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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


まちぶせ 〜草間武彦への伝言〜



<序章>

●協力してください
草間武彦くんに関する情報を求めてます。
出来る限りのお礼はします、いろんなこと教えてください。

それと、わたしに協力してくれる人も一緒に募集してます。
みんなよろしくね。
2年B組  夏本さらら



 早朝の校舎は静まり返っていた。
 校舎の片隅にある情報版の隅っこに小さくかきこみをした夏本さららは、震える手でチョークを置くと、ようやく詰めていた息をふう、と吐く。
 未だ耳にうるさく打つ胸の鼓動を一生懸命なだめながら、さららは自分の字を見返した。
 ――出来るだけ、丸文字にならないよう丁寧に書いたつもりだけど、これで大丈夫かな。変に思われないかな。
 窓の向こうからは、早朝練習をしている野球部の掛け声がかすかに聞こえてくる。
気の早いセミの鳴き声が、さららの焦りを募らせた。


 内気な自分にとって、これが精一杯の勇気だ。
ここに書き込むことを決意したのは一週間前、だがその日が近づいてくるのを考える度、逃げ出しそうだった。
そして、今朝必死の思いでここまで来たのだ。昨晩はろくに眠れなかった。
 そう、たったこれだけのことなのに。本番はこれからなのだ、自分でも先が思いやられる。
 ――ううん、でもどうしても、彼にお礼がしたいんだもの。今度こそ、今度こそ下校中の彼に声をかけるんだ……! 

 
 と、廊下の向こうから誰かが歩いてきた。ハッとさららが顔を上げた時、校舎にチャイムが鳴り響く。
いつの間にか時間が大分過ぎていたようだ。生徒の登校が本格的に始まる頃合になったのだろう。
 チャイムの音にせきたてられるように、さららはスカートのすそを翻した。


 ――その瞬間。
「さららちゃん!」
 後ろからかかった声にとっさに身をすくめたさららだったが、振り向いた先にいたのは見知った顔で、思わずほっと息をつく。
「どうしたの? こんな朝早くから」
「日和ちゃんこそ……」
「ん、私? 音楽室でチェロの練習してたの。朝早くだと、誰もいないから集中できるでしょう?」
 そういって、初瀬日和はふわりと笑った。窓から差す朝の光に溶けこむような、優しい笑み。
――気の置けない友人のその笑顔に、これまでどれだけ励まされてきただろう。
安堵のあまり涙ぐんでしまう自分を、さららは止めることが出来なかった。
「ど、どうしたのさららちゃん? どこか痛いの?」
心配そうな友の言葉にも、さららは無言で首を振ることしか出来ない。
 ……緊張の余韻で、未だ膝が震える。
 崩れ落ちそうな自分をささえてくれる手が、今ほど嬉しいと思ったことはなかった。
「あのね日和ちゃん。今掲示板にね……」


 登校にはまだ早い、早朝の廊下。
 二人の他に誰もいないその空間でぽつりぽつりと語りだしたさららの言葉に、日和はじっと耳を傾けていた。
 



<まちぶせ 〜思い出の絵日記〜>





「さららちゃぁん……」
「ひよりちゃん、どうしたの?」
 あれは二人が小学校二年生の時だった。
 夏休みも終わりの頃、クラスで一番仲のいい同士だった日和がいまにも涙をこぼしそうな顔で、さららの家を訪ねてきたのだ。
「あのね、わたしね、どうしてもお絵かきだけはにがてなの。だけど、絵にっきを先生に出さないといけないでしょ?
でもね、わたしね、どうやって描いたらいいか分からないの。さららちゃん、どうすればいいかなあ……」
「ひよりちゃん……」
 よしよし、と頭をなでるさららに、こらえきれず泣き出してしまった日和。
 一生懸命、子供の頭ながら考えに考えて、そうしてさららは事態を打開する名案を打ち出した。
「そうだ! あのね、ひよりちゃん。さららはね、お絵かきはとくいなの。だから、絵にっきもきょうまでぜんぶ描いてあるよ。
だから、それ見ながらならひよりちゃんも描けるんじゃないかな?」
「……ほんとう? ほんとうに、わたしでも描ける?」
「うんかけるよ、ぜったいかけるよ! ひよりちゃん、さららもてつだう!」


 二人はその後の夏休みをほとんど共にすごし、その時間ほとんどを使って絵日記を描き続けた。
つきっきりのさららの指導のおかげか、絵が苦手な日和の絵日記のページもだんだんと埋められていき、 
 ――そうしてそっくりの絵日記が二冊出来上がり、揃って新学期の学校にて怒られる羽目になったのだった。



 
「日和?」
 悠宇の呼びかけに我に返った日和は、慌てて悠宇に向き直った。
 HRも終わり、今は誰もいない教室で、二人だけの秘密会議中だ。
「どうかしたか?」
一旦は、「ううん、なんでもない」と返事した日和だったが、ふと気が変わり「あのね」と話しかける。
 ……なんだか、悠宇くんにはいろんなこと聞いてもらいたくなっちゃうな。
「あのね悠宇くん。私ね、日和ちゃんの絵日記を丸写ししたことがあるの」
「へぇ。真面目な日和にしちゃ珍しいな」
「私、昔から絵だけは苦手だったから」
 日和は苦笑する。
「それで先生にすごく怒られちゃって。でも、ちゃんと謝れなかった。
ごめんねさららちゃんって、気まずくってどうしても言えなくなっちゃったの。
 ……そのままクラスも分かれちゃって、そのうち中学校も分かれちゃった」
「……そんなことがあったのか」
「今でも後悔してるの。どうしてちゃんと謝れなかったのかなって。
 だからね、私、どうしてもさららちゃんのこと助けてあげたいの。伝えたい気持ちがあるのに、それが叶わなかったらとっても苦しいでしょう? だから……」
「分かるよ」
 一つ頷き、それだけ言って、悠宇は日和の髪をひと筋そっとつかんだ。
「さららのためにも――日和のためにも。上手くいかせてやりたいよな」

 うん、と頷き、日和は笑う。
 ――悠宇くんは何も言わなくても、私のいろんなことを分かってくれる。





 図書室の前で座り込んでいた悠宇は、前方から響いてくる足音に立ち上がった。
 見れば、草間武彦がシュラインに引きずられるようにしてやってくる。内心、ふき出しそうになりながらも、精一杯硬派に(自分ではそのつもりで)表情を取り繕いつつ立ち上がる。
「よう、草間」
「……誰だっけ、お前」
「友達がいのない奴だな。羽角だよ、羽角悠宇」
「同じクラスでしょ、私たち?」
 ああ、という草間の間の抜けた返事に、思わず悠宇とシュラインは顔を見合わせ苦笑する。
「んで。羽角はなんでこんなとこにいるんだ?」
「ん? ああまあ、ちょっとしたヤボ用でな」
 ふーん、と相変わらず気のない草間の背中を、焦れたようにシュラインが押した。
「ほら、いいから。さっさと図書室の中に入りなさいよ!」
「分かってるって。なに張り切ってんだお前」
「張り切ってなんかないわよ。ほら、さっさと行ってきなさい!」


 半ば図書室の中に押し込むようにして草間を送り出すと、シュラインはその扉を思い切り閉めた。
 その横でさりげなく、悠宇が胸のポケットから銀色のピルケースを取り出す。
その蓋をそっと開けると中から銀色の光が飛び出て、閉まる寸前の扉の向こうへと飛び込んでいった。
「……何? 今の」
「俺の相棒」
「もしかして、管狐?」
「とも言うんだっけか? よく知らねえけど、俺がつけた名前は『白露』っていうんだ」
「そ。いい名前ね……」
 言いながらシュラインはその場にずるずると座り込んでしまう。
「ん? どうしたシュライン」
「……なんか、どっと疲れちゃった……」
 抱えた膝に顔を伏せるシュライン。その横になんとなく悠宇も座り込むと、ぼんやりと天井を見上げた。

「よく分かんねえけど、お疲れ」
「適当に言ってない?」
「いや、そういうつもりはないんだけどさ」
「冗談よ。……ねえ、あんたは中に入らないの?」
「お前こそ」
「私が先に聞いてるんでしょ?」
「……日和に『さららちゃんが怖がるからダメ!』って怒られた」
 ぷ、とふき出すシュラインに、頭をかく悠宇。
「お前は? 気になるなら草間と一緒に入れば良かっただろ。
それに、ここは俺が見張ってるから帰ってもいいんだし」
「……なんとなく、ね」
「そういうものか?」
「そういうものよ」





 チチチ、と耳元で聞こえた小さな鳴き声に、日和は顔を上げた。
 肩にうずくまっているのは悠宇のイヅナだ。その頭を軽くなでてやると、気持ちよさそうに目を細めた後、すっと姿を消す。
「さららちゃん」
 貸し出しカウンターにいた日和とさららの二人。
 声をひそめて日和が話しかけたのは図書室という場所柄ゆえだったが、まるで驚かされたようにさららは体を竦めつつ顔を上げる。
「う、うん」
「大丈夫よ。……草間くん、来たみたい。今ね、悠宇くんが知らせてくれた」
「そうなの?」
「うん。じゃあ、決めた通りに頑張ろ? 計画は覚えてる?」
「え、えっと。日和ちゃんが草間くんに話しかけて、わたしの方に呼んできてくれるんだよね」
「そうそう。その時は一緒にいてあげられないから、ちゃんとひとりで頑張ってね。
あと、入り口は悠宇くんが見ててくれるから、先生も他の人も来たりしないから」
 だから大丈夫。
 言い聞かせるように強くそう言うと、さららは決意を固めたかのようにしっかりと頷いた。
「……ありがとう、日和ちゃん」
「お礼を言うのはまだだってば」
 ふふふ、と小さく笑いあう二人。
 そしてこっそり『がんばろうね』と手を合わせてから、日和は本棚の方へと歩き出した。
 
 
「草間くん」
「ん? えーと……初瀬だっけ」
「うん、初瀬日和。去年一緒のクラスだったよね」
 あー、なんとなく覚えてるよ、と頼りない答え方をして、草間はポケットから取り出したシガレットチョコレートをくわえた。
落ち着かない時の、彼なりの対処法なのかもしれない。
「あのね、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど、いいかな」
「ん?」
「今、レポートに使う本を探してるの。……あの上の本」
 と日和は本棚の一番上を指差す。
「届かないんだけど、取ってもらってもいい?」
 ああ、そんなことか、と草間は日和の背後から腕を伸ばす。
「ほらよ」
「ありがとう。……ね、草間くん。もしよければ、もうちょっとだけ本を探すの手伝ってもらっても、いい?」
「ん? んー……」
軽く言いよどんだ草間だったが、すぐに「いいぜ」と頷いた。
「じゃ、お願い。『パプロ・カザルス』っていう人に関する本を探してるんだけど、どうしても一冊見つからないの。
カウンターで聞いてきてくれないかな」
 返事の代わりに軽く右手を上げてから、草間はカウンターへ向かって歩き出した。
 かかとを踏み潰した上履きが、ぺたりぺたりと音を立てる。
 
 その背中をなんとなく見送りながら、日和は心の中で小さく呟いた。
 ――がんばって、さららちゃん。
 
 
 
 


「……ん?」
 首筋をくすぐる感触に、うずくまっていた悠宇は顔を上げた。
 案の定、肩にいたのはイヅナだ。これは日和の「末葉」。悠宇の「白露」と対の存在だ……と、そういえば、白露がまだ帰ってこない。
「どうしたの?」
隣で膝をかかえていたシュラインが悠宇を見た。
どうやら彼女はうとうとしていたらしい。ぼんやりとした目つきだ。
「終わったみたいだな。日和からの知らせだ」
 軽く末葉の頭をなでてやると、末葉はフッと宙に消える。飼い主の元に戻ったのだ。
 それを確認してから悠宇は立ち上がり、軽くズボンのほこりを払った。
「ほら、おまえも立てるか?」
「ゴメン、ちょっとだけ足がしびれたみたい」
 悠宇が差し出した手につかまり、シュラインは立ち上がった……。
 
 とその時。
「シュライン。 なんだ、お前まだいたのか」
 扉が開いて、草間が出てきた。
シュラインと悠宇の姿に軽く目を見張りながらも、平静を装うつもりなのか、ぱくん、とくわえていたチョコレートを飲み込む。
「ところでお前まで何やってるんだ? こんなところで」
「……ヤボ用よ、ヤボ用」
「ふーん、そうか」
 興味なさそうに返事をして、じゃ、俺帰るから、と草間は歩き出した。
 ――とっさに、呼び止めたものかどうかシュラインは迷う。
だがその言葉をシュラインが見つける前に、草間がくるりと振り向いた。
「シュライン」
「な、なに?」
「たまには一緒に帰るか」
 シュラインが返答に窮していると、ほら、と草間は手をシュラインに差し出した。
 一瞬だけ迷ったシュラインだったが、すぐに笑ってその手を握る。

  ――「しょうがないわね」との彼女の言葉は、わずかばかりのご愛嬌。
 




 再び、カラリと扉が開いて、さららが顔をのぞかせた。
「日和ちゃん!」
 途端笑顔を弾けさせて日和にとびついてくるさらら。
 その体をしっかり抱きとめて、ぽんぽん、とその背中を叩く。
「日和ちゃん、ありがと。本当にありがと」
「ちゃんと草間くんに言えた?」
うん言えた、と嬉しそうに頷くさらら。

 ――なんだか、今度は立場が逆だね、さららちゃん。
 幼き日、絵日記が出来なくてさららに泣き付いた自分の姿が、今さららに重なる。
「よかったね、さららちゃん……」
 抱き合っていた体を軽く離して、二人は顔を見合わせうふふ、と笑いあう。
 そしてその横では悠宇もまた、目を細めてその光景を見ていた。

 と、ふと日和がその表情をくもらせる。
「……ねえさららちゃん、あのね。私、一つ謝りたいことが」
が、その言葉を遮ってさららは話し出した。
「日和ちゃん。わたしね、日和ちゃんにもう一度会えて本当によかった。
だって、草間くんに伝えられたの日和ちゃんのおかげだもの。
それに、日和ちゃんとだってまたこうしてお話出来たから……」
「さららちゃん……」
 日和に向かって、さららはにっこりと笑ってみせる。
「だから、今日の出来事もちゃんと、絵日記にしておいてね?」
「……さららちゃんてば」
思わず苦笑する日和に、さららはいたずらっぽく片目をつぶる。


 その時だった。
 二人の間を何かが勢い良くかすめた。とっさに二人は身を離し、それが去った方を見る。
「あ、白露!」
 傍らの悠宇が叫ぶ。
確かに、五歩ほど離れたところでこちらを振り向いているのは、白い毛並みが鈍く光る小さな妖狐だ。
「お前今までどこ行ってたんだ、おい!」
捕まえようとした悠宇の手をすり抜けて、白露は宙を走りどんどん遠ざかっていく。 
 悠宇は慌てて駆け出した。
「おい、待てよ!」
「ちょ、ちょっと悠宇くん!」
 と、日和の背中をさららがぽんと押した。
「追いかけて? 日和ちゃん」
「さららちゃん……」
 ね? と笑いかけてくるさららに、日和は一つ頷くと悠宇を追って走り出した。
「じゃあ、またねさららちゃん!」






 ――それから数刻後。
 彼らが去った後の図書室の前で、さららは独りたたずんでいた。
 と、誰もいないはずの部屋から出てきた人影が一つ、さららの傍らにそっと立つ。
「追わなくていいのかい?」
さららはうん、と頷く。
「だってあたしは、どのみちこの学園から出られないから。それに伝えなきゃいけないことは、みんな伝えたし」
 ――草間くんにも、そして日和ちゃんにも。
「わたしのことは気にしないでいいんだよ、わたしのことは気にしないでいいんだよって。
……そう伝える前にわたし死んじゃったから。こうして夢の中ででも伝えられて、本当によかった」
「ここは夢じゃない」
 と、傍らの人物はそうさららに告げる。
「人間にとっては夢おぼろのように思えるかもしれぬ、だがこの中でそれぞれが抱いてる思いは現実であろ。
……つまりは、それぞれにとっての現実になりうるのではないか?」
「……そうかも、しれないね。詠子ちゃん」
 詠子と呼ばれたその少女は、そう言って笑うさららを興味深げに見ると、フフフ、と静かに笑う。
「人間とは、かくも面白いものなのだな」
 
 と、詠子の表情がかすかに歪む。
 まるで痛みをこらえるかのように自分の体を抱きしめながら彼女はなおもさららと並んで立ち続けながら、今はもう誰もいない廊下の先を見つめ続けている――。







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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【0086 / シュライン・エマ /しゅらいん・えま/ 女 / 2-A】
【3524 / 初瀬日和 /はつせ・ひより/ 女 / 2-B】
【3525 / 羽角悠宇 /はすみ・ゆう/ 男 / 2-A】


(受注順)

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■         ライター通信          ■
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こんにちは、つなみです。この度はご参加くださり、誠にありがとうございました。

大変お待たせいたしました! お届けがギリギリになってしまい、申しわけありませんでした。
その分、ご期待に添えたものであることを願います。
また今回のお話は、さららとの関係などが他の参加者さまとすこしずつパラレルのような関係になっています。
(さららと過去関係があったのは貴方だけ、という描写になっております)
機会がありましたら他の参加者さまの内容と読み比べていただけると、また楽しいかなと思います。



日和さま、初めまして。参加くださってありがとうございました!
プレイングを拝見して、さららへの接し方がとてもやさしいのに感激しました(笑)
そんな日和さまの優しさや思いやりが上手く表現したいな、と思いながら執筆いたしましたが、さていかがでしたでしょうか?
あと、機会がありましたら悠宇さまの方も合わせて読んで頂けるとうれしいです。
そちらは、日和さまへの気持ちをたくさんたくさん、盛り込ませていただきましたので。


感想などありましたら、ぜひお教えくださいね。
今後の参考にさせていただきます。何より、励みになりますので!
次回からはもうちょっと早く上げるようにがんばりますので(苦笑)機会がありましたらぜひご参加くださるとうれしいです……。

それでは、つなみりょうでした。
残暑厳しい折、どうぞ体調にはお気をつけ下さい。