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<幻影学園奇譚・学園ノベル>


【超絶! 水中鬼ごっこ】
 本日の天気、世界の中心で太陽が叫んでいる。よって男子女子教師用務員問わず誰もが「クソ暑ぃ!」と心の中で叫んでいる。
 天が暑けりゃ地は熱い。日本はいつの間にか赤道直下に移動したのではあるまいか。車のボディに卵を落としたらさぞかしいい塩梅に目玉焼きが作れるだろうと考えるのは草間武彦16歳。
「魚になりたい……」
 こんな猛暑の中で勉強したり働いたりする日本人は絶対におかしいとまで思い始める。
「あああああああああああああ! 暑い! 熱い!」
 校庭の中心でとにかく叫ぶ。いつものクールらしからぬ武彦を、各教室の窓際の生徒が見下ろす。……今は授業中である。
「よし、プールに乱入してやる!」
 今はどのクラスも使用していないはずだと閃くやいなや、校庭、脱衣所、プールサイドまで数分とかからず移動する。そして。
 ジャパン!
「お? 先客か」
 何人かの水着姿が見えた。同じくサボって水遊びとは感心感心と頷き、競泳水着の武彦はドボンと勢いよく仲間に入る。
 ――心臓がひっくり返りそうになる。水の中に見えたのは、半透明の人影。それは武彦を見た瞬間、猛スピードで向こう側へと泳いでゆく。
「ぶはっ! おいおいなんだあれは」
 ここで生徒のひとりが武彦を見つけ、説明する。
「……水中鬼ごっこ?」
 さっきの半透明は幽霊で、生前はその水中鬼ごっことやらで逃げの名手だったらしい。自分を捕まえてみろと彼は言っているそうだ。
「面白そうじゃないか、やってやろうぜ」

 おいおい草間の奴プール行っちゃったぜ、と2−Aの生徒たちが騒ぎ始めた。
 自習時間で先生の目がないとはいえ授業中だ。遊ぶのはマズいだろう、とシュライン・エマは当然のように思う。そしてそれを叱りに行くのは先生の仕事なんじゃないかとまた当然のように考える。だがしばらく経っても武彦が帰ってこないところを見ると、誰も彼を咎めに行ってはいない様子だ。
「先生方も暑くて出たくないだけなのかな」
 真夏の熱線を浴びてまでする価値はないと判断するのもありえる話ではある。
 仕方ない、と呟きつつシュラインは席を立った。
「あれ、シュラインさんもサボり?」
 女子のひとりがそう言ったので、
「そんなわけないでしょう。チョコを連れ戻しに行くの」
 と即答した。チョコとはシュラインが武彦を呼ぶ時の名前である。

 プールサイドに着く。透き通った水と水音が遊び心を誘発しそうになるが、シュラインはグッと堪える。
 水から上がって休憩しているといった風の男子が、パラソルの下で腰掛けているのを発見した。
「ちょっとあんた、授業に戻らないとダメよ」
「ああ、それがっすね」
 シュラインは水中鬼ごっことそれの達人なる妙な幽霊の存在を聞かされた。
「草間さんも仲間も張り切ってますけど、全然捕まえられやしねえっす」
 あと三人ほど、この男子の仲間が中に入っているらしい。話しているうちに、彼らはこともあろうに武彦に憧れる1年生の不良グループとわかった。
「はあ、そういうこと。それにしても結構サボってる人居るのね」
 シュラインはそこで気づいた。もうひとり、反対側のプールサイドに誰かが立っている。
 彼女もこの遊戯に参加しているのかと思い近づいた。
 シュラインは息を飲んだ。
「月神……さん?」
「やあ、シュライン・エマ」
 ほっそりとしたフォルムと、不思議な金色の瞳。月神詠子は水音立つプールを、口の端を上げながら眺めている。
「楽しいことしてるね、彼たち」
「え? ああ、うん」
 シュラインは思案する。
 見慣れているというのに、シュラインは詠子のことをよく知らない。
 そもそも彼女はどこのクラスだったか? 自分のクラス、2−Aのような気もするし、1年生のような、3年生のような記憶もある。
 ――いや、今はそんなことに構っている場合ではない。
「かあああ! 何だあいつの泳ぎはよ!」
 武彦が勢いよく水面から顔を出した。
「チョコ!」
「んん、シュラインか。人手が欲しかったところなんだ。早く水着に着替えて入って奴を捕まえようぜ」
 手招きする武彦。
「あんたと一緒にしないでくれるかしら。サボりなんて重罪よ」
「何だ、センコーの差し金か?」
「それもハズレ。私個人がチョコを連れ戻しに来たの」
「あいつを捕まえられたら、おとなしく戻ってやるよ。そうしたらあの霊も他所に行ってやるって言うし、学園にとっても万々歳だろう?」
 武彦は身を翻し、水中へと潜っていく。
 やれやれ、と肩をすくめる。もちろんシュラインは水着など持参していない。遊びに来たわけではないのだ。
 しかし、彼らはかなり苦労しているようで、人手が欲しいのは確かだろう。
「ぶは、ちきしょう、人間の速さじゃねえ」
「人間じゃねえだろ」
「ちょっと俺上がって休むわ」
 1年の不良グループたちはすっかり疲れ果てているようだった。
 ――見える。海を行く魚のような優雅さとスピードで、プールを縦横に泳ぐ半透明の影が。
 件の幽霊は一向に衰えることなく追手をかわし続けている。
「あれは、ちょっと人間じゃ捕まえられないね」
 詠子がシュラインの隣に立っていた。
「月神さんはやらないの?」
「ボクはいい。今さら水はゴメンだよ」
「は?」
「こっちの話さ。さあ、シュラインは何か特殊能力を持っているんだろう。他に誰かを呼ぶ気がないなら、それで早くカタをつけたほうがいい」
 ――何なのだ、この少女は。
「そのこと、話したことがあったかしら……?」
「ほら、彼らも限界だよ」
 見れば、武彦をはじめ、水の中の男たちは動きがまったく鈍くなっている。もはや武彦たちが幽霊を捕まえることなどありえまい。
「ねえ、あんたたち!」
 シュラインはパラソルの下で休んでいる不良1年生ふたりに声をかけた。
「体力は回復したでしょ。あの幽霊を私が立っているここまで、うまく誘導してくれないかしら。それとチョコ――草間武彦に上がってくるよう伝えて」
 考えがあると察したのだろう、男子ふたりは黙って水に飛び込んだ。
 シュラインはその場でじっと待つ。強烈な太陽光は頭を刺すようで、顔からは汗がどんどん流れる。
 武彦がプールから出た。
「何をするってんだ?」
「もちろん鬼を捕まえるのよ」
 1年生たちは言うことを守ってくれた。ジワジワと巧みに、幽霊をシュライン側のプールサイドに追い詰めている。
 あと少し、あと少し、あと少し。
 ――今だ!
 シュラインは水中に顔を入れた。

「――――――――――!」

 脳震盪を起こすほどの音の振動。ヴォイスコントロール、それがシュラインの能力である。
 見えない圧力に襲われた幽霊は、完全に硬直している。
「ほらほらチョコ、チャンス!」
 言われて、武彦は弾かれたように水に飛び込む。
 そしてタッチ。
「いよっし! 俺たちの勝ちだな」
 武彦が叫ぶ。
 幽霊からすれば何が何やらわからなかったろう。ともかく水中鬼ごっこは幕を閉じた。

■エピローグ■

 授業終了までに校舎に戻ることができたシュラインは、各生徒の授業担当の教師からのお叱りの一言を伝えた。もちろん武彦はほうほうの体であったが……。
 そして休み時間になった。
「さっきはなかなか楽しかったよ」
 ふいに、詠子が2−Aに現れた。彼女はいつの間にかプールから消えていたのでどうしたのかとシュラインは思っていた。
「月神さん、あんたは」
「これからもボクを楽しませてよ。それじゃあ」
 詠子はそれだけで教室を出て行ってしまった。
「……何だろう、彼女」
 シュラインはもう鬼ごっこのことなど忘れていた。

【了】

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号/PC名/性別/クラス】

【0086/シュライン・エマ/女性/2年A組】

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■         ライター通信          ■
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 担当ライターのsilfluです。初のご依頼ありがとうございました。
 今回はNPCの月神詠子とのちょっとしたコンタクトを
 取り入れてみました。いかがだったでしょうか?
 
 それではまたお会いしましょう。