒れた。唐突に。
「……え…?」
 それは、壊れた人形のようにも、見て取れた。
 彼女は、そこで、息絶えたのだ。尋常ではないほどの叫びを繰り返しているうちに、ひきつけを起こし事切れたらしい。
 青は自分の体が、震えていることに、今更ながらに気がついた。
 この場から、立ち去らなくては。
 そう思っているのに、足が動かない。床に落とした腰が、立ち上がることを拒絶しているのだ。
 ――青髪の子供は、長きを生きてはいけない。
 この、目の前で屍となった曾祖母にも、子供が居た。今の青と同じ名を持つ子だ。つまりは青髪の子供、だったのだ。そして、代々『そう』処理されていた事を受け継ぎ、彼女も自分の子を手にかけ、命を奪った。
 眠りから目覚めた曾祖母の目には、青が己の子供に見えたのだろう。死んだはずの子供が、目の前に現れた、と思い込んでしまったのであろう。目覚める前、魘されていたのはその子供の夢でも見ていたのかもしれない。
 そして彼女は怯えと狂気の中…死んでしまったのだ。
「………!!」
 曾祖母の叫び声を聞きつけたのか、家人がバタバタと駆けつけてくる。
 青はまだ、その場で動けずにいた。
「どうしたことだ…これは…!!」
 息絶えている曾祖母。乱れた部屋の中。そして、青の存在。
 現状を見た家人が、当然と言わんばかりに、青へと視線を向けた。それは人を罵る、色だ。
「お前が殺したのか…忌み子め!!」
「……ちが…ちがうよ…っ」
「何が違うんだ!! お前以外に誰がやれる!! 人殺し!!」
 家人が罵倒を繰り返す。
 青はその場で頭を抱えながら、否定し続けた。
 その言葉は、一度も聞き入れてはもらえずに…幼い青に降りかかる言葉は、あまりにも重く。
 何度も否定する青。
 その青に罵倒を投げつける家人達。
 追い詰められていく、どこまでも果てしなく。
 追われて追われて、足を止めたときには…。

「………ッ!!」

 青の夢はそこで、途切れた。
 重苦しさに飛び起きると、辺りはまだ闇の中だ。
「……夢、か…」
 息を整えた青は、深く長い溜息を吐く。
 幼かったとは言え、今も色濃く脳裏に刻み込まれている、忌まわしい過去の一部。消し去りたくとも、簡単には消えてもくれない。
 青の手は、自然に自分の首へと、伸びていた。
 追い詰められていたあの頃。何をしても、何を言っても認めてもらえることなど、一度も無かった。
 そして…追い詰められた先には、両親の手のひらが、自分の首へと置かれていた。
「………」
 その頃の事まで夢に現れずに良かったと安堵しながらも…青の表情は緩いものではない。
 自然と、青を取り巻く空気が、弱々しいものになっていく。
 青はその場で膝を抱えて、額を膝に擦り付け…何かを小さく呟いていた。 
 彼の背中は、切なく、悲しく…そして『弱者』としての色が、隠せずに浮かんで見えていた。

 青の心情を察してか…夜の闇は静かに、時を流れていた。



-了-

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芹沢・青さま

ライターの桐岬です。ご指名いただき有難うございました。
再び芹沢くんにお目にかかることが出来、嬉しかったです。
気に入っていただけるといいのですが…。
また感想など、聞かせてください。今後の参考にさせていただきます。
今回はありがとうございました。

※誤字脱字が有りました場合、申し訳有りません。

桐岬 美沖