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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


飼育係の苦悩
「たいへんたいへん」
 ぱたぱたと廊下を走る音がする。
「カスミ先生っ、大変です」
 がらがらっ、と勢い良く扉を開いた1人の少女が、ちょうど職員室でひと息付いていた響カスミを見つけて中へ飛び込んだ。
「ど…どうしたの、因幡さん」
 その声に驚いてお茶をこぼしかけたカスミが慌て気味にお茶を机の上に置き、さりげなく熱かった手を机の上に置いて冷やす。その様子には気付いていないようで、大変、という言葉を繰り返しながらぱたぱたと近寄ってくると、
「飼育小屋の子たちが消えちゃったの!5匹いた兎が、全部!」
 きっと掃除でもしていたのだろう。藁屑を髪の毛にちょこんと載せたまま、慌てたようにカスミへ話し掛けた。
「…今朝はいた?」
「いたの。休み時間に見た時も、暑そうだったけど全部いたわ。ねえ先生どうしよう」
 時折様々な学校を騒がせる残酷な事件を思い出したか、カスミの顔も心配そうに変わり。
「とにかく落ち着いて。…小屋の様子はどうだった?え、えっとその…血、とかは?」
「ううん…それは、ありませんでした」
 ようやく落ち着いてきた因幡恵美がほっと息を付き。
「飼育小屋の掃除をしに行ったら小屋が空っぽで、もしかしたら掃除の間だけは外に出しているのかなと思ったので係の子に聞いてみたんですけれど、その子も真っ青になっちゃったんです」
 聞けば、恵美は飼育係ではなく、単に小屋掃除の手伝いに行っていただけだったらしい。
「あたしも探してみますけど、その…カスミ先生も、心当たりがあったらお願いできますか」
 もし、誰かが連れて行ってしまったら、それは自分の手に負えないから、と恵美の目は語っていた。
「わかったわ」
 他に、カスミになんと答えることが出来ただろうか。
 本気で困ったな、と思ってはいても。

     *****

 その場に集まったのは、7人。
 青い顔をして小さくなっている飼育係の生徒、それに手伝っていた恵美。そしてカスミと、恵美を見かけて何かあったのかと訊ねて来た海原みあお、たまたま職員室に用事でやって来たシュライン・エマとシオン・レ・ハイの2人。そして、飼育係のクラスメイトである向坂嵐が、級友が困っている様子を見て不審に思い恵美達と一緒に途中からやって来たようで。
 まず、恵美がカスミの所へやって来た経緯を簡単に説明する。
「すみません、私のせいで…」
「うっかりじゃないんだから…そんなに自分を責めないで」
 ぺこぺこと頭を下げるその生徒は、随分兎達を可愛がっていたらしく今すぐにでもその場に飛んでいきたい、といった様子で、恵美が其れをどうにか止めている状態だった。
「私も、この学校でそんな事が起こってしまった以上手伝いはするわ。まず、小屋に行きましょう。それから…私は職員室で他の先生方の話を聞いているから。皆も何か分かったら職員室へ来てくれる?」
「分かりました」
 何となくカスミの都合の良い方向へ進んだ気もするが、実際…もし、あるとすれば外部への連絡をするに最適な人員が彼女であるのだから、職員室で待機する事を任せるのは致し方ない。

     *****

 とりあえず、一度いなくなった小屋を調べてみることにする。
 其処は、人目にあまり付かず、そして風通しの良い日陰にあった。人が良く通る場所や直射日光の浴びる場所は動物には危険とは言え、誰かが悪意を持って来ても気付かれる事が少ないだろうと思わせる場所。
 隣の小屋では鳥を飼っているらしく、ばさばさと元気良く羽ばたく音と小屋の中を飛び回る小さな姿が見えた。
「荒らされてる様子は無いのね。――休み時間に居たって…見たのは?」
「あたしです」
 みあおの言葉に、恵美の隣で小さくなっていた生徒が、おずおずと手を上げる。
「お昼休みなんですけど、暇潰しに遊びに来ていて。その時にはちゃんといたと思います…数を数えたりはしてないですけど」
 暑くて兎達も昼寝していたみたいです、とその時の事を思い出したかちょっと笑い、
「遊んでもらえないから、早々に教室に戻ったんですけど……もっとゆっくりしておけば、こんなことにはならなかったんじゃないか、って………」
 しゅん、としょげる飼育係を恵美がぽんぽんと背を叩いて慰める。
「とりあえず、小屋を調べてみましょうか。どこかに穴が開いていることもありそうですしね」
 シオンがそんな事を言いながら、主の居なくなった住処に顔を覗かせる。
「ああ」
 監督役と言い出したカスミが腕を組んでやや遠目から見ている傍で、皆が小屋を中から外から掃除も兼ねて調べ始める。
「切られた様子はないな」
「床穴もありませんね…地面を掘られないように、床板を敷いているんですか、ここは」
 丈夫で目の細かな金網や、地面付近を調べていた嵐とシオンが各々の呟きで報告し、
「兎の毛も飛び散ったりはして無いし…普通に汚れてるだけね。ちょっと兎臭いだけで」
「夏場ですから、どうしても…ごめんなさい」
 自分の責任ではないだろうに、謝罪の言葉を口にした飼育係。まあまあ、と外から取り成した恵美も特には何も見つけ出せずにいる。
「――なあにこれ。ゴミ?」
 ふと、小屋の中を調べていたみあおが首を傾げつつ小石を拾い上げた。
「それとも、兎達のおもちゃか何か?」
 小指ほどの大きさの、石の欠片。手の平に乗せたみあおに近づいてきた飼育係がいいえー、と首を振る。
「入れた覚えはないです。第一、石で遊んではくれませんよ」
「それもそうね。じゃあはい、ゴミー」
 塵取りの中へことんと落すと、他はどう?と顔を上げる。
「鍵は元々壊れてたの?」
「いいえ…今朝開けた時にはちゃんと使えました。さっき来た時にはもう戸が開いてたから、先に行ってた恵美ちゃんが開けたんだと思ってたけど」
「あたしは掃除用具を取りに行った間に開けたんだと思ってたわ。…って、そう言えばあたしが鍵を預かってたんだったわね。…壊れてるの?」
 ほら、と手の平に乗せた銅色の鍵を見せる。U字になった部分が歪んでおり、嵌めなおす事が出来なくなっていた。「自力で逃げたわけじゃなさそうだな。開けるだけ開けて逃げていったのかもしれないが」
 嵐が、此処から逃げた場合のルートの事を考えてちょっと顔を顰める。
 この細い通路を抜けると、其処に広がっているのはちょっとした広さの林だったからだ。あの中に逃げ込まれたらと思い少し面倒になったらしい。
「…とにかく、手分けして探してみましょう。外部から誰かが来たのかもしれませんし…校内の誰かかもしれませんし」
 大丈夫ですよ、と…自分の願いでもあるのだろう、シオンがそう言いながら穏やかに笑いかけた。
「そうよ。見つかるわ。なんて言ったって恵美は『運がいい』んだから」
 みあおがにこりとそう言いながら恵美に向かって笑いかけた。

     *****

「うーん、やっぱり広いですねぇ」
 夏休み中は昆虫採集の生徒も増えるだろうと思いながら、それなりの広さを誇る林の前に立つ。
 校舎周りを調べに行ったほかの面々や、小屋を調べているだろう人達の事を思いながら、飼育小屋から程近いこの林へと目をつけてやって来たのだが、思った以上の広さに少々困ってしまっていた。
 とは言え。本当にこの林の中へ逃げ込んだ、とも思ってはいない。
 鍵が壊されていたと言う事が気に掛かっていた。連れ攫われてしまったのなら、あの場で争った跡が無くても仕方ないようにも思うし…だが、ただでさえ急にいなくなっておろおろしている飼育係や恵美に変なマイナス要素を植え付けてもいけない。単に戸を壊すだけで満足している者がいたかもしれないのだし。その場合、小屋から外へうろうろと逃げ出す事も十分ありえるのだから。
 悪い方へ考えるのは、全て調べた後からでも遅くは無い。
 ――とは言え。
 林の中へ数歩足を進みいれて、中の涼しさにほっと息を付きながら、視界の悪さに改めて溜息を付く。
 当たり前のことだが、林の中にあるのは木だけではないのだから。あちこちに見える茂みや蔦、ふかふかした苔の上には木の葉が積み重なっている。
 下に遊歩道を敷き詰めた林に比べればずっと好感が持てるが…この中で兎のような生き物を探す事になるとは思わなかっただけに、その条件の悪さにほんのちょっぴり此処を選んだ事を後悔しはじめている。
 そして、十数分…。
「見つかりませんね」
 がさがさといくつもの茂みを揺すってみても何の反応も無く。ふぅっと大きく息を吐いて一度林の外へ出る事にした。途端、眩しい日差しが目を打つ。
 その向こうに、誰かが近寄ってくるような気配を感じてぱちぱちと何度も瞬きを繰り返す。
 其処には憮然とした顔の嵐が暑そうな顔をして近寄ってきていた。
「あれ、嵐さん」
「…屋上にはいなかったからな」
 手伝いに来た、とぶっきらぼうに告げる嵐に、シオンが嬉しそうに笑いかける。
 ひんやりとした林の中。少し外に出れば猛暑とは思えないくらい涼しいこの場で目を細めるシオン。
「…この中に逃げ込まれたら探すのは少々骨ですね…」
「ああ」
「手伝いに来てくれてありがとうございます」
「…別に」
 兎は全部で5匹いると聞いている。それだけの生き物が通ればなんらかの痕跡――足跡はともかく、食べ散らかした跡くらいは見つかるだろうと林の入り口付近を2人で見回っていく。
 だが、見つかるのは虫食いの跡くらいなもので。
 林の中は生き物がいるとは思えないくらいしん、と静まり返っている。
「この辺の隙間から中に入って行ったら分からないよな…」
「まあまあ。焦らず探して行きましょう?他の人も動き回っていますし、何かが分かれば教えに来てくれますよ」
「そうだな」
 がさがさと葉を掻き分けるようにして、痕跡を探して行く。
 その2人の背に、
「――何をしているんだい?」
 ごく静かな声がかかった。急なことに少しばかり驚いて、慌てたように後ろを振り返る。
「あ…会長」
 其処に立っていたのは、林を探っている2人を不思議な物でも見るような目で見ていた男…繭神陽一郎。この学校の生徒会長であり、振り返った2人も生徒挨拶等で何度も顔を見ており、流石にこの有名人の顔は覚えていた。
「何をしているのか、と聞いているんだけどね?」
 切れ長の目がごくかすかに細められ、笑ったように見えた――嘲笑めいたものではあったけれど。
「飼育小屋の兎が行方不明になってしまって、探す手伝いをしているんですよ」
 シオンにとっては後輩にあたる陽一郎の事、探るような目で見ている嵐とは違い余裕を持ってにこりと笑いかけ。
「なんだ。それだけのことか。――ああ、じゃあ丁度良かった。きみ達少し頼まれてくれないかな。夏の行事の事で相談があるんだけど生徒会室までおいで願えませんかって、――先生に」
「…探し物してるって言ってるんだけど」
「兎は後でも探せるだろう。この辺りに来ているかと思って探しに来たんだけれど無駄足だったようだね。もしかしたら職員室に戻っているかもしれない…頼んだよ。私は他に用事があるのでね」
 あっさりと告げてくるりと踵を返す。そのまま行く所でもあるのか、職員室へは行けそうにない道をすたすたと行ってしまう男の姿を、半ば茫然と眺める2人。
「じょ…冗談じゃねえぞおい。何で俺達が使いっぱしりしなきゃいけないんだよ」
「――とは言っても…頼まれてしまった以上、仕方ないですよ。それにほら、学園の外に出ておやつ買って来いーって言うのとは違いますし、ね」
「距離が違うだけで同じだ同じ。ったく。兎ごときみたいな言い方も気にくわねえしよ」
 まあいい、休憩と思うか…そういう呟きを後に、2人で校舎に戻り職員室に行く。そこで暑そうにしていた教師の中に、陽一郎に言われた教師の姿を見つけ、伝言を伝える。
「…あれ…カスミ先生ですね」
「おいおい。さぼってんじゃないだろうな」
 2人の視線に気付いたか、休憩していたらしいカスミがちょっと慌てた風にしているのを苦笑を浮かべて、いいよいいよと言うように手をひらひらと振り、職員室を出て階段を降りていく。
 そこでばったりと、校舎や花壇の辺りを調べていた4人に出会った。飼育係の生徒は何だか浮かない顔をしていたが。
「…林の方を調べてたんじゃなかったの?あんたは、確か屋上だった筈」
「ああ、まあな」
 シュラインが訝しげに2人へと声をかけ、
「実は生徒会長に会いまして。用事を頼まれてしまったので、急いで済ませて来た所だったんですよ」
「人使い荒いのね。――あ、そうそう。面白いことを聞いたんだけど一緒に行かない?」
 予備教室の何処かで何者かが這いずる物音がする話を聞いたと言うみあおに、
「なんだそりゃ。怪談か?探し物が違うだろ」
「――違うわ」
 シュラインがゆっくりと首を振る。
「ひと気の無い予備教室で、『物音』が聞こえるのよ?それも、かさかさ、とか何かを引張るようなずるずるという音だったらしいわ」
「…見てないんですね?『音』だけで」
「そういうこと」
「…ああ、そうか。兎が動いてる音かもしれねえんだな」
 ようやく納得がいったようで、嵐が頷くのを待って、
「行ってみようよ。ね、恵美」
「そうね……大丈夫?」
 声をかけられてびくっと身体を竦めたのは、何故だか涙目になっている飼育係の子で。
「い、行くの?」
 うんうん、と頷く皆に絶望的な表情をする。
「……もしかして…怖いの?」
「――うん…」
 兎が立てている音だと分かれば怖くないのだろうが、違う『かもしれない』という思いが先に立つと、どうにも怖くてたまらなくなってしまったらしい。
 どうやら彼女の頭の中では、誰も使っていない教室の中をずるずる這い回る『何か』の姿が見えているのかもしれなかった。
「あー…しょうがねえな」
 小さく苦笑を浮かべ、暑そうに髪を掻き上げた嵐が、
「そうだな、お前先生呼んで来いよ。さっき職員室で茶飲んでたし、呼んで上に来るまでには兎かどうか分かるだろ」
 恐らくカスミもその話を聞けば、なんのかんのと理由を付けて結果がきちんと分かるまでは動こうとしないだろう。それが分かった上での話で。みあおもそうね、とにこりと笑いながら「行っておいでよ」と手を振る。
「う…うん、ご、ごめんなさい…」
「得て不得手は誰でもあるさ。気にすんな」
 ぱたぱたと足早にその場を去って行く生徒を見送り、そして今度は5人が移動し始める。
「見た目によらず、優しいんですね」
「――なんだよ」
 いいえー、と微笑を浮かべながら首を振るシオン。
 その後ろで3人の女生徒がくすくす笑いを浮かべていた。

     *****

「あ…この鍵、最近開けた跡があるね」
 みあおの言葉に、少し急ぎながら普段使われる事の無い教室の扉を開ける。
 がらがら、と少々耳障りな音を立てながら開いた教室は、日の光を通した上で締め切られていたせいか、室内に入った時むわっとする熱気にほんの少しだけ顔をしかめた。蒸し風呂、とまではいかないが中で大人しくしていられる程涼しくは無い。
 中は、上下に積み上げられた机が教室半分位を占めており、使用されていない床には埃が薄らと積もっている。――が。
「この辺りは綺麗なのね」
 シュラインが呟いたように、入り口から積み上げられた机の奥へ行くルート上は、数十センチの幅で埃が綺麗に消えてしまっている。そこだけ、誰かが掃き清めたように。
「…なあ、なんか…匂わないか」
 皆に続いてひょこっと顔を出した嵐が片眉を上げ、積み上げられた机の奥――目が届かない位置を探るようにじぃっと見つめた。
「分かりますよ。獣の臭いですね、これは」
 シオンがきょろきょろと室内、そして廊下を眺め、
「行ってみましょう。多分大丈夫ですよ」
 誰も見ている者がいないと確認したか、すっと先に立って中へ入る。皆が息を止めて見守る中、すたすたと机の向こうへ向かい、そして――ぴたりと足を止めて斜め下を見。
「いました」
 半ば驚いたように、そして嬉しそうにそれだけ言うとしゃがみこんだ。何をしているかと見ている皆の前に、胸にぶち模様のパンダ兎を抱きかかえたシオンがにこにことそれはもう嬉しそうに見せに来る。
「全部で5匹でしたっけ?何匹かは里子に出したって言っていましたよね」
 成長途中なのだろうか、やや小柄に見える兎の背を静かに撫でながらシオンが言い、みあおがこくんと頷く。
「全部いますよ」
「ホントか。そりゃ良かった」
 ぞろぞろと中へ入り、机の向こう側を覗き込む。そこにはダンボールで覆われた中に薄い毛布が敷かれており、その中にお行儀良く…と言うよりも暑くて活発に動く気にもなれないのだろう。くてーん、と伸びきった姿の兎達が毛布の上に長々と横たわっていた。半分寝ていたものもいたらしく、目を閉じたまま新しい匂いを感じてふんふんと鼻を動かしている様子に、くすっ、とシュラインが笑う。
「とりあえず、運ぼう。俺も2匹運べるし…兎駄目な奴はいないな?」
 教室の掃除は後回しにし、先に涼しい飼育小屋へ戻そうと、嵐が2匹抱えて立ち上がる。其れに習って他の者も兎達を持ち上げ、ぱたぱたと落さないように歩いていく。
 その途中、
「やわらかーい」
 みあおがそーっと抱きしめながらそんなことを呟いた。

     *****

 もこもこした色とりどりの兎達が、鼻をぴこぴこさせながらキャベツの芯や固形フードに噛り付いている。その様はまるで何日も餌を与えられていなかったように真剣で。
 其れを観ている生徒達とカスミの7人がふぅ、と溜息を付いた。
「やれやれだわ。ようやく集まったのね。――そうそう。毛布、やっぱり保健室の予備だったわよ。穴は空いていなかったけれど、後で洗うって言っていたわ」
 薄い毛布の出所を確かめていたらしいカスミがそんな事を言い、其れを聞いた皆が納得してああ、と小さな声を上げる。
 別の方面を探していた恵美と飼育係の子を呼び戻した後の事。今は使われていない予備教室の中にいた、と聞いて恵美が首をかしげながら、
「でも、どうして草地とかじゃなくて、校舎の中に集めていたのかしら。誰かがあんなことをしない限りあの場所にはこの子達行けないわよね」
「そうねえ…恥ずかしがりやさんだったとか?」
「恥ずかしがりやさん?」
 恵美の言葉に、みあおが不思議そうに繰り返す。
「そう。――例えば、可愛いものがとっても好きなんだけど、表立って可愛がるのを見られるのは嫌とか」
「それって、嵐が仔猫に赤ちゃん言葉で話し掛けてたり、って言う感じ?」
「…何で俺?」
 くすっ、とシュラインが笑う。
「分かりやすい例えだけど、それじゃ彼に悪いんじゃない?…結局犯人は見つからなかったけれど、きちんと囲って寝床まで用意していたところを見れば、虐めるために捕まえたんじゃないんだし良い事にしましょうか」
「そうですねぇ。…でも」
「どうかしたの?」
 シオンがあたたかく柔らかな手触りを堪能しつつ、みあおの言葉に少しだけ首を傾げると、
「でも、駄目ですよね?保健室の毛布とか、ダンボールの囲いはともかく…真夏なのに窓は締め切り、水も餌も置いていなくて。あれでは…まるで、動物の事をまるで知らない誰かが物珍しさに連れてきたみたいで」
 モノ扱いして連れてきたにしては、囲いや寝床を作っている事で兎に対し何らかの感情を抱いていた事は想像出来る。
 とは言え、それなりに小動物に興味がある者の仕業ならば、逆に数時間…もしくはもっと長い時間あの場所に兎を置くなら最低限必要な水と餌を用意しなかった事は頷けなかった。
 かりかりぽりぽり、と一心不乱に餌を食べている様子を見れば、あのまま見つからなかったら…の先が容易に想像出来てしまう。
「またこんな事がないように気をつけないとね。…鍵は付け替えた方がいいわ」
「そうですね」
 飼育係の生徒が困った顔をし、
「南京錠くらいしか使えないから、また同じ事が起きないように気をつけないと」
 ふぅ、と小さな溜息を付く。
「でも皆無事でひと安心しました。――カスミ先生も、わざわざありがとうございました」
「いいのよ、これも教師の務めですもの。それにしても可愛いわねぇ」
 金網から指を突っ込んだカスミの指に、餌かおやつかと思ったらしく一匹の兎がかぷかぷと甘噛みし、食べ物ではないと分かったのかぷいと横を向いて置かれた餌へ顔を突っ込んで行く。
「…大丈夫でしたか?」
「え?大丈夫よ、痛くないように噛んでくれたもの」
「兎は結構噛むから、気をつけないと。指がぶーってやられても知らないよ?」
 みあおの言葉に、カスミが引きつった笑顔を浮かべてこくこくと頷いた。

     *****

 ――焼却炉脇の、燃えないゴミ置き場。
 コンクリートの欠片とも見紛う、指先程度の大きさの石が、瓦礫や空き缶に紛れて静かに時を待っている。
 ――かつん。
 皆が帰った後で、静かな足音がゴミ捨て場に響いた。既にあたりは暗くなっており、見回りの教師に見咎められたら何故まだ残っているのかと聞かれるだろう時刻。
「…小さいな」
 ぽつりと呟きながら、何か目印でもあるのか迷わずその小さな欠片を拾い上げる、指先。
「まあ、いいか。今日のところはこれだけでも…」
 言いながら、影で良く顔が見えないまま、ポケットへと石を滑り込ませ。
 それ以上、声も物音も聞こえず…気付けば、誰1人としてその場には残っていなかった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / クラス】

【0086/シュライン・エマ /女性/2-A】
【1415/海原・みあお   /女性/2-C】
【2380/向坂・嵐     /男性/1-B】
【3356/シオン・レ・ハイ /男性/3-C】

NPC
響カスミ
因幡恵美

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■         ライター通信          ■
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お待たせしました。「飼育係の苦悩」をお届けします。
夏休みイベントが始まったばかりの、8月に入ってすぐの日常風景…と言う場を使わせていただきました。このイベントは9月末まで行われていますので、その間ちょくちょく間垣も参加させていただくつもりでいます。
兎を連れて行ったのは誰か?…ということは、この物語で語られていません。
ただ、生き物を飼う環境ではない場所に、大事そうに運んでいった誰かが居た事は確かです。飼育小屋の鍵を破壊し、保健室から毛布を持ち出した同じ手で兎達の寝床を整えていった『誰か』が。
イベントが進むにつれて、少しずつ謎が解明されていくと思いますが……。

それではこれからも又、イベントやその他、通常の東京怪談でもお付き合いくださいますようよろしくお願いいたします。
間垣久実